〜 不 便 の 快 適 さ・・・ 〜

 過日、takaとドライブに出掛けた。
 行き先は信州高遠である。
 紅葉の季節の為か行きの中央高速はアチラコチラで渋滞していた。
 何とか行き着いた先は我々の元上司で、定年まで10年を残し会社を辞め養鶏場を経営しているEさん宅。飼い犬と沢山の鶏がEさん夫妻共々迎えてくれた。

 着いて直ぐに「きのこ鍋」をご馳走になった。都会のスーパーや八百屋では見た事も無い茸ばかりである。知っているのは精々「松茸」「しめじ」くらいだが名前を知らなくても美味い物は美味い。それを生みたての卵に着けて食べるのだから、なお美味い。我々が遊びに来るというので前日に裏山で採ったのだと言う。都会では到底考えられない。
 鍋をつつきながら養鶏の話になった。なにしろ相手は生き物である。生活パターンを鶏に合わせなければならない。それも生まれたばかりの雛から成長期、成熟期と数段階の過程があり、それぞれの発育段階に応じた飼料を与えなければならず、その飼料も化学飼料は一切使わずEさん自身が研究を重ね配合している。田舎暮らし足掛け4年。養鶏場経営も徐々に軌道に乗りつつあると言う。元部下としても嬉しい。何より、Eさん夫妻が田舎暮らしの不便や苦労を或る意味では楽しさに変えてしまう爽快さを羨ましく感じながら帰途に着いた。

 このごろテレビなどで「田舎暮し礼讃」的な番組が多く見られるようになった。都会人の憧れの一つの現れであろう。確かに田舎では体で四季が感じられる。鳥の鳴き声、色とりどりの花・木々の変化、採れる野菜の移り変わり等々。
 でもチョッと待った!前述のEさんは定年前に会社を辞め田舎暮らしをするという人生設計を早くから持っていたと言う。長い時間をかけて周到に準備をして期が熟すのを待った。そのくらいの覚悟が無ければ都会暮らしの便利さに胡座をかいて生活している我々、都会人には「苦しき事のみ多かりき」である。遊びで一日二日は良いが、生活者として根を張るのは難しい。

 テレビ番組に影響され、憧れと理想だけで田舎へ引っ越しなんて事にならぬよう御用心。あなたは、「田舎の不便さ=快適・爽快」と覚悟できますか・・・


                                          

 

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