日本経済のデフレ症状 4(投機による地価エネルギーの蓄積とその消失の時間差)(2010.3.16)

1 昭和30年3月以降今日までの市街地価格指数の動きを辿ってみると、以下のようになる。
昭和30年(1955年)以降高度成長が始まり、地価も毎年かなりの勢いで上昇してきた。この時期は、1991年(平成3年)9月まで約37年間続いた。
1992年4月の土地バブル崩壊後は,それまでの投機的思惑取り引きによる地価急上昇の反動として、地価は下落に転じてしまい、2009年9月までの18年間全国の市街地価格は、継続的に下げ続け、一度も上昇した事が無い。

(注)土地投機とは、土地の権利(典型的には所有権)を持つものが、異時点間における土地の価格変動に乗じて、利益(キャピタルゲイン)を得ようとする行為をさす。この行為は、付加価値の創造(GDP)とは、直接的には全く関係が無い。
次に表1を掲げる。

表1 全国市街地価格の変動率ー昭和30年ー平成21年(毎年3月と9月に調査)
年月対前期比%年月対前期比%年月対前期比%
昭和30.3昭和50.3−5.5平成7.3−1.9
30.96.050.90.27.9−2.0
31.37.551.30.68.3−2.4
31.911.451.90.98.9−2.2
32.315.052.31.29.3−1.9
32.911.052.91.39.9−1.8
33.39.953.31.410.3−1.8
33.910.753.91.910.9−2.0
34.311.754.32.611.3−2.8
34.912.754.93.711.9−2.8
上記平均10.65上記平均0.83上記平均−2.16
35.312.955.34.712.3−3.1
35.917.955.94.612.9−3.2
36.320.956.33.913.3−3.2
36.917.056.93.713.9−3.4
37.38.657.33.214.3−3.5
37.98.757.92.614.9−3.6
38.37.858.32.115.3−3.7
38.96.658.91.715.9−4.4
39.37.059.31.516.3−4.2
39.97.259.91.416.9−3.9
上記平均11.46上記平均2.94上記平均−3.62
40.35.860.31.317.3−3.3
40.92.760.91.317.9−2.8
41.32.461.31.518.3−2.1
41.93.061.92.018.9−1.4
42.35.262.33.419.3−0.7
42.96.262.96.919.9−0.3
43.37.063.32.920.3−0.5
43.97.963.93.220.9−1.5
44.38.6平成元34.221.3−2.5
44.99.0平成元95.421.9−2.4
上記平均5.86上記平均3.21上記平均−1.75
45.39.12.38.3
45.98.32.97.3
46.36.83.32.9
46.96.43.90.1
47.36.3上記平均4.65
47.98.24.3−1.9
48.315.74.9−2.6
48.914.75.3−3.0
49.37.35.9−2.4
49.91.36.3−2.2
上記平均8.416.9−1.8
上記平均−2.32
(注)資料出所 日本不動産研究所、全国市街地価格指数(全用途平均)

全国の市街地価格が、18年間も一度も上昇しなかったことは、明治以来の日本経済の歴史にはなかったことである。
第二次世界大戦後、日本経済の躍進を演出してきたもろもろの要因のなかでかなり目立つのは、投機的な動機で土地が取り引きされ、その結果高騰してしまった地価の中に、購買力のエネルギー(資金)を、かなり積極的に投入し、蓄積してしまったことである。このエネルギーは、昭和30年代から一貫して順調な地価上昇を導き、1992年3月(平成4年3月)に地価が下がり始めるまで続いてきた。
1992年3月は、エネルギーの地価への投入を,日本の経済構造が吸収できなくなってしまった飽和点であった。この時点を境に、蓄積されたエネルギーが、逆に放出または消失される方向に転じ始めた。

(注)エネルギーの放出とは、買った土地の価格の動きが、期待に反するとして売却すること、またエネルギーの消失とは、売却はしなかったが、土地を保有していうるうちに、価格が下落してしまったことを指している。

2 投機エネルギーの試算

それまでに地価上昇として蓄えられたエネルギーの量を観念的抽象的に試算してみると、私の推計では+220.8Eという値で求められた。(Eはエネルギーの略)しかるに、1992年3月に市街地価格が下落し始め、エネルギーが地価から消失ないし放出され始めた。これが2009年9月まで継続的に続いている。そこで、その消失量を同様の手法で、計算してみると、−44.7Eという値を得た。(ー)のエネルギー値は、地価下落によって消失したエネルギーなので、地価上昇のエネルギー量(+)に対し地価下落の負のエネルギー量を表している。

(備考)投機による地価変動によって蓄えられ、又消失されるエネルギー量の試算

世界経済土地研究所では、同一の土地に、ある期間地価上昇や地価下落があった場合、次のようにエネルギーの蓄積と消滅が起こると考えた。

(エネルギーの蓄積=地価上昇の場合)
対象となる土地の値上がり率 X その値上がりが継続した期間=エネルギー符号は+

(エネルギーの消失=地価下落の場合)
対象となる土地の値下がり率 X その値下がりが継続した期間=エネルギー符号はー

一定の期間を取って考えると、地価上昇期エネルギーの蓄積量(+)と、エネルギー放出量(ー)との両者が存在した場合、両者の和が0であれば、GDPに対する影響力は0で、中立的であるが、両者の和がプラスの値をとると、地価変動が無い場合の通常の自然な有効需要を拡大する効果(地価上昇のインフレ圧力)をもつ。逆に、両者の和がマイナスの値となれば、地価変動が無い場合の通常の有効需要をその分だけ減少させる効果(地価下落のデフレ圧力)をもつと考える。

表1から試算した上昇エネルギー(220.8)対下降エネルギーの絶対値(44.7)の比率は4.94倍となっている。したがって、例えば昭和30年の地価水準に戻るためには、まだまだ多くの土地投機エネルギーを消失(放出)させなければならない。

3 景気後退期のエネルギー消失の期間は、景気拡張期の蓄積期に比べ、2.4倍の期間が必要

昭和30年から平成4年までの37年間に地価上昇として蓄えられたエネルギーの量は、+220.8Eであったのに対し、平成4年3月からの18年間にわたる地価下落として放出されたエネルギーは、−44.7Eである。
一年当たりにすると、前者は、+5.97Eであるのに対し、後者はー2.48Eとなっている。5.97は2.48の約2.4倍である。 同一量のエネルギーを蓄えるには1年でできても、放出するには速度が遅いので、2.4年を要することになる。37年間で蓄えたエネルギーを消失すると仮定すると、37年の2.4倍の88.8年を要することになり、半分の量を放出するだけでも44.4年を要することになる。

土地を公共財でなく、現在のように市場財(商品)として扱っていけば、日本のマクロ経済のバランスをとることは到底不可能である。土地バブルの崩壊後の地価下落によって、非常に長期間、日本経済は大きなデフレ圧力を受け有効需要が押し下げられるからである。今、日本経済が若さと柔軟性を取り戻し、安定成長を望むならば、大手術をして、土地所有権制度を日本経済から除去しなければならない。何故ならば、土地投機を支えてきた土地所有権制度は、バブル崩壊後の日本経済の18年にもわたる長期閉塞状態の最大の原因だったからである。

土地投機による地価の大きな変動と、それを背後からシッカリ支える時代遅れの土地所有権制度は、日本経済にとっては諸悪の根源であり、人間におけるガンのような存在である。日本経済は、明治以来長い間これを慢性病のように背負い込んできた。

4 地価下落のデフレ圧力

一旦上昇した地価が、元の水準に戻るとは限らない。経済が成長することを前提にすれば、ある程度元へ戻れば充分だという考え方もある。しかし、地価下落の過程では、土地資産をもつ企業や家計の潜在資金量(値上がりした土地を売却処分することによって得られる潜在的な資金の量)が減少するので、心理的に消極的になってしまい、消費や投資を手控えることになる。即ち、有効需要をマイナスの力で長期間下方へ引っ張る作用が働く。これが地価下落のデフレ圧力の恐ろしさである。

投機によって、地価が上昇し頂上まで上昇しきると、これをそのまま停止状態にとどめておくことはできない。なぜなら、投機を企てた者は、有望な土地を探したり、資金を借りたり利子を払ったり、地価の動きを考えながら無理をしてこうした高い地価状態に持ち込んできたからである。
実際問題として、『もうこれ以上日本経済は、こんなに高い地価を持ちこたえることはできない」と関係者が判断し、行動した時点が平成4年3月(1992年3月)(地価下落開始時点)だったのである。

土地デフレ、地価デフレの恐ろしさとは、このようなものである。デフレの元凶となったバブル時の地価上昇と崩壊後の地価下落は土地の実需を反映したものでは無い。投機家が売買による単なる値ざやを稼ぐための虚構であり、実体は何も無い。つまり、健全な土地取引とはいえないのである。

したがって、その基本的な原因となっている土地投機とそれを継続的に支えてきた土地所有権制度を、日本経済の基本構造の中から完全に追放しなければ、政府や日銀がどのような政策をとっても、日本経済と日本の財政が、健全な姿で回復することはできない。

どんなに苦しくとも、またどんな困難があっても、土地投機を根絶し、土地の価格を安定させなければ、日本経済の健全な成長性と財政力の充実を達成することは出来ない。
土地改革は、バブルの発生とその崩壊、そしてその後の長期にわたるデフレ不況を克服する為に、避けて通れない日本経済の至上命題なのである。

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