日銀の総検証で量的質的緩和から金利誘導へ(2016.9.25)

マイナス金利につて、日本銀行が総括的に検証した結果、9月22日に発表を行い、量的緩和の内容の重心をマイナス金利政策から金利(長期及び短期)の誘導に向けて枠組みを修正すると発表した。物価2%上昇は、引き続き目的として掲げるが、長期金利は0%に積極的に誘導すると宣言している。

この発表で、日銀の厳しいマイナス金利の態度に苦しめられてきた日本の金融界は、ホット胸をなでおろしていると報道され、特に地方銀行や、生命保険会社等は、資金の運用難と収益難を回避できると期待している。日銀は、マイナス金利を、急きょ発表し即座に実行してしまったが、期待どうりの成果が得られなかったので、日銀も反省されたのではなかろうか。何をやっても、金融政策だけでは初期の効果が出ないので、政府の構造政策を促しているようであるが、肝心の安倍内閣は、なかなか妙案が見当たらないようである。

量的質的金融緩和策の下で、ベースマネーの供給速度を引き上げた結果、日銀のバランスシートは、GDPに対する比率で見ると、米国の連邦準備銀行、欧州中央銀行、英国中央銀行に比べ、日銀の比率は最大となっている。日銀のバランスシートは、2013年末で、GDPに半分になっているが、米国や英国のほぼ2倍に当たる。緩和の期間が長ければ長いほど、出口のところで、顕在化する財政コストは膨らんでいくといわれている。「日本では、出口の時期を特定し、論議するのは、時期尚早である」としているが、ヘリコプター・マネーのような感覚(償却不要)になっているのではないかという意見もある。(岩田一政著、「量的質的金融緩和」参照)

1 ヘリコプターマネーの議論について

米国のベン・バーナンキ前連銀議長は、ヘリコプターマネーを、「恒久的な通貨量の増大によって、ファイナンスされた公共投資の拡大または、減税」と定義したという。議論のポイントは、「ヘリコプターからお札をばらまくことではなく、財政政策の財源を中央銀行マネー(紙幣の増刷)に求める」点にある。このため、ヘリコプターマネーは、Money Financed Fiscal Program(中央銀行のマネーファイナンスによる財政政策と呼ばれている。学者によっては、ヘリコプターマネーとは、貨幣を増やし、増えた貨幣が恒久的に残ってしまうという説もある。日銀が出口を議論しないということは、日銀による財政ファイナンスも 永久に続ける可能性があるということである。

こうした最近の学者の発言を聞いていると、私は、学生時代に勉強したイギリスの、世界的に有名だった、経済学者、ジョン、メイナード・ケインズのことを忘れることができない。ケインズが1930年代に発表した「雇用、利子および貨幣の一般理論」(1936年、ロンドンで出版)は、古カビが生えてしまった。しかし、私が学生時代はケインズは経済学の神様のような存在であった。ケインズの理論は、過少消費説、または過剰供給説によるもので、とにかく、いったんコストをかけて、生産してしまったら、そのすべての供給を消費しなければならず、そのために、一番重要なことは、政府が、財政赤字を犯してでも、 充分な需要を創出し、雇用を確保してやらなければならないというものであった。

まさに、ヘリコプターマネーの元祖のような存在であった。従って、イギリス、アメリカ、ヨーロッパ、日本等の信奉国は、完全雇用を維持し、達成するには、国の財政赤字は当然であるとの風潮がみなぎってしまった。しかし、次第に各国の政府が赤字に苦しむようになり、この結果、ケインズ経済学は世界的に凋落してしまった。だから、ヘリコプターマネーという理論は、きわめて無責任なインフレによる過小需要の救済策であるように思う。

日本の戦後処理(1945年以降)の国債の戦後処理は、政府が行ったが、昭和20年代の戦後の日本のインフレもすさまじいものがあったので、戦時中無理をして買った国債が、インフレで相当減価していたように思う。国民も負担を背負って国債を償還したものと思う。ヘリコプターマネーというのは、そういうケインズ経済学の流れ、政府の不十分な弁済という、道徳的な欠陥を抜きにしては回顧することはできないと思う。古来、お金を借りた人が利子を払って元金を弁済してきたが、マイナス金利政策によって、なぜ急に、資金を貸した銀行が、借りた人に対して金利を払うことになるのは、まだ世界では通用しないことである。経済界や金融界が受け入れなかったのは当然であり、日銀は否応なしに再考せざるをえなかったと思う。

2 自然利子率の考え方について

低金利、低成長、低インフレが、日本や米国のみならず、先進国共通のテーマとなっている。リーマンショックから8年経過した現在でも、本格的な景気回復の兆しが見えてこないからである。日本を含む先進7か国の実質長期金利は、1980年以降低下トレンドにあり、0%に近い。(実質金利とは、名目金利から先行きの物価上昇率(期待インフレ率)を引いたものである)リーマンショック以前は、「世界経済が大いなる安定期に入ったという」称賛が聞かれたが、リーマンショック後は、米国が潜在成長力を大幅に下回る長期停滞期に入ってしまったということを、米国のサマーズ教授は強調している。米国連銀のバーナンキ元議長は、世界中の過剰貯蓄が米国に流入した結果、ドル高が米国の貿易赤字を拡大したと主張している。

元来、自然利子率というのは、スウェーデンの経済学者で、ストックホルムのクヌート・ウイクセルが、19世紀末に唱えた概念で、貯蓄と投資を均衡させる物価に中立的な実質の金利を言う。金融政策の運営上、自然利子率は誘導燈のような役割を果たすという。実質金利を自然利子率以下に低い水準まで誘導できなければ、設備投資などの需要は喚起されず、実体経済を停滞させるという。(岩田一政「マイナス金利政策」第5章参照)こうした点については、米国のサマーズ教授やクーグマン教授はそれぞれもっともらしい理論を展開しておられるが、それは、あまり納得的ではない。

こうした欧米の一部の学者の理論的な説明をうのみにして、出来がっているのが、「大幅なマイナスの自然利子率の下(日経センターの試算によると、日本の自然利子率は、−1.0%といわれている)でなければ、金融政策は有効でない」という説明である。従って、実質金利を自然利子率以下に抑えるには高い物価の見通しが必然だということで、黒田日銀は、+2%に最初から執着しているようである。しかし,なぜ実質金利が自然利子率以下でなければならないかという説明や解析は全くないように思はれる。ヨーロッパのスウェーデン、デンマーク、スイス等でマイナス金利政策を以前から採用しても、特にハッキリと経済成長が高くなったという証拠は現れていないようである。

この自然利子率という概念それ自体の正当性とさらに、実質利子率がそれ以下でなければならないという論理については、世界経済土地研究所は疑問を持っている。従って、こうした一部の外国の学者の論理を、無条件に日本経済にあてはめることは、賛成できない。この上記のヘリコプターマネーと自然利子率の考え方は、抽象的な話が多く、実際経済のデータや検証の事実が少なく、経済理論として定着した、オ−ソドックスなものとなっていない。こうした根拠のない論理で支えられたマイナス金利政策というものが、日本国民に安易に容認されるのが難しいことは、当然のことであろう。

3 量的、質的金融緩和とマイナス金利の日本の地価への影響度

日本では、常時土地投機は行われている。土地は私有財産で、土地の売買は自由に認められているからである。量的、質的緩和マネーと今年1月からのマイナス金利政策で、だぶついてしまった大量の円資金は、有効需要や、物価上昇には寄与せず、1990年代に日本が体験した都市部への土地投機資金となって、地価を再び押し上げる日本の伝統的な地価上昇が再び、復活している。2016年9月21日に国土交通省が発表した基準地価(2016年7月1日時点)によると、全国の全用途では、25年間の連続下落となっているが、商業地は、9年ぶりに上昇し、全体的傾向としては、地方中核都市(札幌、仙台、広島,福岡)は、住宅地、商業地、全用途のいずれの土地も明確な上昇を示している。

表1 基準地価の変化(前年比 単位%)
分類住宅地商業地全用途
全国−0.80.005−0.6
3大都市圏0.42.91.0
東京圏0.52.71.1
大阪圏0.03.70.8
名古屋圏0.52.51.1
地方圏−1.2−1.1−1.2
地方中核都市2.56.74.0
(資料)国土交通省

マイナス金利政策で、中長期国債の利回りがマイナスに沈み、プラスの利回りを求める投資資金が、地方の中核都市の土地に向かって、投機的思惑で、大きく流れている。そして、訪日客に人気のある京都や金沢が大きく上昇している。地価は、1平米あたり、東京銀座では、3,300万円とリーマン危機前のバブル期のピーク(3,800万円)に迫っている。
また、20年前のバブルが再現されるかと思うと、ゾッとする思いである。こうした思惑による土地投機が今までの20年間、日本経済のバランスを大きく崩してきたので、土地不動産の投機を根絶することが日本経済の、根本的課題である。

これは、フランスの1945年(第二次世界大戦終了後)以降のフランス人の大量帰国で、フランス人が国内にあふれ、住居と住宅を探し求めたが、地主が土地を売らなかったので、政府が大勇断を下して、住宅や都市を中心とした土地改革を、ゾーニング行政(公的地域の区画行政)という形で、絶対的土地所有権制度を事実上棚上げしたことから始まっている。フランスでは、それが土地改革の大きなきっかけになったのであるが、1990年代の日本では、バブルで破たんした金融機関と企業の倒産等の後始末をしただけで、土地制度については何の制度改革も行わず、土地基本法の制定でごまかしてしまっている。その結果、今再びバブルを迎えようとしている。

今が、日本経済の最大の危機の時である。フランス以上の大胆な土地改革、すなわち土地を私有財産ではなく公有化し、公共財として扱う土地改革を実行しなければならない。そして、処分権ではなく利用権中心の制度に根本的な大転換をしなければならない。マイナス金利などと言っている暇はないのである。日本人は今こそ、深刻な国内問題として土地制度の大転換をしなければならない。そうでなければ、経済の成長と財政の健全化を、達成することはできない。日本の土地事情は、フランスよりずっと悪く、すぐそこに、土地バブルの足音が聞こえているのである。

表3 主要国の人口密度(1999年)

人口(1,000人)面積(1,000平方キロ)人口密度(人/平方キロ)
オランダ15,80533.9466人
フランス58、620550.1106
ドイツ82,100349.3235
日本126,570376.5336
英国59,501241.6246
米国278.2309,159.130
(資料 世銀、World Bank Atlas 2001)(注)山口健治著「新しい隆盛のための礎石」参照

この不可欠な土地改革を、まったく放置していることが、アベノミクスが成功しない根源となっている。土地制度が完全な時代遅れになっているからである。土地利用権が21世紀の土地制度の中心でなければならない。日本の経済を金融政策だけで変えようとするのは無理である。明治時代にフランスから導入した絶対的土地所有権制度を、根本的に大転換しなけらばならない。それができなければ、日本経済は21世紀に生き延びていくことは難しい。国内の格差が、ますます大きく開いてくるからである。フランスが事実上実行している以上に、日本は土地を公共財として大切に使わなければならない。フランスよりも日本は狭い国土で、人口はフランスの倍ぐらいあるからである。現行の絶対的土地所有権制度では、地主と特定の富裕層だけが栄え、中間層以下は、貧しい生活に甘んじており、これでは国力が強くならない。最後には、外国の金持ちに日本の国土全体が支配されてしまう可能性もあるだろう。

(GDPの検証問題)

新聞報道によると、最近経済のパーフォーマンスが悪いので、一部政治家や内閣府で、GDPの内容について検討を加えていると報道されている。GDPは、国際連合の分担金配分との関係もあり、世界中の統計専門家を招集して、定期的に検証しているが、GDPの計算上のルールを厳しく定めている。計算の内容を変更するということになると、非常に問題が大きくなり、取り返しのつかないことになりかねない。国際連合と十分に連絡を取って慎重に実行する必要があることを指摘しておきたい。GDP関係の国民経済計算は、日本政府が公明正大に実行することが、国連の加盟国としての暗黙の義務となっていることを忘れてはならない。

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