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2003年12月30日 火曜日
優勝トロフィー撮影 in 某サッカーショップ

横浜にお買い物に出かけた。横浜FマリノスのJリーグ完全優勝を記念して、
1stステージ、2ndステージの優勝トロフィーとチェアマンシャーレが
横浜市内の某サッカーショップに展示されていた。

マリノスのDVDを購入することもあり、カメラを持って立ち寄ることにした。
撮影可能かどうか確認を店員さんにした後、撮らせていただいた。
改めて、感動した。


2003年12月6日 土曜日
パレート:30000人、セレモニー:5000人

横浜Fマリノスの完全優勝を記念して、みなとみらいでの優勝パレードが
実現した。防寒をして、みなとみらいに向かった。

場所を確保して、パレード開始を待った。途中、小旗を配布していたので、
お土産に2本もらった。

14時を過ぎて、パレードが始まった。マリノスレディー、音楽隊、チャンピオンフラッグ
マリノス君、マリノ助と続き、オープンカーが現れた。後部にゴーン社長と中田市長、
助手席に岡田監督(最初、気がつかなかった)が乗車していた。続いて、優勝盾を持った
松田らが、次に優勝カップと下川ら、そして、ドゥトラらのオープンカー、最後に
トラックにその他の選手が乗車していた。あっという間に終わってしまった。


引き続き、美術館前の広場にて優勝報告セレモニーがあったので、参加した。
記念の盾、バスの授与、パネルの授与、市長、ゴーン社長の挨拶、岡田監督の挨拶、
選手のインタビュー、マリノス君の功労賞報告とあっという間に終わってしまった。
サポーターとチームがいっしょに優勝を喜べることの幸せを感じた一日だった。


来シーズンも、応援続けよう。


2003年11月29日 土曜日
Jリーグ2ndステージ第15節(最終節)
横浜Fマリノス 対 ジュビロ磐田
横浜国際総合競技場

2対1 横浜の勝ち(2ndステージ優勝&年間総合優勝)

今シーズン最終節。雨の中、観戦することにした。可能性は低いが
優勝する可能性がある。最終戦でもあるので、とにかく、目の前で見届けたかった。

雨の中、キックオフ。開始早々、守備の乱れから先制されてしまった。
その後、GKの榎本哲也がキャッチしたボールを蹴ろうとしたところに
相手FWが邪魔をする反則行為があった。それに逆上した榎本が
FWを突き飛ばしてしまった。もちろん、一発レッドで退場。佐藤が下げられ、
横浜での初出場となる下川が急遽、ゴールを守ることになった。
さすが元日本代表。突然の出場でも落ち着いて守ってくれた。


前半は、得点できず磐田リードのまま終了した。
各地の途中経過では、鹿島が浦和に2−0でリードしていた。
例え勝っても、優勝は無い状況だった。

後半開始早々、今度は、ゴール前の攻防から、マルキーニョスがヘッドで
同点ゴールを決めてくれた。早い時間で追いついてくれて良かった。

その後、試合は淡々と進んでいった。危ない場面はあったが、
下川が良く守ってくれた。そして、ロスタイムに突入、引き分けなら
目の前で磐田の優勝という状態である。下川のキックからゴール前に
運ばれたボールを久保が追いかけ頭に合わせた。前に出てきていたGKの
頭上を越えてボールはゴールに吸い込まれた。逆転である。そして、まもなく
試合終了のホイッスル。勝った!目の前での優勝がなくなった瞬間である。


オーロラビジョンに埼玉スタジアムの試合の模様が映し出された。
スコアは2−2の同点。しかもロスタイム。ひょっとして、完全優勝?
スタジアムがどよめいた。そして、試合終了。ベンチから控え選手、監督、コーチ
皆が飛び出してきた。奇跡の逆転優勝の瞬間であった。しかも、年間完全優勝である。
声にならない声がスタジアムに響いた。


まさかの出来事が目の前で起きた。感動した。こんな感動は、いままでなかった。

この日の有料入場者数は43283人。磐田サポーターもかなりいたが、確実に
増加している。勝つだけのチームでなく、強く魅力のあるチームになったと思う。
岡田監督という指導者の素晴らしさが実感させられた。


最後に、下川について一言。市原を解雇され、横浜の第3キーパーとして、常に
控えに回っていた下川であるが、さすがベテランである。久しぶりの出場にも
慌てることなく無失点で守りきったところは、評価されると思われる。
数少ない岐阜県出身のJリーガー。今後も頑張ってもらいたい。


2003年11月23日 日曜日
J2リーグ第44節(最終節)
横浜FC 対 コンサドーレ札幌
横浜国際総合競技場

2対0 横浜FCの勝ち

最終節、先着4000名にコシヒカリ配布の情報を得て、
急遽観戦することにした。
S自由でも¥2800と安いため、S自由の当日券を購入して
入場した。早速、メインスタンドに向かった。
マリノス戦では、高くて手が出せない席であるが

ここぞとばかりに、センターラインの延長線上の
前から10列目くらいに席を確保した。
キックオフまで時間があるので、プレゼントイベントに参加してを
お米をもらい、自席に戻った。

スタメンの発表があった。城以外、両チーム含めて知らない選手ばかりだった。
いよいよキックオフ。ピッチの中央という見やすい位置なため、冷静に
観戦することが出来た。前半30分くらいに最初の得点シーンが訪れた。
センタリングに見事に頭を合わせてのゴールだった。お見事!
前半は、これまで。後半にはいった。淡々と進み終了間際、城が見事に
抜け出してゴール。元日本代表である。一人だけ、動きも違っていた。


横浜FCのGKは、良く頑張っていた。良いキーパーになるかも。

昇格に関係のない試合だし、観客も8005人と寂しい試合だった。
奥寺やリトバルスキー監督を生で拝見できたのがよかった。


2003年10月26日 日曜日
Jリーグ2ndステージ第8節
横浜Fマリノス 対 セレッソ大阪
国立霞ヶ丘競技場

2対2 引き分け

前日、東京Vが仙台に引き分けたため、勝てば首位になるゲームだった。
サポーターも試合前から盛り上がっていた。国立のゴール裏の自由席は
青色に染まっていた。我々も、入場時に配られた青色のビブスを着て
盛り上がっていた。


前半途中で、佐藤由紀彦がイエロー2枚で退場になってしまった。
そんな中、先制されるもすぐにマルキーニョスの同点ゴール。
このまま前半が終わるかと思っていたところ、ロスタイムにゴール前の
混戦の中押し込まれて勝ち越されてしまった。

ハーフタイムに、mcATがボンバヘッドを熱唱していた。なんか、面白かった。


後半は、セレッソが守り気味できたため、チャンスが増えてきた。
残り10分くらいまで得点できず、やきもきしていたが、ゴール前の混戦の中、
柳が頭で押し込んで見事同点とした。その後も、得点する意識をもって
攻撃していたが、得点できずドロー。


一人少なくなった状況で良くやったと思う。カップ戦の決勝があるため
次節まで、2週間ある。しっかり立てなおして優勝に向けてスパートしてもらいたい。
観客も21500人と増えつづけている。期待の現れだと思う。

勝ち点差なし、得失点差での2位につけている。頑張って欲しい。


2003年10月18日(土曜日)〜19日(日曜日)

京都家族旅行

清水寺の何かが何年ぶりかの御開帳ということで、
どうしても今年中に京都に行こうということになっていた。

京都駅ビルの伊勢丹の最上階の京都料理店にて、ゆば料理のランチを摂った。
窓際の席だったため、大文字焼きの山を確認することが出来た。
京都は4回目であるが、はじめてそれを確認することができた。感動した。


すごい数の人だった。御開帳の影響もあるかもしれないが、
さすが人気スポットといったところである。別料金の御開帳の建物にはいった。
立派な像が何体も並んでいた。御開帳となった仏様に繋がれた綱を握り
ご利益をいただいてきた(つもり)。


清水の舞台を眺め、奥の院側から舞台を確認した。ご利益のある滝の水も
いただいてきた。

三年坂、二年坂をおりて、高台寺に向かった。秀吉の奥さんのねねのお寺だそうである。
知らなかった。結構、立派なお寺であった。


夕暮れになり、四条通りまで出て夕食にすることにした。途中、めざまし調査隊のロケを
していた。(四葉のクローバータクシーのロケであったらしい。
八坂タクシー1200台中4台しかないらしい。へぇ〜!)

2日目は、7時に起床して、
二条城に徒歩で向かった。途中、横浜Fマリノスバスが向かってきた。
前日、西京極競技場で試合をしていたマリノスの選手を運ぶバスだった。
思わぬ出会いに感動した。

国宝二条城は、築城400年ということでにぎわっていた。
二の丸御殿は、小学校の修学旅行以来、二度目であった。あのころとは、
違った目線で見ることができた。うぐいす張りの廊下も健在であった。
その後は、本丸、天守閣跡を散策し城を後にした。


バスに乗り、太秦の広隆寺に向かった。古いお寺らしい。立派な像(国宝、重文いろいろあった)
昼食を広隆寺の近くの小さなお店で摂った。(広隆寺内で勧誘にあったため、
探すのも面倒なのでそのお店にした。)結構おいしかったので合格!

その後、バスで嵐山を経由して大覚寺へ向かった。皇室とゆかりのあるお寺らしい。
立派なお寺であった。


観光は、これでおしまい。バスに乗って京都駅に向かった。
それにしても、よく歩いた旅行だった。


2003年10月12日 日曜日
プロ野球パシフィックリーグ公式戦
千葉ロッテマリーンズ 対 オリックスブルーウェーブ
千葉マリンスタジアム(最終戦)

5対1 千葉の勝ち

今シーズン唯一観戦していないオリックスの試合を見るために
ホリデーパスを使って、千葉まで向かった。
千葉ロッテの最終戦のため、内野自由席は全て無料という
太っ腹であったため、ファンクラブに入会してプレゼント付きの
チケットを入手することなく入場した。


試合は、オリックスの意地で勝ってやるという意気込みもなく、
初回に5点を取ったロッテの楽勝であった。
オリックスは、谷だけが目立っていた。

これで、全12球団の公式戦をみることができた。
おもしろいシーズンであった。

千葉のすごいところは、ファンにある。外野席がライト側では足らず、
レフト側の4分の1くらいまで白いストライプのユニフォームで
埋め尽くされていた。


応援も統一されていて、揃っており、見ていて聞いていて面白い。
ついついつられてしまうほどであった。


間違い無く12球団1だと思う。


2003年10月9日 木曜日
プロ野球セントラルリーグ公式戦
横浜ベイスターズ 対 広島カープ
横浜スタジアム(横浜ベイスターズ最終戦)

3対2 広島カープの勝ち

ベイスターズファンの音楽仲間とその仲間達5人で最終戦ということで
仕事を定時で切り上げて野球観戦することになった。

中華街で肉まんを買い込み、いざ、無料の外野席に向かったが、
立って見る場所さえないとの説明であった。
座りたいこともあり、¥1000−の内野自由席(充分に安い)にすることにした。
最終戦バンザイ!

4回終了時点で1対1と言うタイミングで入場できた。
一塁ベンチ後方、上段のほうに席を確保した。普段ならA指定席にあたる場所だ。


この時期、ビールは良く冷えているし、身体も冷えた。2杯飲んだ後は
コーヒーで身体を温めることにした。

試合は、6回にウッズ、石井の連続2塁打で勝ち越し。


9回には、デニーがストッパーとして登場。きっちり押さえて、
最終戦を勝って終了。となるはずが、1アウトもとれず、逆転されて交代。
その後、無死満塁のピンチを8−4−5のトリプルプレーで切り抜けた。
しかし、その勢いもないまま、あっさりと攻撃が終了して、負けて終わった。
今年のベイスターズらしい結果だった。

終了の挨拶もあっさりしていた。
でも、面白い試合だった。


2003年9月14日 日曜日
プロ野球セントラルリーグ公式戦
読売ジャイアンツ 対 ヤクルトスワローズ
東京ドーム

7対8 読売ジャイアンツの負け

試合結果は、どうでもよかった。
世界一の川相選手がこの日限りで引退という試合だった。
(後日、フロントへの不信感から引退を撤回した。)
優勝争いとは無縁のジャイアンツにとって、単なる消化試合となるはずが、
場内は異様な盛り上がりであった。

川相選手のプレイは、まだまだやれそうな動きだったが、気力が続かないらしい。
(後日、そうでもないらしいこと判明)
 
川相選手の第3打席、見事にセンター前ヒット。その直後、代走が出されて
最後のプレイが終わった。川相選手らしい終わりであったと思う。さみしい。


試合は、9回に1点差までになったが、高橋由伸が内野ゴロで終了してしまった。
終了後、川相選手は、チームメイトに胴上げされ、場内を一周し、
ホームベース上で引退の挨拶をした。(ジャイアンツからの退団挨拶となった。)
今後の川相の活躍を期待したいと思う。(どこかの球団での)


このような場面に立ち会えたことに感謝したい。


2003年9月6日 土曜日
Jリーグ2ndステージ第4節
横浜Fマリノス 対 柏レイソル
横浜国際総合競技場

1対0 横浜の勝ち(2ndステージ初勝利)

優勝を決めてから約1ヶ月経って、久しぶりのサッカー観戦となった。
これまで、0勝1敗2分と絶不調。前節は、痛々しかった。
2ndステージは、ケガ人が多くベストメンバーが組めないようである。
久保、松田、奥がいない状態であり、勝つこと事態難しいと思われた。

マリノスサポータが陣取るゴール裏の自由席のややバックスタンド側の
席を確保して試合開始をまった。

前半は、これと言ってみどころもなく、淡々と進んでいった。でも、
しっかりと守って、失点しなかったことが良かった。

後半、始まってすぐにゴール前でFKとなった。ドゥトラのFKが
ゴールのファーサイドに蹴り込まれ、そのボールに柳想鉄がドンピシャリの
ヘディングシュート!見事ゴール!!!!!!
ゴールシーンは、何度みてもよいものですわ。


その後、なんとか守り切りなんとか、2ndステージ初勝利となった。
良かった,良かった。
この勝利をきっかけに、若手が成長し、チームも勢いがついてくれると
安心なのだが。


しかし、優勝を決めたときは、6万人くらいいた観客が、今回は1万6千人であった。
もっと、普段から観戦すればよいのにな。テレビ中継も少ないし。


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