【暴走機関車】
製作年 1985年、米
監督  アンドレイ・コンチャロフスキー
出演  ジョン・ボイト エリック・ロバーツ レベッカ・デモーネイ
【あらすじ】
 真冬のアラスカ。重犯罪刑務所の独房に3年間入れられていたマニー(ジョン・ボイト)は裁判に勝利して、出されることが決まったがランキン所長はおもしろくない。バック(エリック・ロバーツ)のボクシングの試合中、マニーは所長に命令された囚人から襲われ怪我をする。マニーは脱獄することで所長に復讐することにした。洗濯係のバックが押すワゴンに隠れると、下水を伝って川に出ることに成功する。勝手についてきたバックは厳寒に弱音を吐くが、マニーは聞く耳持たず歩を進めた。
 2人は操車場にたどり着くと、4重連のディーゼル機関車の最後尾に潜り込んだ。その直後、機関士が心臓発作を起こし暴走を始めるが、中の2人はそれには気がつかなかった。対向していた貨物列車は側線に避難しようとしたが、最後尾の車掌車が暴走機関車にぶつかり大破した。中の2人も様子がおかしいことにようやく気がついた。前の機関車に乗っていた機関助手のサラ(レベッカ・デモーネイ)は2人の脱獄囚に出くわすと最初おびえたが、列車を止めないことには3人とも死ぬので、協力して連結器のケーブルをはずし機関車の速度を落とした。しかし、運行司令は化学工場に突っ込むのをさけるため、暴走機関車を行き止まりの側線に導くが、サラは見捨てられたと嘆いた。
 マニーが暴走機関車に乗っていることをつかんだランキン所長はヘリで追いつくと、縄ばしごで降りてきた。マニーは先頭の機関車で待ち受けて格闘の末、所長を拘束した。バックとサラが乗っていた後方の機関車は切り離され、マニーと所長が乗った機関車は雪原の中を突き進んで行く。
【解説】
 この映画のオリジナル脚本は黒澤明監督が書いたもので、監督自身がアメリカで製作する予定でもあったが、アメリカ側のスタッフと決定稿をめぐって溝が生じ結局お流れになったいきさつがある。それから20年近くたってようやく日の目を見ることが出来た難産な作品である。黒澤監督は「トラ!トラ!トラ!」(70年)の日本側監督も途中降板してしまい、結局アメリカ映画のメガホンを取ることはなかったが、アメリカでの評価は高く1989年にはアカデミー名誉賞が贈られている。
 1962年に前出のニューヨーク・セントラル鉄道で実際にあった事件がもとになっており、その時は4両連結の機関車が130qも過走したのち、関係者の必死の努力でようやく止めることができたそうだ。この映画の設定はアラスカになっているが、ロケも実際にアラスカ鉄道を使っておこなわれている。アラスカ鉄道はアメリカでも唯一の州営鉄道で、1923年にアンカレッジ〜フェアバンクス間750qが完成した。ドーム状の展望車を備えた観光列車の他に、沿線住民用に駅でもないところでも停車してくれる普通列車も走っている。
 監督のアンドレイ・コンチャロフスキーはソ連の映画人だったが、黒澤監督と親交の深かったフランシス・フォード・コッポラの推薦で演出することが決まった。主演のジョン・ボイトは「コンラック先生」(74年)や「チャンプ」(79年)などで演じた純朴でヒューマンな役柄が多かったが、本作品で粗野な卑劣漢を演じ新境地を開いたのか、以後の作品でも善人役よりあくの強い役を演ずることの方が多くなった。娘は、彼自身が父親役で出演した「トゥームレイダー」(2001年)でヒロインを演じたアンジェリーナ・ジョリーである。バック役のエリック・ロバーツは、本作品でアカデミー助演男優賞にノミネートされ注目を集めたものの以後はB級映画への出演が多く、後からデビューしてトップスターになった妹のジュリア・ロバーツとは大きく水をあけられてしまった。
 ディーゼル機関車の動力伝達方式には、歯車式、液体式、電気式の3通りがあり、日本の場合はほとんどが液体変速機と呼ばれる駆動装置で動力が伝達される液体式である。これに対して、アメリカでは電気式が大半を占めている。これは、ディーゼル機関で発電機を回し発生した電気でモーターを回すもので、余計なものを積んでいる分機関車が大型化してしまうのが欠点である。しかし、巨大SLを多数運用していたアメリカでは別に問題にならず、ダブルスタックと呼ばれるコンテナの2段積みで構成された大陸横断用の長大貨物列車(マイルトレインともいう)を引くためには、何台もの機関車を連ねる必要があるため、この映画に出てくるような重連や統括制御(先頭の機関車が後方の機関車を制御すること)が容易なこの形式が好まれるようになった。列車の中間や後方に機関車を連結する時にも無線で統御されるので、運転士は本作品のように先頭車輌にしか乗っていない。流線形の機関車も登場しているが、その形状から”ドッグノーズ”とも呼ばれている。