私は単行本を十二冊も出していながら、いっこうに芽の出ない作家である。芽が出ないということは、ある地表へ出るだけの力が芽にないということである。言うまでもなく『地表』とは商業的文学界および、それを是とする出版界のことである。私という芽には十分な力量があるが、地表の土を押し上げるだけの閾値には達せず、その才能を土の重量を押し返すように矯(た)め直さないかぎり、陽の目を見る可能性はほぼゼロである。 地表に出たいならば、どのように矯めるか? じつはこの疑問は、私には意味がない。厳としてその種の地表が存在することは知っているし、そこに生きる人びとの好みも傾向も偏見も知っているが、私自身が彼らの棲息する地表へ出たくないからである。できれば、時間軸を逆行させて、大正期や昭和初期の地表へ出たいのである。それが物理的に不可能だとするなら、わたしの願う地表は現代の世界にないということになる。 このまま書きつづけて、いわば文学が再生できる地表の輪廻といったものを祈るしかない。トルストイや、ドストエフスキーや、谷崎や、周五郎たちが息づいていた地表がふたたび侵食の果てから廻ってくるとき、小規模な作家としてでもよいから、その肥沃な地表へスックと芽を出し、鼻腔の奥深く清々しい大気を吸い込みたいものだ。
今年も赤貧の季節がやってきた。給料が皆無に近い冬の時代到来である。ご丁寧に、昨年同様、廃車とは言わないまでも、後部ドア全壊のクラッシュ事故も起こした。ということは、年に一度の大万馬券を願う季節の到来でもある。これは願いですむ問題ではなく、成就しなければ生きていけなくなる窮地である。 昨年も、困窮したときにしか大万馬券は当たらないと書いた。今年も一月から、貧窮の度合いに応じて、測ったように毎月一度、三十四万、六十七万と当ててなんとか凌いできたが、突如スランプに陥った。この一ヶ月まったく馬券が当たらなくなった。小万馬券すら当たらない。そのつどクルクルと法則の変更を繰り返した。しかし、どうやっても当たらない。それもそのはずだ。無機質な法則で買おうとする思考放棄の状態に陥っていたのだから。 根本原理に立ち帰った。騎手――馬ではなく、人間的な知性と感情を持った騎手だ。レースは裸馬が走っているのではない。学習能力と感性を備えた騎手が、馬の潜在能力を引き出しているのだ。だから、自分が気に入っている騎手を人気に関係なく組み合わせて買えばいい。調教や、タイムや、馬の本来的な強さというのは、どちらかと言えば無機質な資料に属するものだ。それは騎手側が信頼するデータであって、馬券を買う側のデータではない。そこへ戻った。 思い定めたとおりに、騎手中心で買った。少しずつ当たりはじめた。五、六万以上の馬券が二、三日に一ぺんずつ獲れるようになった。そしてついに大井の『東京シティ盃』で百八十八万馬券を当てたのである。これで破損ドアの交換と、およそ半年の諸経費のやりくりがOKとなった。三ヶ月に及ぶ冬の時代(家のローン滞納)からも免れた。できることならあと一年半、このラッキーが定期的につづいてほしい。そうすれば当面、すべての純粋な借財から解放される。 騎手――このお年玉をくれたのは、老齢期に近づいた石崎隆之(ベルモントストーム)である。二着は御神本(シルヴァーゼット)、三着は坂井英光(フーバーダム)だった。石崎は1200m短距離戦のこのレースで絶望的な最後方から追い込みをかけ、ハナだけ差し切った。彼は武豊とちがって、美学で差し競馬をしているのではない。老齢のせいで体力がなく、華々しいスタートを切れないのである。たまたま馬の勢いでうまく逃げることができても、最後はかならずタレる。憐れなことに、燻し銀の貫禄が、銅や真鍮まで値を下げる。だから人馬ともに体力を貯め、展開を利して差すしかないのだ。余儀ない差し競馬であっても、必死の彼の差し切りには「ハマッた!」という凄みが付加される。 地方競馬の若きリーダーだった内田博幸が中央移籍をしたのち、南関に残されたベテラン騎手は、石崎と的場と金子の三人きりになった(佐藤隆は事故死した)。彼らが引退してしまえば、地方競馬は氷河期に入る。中央の岡部が引退したときに襲った寒気と同じような温度である。それは、差し馬を逃がしたり、逃げ馬で差したりという、ベテラン特有の面白味がなくなり、レースに華を添える巧妙な技術も目撃できなくなるからだ。 たしかに新進気鋭の騎手のハッスル騎乗も魅力的だが、ベテランほど深みのあるレースシナリオに基づいて走っているようには見えない。逃げか差しの得意技一本で走り切ることが多く、勝っても負けても後味が悪い。たとえば、ここ数年の内田博幸は先行ばかりである。武豊にしても初期のころは先行差しばかり。それを美的でないと一部の通人たちから批判されたかどうかは知らないが、彼なりに美的でないと思ったのだろう、このごろでは無理な追い込みばかりをかけている。が、うまくいかない。とりわけ大レースでサッパリ勝てなくなった。 中央のベテランといえば柴田善臣。彼は昨年の『ヴィクトリアマイル』でアサヒライジングを懸命に逃がし、二着にもってきた(この逃げ粘りの連対は私の好みではないけれども、ベテランの一策ということで微笑ましいユマニテを感じる)。一着は松岡のコイウタだった。ベテランにはかならずと言ってよいほど若い騎手が絡む。これが私の根本原理《騎手の組み合わせ》だったはずだ。それを思い出したのである。 この事実はわが身に引き寄せなければいけない。予備校のベテラン講師として、私も長年蓄えた質量のある知識と面白味に満ちたシナリオを武器に、自らを励ましたり叱ったりしながら、ふたたびこの一年を、逃げ焦ってタレることなく乗り切らなければならない(馬にあたる無機質なデータはもちろん教材である)。そうして来春、精神的に困窮している学生たちに大万馬券を提供しなければならない。柄にない《先行タレ》の醜態をさらすことなく、しっかりとレース全体の展開を考え、凄みのある差し切りを目指そう。この結論、少々強引の憾みがあるかもしれない――なぜなら私は老齢期にいたる以前から、基本的に差し・追い込みだけが好きだったから。
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