感想寸感

 

鯉人」感想文

 鯉人は,純朴で,巨大な,魂の物語です。
 当代随一の豪商としての身分,金銀にまみれた豪奢な生活,多様な人間たちとの交流,政治や文化や風俗といった世の中全般に対して,辰五郎の魂は決して最終的な満足を獲ることがありませんでした。ものごとをありのままに感知してしまう才能がありすぎたのだと思います。それでいながら,終始,世の中全般に対する優しさと,微笑と,善と,義と,凛々しい態度を忘れることはありませんでした。
 隠遁を選ばず,市井のなかで苦しみぬくことを選びました。どんな喜ばしいこと,華々しいことに接しても,そのこころの底流に求心的な苦悩や憂鬱が貫かれていることに気づき,圧倒されます。辰五郎がひっそりと守りぬいた魂が解放され,安らぐことができた場所は,吾妻のなかにしかありませんでした。吾妻は,愛そのもののような存在でした。自然そのもののような愛で辰五郎を包みながら,命の花を咲かせます。
 私はこの小説は,本当に二人だけのものであると思うのです。二人は世に
泥むことなく,おごることもありませんでした。かくも無垢で,偉大な魂が,愛し合いながら,摂理によって生かされ,殺されいく,ふるえるほど悲しい小説でした。

早稲田大学 文学部3年 川畑氏  2010年4月





投稿者:henmi 投稿日: 8月23日

最近、再び先生の作品を少しずつですが読み返しています。

今は「牛巻坂」。

はじめて読んだ14年前には感じ取れなかったこと、恋愛しているときの気持ちだとか、普段、私自身も感じているだろうけど、言葉で表現しきれなかったり、表現したら嫌われると思うような気持ちが、驚くほどドンピシャに表現されていて、何というかそれだけで私にとっては価値ある作品です。

先生の本を一生かけて何度も読み、吸収して、自分自身の体で、もっともっと「分かるなあ」と深く感じて
いけたらなと思います。。。

〔先生の作品の感想〕

やっぱり難しい。言葉にするには時間がかかりそうです。
あれだけ、真剣に丹念に描かれている作品に対して、コメントするというのは。。。ね

あんなスゴイ作品たちを、この世に産み出してくれた川田先生には、本当に感謝の気持ちでいっぱいで、
とにかくいっぱい応援したいし、励ましたい気持ちでなんですが
先生の作品を前にしては、言葉にすると嘘くさくなるというか・・・・
もっともっと理解して、深めないと。。。ですね。




投稿者:ノートン 投稿日: 7月31日

不思議に思うことがあるのは、先生の作品に感動こそすれ、そこで何か感動に浸ること自体を逃げているような人がいること。
恐らく、この物質社会に自分を嵌め込みすぎて、
「大人」として振る舞い、感情を吐露しない、あるいはできない、することが何か怖いという図式が人間全般に瀰漫しているからだと感じる。

私は、先生の本を何回も買って、何回も人にあげたり、読ませたりした時がある。
人によっては反応はまちまちだが、
やはり、先生の作品を好んでくれる人が絶対いるのです。
例えば、一番身近な例を挙げれば家族。
18歳の当時、先生作品の数冊を母親と弟に無理にではなく、私はとても良い作品だと豪語していたせいか、2人とも手にした。
「牛巻坂」「誘惑」「五百野」の3つ。
当時15歳の小説なんぞまともに読んだこともない弟は特に恋愛小説2つを大層気に入り、何度も読んでいた。
母親は、「五百野」にいたく感動し、何度も涙を流していた。
(「あれあ」は難しいということでした。言葉を理解するのは、言葉の奥にある世界を見たことや、感じたことがなければ、無理だということでしょう。)
2人とも、私と違って小説・映画・音楽・哲学などに深いものを求めない性質なのに、なぜ面白いと感じたのか?
それは川田先生の作品が優れているからに他ならないと思います。そして、彼らの中に巣くうものに一瞬でもいい刺激を及ぼしたからに他ならない。

ただ、残念だと思ったことは、そういった感動を長く求めるような、美しくあると人間に求めるような、
そういう自分を追及する姿勢を促すようには期待できなかったこと。これは少し、仕方ないかなあと思ってます。

ただ、必ずこの世に先生の作品に感化される人は
絶対埋もれている。それは間違いない。
だから、このHPも川田文学が陽の目を見る序章なのではないか?と思いたい。

先日、久々に『五百野』を読みました。
やはり、先生は素晴らしい描写力の持ち主です。
(例えば、少年が海に駆け出してオニヤンマを捉える描写の美しさ、読んでない人は絶対読んでほしい!)



投稿者:つづらおり  投稿日: 4月28日(月)04時18分04秒

 はじめまして。川田さんには早予の仙台校でお世話になりました。
群青さんと同じ頃でしょうか。八年くらい経ちますね。
川田語録にしびれたあの日々を、とても懐かしく思い出します。

 生きることに慣れて、出会うものが皆、相対化されてしまっても、
私の中で、川田文学のリリシズムは普遍性を保ち続けています。
鋭利なアフォリズムも、耽美的な叙景歌も、先生の繰り出す一言一句は
文章芸術の沃野の存在を示唆する不思議な力に充ちていました。
あの頃心に刻まれた寸鉄の章句が、私の人生に与えた影響は計り知れません。

 残念ながら、今や私は、純文学ファンを自称するのもおこがましい、
都会の一隅でビジネスの奔流に揉まれる陳腐な人間でしかありませんが、
それでも先生の特別なファンであり続けたいと思っています。



ブルー・スノウを読んで

 投稿者:小川克也 投稿日: 6月24日(火)

 今までの川田作品に馴染んできた者たちを驚かせるには、この作品の最初の数行だけで十分であろう。従来の作品群が、叙情、思索、そして愛と友情の核を追求し、ひたすら夾雑物を排する方向に研ぎ澄まされたのに対し、この作品はアトモスフィアに満ちている。
 前作で表現の極北に達した文体は、がらりと方向を変え、暖かく、そして柔和となった。本作品は、厳格な弦楽四重奏に似た響きを放つ川田作品に、最初に現れた、管弦楽の色彩をもつ作品である。それも、晴れやかな長調を基調とした、幸福な作品である。
 最初の作品、牛巻坂の青森へ向かう夜行列車は、暗黒の淵に向かっていた。しかし、夜を通り過ぎて待っていたのは、北国の光に満ちた世界である。そこでは、さながらピンホールカメラを抜けたように、世界が反転している。主人公が進む光軸は決して変わってはいないのだが、彼を取り巻く人々と自然は、ネガからポジへと裏返り、彼を析出するのではない、親和力を有した溶媒となっている。主人公を追い詰める外界ではなく、彼の脈動を受けとめる培地となっている。このことが、川田作品に従来見られなかった、安らぎと救いを与えている。
 ブルー・スノウは、さわやかな涙をもたらしてくれる作品である。思い返すべき青春をもつ者なら、例外なく、愛することのできる作品である。川田拓矢の作品群に芽吹いたこの作品が、彼の異色作とはならず、さらに多くの花々を咲かせることを心から望んでいる。          
                                                  42歳 内科医 

正常という事 


投稿者:さすらいの雀ブラー  投稿日: 2月13日(木)

風と喧噪は川田文学の最高傑作!!
いや、文学史上最高と言ってしまおう!
読書量が貧弱な私だからこそ自信を持って言い切れるものと自負しております。(苦)
 
 脳は魂を超えられない

「みんなと違う自分」に悩む、数少ない正常な人を救う福音の書であります。
宿便の一掃される想い。心の中に川田拓矢がいる限り、胸を張って全てをあきらめ
背中を丸めて全力で努力をするであろう。
決して揺るがぬ覚悟が自分を支配する。厄介なことになった。





投稿者:群青 投稿日: 2月18日(火)14時46分56秒

はじめまして。
 川田先生には8年前、仙台の早予でお世話になりました。といっても、内気な私は講義のみでしたが…。でも実はあの時よりも今の方がずっとお世話になっているかもしれません。

 仕事や何かでくたくたになった時は、「あれあ〜」や「全き詩集」を開いては心を落ち着けてきました。もう8年間も、何度も何度も読んでいますが、常に新鮮です。先生が在て、これを書いてくれて本当にありがとーって感じです(笑)。

 つい一週間ほど前、「あれあ〜」を読みながら先生の新しい本が読みたいと痛切に感じ、何気なくインターネットで名前を入れたら、こんなホームページに巡りあいました。あんなに激しく喜んだのは、中学のマラソン大会が中止になったとき以来でしょうか(笑)。
 さっそく3冊、本屋で注文致しました。野球少年の話は絶版で残念です。タイトルも背中に定規を入れられたみたいにすっと(ぞっとじゃないよ)して、素敵なのに…。しかも講義中、次は野球少年の話を書きたいと思ってるって言ってたのを憶えているだけに残念。 

 ま、長くなっちゃいましたけど、このホームページはずーっと続けてくださいね。応援していますから…。



良い小説について
 
                   投稿者:ガチンコ  投稿日:12月20日(土)

 以前、先生に優れた文章について御教授いただきました。
 私なりに「良い小説」について考えてみましたので書き込みさせてください。
 小説は一度読めばだいたいのストーリーは覚えてしまいます。
 だから、もう一度読みたいと思わせるものは少ないのが常です。
 では、再度読みたくなる小説は何処が違うのか?
 恐らく、そこにはストーリーを超えた表現力があるのではないでしょうか?
 ストーリーが分かっていてもなお読みたくさせる文章力があるのだと思います。
 こまやかな表現のひとつひとつに魅力がぎっしりと詰まっているのです。
 川田先生の作品もそんな小説です。だからこそ我々をとらえて離さないのでしょう。
 そういう文章を書けるようになってみたいものです。

投稿者:つづらおり  投稿日:10月16日(木)

 予期せぬ休みがとれて、ひとり京都へ行ってまいりました。旅すがら、「ブルー・スノウ」を何度も読み返し、“いい小説だなぁ”と幸せな気分に浸る日々。なかなか贅沢な休暇でした。普段、資本主義の奴隷のような世界に浸っている自分の垢が、少し落ちたような気がします。

<ぼく>の魂が、<ユリ>との完結的な愛情世界においてでなく、周辺人物たちとの係わりのなかで蘇生してゆく構成――この重層性には、これまでの川田作品とは一味違った深みがあり、非常に読み応えがありました。また、読者の原初的な美感をくすぐり、圧倒的な筆力で文章表現に昇華させる川田イズムもますます健在で、私の読書欲をおおいに刺激してくれたと言えます。

川田さん、文字通りの快作です。ありがとうございます。