【エアーポート’80】
製作年 1979年、米
監督  デイヴィッド・ローウェル・リッチ
出演  アラン・ドロン ロバート・ワグナー ジョージ・ケネディ
【あらすじ】
 ポール・メトラン(アラン・ドロン)が操縦するコンコルドがアメリカのワシントンに降り立った。この機はアメリカの航空会社が購入する1号機で、パリを経由してモスクワまで親善飛行することになっていた。その模様を伝えていたニュースキャスターのマギーの自宅にある男が訪れ、ハリソン産業の武器輸出の不正を暴いてくれと懇願するが直後に殺し屋から撃たれマギーも殺されそうになる。ハリソン産業の社長ハリソン(ロバート・ワグナー)はマギーの恋人だったので信じたくなかったが、コンコルドの取材で乗り込む直前、昨日殺された男の妻から証拠書類を渡される。それを目撃したハリソンは開発中のミサイルを誤動作させてマギーもろともコンコルドを撃墜しようと画策する。アメリカの航空会社から派遣されたパトローニ(ジョージ・ケネディ)とメトランは何も知らないでワシントンを飛び立った。海上を飛んでいると軌道からそれたミサイルが襲うが間一髪でかわし、迎撃に来たF−15戦闘機によってミサイルは撃ち落とされた。ハリソンはさらにパリ到着直前のコンコルドを戦闘機で攻撃させたが仏軍機の邪魔で失敗する。パリに到着後モスクワに向けて整備が行われるが、あきらめないハリソンに買収された整備員が細工したため、飛び立った直後貨物室のドアが開いたため客室の床に亀裂が走り、そのうち客室の床が抜けてしまった。メトランとパトローニは飛行の続行をあきらめ、アルプスの雪原に緊急着陸を敢行した。コンコルドは雪煙を舞上げながらも無事着陸し乗客も全員救出された。その様子をテレビで見ていたハリソンはピストルをこめかみに当てた。
【解説】
 エアポートシリーズの第4弾で、全シリーズに登場するジョージ・ケネディ演ずるパトローニの役柄はチーフパイロットである。 
 アラン・ドロンは母国フランス以上に日本での人気が高かった俳優で、彼をCMに起用したスーツは一躍トップブランドになったほどである。「太陽がいっぱい」(60年)「地下室のメロディ」(63年)などの作品で爆発的な人気を得て、ライバルで親友でもあるジャン=ポール・ベルモンドと共にフランスを代表する俳優となった。引退作となった「ハーフ・ア・チャンス」(98年)にはそのベルモンドも友情出演している。彼の恋人役のスチュワーデスに、これまた日本で社会現象となるほどヒットした「エマニエル夫人」(74年)のシルビア・クルステルが扮している。イメージを払拭しようと本作品のような違う系統の映画へ出演したりしたが成功したとは言えず、腹をくくったのか「エマニュエル」(84年)では全身美容整形して若返る元の女性役で出演している。
 超音速旅客機SST(スーパー・ソニック・トランスポート)コンコルドの開発は、当初イギリスとフランスで別々に進められていたが、同じロールス・ロイスのオリンパスエンジンを使うこともありコストの削減のため共同開発することとなった。コンコルド(Concode)とは協調を意味するフランス語だが、英語ではConcordでこの機名ひとつ決めるのにも5年もかかる有様で、お互い個性の強い国民性もあり開発は遅れに遅れ、ソ連のSSTツポレフTu−144に初飛行の栄誉を奪われる結果となった。コンコルドの特徴でもあるオージー翼や折れ曲がる機首などあまりにも類似点が多かったが、これは後に東側のスパイが盗んだコンコルドの設計書を基に開発されたことが判明している。コピーした飛行機の方が先に飛ぶくらいだから、協調という機名とは裏腹にいかに開発現場の不協和音が激しかったかがうかがい知れる。しかも、追い打ちをかけるように16社74機の仮発注が次々に取り消される事態になった。これは定員が約100名と少ないこと、騒音などの環境問題、オイルショックによる燃料代の高騰による採算性の悪化などで、結局売れたのは自国の英国航空8機とエール・フランス8機の計16機だけだった。これも両国政府の補助を受けるかたちでの購入で実質タダだった。
 航空先進国アメリカも負けじとボーイング社やロッキード社で開発が進められたが、やはり経済的に見合わないとして断念している。色々あったものの1976年からは定期運行を開始し、一般人が普段着でマッハ2の超音速旅行を行う時代を実現した。Tu−144が定期運行を早々と打ち切ったので唯一商業ベースにのったSSTだったが、2000年7月の墜落事故、2001年9月の同時多発テロのダブルパンチと世界的な景気低迷で旅客数が減少し続け、機体の老朽化で増大する維持費をまかなえないとして2003年10月で運行は打ち切りとなり、「空の貴婦人」と呼ばれた欧州の誇りも不況には勝てず27年の歴史に幕を下ろすこととなった。