我が国は昔から宗教に寛容な国と言われてきた。
よく引き合いに出されるのが「生まれたらお宮参り、結婚式は教会、死んだらお寺でご焼香」というやつである。
それが悪いこととは思わない。
世界の例を見ると歴史の中の戦争の殆どが宗教絡みであり、現代でもイスラム諸国やアイルランドその他で戦争やテロが起きている。
そこへゆくと我が国では宗教が原因で戦争やテロが勃発することはまず考えられない。
マァ、一部の宗教間で誹謗、中傷が有るくらいで、戦争やテロに比べれば未だマシであろう。
ところが近頃はおかしな具合になってきた。
オウム真理教の教義による人殺し、法の華の人の弱みを突いた人集めや金集め等々。
元来、人の心とは弱いものであろう。
だからこそ宗教に縋り、癒しを求めるのだろう。
それは無宗教、無信心の私にも十分に理解出来るつもりだ。
しかし、それにつけ込んで殺人を平気で命じる、大金を騙し取り天声だと言い逃れる。
そんな事は許されるものではない。
宗教に寛容なのは良いことだとは思う。
それが本当に心の癒しに成るので有れば・・・・・。
だが、宗教に名を借りた俗物や犯罪者どもの無法に寛容であって良い筈がない。
宗教とは癒しである、決して卑しいものであってはならない。
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