アルシノイエ

「ヘステも父に無事を伝え、安心させねばな」

「……は、はい……」

出港を迎えた船室では向かう先での目的を確認し、拒否する事が出来ずただ告げられる言葉に頷くしかない。

「ノイエは久し振りの帰還ですから……母となる事を皆に伝えなければな」

「ひぅぅっ……そ、そんな……」

両に侍らせる女性、その腰に手を廻し下腹を撫で回しては明確な膨らみを強調され、その事実を報告する様求められる。
ヘステは未婚だが、ノイエは夫があり二十数年も連れ添っているが、その間に子をもうける事は叶わずにいた。
勿論機会が無かった訳では無く、妊娠もしたのだがその手に抱く前に流れ失われてしまったと言う悲劇を三度も経験している。
その後は年を重ねた事や、多忙も重なって半ば諦めており、そうした事情からもヘステに対して我が子同然の思いを抱いていたとも言える。
そのノイエの下腹はヘステと共に膨らみを増し、ルシウスの言葉通り子を宿し母となる階段を着実に昇る途上に有るのは事実である。

「ヘステと共にノイエも初子となりますからな……祝福を受ける為にも、しっかり宿しておきますかな」

「くぅぅ……なっ……既にお腹にはお子がっ……宿っているのに……あひぃぃぃ……またぁぁぁぁぁぁぁ」

まだ子を産んだ経験の無い点では同じであり、特に待望の我が子と言う点ではノイエが遥かに上であり、過去の記憶を繰り返したくは無いと言う意識はある。
尤も、妊娠など思いもしない事態が現実となり、それが不貞妊娠である事からも容認するなど有り得ないが、母の願望は深層意識に強く存在し、宿った子を得たいと思う意識が貞淑な性と激しく対立していた。
その意識を弄ぶ様に抱き寄せると、願望を手助けすると言わんばかりに剛直を突き入れ、子を宿した胎内に押し入っては母性を刺激して反応を愉しみ、更なる妊娠を強制する様に子種を注ぎ込んで行く。
ビザンティウムを後にする船が、目的地となるアテナイへと航海する間、船内から熟れた色香が絶える事は無く、熟母達の再妊娠が加速して行った。

「順調に経過しておりますよ、ソフィア様」

アテナイに残っていたソフィアは下腹の膨らみも公にした事もあり、ルシウスと結ばれた事と相乗して絶大な祝福を受けたが、新たな指導者としての発表を終えてから暫くは絶えず訪れる面会、そして持成しを受け続け休む間も無かった。
それら一連の行事も一区切りし、ルシウスが所用もあってビザンティウムにと戻ったが、活気の減退を懸念して象徴たるテメノスの二人は民衆に安心感を与える意味でも残されていたのだった。
ソフィアはルシウスとの間に子を得た事で大事を取る様にと周囲の意識が働き、婚期が遅く待望の後継者ともあって過剰な気遣いと休息を与えられ、定期的に医師の診断も受けては順調な経過を辿っていた。

「エウリュ……帰っていたのか、安心したよ」

「えっ……あ、あなた……」

もう一人のテメノスであるエウリュディアはアテナイを離れ、自宅のあるコリントへと戻っていた。
久し振りに帰る自宅であるが、何かを気にする様に落ち着かない様子を見せる所に、暖かい声が自分の名を呼ぶオフェロスの姿が現れる。

「君が帰れるまで長くなると言われたから、その間にヘステを探しに行って来たんだ」

「……ご、ごめんなさい……そ、そう、ヘステを……」

エウリュが戻った時は誰もいない自宅だったが、後を追う様に戻り空けていた理由を語る。
当初約束していた娘ヘスティアを二人で探しに行く事は、指導者の決定が長引いた事で延期となったが、その後エウリュはルシウスによって正妻化されてしまい果たせなくなっていた。
そして肝心のヘステも式典の直前にルシウスによって再開させられ、側室となりその子を宿している事も膨れた下腹によって見せ付けられていたのだ。
しかし、オフェロスは選挙の途中でエウリュと面会してから、その結果を待たずして娘を探しに西域へと足を運んだ為、一連の事態を全く知らないのであった。
エウリュ自身、最初は式典に夫も参加しており宣言を聞かれてしまった物と思い込んでいたが、警護に付けられたルシウスの部下に帰宅の途上で夫の行方を聞かされた。
勿論それが事実かどうかを判断する証拠が無く半信半疑であったが、再開し懸念した素振りを全く見せない夫の態度に、告げられていた内容が正しい物である事を実感する事になった。

「もう帰ってこないのではないかと、思ったりもしたけど……エウリュの顔を見る事が出来て良かったよ」

「……えぇ……私もあなたと会えて……嬉しいわ」

愛する夫との再会はこの上なき幸せを感じる物であるはずだが、過去に築き上げて来た太く強固な絆がルシウスと言う存在と出会ってしまった事で頼りない解れた糸の様に変わってしまった。
それは不貞を積み重ね、会う事が憚られると思わせる心境であるが、知られたと思っていた不貞が杞憂であったと確認すると、許されはしないが落ち込んでいた心は幾分軽くなる。
しかし、かつての様に睦まじい夫婦仲を見せるまでには至らず、微笑み喜びを浮かべる夫に対し、エウリュは余所余所しく、目線も合わせる事ができない。

「うっ……うぅ……」

「エウリュっ……だ、大丈夫かい」

俯くエウリュは腹部を口を手で覆う様にしてはその場に蹲り、オフェロスは介抱し様と慌てて近寄り抱き起こそうとする。

「す、少し疲れているみたい……だ、大丈夫よ……」

「休んだ方が良いよ……忙しかったんだろう」

しかし、普段のままなら身を任せるはずのオフェロスを拒むかの様に一人立ち上がると、壁を伝い寝室へと逃げる様に立ち去り、オフェロスも不慣れな環境で疲れが蓄積した物と捉え妻の態度も許容してしまう。

「はぅ……うぇっ……うぇぇぇっ……」

オフェロスは内情を良く知らないが、不慣れな場に連れられた事で自然な解釈をし、エウリュも不貞の事実は有るが、同様の理由を原因として考えていた。
平穏な暮らしから一転、表舞台にと引き出され慣れない対応を余儀なくされた事で精神的な疲労が蓄積、そこから一時的とは言え解放された事で緊張の糸が切れ一気に疲れが出た、と捉えたのである。
オフェロスは当然妻を気遣うが、エウリュが頑なに拒み警護役として同行するルシウス配下の者が世話役も兼ね、その代わりを務めていた。
心配を掛けまいと気丈に振舞うものと捉えては妻の意思を尊重し、僅かに起きてすれ違う際にその顔を見る事が出来ると言う様な状態であったが、無理強いする事もなくただ見守る事に徹する。
一方のエウリュは寝所で横になり過ごすが、日に数度は足早に水場へ向かい嘔吐する日々を繰り返し、夫婦での生活は分断され、かつての触合いは望める状況ではなかった。

「ルシウス様がこちらに向かわれたそうです」

「えっ……そ、そんなっ……」

夫婦で過ごす時を与えられたが、僅かに言葉を交わしただけで寝込み嘔吐く日々を過ごしていては、折角の機会を無駄にしてしまう事になる。
そのエウリュにルシウスがビザンティウムを発ち、迎えの途についた事を知らされると、離れ行く夫婦仲に焦燥感を煽られてしまうが、意に反して体調は一向に快方に向かわないのだった。

「これはルシウス様、どうぞこちらに」

「では、我らは先に所用を済ませてまいります」

ビザンティウムを発ってから数日、船はアテナイの港に入ると、出迎える有力者の挨拶と共に取り入る為の宴席にと招かれる。
そのやり取りの傍ら、同行した部下達は熟母を連れ一足先に目的地に向かうのであった。

(……こ、こんなに大勢の者が……それも皆、名の知れた……)

「さて、参りますよ」

「えっ……あっ……せ、せめて外套だけでも……」

我先にと詰め掛ける様に訪れた出迎えは熱狂的とも言え、更にはそれを構成する者が名の知れた有力者ばかりで占められており、ルシウスの影響力が絶大な物である事を改めて知らされる。
その圧倒的な情景に見惚れていたが、ルシウスの声と共に待ち構える視線の海にと飛び込む光景がふと浮かび、変わり果てた自らの姿を曝け出してしまう事への拒否感が、少しでも視線を妨げる様にと求め様とする。

「まぁ、大事な者を触れさせる訳にも行きませんからな」

「こ、これは……あ、有難う御座います」

羞恥を煽る行為を妨げる為の要望は、総じて認められず陵辱に供されては無き濡れる事が常であり、今も身形こそ整えられているが僅かな刺激を加えられれば瞬時に恥辱に塗れる醜態を晒す寸前である。
今回も同様の結果であろうと思い込んでいたが、待ち構える人波を眺めては要求を認められたのである。
下船する五人の女性に渡されたのは、外套だけでなく頭衣も含まれておりそれらを纏う事で、外見を包み込み一見すれば従者と思われる格好となり要求を十分に満たす物であった。
そして、ノイエとヘステはルシウスの後に続き、残る三名は部下と共に連れられ別行動となる。

「……では、後は任せる」

「はっ……お気をつけて」

迎える者達の全てを相手にするだけの時間は無く、瞬時に有用な者を判別しては手短に会話を交わし、有る程度の見切りをつけると控えている部下達に指示を出し、渡されているノイエの分類と合わせて残る応対を任せると、二人を連れて悠々と立ち去って行く。
その足でアテナイ城内に待つソフィアを尋ね、軽い愛撫で挨拶とすると所用があり帰還までは暫くかかると告げ、その時まで休息を続け母胎を気遣う様に言い残してはその場を後にする。
向かう先はアテナイでは無く、今回同行者として選ばれた女性達の故郷であるコリントで、すでに先発した部下達は直行していたのだった。

「面会の主役なのですから……いつまでも纏っていてはなりませんよ」

「あっ……そ、そんなっ……ひぃぃっ」

先着した部下達は迷う事無く歩を進め、指導者が集う施設にと向かってはその一室の手前で、熟女達の身を包み隠す安心感を既に無用として容易く取り除いてしまう。
目前に構える扉の向こうには確実に人の気配を感じるが、その扉を開いた後に行われる面会の主役である事も知らされ、待ち構えるのが何者なのかがおぼろげに浮かび上がり、心の準備も出来ぬまま扉は無情に開かれた。

「……っっ……お、お前、その身体は……」

扉が開かれると、並び立つ三人の姿が待ち構えていた者達の視界に映し出され、僅かな間が何倍にも感じる様な沈黙が室内を包み込む。
そして、静寂を破る様に熟女達に聞き覚えのある声が、驚愕し明らかに自らの姿に対する指摘を投げ掛ける。

「……こ、子供を……に、妊娠……しています」

「……なっ……お前が……何を言って……」

その声に俯いたまま、力無く我が身に訪れた事実を述べると、にわかに信じられず驚きも収まらないまま混乱気味の様相を呈する。
この一室で待ち驚愕の声を上げた者達が誰なのか、それが自分達の夫であると判ってしまった熟女達は、観念し諦めにも似た心境で告白をしてしまう。
そして、何も知らずただ面会の通知だけを知らされていた夫達は、目に映る自分達の妻の姿を捉え、次の瞬間には大きく前方に膨らむ下腹も飛び込んで来た。
明らかな違和感に意識も言葉として表れ、その答えが間を置かず妻の口から返されては、より一層心の準備が出来ていない夫達を衝撃で打ちのめすのだ。

「この御方との間に……もうけた子です」

衝撃は更に続き、背後に立つ男達を自分の妊娠に関与する重要な存在として説明し、まるで夫に引き合わせ紹介するかの如く映し出されてしまう。

「あ、あなた方は……ルシウス卿の……」

「ふ、不出来な年増がこの様な失態を」

「すぐに処罰致します故、何卒穏便に……」

ルシウスの部下達が夫達の目に映ると、以前の記憶に存在する姿と重なり、それがすぐにルシウス配下の文官であり面識の有る存在である事を理解する。
実はルシウスが式典を行う頃、熟女達はテメノスの付き人として同席していたが、部下達はこの地で先々の計画を協議していた。
その中で夫達は中核を担う存在として議論に参加し、部下達がルシウスに見込まれた重要な存在であり、優れた才を持つ有望な人材と高く評価し、感服していたのだ。
それ程の人物が妻に引き出され、その子を宿していると告げられると、夫達の脳裏には熟女達の認識とは異なる捉え方が浮かび上がり、状況からそれが正しい物と確信してしまう。
40も過ぎた自分の妻達が妊娠するなど想定外の事態だが、膨れる下腹を見ては事実と認めざるを得ない。
しかし、自らが、ルシウスが見込む男達が、敢えて年増の妻を抱くとは考えられず、妻達が有望で魅力有る若い男に近付き、交わりを求めたと捉えてしまったのだ。
そして年甲斐も無く妊娠までしてしまったとなれば、妻の不貞で有望な男達の経歴に傷が付き、ルシウスの罰せられる様な事態ともなれば取り返しもつかない。
そう考えてしまい、確定してしまうと夫として妻の不出来を詫び、問題の責任をとって妻を厳罰に処し自らも覚悟を決め、部下達に事を収める様懇願してしまう。

「その様な事を我らも、主も望みません」

「子を宿したのは我らに要因が有りますし、我が子である以上手にするのは親の責務です」

「罰されるならば、我らも同様に受けねば公平とは言えません」

だが、悲壮な覚悟の夫達に掛けられた言葉は咎める性質を一切持たず、逆に救いの手を差し伸べる如く全てが許される物であった。
それどころか、妻の淫欲からもたらされた妊娠も男女の交わりあっての物で自らの非とし、更には熟女達の処罰を避ける様にその子も親として得る正当性を訴える。
そして、処罰を科されるなら自分達も同様であり、被害者ではなく同罪として公正な判断を自ら求めたのである。

「それ程までに……ですが、この者達を……」

「彼女達は我らの支えとして不可欠な存在、それは我が主も認め……欠かさぬ様にとの沙汰もあります」

「判りました……お前達は、御仁らを助ける事で罪を償え……もう、我らとは何の関わりも無い、離縁する」

「……あ、あなたっ……そんな……そんなっ」

「それでは、確かに御預かり……いや、所有させて頂きますよ」

思わぬ申し出をされ、余計に後ろめたい意識も生まれてしまうが、不貞年増を欠かせない存在と評価し、職務にも好影響を及ぼす事でルシウスにも認められる事実を持ち出されては、夫婦の私情で事を収められる物で無いと知らされる。
無理に事を起こせばルシウスにまで影響が及び、新たな出発で湧き上がる国情に水を差してしまう事にもなりかねない。
そう思うと、せめてもの罰として求められる力を発揮し、部下達の助けとなる様に言い付け、人妻としての不貞を消す為に長年連れ添った夫婦の別離、それは彼女達にとって二度と戻れぬ宣告が、夫から突き付けられる。
離縁の言葉に頭が真っ白になり、男達の手中に囚われたまま立ち去る夫の姿が手の届かぬ所へと離れて行く姿を見せられ、過去の記憶が甦っては淫獄に包まれ塗潰されて行く。
そして、熟女達は公式にも完全に手中に堕ち、夫達が立ち去ったこの一室で再び男達と交わり、新たな夫婦として歩む事を宣言させられるのだ。

「先にノイエの用事を済ませ、エウリュの元に向かいますかな」

部下達が目的を達成している頃、遅れて街に入ったルシウス達は久し振りの帰還となるノイエを優先する様に仕立て上げ、歩を向ける。

「これはルシウス卿……よくぞおいで下さいました……」

「ふふっ、歓迎されている様ですな」

一行を乗せた馬車がメイオス邸に到着すると、ルシウス来訪を受けて奥から迎えの声が響く。

(……あ、あなたっ……こ、来ないで……)

声の主が近付くのを感じながら入り口で迎えを待つルシウスはおどける様に、ノイエは絶望的な意識に囚われながら立ち尽くす。

「お目に掛かれて光栄です、私はラゴス=メイオス……っっ……ノ、ノイエ……ノイエなのか」

ルシウスの姿を確認した声の主は友好的な態度で自らを名乗り迎え出るが、向けていた意識と視線が対面する距離に至るまで間に位置する存在を認識していなかった。
両肩に手を添えられる様にしてルシウスの前に立たされている人物、俯いてはいるがその間合いを考えれば顔を覗え、見覚えが有る程度ではないその顔は久しく見る事の出来なかった妻に間違いないと確信させる。

「……は、はい……アルシノイエは無事戻りました」

「そ、そうか……良く戻ったな……こ、これは失礼をルシウス卿、こちらへどうぞ」

「いえ、構いませんよ……さて、ノイエも参りましょうか」

外套に包まれたままのノイエは、久し振りの帰宅とあって夫であるラゴスは予想外の歓喜に満ち、異変には全く気付かず心情を吐露してしまう。
すぐに客人であるルシウスを迎えていた事に気付き、無礼を詫びて奥にと案内すると、気にした風は無く招きに応じノイエに耳打ちしては共に歩を進ませ、後に続く。

「この様な所においで下さるとは……ノイエはこちらに……」

「多少見せねばならぬ事がありますからな……いえ構わず、ノイエ様はココで」

「……えっ……ふぁっ、ふぁい」

招かれた一室ではルシウスの来訪など思いもよらず、こうした機会が訪れた事を信じられないと敬意を表し上座へと案内する。
そしてルシウスの側に付き添うノイエに、無礼な行為と引き離し自らの元へと呼びつけるラゴスを遮り、着席したルシウスはその腰上に据付ける様にノイエを収めてしまう。
抱え上げられ、馴染みのある場所へと腰を降ろす事になり、夫の前とは言え刻み込まれた感覚がルシウスの言葉に従う様に収まり、違和感を感じさせない光景を作り出してしまう。

「そ、そう仰られるなら、私も依存は有りませんが……此度は如何なるご用件で、御自らが?」

「ふふっ……私が語る事は無いのですがね……ノイエ様が色々と、ね」

「……ル、ルシウス様っ……何を……」

妻を他人の腰上に座らせて納得をする事は無いが、事を荒げても仕方なく、それに女とは言え既に頃合いも過ぎた年増に色香を求める訳でもない。
そう思えば、寧ろルシウスの機嫌取りとして効果を発揮する方が、得策であり言われるがままにした方が良いとの結論に達する。
そして、一つの問題に決着がつけば、ルシウスがわざわざ出向き訪れる理由、本題にと入る事になる。
ルシウスが到着する前に訪問が事前に知らされていたのだが、その事実だけが告げられ理由や目的などは全く知らされていなかったのだ。
ラゴスの状況を考えれば当然の事であるが、興味を掻き立てられる問い掛けにルシウスの口からは拍子抜けする様な答え、それは目的も理由もルシウスが語るにおいては特別存在しないと言う、ふざけた物であった。
だが、一拍おいて続く言葉が本来の答えを語り、ルシウスでは無くそれに腰掛けるアルシノイエが答えを秘めていると匂わせるのである。
当のノイエは話題の主役に仕立て上げられる、それはある程度覚悟はしていたが、これ程早い段階でその状況に導かれるとは考えていなかった。

「ノイエが……それは一体」

「包み隠さず、話さなければなりませんよ」

ルシウスでは無くアルシノイエ、完全に話題の中心を移し替えられると、当然ラゴスの意識もノイエに向けられる事になる。
しかし、ルシウスと言う存在が消える事は無く、ラゴスは勿論ノイエにとっても変わらぬ存在感を保ち続けている。

「妨げる物も外さねば……コレももう必要有りませんな」

「そ、それはっ……や、やめ……ひぃぃっ」

慣れ親しむ位置にいるが添えられているだけで、普段なら熱い肉槍が貫き交わった状況である所を免れている。
だが、手元に置かれ釘を刺す様に耳打ちされては、逃げ道を完全に封じられたも同然で、身を包む外套によりラゴスには判らないが小刻みに震え迫る恐怖に慄いていた。
唯一ノイエを守っている存在とも言える外套、それが真実を告げるよう促された事で、その下に隠す事実を妨げる物として不要を宣告されると、そのまま手を掛けられ魔術劇を見るかの様に奪い取られてしまう。

「っっ……ノ、ノイエっ……そ、その姿は」

(あ、あなたっ……み、見ないで……言わないでぇぇ……)

はらり……ルシウスによって外套が宙に舞い広がり、見事な手捌きで収斂しルシウスの手に収められる。
突然の事であったが、ラゴスの視線を奪い惹き付けるのは当然であり、一瞬の出来事を終えてその場に残された次の光景が否応無しに映し出される。
ルシウスの腰上に据えられ腰掛けるノイエ、状況は全く変わらないがラゴスの視界にあるのは、外套の外されたノイエが映り唯一の違いが言葉を詰まらせる程の相違を露見したのだ。
一応の身形は整えられており、普段の様な露出は免れているのだが、膨らみを見せる下腹だけは視線に触れてしまうと隠す事は不可能である。
しかし夫の驚愕の声が上がる瞬間、自らも上げてしまいそうな悲鳴をノイエは必死に耐え、心の内でひたすら夫に懇願し続ける。
それは、ノイエが悲鳴を上げてしまえば夫の抱く疑念を、自らが肯定してしまう事に直結してしまうと判っていたからであった。

「ふふっ……早速本題とは、しっかりと答えなければなりませんよ」

(……そ、そんなっ……私が……夫に……)

だが、そうしたノイエの意地らしい抵抗を予見し、弄ぶ様にしてはラゴスの上げた声を開始の合図にすり替えると、求められた答えを、つまりは抱かれた疑念の肯定を悲鳴では無く明確な言葉で出す様に陥れる。

「こ、この……膨らみは……に、妊娠を……しているのです」

「……っっ……に、妊娠とは……その年で……い、一体誰と」

ルシウスと距離を置き、夫の側にいたならば偽る事も考えられるが、その様な選択肢は封じられている。
尤も、そうした偽りを自らが許容できない性格では、同じ結果であったかも知れないが、促される様に求められ急かされると、偽りを許さない意思が不貞の事実をも正直に告白してしまう。
そしてまさかと、思い違いで済ませたかったラゴスは語られる妊娠の言葉に強い衝撃を受ける。
それは過去に流産を経験し夫婦の間に子を授かる事が出来ないと、ほぼ確定していた認識があり、それはノイエもルシウスと出会った頃までは共通していた。
勿論、ノイエが役目の為に家を離れていた期間は元より、それ以前から長く夫婦での営みは無い事実から、当然相手が存在する事にも意識が及ぶ。
だが妻の不貞と言う捉え方よりも、妊娠していると言う事実が、それを否定する認識の強さから衝撃の度合いを一層高めてしまい、ノイエの危惧する点とは微妙にズレを生じさせていた。

「そ、それは……」

見たままの現実を口にするまでは、偽りを認めぬ意識が恥辱に塗れる事も辞さないと決意させたが、もう一歩踏み込んだ所への追求が及ぶと、途端に口が重くなる。
妊娠に至った事実は目にする下腹の膨らみが雄弁に物語り、それを肯定する言葉は確証付ける程度でしかなく、結果を告げる認識としか取られない。
だが、そこに至る要因、つまりは交わり結ばれない限りは起こらない事が起きている、そしてその相手が夫であるラゴスではない事も明確である。
子を得られないと諦めていた事実に、40も半ばの年齢が加わり、否定的な認識が尚更向けられる意識を強い物にしてしまい、その答えが背後の存在であると思えば、置かれた状況が一層の疑念を生み出す方向に加速してしまうのではないか、そう思うと浮かぶ名を飲み込んでしまう。

「はっきりと申されないと、正しく伝わりませんよ」

「ふぁっ……ふ、触れては……」

ノイエの躊躇に、気遣い安心させるかの様な振舞いを夫の前で見せながら、下腹に手を当てて撫で回しながら自分の孕ませた子供の存在を意識させ、ノイエの母性を煽りながら事実を口にする様に後押しする。

「……こ、この子供は……わ、私が……ぎ、義務として……宿した……」

「……な、何を……義務とは……」

ルシウスの魔手によって高められる母性は、意識に有る子供の存在を増大させ、深層意識に秘める母への願いが達せられる道を閉ざさぬ様にと、言葉を選びながら語りだして行く。

「……ル、ルシウス様の……お子を……宿して……いるのです」

「……っっ……何と……ル、ルシウス卿の……その様な事が……」

しかし、如何なる手立てを講じてもノイエに逃れる術は見付からず、絶望と言う言葉に包まれながら核心となる男の名を遂に口にする。
語られた相手の名が知らされると、腰掛けていた椅子から半ばずり落ちる様に身を崩し、ルシウスと言う突拍子も無い名前に呆けた顔を晒したまま固まってしまう。

「ノイエ様も母となる願望を強くお持ちですから、私もその手助けをしたのですよ」

「そ、それでは……真の……」

衝撃に包まれ時間の止まる夫婦の針を再び進める様に、ルシウスが告げられた言葉を否定せず、外堀を固める様にノイエを援護し手中にと引きずり込んで行く。
当人として名を挙げられたルシウスが、自らノイエの語る内容にお墨付きを付けられては、信じられない連続も事実であると認める以外無いが、頭では理解しつつも心は素直に受け入れられない。

「私の側で良く支え助けてくれますからな……優れた才を途絶えさせるは重罪に等しい」

「ひぃぃっ……こ、この様な所で……」

だが、ラゴスの様子を気にする事無くルシウスは続けると、ノイエの存在を高く評価し不可欠な者と認めた上で、子の無い事を指摘し、絶やすには惜しい所か存続が当然と断じたのだ。
そしてルシウスの魔手はノイエに絡み付く様に這い回り、下準備を進める様に熟れた身体を蕩けさせ、熱を纏わせて行く。

「た、確かに……ノイエは名家メイオスの継承者、その才も血脈も絶やすなど……認められる事では」

ルシウスの動向よりも告げられた言葉の意味合いがラゴスに重く圧し掛かり、その全てが当然の物として納得すると共に、自らを鑑みて肩を落とす。
かつて大帝国を築き上げたテメノスの帝王アレクサンドロスに仕え、その後継承者の一人に数えられたメイオスの末裔。
その流れを継承し今を生きるメイオスはアルシノイエであり、その後に名を残し伝えるのもアルシノイエなのである。
過去の栄光と比するには地位を落としていると言え、存続する数少ない名家の一つ、アルシノイエの優れた才をも加えれば残す事こそ正道なのは重々承知している。
しかし、三度も流産しそれ以後は宿る段にも至らず、かと言ってノイエに無理を強いて彼女が失われては全てが潰えてしまう事になり、次第に距離が生じてしまった。
ノイエがラゴスを責めた事は無く、自らが不妊と思う節もあるが、ラゴスに取っては宿り流れたと言う事実が、名家メイオスに相応しくないと見なされた様に思え、口にした事は無いが常に自らを責め苛んでいた。

「ラゴス殿にも、普段の働き振りを……お見せしておきましょう」

「ひぁっ……な、なりませんっ……そんなっ、そんなぁぁぁぁぁ」

立ち尽くすラゴスとは対照的にルシウスはノイエの才覚と献身さを称え、その輝かしい様を夫の前でも披露し、誇らしい妻としての認識を高めさせるかの様に嘯いて見せる。
ルシウスにとってノイエの持つ才は大きく二つの点で高く評価され、一つはこの場において共通認識で捉えられている実務能力に秀でると言う事であり、披露する様に促された内容もそれに当てはまる、少なくともラゴスには。
だが、もう一つはルシウスにとって意図する所でありノイエにとってもそう受け止めてしまう、つまりその身体が持つ極上の性であり、ルシウスを愉しませ満足させる牝としての資質の高さ、そして促された内容その物である。

「こ、これが……ノイエの……か、身体……なのか……」

下腹部を覆っていた細長い前掛けが脇へと捲られ、巨乳を一時的に隠す為の布、これは破り去った上着の代わりとして限定的に着用を認められた物だが、普段の姿とばかりに容易く外し取られてしまう。
元々は外套や肩掛けなどを着用し露出を軽減するのだが、それらが無ければ露出の多い衣服であり、そこから更に胸元や下腹部に手を加えられて正装に仕立てられてしまった。
ルシウスの腰上で巨乳を、膨らんだ下腹を妨げなく曝け出し、更にその下の秘花もあるはずの下着が未着のまま、惜しげも無く晒し出されている。
その姿はかつて夫婦の営みを経験した頃の記憶と比べ遥かに色香を増しており、元より大きかった双乳も二回り以上は増し、ルシウスの手に取られしっとりと馴染む光景が映されるが、あまりに妖艶な姿が魅了し釘付けるのだ。

「そ、それに……な、何と言う……雄々しさ……」

そして、ノイエの開かれた股間の直前部、そこには天へと向かいそそり立ち見る者を圧倒する威容を誇る肉の芸術的な凶器が姿を現していた。
それが何なのかラゴスにも判るが、ノイエの身体とルシウスの男根と眼前の男女が持つあまりにも魅惑的な光景に、その強烈な雰囲気に飲み込まれて行く。

(……あ、あなた……ごめんなさい……私は、もう……戻れない……)

痛い程に向けられる夫の視線、それはノイエの思う意図とは異なるが、惹き付けられ魅了された様に釘付けとなるそれが、背けられず注がれ続ける事で夫婦の絆が脆く解れ、僅かに残る最後の希望も絶たれたと受け止めてしまう。
巻き起こる現実の異なる受け止め方が、追い詰められた才女に握り締めていた絆を自ら手放させ新たな人生を歩ませる決意を固めさせてしまうのだ。

「ルシウス様のお子を宿すは、この年増の義務……んぁっ……あふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

過去との決別を胸に秘め、その証明とばかりに口上を述べると自ら腰を浮かして秘花を剛直に触れさせ、夫の眼前で別れを宣言する様に腰を沈め、ルシウスの剛直を胎内に収めながら喜悦の嬌声を奏でる。

「いつにも増して積極的で……良く絡みますよ」

「ふぁっ……ふぁい……わ、私の身体は……ルシウス様に……お、お使い頂く事が……至上の悦び」

「……そ、そんな……ノ、ノイエが……」

自ら交わりを求め抱かれるノイエに、夫の前で積極的な態度を強調する様に触れられ、更には交わりの質もより高い物と賞賛される。
ルシウスの恥辱に塗れる賞賛を否定する事無く受け入れ、それ所かルシウスと交わる事を特別な物と位置付け、夫を差し置いて全てを捧げる様な態度を見せ付けてしまう。
そして魅了した光景は、同じ場にいる自分に疎外感を植え付け、ルシウスとノイエの交わりが目の前で行われると、近くにいたはずの妻が遠い存在として次第に距離が離れて行く事を実感させられて行く。

「ど、どうかこの年増を……母となれる様……ひっ……あひぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「ふふっ……ノイエが望むなら……何人でも孕ませてあげますよ」

「……やはり……ノイエは子を欲して……」

そして濃厚さを増して行く交わりは、ノイエの口から懇願される母への願望がラゴスの脳裏に刻み込まれ、その願いを存分に叶える如く生命力溢れるルシウスの子種が熟れた胎内を熱く満たして行く。
既に何人も宿している実感が有るノイエに更なる妊娠を求めさせる、それは過去の記憶が願望を強める方向に向けられ、それはラゴスに秘められていたノイエの本心として捉えられると共に抱き続けた不相応の劣等感、その烙印が今まさに押された実感を与えてしまうのだ。

「と、年増の母乳ですが……お子の為にも……ご賞味下さい」

「また一段と濃厚さが増して……これはまた何人か宿った様ですな」

「あ、あんなに……溢れて……」

かつての妊娠は全てが流れてしまったが、極上の身体は母乳を得て残滓を残していた。
しかし、今は新たに宿した子の為に得た母の恵みであり、いきり立つ乳首からは止めど無く神秘的な乳白色の恵みが溢れ出し、ビクビクと脈動する乳首を献じてはルシウスの口に含まれ喉を鳴らし存分に堪能されて行く。
ノイエの母乳を目にした事の無かったラゴスには、この妊娠が自らとの間で経験した物を偽りと斬り捨てる様に感じさせる程、溢れ出る母乳の勢い、量、そして語られる質への賛辞がルシウスによって母となる日を約束された真の妊娠に見えてしまう。
それは僅かな隙間から零れる欲望の白濁、野太い剛直を咥え込む秘花から胎内に収めきれないルシウスの濃厚な子種が、ノイエの愛液と混ざり合って零れ落ち、それが年増であっても子を宿し得る強さを持つモノとラゴスに雄弁に語りかけ、目の前の現実が止めを刺す。

「はひぃぃ……こ、これからも……アルシノイエに……ルシウス様の……大事なお子を……お、お宿し下さい」

「ふふっ……ノイエは大事なモノだからな……これからもしっかりと孕んでもらうぞ」

アルシノイエ

夫の前でなすがままにルシウスの手中で弄ばれルシウスとの妊娠を積極的に口にするノイエに、満足げな笑みを浮かべながら手にする牝の所有者として確たる誇示をするルシウス。

「そろそろ暇せねばならぬな、ノイエもラゴス殿に別れの挨拶を」

「……あな……いえ、ラゴス殿……こ、この様にお会いするのも……これで最後……メイオスの名を守れるのは……ルシウス様」

そして割かれた時間が僅かとなり訪問の終わりが近付くと、ラゴスとの挨拶を済ませ次に向かう為の最後を促されるノイエ。
その真意は定かではないが、ノイエが受け取ったのは単なる社交辞令としての挨拶では無く、完全に決別する為の別れを通告する物であった。

「お会いした時より……アルシノイエはルシウス様に並ならぬ慕情を抱き……母への願望のみならず……プランクスの名をも望んでおります」

「おやおや、この様な時に告白を受けるとは……しかし、ノイエにはラゴス殿がおられる」

だが、向けられた先は自らを抱き犯し、不義の子を多重妊娠させるルシウスに変わり、それが抱き続けた慕情を告白し人妻にあるまじき望みまでを口にするのだ。
驚く様子も無くしかし、おどけた言葉で応対し口にする不義理を指摘する事で、再びノイエに答えを求め、続けさせる様にルシウスは仕立て上げて行く。

「メイオスを継ぎ、子を残す役目……その助けとならないラゴスは……夫として相応しくないのです」

「ほう、それで……相応しくないとすると、如何なる判断を下すのです?」

そして、課せられた目的、それが果たされずに至る事実を述べ、夫であるラゴスに処刑と変わらぬ宣告がなされ、明確な決断に到るまでの追求が続けられる。

「……結ばれた婚姻は……無効……です……こ、これで……独り身……身も心も捧げますから……年増の恋に……御慈悲を」

「……私の子を宿すノイエが独り身では問題……これからも我が妻として尽くしてもらうぞ、アルシノイエ=メイオス=プランクス」

口にする様に求められた最終宣告が夫婦関係を完全に消滅させ、ラゴスとの関係が無くなった事を宣言すると、ルシウスとの関係を繋ぎ止め、より強固な物とする為の哀願にと移り変わって行く。
思惑通りに事を進めるルシウスは、公に独身となったノイエを強調しながら下腹に自らの子を宿している事実を重ね、必死の哀願を認める様に唇を奪い舌を絡め似合いの男女と印象を強め、新たな妻の名を告げ名実共に手中に収めてしまうのだ。

「あなたの才も必要ですから、後の者から話があります……それでは我らは失礼しますよラゴス殿」

(許して下さい……あなたをこれ以上巻き込まない為にも……こうするしか……無かったのです)

手中にしたノイエを抱き犯したまま立ち上がり去り際にラゴスを見捨てず評価すると、入れ替わる様に訪れる部下によって指示された地位に仕立てられる事になる。
連れ去られ行くノイエは、夫婦の絆を強め抗えばラゴスに危険が及ぶと捉え、自らの犯した不貞を一身に背負い、そして心を痛めながら敢えてラゴスを突き放し結ばれた絆を絶ち切る様に振舞っていたのである。
その関係を崩壊させ消し去る事でしか夫を救えないと追い詰められたノイエは、ルシウスの手によって次第に堕とされて行き、振舞いであったはずの態度も本心から望んだ物に変化して行く事になるのだ。