1、虫歯について
虫歯の原因となるのは歯垢(歯垢とは細菌と細菌の作り出す生産物が集まったもの。白いネバネバした固まりで、歯にしっかり付着している)の中にいる細菌です。この細菌は、酵素を出して砂糖をブドウ糖と果糖に分解し、果糖から酸をつくります。この酸が歯を溶かします。少しでも砂糖が含まれる食品が口の中に入ってくると活発に働いて酸を作り、エナメル質を溶かし始めます。こうして、歯の表面から徐々に虫歯が進行していきます。
口の中に砂糖が含まれる食品が入ってくると、酸を産生し、砂糖を分解して歯垢の柱となるものを作ります。歯垢は水に溶けず、歯の表面に粘着する性質があり、細菌が産生した酸が外部へ出るのを妨げます。酸性度が増して、歯のエナメル質を溶かし、むし歯を発生させます。
また、歯を清涼飲料水に4日も浸けておくと簡単に溶け出てしまいます。炭酸ジュースなどはPH4.0〜2.7という酸性ですから、PH5.5を境に溶け出すエナメル質にとっては大敵です(中性とはPH7.0)。もちろんお菓子などの甘い食品はPH4.8くらいですから、私たちの生きる環境は歯にとって四面楚歌という状況でしょう。ただ、唾液という強い味方があるために、時間さえかければ口内は中性に戻ることがかろうじてできているわけです。
虫歯の困った点は、風邪や腹痛と違って、自然治癒能力が働いていつのまにか治ってしまったということがありません。また、虫歯は最初に無機質(エナメル質)が破壊されるため痛みがありません。そのために油断しがちです。痛みだすころには歯髄にまで及んでいることが多いのです。こうなると歯髄には血管や神経が通っていますから痛みで寝ていられなくなります。もっと進むと歯根膜炎、顎骨骨膜炎、顎骨骨髄炎など、全身に影響する病気を誘発したり、虫歯を放ったらかしておきますと、歯根の炎症部分から細菌が血液に入り込んで心臓、腎臓、肺などの病気を引き起こすことも少なくありません。
虫歯の相関関係を示す「カイスの輪」
虫歯に関しては、カイスという研究者が虫歯にかかる因子を以下の3つ(A, B, C)あげました。
カイスの輪
A.歯牙
歯がなければ虫歯ができません。
B.細菌
口の中には多くの細菌が棲んでいますが、これが原因の一要素だとしています。
C.食物
つまり細菌を養う栄養、特に糖分があること。
D.時間
細菌が増えるために糖分(栄養)を分解してエネルギーを得るのには一定の時間が必要である。 この3つの輪は「カイスの輪」として有名で、最近ではこの3つに時間(D)という因子を含めたカイスの輪が一般的になってきています。
「朝、昼、晩の食後のあとにきちんと歯を磨きましょう」といわれてきましたが、現在では、じつは1日1回でもいいから、完全に徹底して磨くことが虫歯対策には有効であることがわかってきました。というのも、歯垢は歯磨きなどで一度完全に除去しますと、再び増殖するまでには24時間という時間が必要なことがわかってきたからです。わずか1ミリグラムの歯垢に2億匹もの微生物が存在しています。専門的になりますが、虫歯の原因菌は連鎖球菌や乳酸桿菌、放線菌など。具体的には連鎖球菌中のストレプトコッカス・ミュータンス(ミュータンス菌)、ストレプトコッカス・サリバリュース、ストレプトコッカス・サンギュース、ストレプトコッカス・ミリスなどが知られています。乳酸桿菌のラクトバチラス、放線菌のアクチノマイセス・ビスコーサスも虫歯を引き起こします。歯垢(プラーク)さえなければ、口内に食物がどれだけ残っていようと虫歯や歯周病の原因にはならないのです。歯磨きのポイントは、このプラークを完全に除去するところにありますから、何度も同じところばかり磨く、いい加減に磨くという調子では1日3回のブラッシングも意味がありません。
虫歯の治療法
表面的な小さな虫歯⇒手をつけないで様子を見ることが多いです。プラークコントロールが良好なら進行しないことが多いです。
エナメル質の内部の象牙質に達する虫歯⇒虫歯の範囲によりますが、コンポジットレジンという樹脂で修復する方法や金属(インレーやクラウン、健康保険では金銀パラジウム合金、自費だと金や白金化金)、セラミックス(自費)で補修する方法があります。最近言われるMI(Minimal Intervention、健全歯質を極力残す)という考えでは接着性コンポジットレジンによる修復ができればベターと考えていますが、それぞれ適応症、利点欠点があり、選択に迷う事もしばしばあります。ただレジンの物性や接着性は近年飛躍的に進歩しています。
神経(歯髄)まで達してしまった深い虫歯⇒一般的には抜髄と言って歯の神経を除去することになってしまいますが、症例によって、歯髄に感染が無さそうで、神経が出てしまった範囲が1mm程度の場合は直接覆髄と言って、出てしまった神経を洗浄した後、水酸化カルシウム等で覆髄(神経を覆う)して、暫く様子を見ます。後日痛みが出てしまい、治らない場合はやむを得ず神経を除去します。この選択も非常に難しいです。
2、歯周病について
歯周病は細菌と歯周組織との闘いです。これにはプラークの中にいるアクチノマイセス・ビスコーサス菌(通性嫌気性菌、歯肉炎と関連)、アクチノバチルス・アクチノミセテムコミタンス菌やポルフィノモラス・ジンジバリス菌、スピロヘータ(嫌気性菌)のような十数種類の細菌が関係しています。
健康な状態では歯と歯肉のすき間はほとんどありません。しかし歯肉に炎症が起こると、このすき間がどんどん広がって深くなっていきます。
プラークがたまりやすい歯と歯茎間の歯肉はいつも危険にさらされ、炎症を起こしやすい状態になっています。また歯垢を長期間放置する事で、バイオフィルムという細菌集団の膜が歯に強固に付着し、歯周病を進行させます。細菌が増えれば、私たちの身体は異物を退治しようと白血球が集まってきます。こうして細菌と白血球が闘っている現象が歯茎の炎症で、闘いの戦死者が膿となるのです。
細菌が勝てば歯肉炎になります。歯肉炎を起こす原因になったプラークは、しだいに歯根の表面にそって侵入し、歯周ポケット(歯と歯肉の間の溝のこと)をつくります。一方、骨は細菌に感染すると身体全体の病気になりますから、細菌から逃げるために骨が溶けたように見えるのが歯周病です。
入り込んだ細菌は組織を破壊する酵素、毒素を出したり、破骨細胞(骨を溶かす細胞)を活性化させる働きをします(細菌の直接作用)。また細菌を外敵とみなして免疫反応(抗原抗体反応)がおこり、免疫担当物質が抗体を作る過程で作られたサイトカインという生理活性物質により破骨細胞が作られたり、壊れた白血球の消化酵素によりコラーゲン繊維の崩壊が起こります(細菌の間接作用)。
歯周病は大きく分けて歯肉炎と歯周炎に分類できますが、炎症が歯肉部に関してだけ見られるものを歯肉炎、そして、ここだけにとどまらず歯槽骨まで破壊されているものを歯周炎と呼んでいます。忘れてはならないことは、この分類は炎症範囲を示すものであって、この炎症がどれだけひどいかという程度は無関係なのです。歯周病はかつて歯槽膿漏といわれていました。ほとんどの歯周病は、痛みの自覚症状もないままに深く潜行して進みますから、厄介このうえない病気です。
歯肉炎を起こした歯茎が全部歯周炎に進行するわけではありません。歯を失うほど重度になるには、プラーク細菌だけでなく、いろんな修飾因子が影響していることが分かってきています。歯周病を進行させる因子のことを私たち歯科医は「歯周病のリスクファクター」と呼んでいます。リスクファクターには、大きく分けて、口の中・全身・生活環境、の3つがあります。
まず口の中では、口呼吸、歯列不正、歯根露出、根面裂溝、不良補綴物などプラークを増加させ除去しにくくする因子があります。
また、歯肉炎と合併すると歯周病を急速に進行させる歯ぎしりや外傷性咬合(部分的に強くあたりすぎる噛み合わせ)があります。
全身の因子は十分解明されていないところが多いですが、重度歯周炎罹患者ではプラーク細菌産生物質(細胞毒性物質や抗原性物質)に対する歯周組織の反応が正常者と違い、わずかな刺激物質で歯周組織が強い反応を示すことが分かりつつあります。糖尿病、高血圧などの全身疾患や遺伝的因子があると、本来生体を防御する細胞の白血球や免疫担当細胞が過剰反応を起こしてサイトカインが放出されて破骨細胞(歯茎の骨を溶かす細胞)を大量に産生したり、逆に免疫反応が十分に起きず、免疫力低下を起こし骨が破壊されることが知られています。
生活環境というと、生活習慣病という言葉が最近特に話題になっていますが、喫煙、ストレス、不規則な生活、食生活、ブラッシング、口腔内への関心度があげられます。特に喫煙は重大なリスクファクターとして注目され、日米歯周病学会では会員の全面禁煙を決定しました。
近年は心臓(動脈硬化、狭心症、心筋梗塞、感染性心内膜炎)、脳(脳梗塞等)、子宮(早産、低体重児出産)、呼吸器(気管支炎、肺炎、誤嚥性肺炎)、糖尿病の悪化、腎疾患、胃潰瘍、胃ガン、皮膚疾患(掌蹠膿疱症、結節性紅斑、多型滲出性紅斑、膿疱性細菌疹)、リウマチ性疾患(リウマチ熱、リウマチ性関節炎)など、全身への影響が注目されている(これを病巣感染と呼びます)。
病巣感染が起こる理由
・細菌が病巣から、血管を通って他の部位に住み着く(菌血症)
・細菌の毒素、代謝産物が血管を通って体内を巡り、沈着することにより起こる感染防御反応
・細菌、細菌の死骸、毒素、代謝産物に対する抗体によるアレルギー
・持続的な病変からの刺激による神経系(自律神経)の過剰な反応等
歯周病の治療法
最初にレントゲンによる歯槽骨(歯を支える骨)の状態、歯周ポケットの深さ、動揺度、出血の程度、噛み合わせなどの診査をします。
軽度な歯周病⇒プラークコントロール(確実な歯垢除去)と歯科医師によるスケーリング(歯石除去)等を行えば改善します。怠ると悪化することがありますので注意してください!!
中等度の歯周病⇒上記に加えて歯科医師や衛生士による、歯周ポケット内のスケーリング、ルートプレーニング(歯根面のか滑沢化)、ポケット内の感染歯肉の掻爬等を麻酔をして行います。定期的なメインテナンスが必要なのは言うまでもありません!!
ポケット内のスケーリング ぶよぶよに腫れた歯肉 治療により引き締まった歯肉
重症の歯周病⇒更に再評価の上に必要であれば、歯肉剥離掻爬術(フラップオペ)、歯肉切除術等を行います。症例によってはボーンジェクト等の骨補填材を使うこともあります(保険適応)。最近はエムドゲイン法やGTR法などの組織再生療法も行われています。いずれにしても一度重度の歯周病に罹患してしまうと、完全に治癒することは無いと自覚してください。我々歯科医は進行のスピードを遅くすることしかできません!!患者さん自身のご努力と定期的なプロによるメインテナンスは絶対に欠かせません!!
3、根尖性歯周炎について
虫歯が進行して、歯髄が感染し、更にそれが歯の根の外の歯槽骨にまで達すると、根尖性歯周炎を起こします。こうなってしまうと患者さん自身には管理不可能で、歯科医師に診断治療してもらうしかありません。
a,急性根尖性歯周炎 いわゆる歯の浮いた状態になり、痛くて歯をかみ合わせられません。化膿すると膿の出口が無いため、激しい痛みが出ます。更に進むと歯肉や顎の下のリンパ節も腫れて痛み、熱も出ます。
b,慢性根尖性歯周炎 慢性になると、自覚症状は殆どなくなり、強く噛み締めた時だけ、その歯が痛む程度になりますが、実際には顎骨の中で根の先に肉の固まり(歯根肉芽腫)ができたり、袋ができて液体がたまり(歯根嚢包)、だんだん大きくなっていきます。そして、体の抵抗力の弱った時に炎症は急性化します。
また、このように細菌が骨の中に埋もれたままでいると、歯周病と同様に心臓や腎臓、関節などに飛び火して病気を起こすことがあります(病巣感染)。
このような細菌性刺激以外には次の原因が考えられます。
1、外傷性咬合(負担過重)等の物理的刺激
2、根管内残遺変性歯髄や死腔(根管内の空洞)内に貯留する浸出液等に由来する変性タンパク等の刺激
根尖性歯周炎の治療法
上記の原因を除去することで、治癒を目指す。中々100%は難しい!!
図1 図2 図3 図4 図5 図6
図1,2⇒虫歯による感染や壊死した歯髄組織の刺激などにより根の先の骨が溶ける。
図3⇒リーマーやファイル等、針のような器具を使って原因となる悪い組織を除去する。見えない部位の治療は困難を極める。
図4⇒根管内を良く洗浄して薬を詰めて仮詰めをして様子を見る。根管内からの出血排膿が無く、症状が治まるまでこの処置を繰り返す。結構期間を要する場合がある。
図5⇒最終的にはガッタパーチャという樹脂で根の中の詰め物を極力緊密にする。
図6⇒金属やレジン等で土台を作り、噛み合わせを回復させるためにかぶせ物等を作る。根の先の溶けた骨は数ヶ月かけて徐々に回復する。