最悪の構造欠陥は土地所有権制度(2016.10.15)

最近、新聞は「構造改革、仕切り直し」と称して、安倍内閣が農業や医療を軸に、根本的な構造改革に挑むと報道している。これは大変結構なことであるが、一番大切な項目が、いつものことながら、脱落している。それは、土地の基本制度のことであり、それを是正しない限り、小手先の改革をいくらやっても、日本経済をデフレから成長路線へ転換することは極めて難しい。

日本はいまだに、1789年のフランス革命で創設された土地所有権制度を、基本的な土地制度の実定法として位置付けているが、これは、明治維新の際に、フランスの絶対的土地所有権をお手本にして、導入し、明治以降一貫して日本の社会、経済構造の中核として、機能してきた。そのことについて、日本では、この世界経済土地研究所を除き、疑問や不満を有する者は、あまりいないようである。

(第二次世界大戦後のフランスの土地事情)

しかし、実際には、この土地所有権制度は、元祖のフランスでは、すでに、1945年以降大きな弊害が生じたので、フランスはこれを事実上棚上げしてしまい、土地の基本制度としてあまり実行されず、形式的な制度として残っているに過ぎないようである。つまり廃止してはいないが、棚上げされて、あまり機能していないようである。しかし、国際的な体面とプライドを重んずるフランスは、そのことを公認していない。 フランスでは、第二次大戦後(1945年)、多くのフランス人が戦場や植民地から本国に帰国してきたので、これらの人々を、どのように収容し、住宅を供給するかが大問題となった。しかし、1789年のフランス革命から160年も経過した後のフランスでは、地主は、土地は売らないで、所有してきたことで、上昇する地価の利益を受けることに慣れてしまい、帰国したフランス人のために、土地を売る地主は少なかったのである。政府は、帰国フランス人の受け入れができず、政治的にも困難な時代がおこり、土地バブルが発生し、住宅の地価が3〜6倍にも上昇したという。

私の調べた限りでは、結局フランス政府は、この大問題を解決するために、国土の配分と利用を民間の土地取引に任せず、国土利用のやり方としてゾーニング(Zoning)行政を採用することとなった。すなわち、土地を、住宅建設、都市計画、産業立地等の公共的な目的のために、地主から取得するには、一般の民間人の土地売買とは異なる土地を公的に取得(公共財として扱う)する土地政策を採用し始めたのである。そして、その方式で、フランスの各地域の土地の権利と利用を公的に大きく改革することによって、戦後海外から帰国したフランス人の土地に対する欲求と不満を満足させ、危機を脱出することができたといわれている。

(注)第二次世界大戦はフランスに大きな被害を与え、工業生産の水準は、戦前のピーク時(1929年)の38%まで下落した。これを回復し、さらに増強する政策が、戦後の国有化政策、および経済計画であった。停滞的な構造の改善には、国家の介入が必要であるという認識が一般化し、実行された。政治的には、ドゴール派から共産党に至るまで、政策に関する意見が一致し、石油、石炭、電力、ガスのみならず、自動車(ルノー)や大銀行まで、国有化されたが、当然土地政策も大きく改革されることになった。

(置き去りにされてしまった、日本の土地所有権制度)

しかし、その時期が1945年以降であったため、日本自体が第二次世界大戦に敗れた時期と重なったので、こうした外国の事情を正確に把握し、日本にもその影響を伝達するというメディアの持つ重要な機能が 発揮されることはなかった。日本は、敗戦国としてフランス以上の危機に陥り、連合軍に占領されて、国家自体の存続がどうなるかわからないという国民の暗黒の中の出来事だったからである。つまり、国際的な情報交換ができない時代だったのである。こうしたことがあって、フランスでは、絶対的土地所有権制度が今でも実定法として行われていると多くの学者や法律家が日本では誤解しているようである。しかし、実際には、フランスでは1945年から約30年間にわたり矢継ぎ早に土地を公共財として扱うゾーニング行政による公的な土地の扱いが進んでしまったため、フランスが18世紀末に創設した絶対的土地所有権制度をそのとうり実行している国は、日本だけになってしまったのである。

(注)私は、世銀本部に勤務した(1982−1987年)ため、米国に5年ほど住んだ経験があり、アメリカ合衆国の土地制度と土地の実態を学ぶ貴重な経験を持ったが、米国の発展の歴史は、他の外国が持っていた米国内の植民地領土の購入と併合によるものであった。米国では、イギリスの土地に関するコモン・ローを、原則的に継承しており、利用権中心の制度となっている。ヨーロッパ諸国と同様に、建物は、独立のの不動産とは土地扱われず、土地と一体のものと考えられる。アメリカでは、国民の土地の権利は、一般にフリーホ−ルドとリースホールドに分けられる。そして日本の土地所有権に最も近い権利は、フィー・シンプルと呼ばれている。他方、連邦土地政策法が1976年に制定され、公有地の取得、管理処分を規制し始めた。米国独特の公共領有地(連邦結成後に取得した広大な領地)は、米国の面積の約3分の1となっており、米国独特の管理体制をとている。

フランスや米国の土地事情については、今の日本の政治家で、正確に認識しておられる方は非常に少なく、日本の法律家や学者といえども、こうした海外の土地事情を知らない人が大半であるのは嘆かわしいことである。もちろん、マスメヂアもフランスと日本の土地事情の違いを知らないが、これは日本の大きな悲劇である。現在、世界の先進国の中で、日本だけが、土地は純粋な私有財産であるという、ばかげた実定法を持っているが、これは重大な問題である。フランスが18世紀末に創造した絶対的土地所有権という権利は、土地の利用権や収益権よりも処分権(土地を排他的に支配し、売買する権利)を重視する考え方であり、人々や企業が,生活や生産のため最もほしがっている土地の利用権を非常に軽視する思想である。

(日本の市街地の土地の貴重性)

日本では、平坦な土地の広さに対し、人口が多く、山岳地が多く平野部が狭いので、市街地の価値は貴重である。そのために、日本では世界的水準で地価が非常に高く、住居費のコストが高く、ドイツなどと比較にならない。都市部の平地は、住宅のみならず商業用地や工業用地としても、使用できるので、日本の市街地の価格は上昇率が高く、土地がNO1の上昇率を示してきた。銀行は、土地担保金融を最も好み、日本経済は、土地本位制経済であるとさえ言われた。

表1 地価と物価の10年ごとの上昇倍率比較(試算)
基準時点地価倍率(全国市街地)同左(6大都市)卸売物価消費者物価
昭和9−11年9月1.01.01.01.0
昭和20年5月2.11.216.250.6
昭和30年9月154.7169.721.175.88
昭和39年9月6.89.91.041.39
昭和49年9月3.93.31.712.13
昭和59年9月1.41.51.361.73
平成6年9月1.41.80.831.16
上記60年間合計16,886倍17、962倍688倍1,767倍
(資料)山口健治著「新しい隆盛のための礎石」第1章参照

(日本では景気の好況期が短く、不況気が長いが、土地、不動産投機の影響が大きい)

日本では、少し景気が良くなると、地価が上昇する。反面、景気が下降すると地価がすぐに下がってくる。地価は、日本の景気のバロメーターとされてきた。日本の都市部の地価は、昔から土地投機の対象とされてきた。市街地の土地を担保にすれば、銀行等はいつでも巨額の資金を貸してくれたことは有名な話となっている。

内閣府が2004年に発表した報告書「日本経済 2004」ー(責任者、大田弘子教授)は日本の景気循環が、国際的に比較して成績が良くないという分析をしている。世界経済土地研究所は、土地所有権制度がその原因を作っていると分析している。これは優れた分析であるが、日本人の間で、あまり知られていないのが残念である。
(注)日本が、明治以降130年以上も、フランスの絶対的土地所有権制度を実行してきたため、重大な構造的欠陥を作ってしまった。国内で景気が上昇すると、人口密度が高く狭小な日本では、地価が上昇し、すぐに土地投機が盛んになる。地価上昇の利潤を投機で吸収するが、行き過ぎがちである。しかし、投機はいくらやっても付加価値を生産することはないので、GDPの成長には結びつかない。(土地の売買を繰り返して名義を何回替えてもGDPの付加価値を創造することはない。)景気がある時点に達すると、土地投機の収縮が始まり、地価下落が始まるが、そのスピードは非常に遅いので、(地価の上昇期間1に対して、地価の下降期は約4倍の期間を要する)経済は長期のデフレ症状を起こさざるを得ない。

その結果、プラス成長は長く続かず、不況は長く続く。その間政府は、財政支出を拡大し、不況対策を行う(財政赤字と国債発行の原因)。このような、土地投機と景気変動の繰り返しが、日本経済の 景気循環の周期を、他の先進国に比べ、非常に短いものにしている。

2002年のIMFの調査では、OECD加盟の21か国平均では、景気拡張期5年、後退期は1年(合計6年)であるが、日本は、拡張期が2.8年、後退期が1.4年で、合計4.2年となっている。(内閣府、「日本経済2004」)このように、土地所有権が許容する土地投機は、好況期を短くし、同時に不況期を長引かせている。土地所有権による土地投機が、経済成長を大きく妨げる重大な、隠れた原因となっているのである。

(公共事業における用地補償費と工事期間の浪費)

日本は、災害大国であるため、常時台風、津波、地震等によって、風水害の被害を受け、それを復旧するための毎年の公共事業費は、日本の財政に大きな圧力を加えてきた。日本では、年がら年中、公共土木事業 、災害復旧事業が行はれている。しかも地主の権利が強く時には抵抗することもあり、土地に対する過大な補償費を要求する傾向もある。工事費全体のかなりの割合になっている。もし、日本の全国土を、公共財として、公有化してしまえば、民間の土地所有権者が反対したり、補償を要求することが消えるので、公共事業や災害復旧は何倍も早く、しかも安いコストで執行できることになる。財政再建への強力な武器となるだろう。

フランスでは、土地所有権制度を棚上げし、土地は半ば公共財として取り扱っているので、フランスの土地市場は公的な調整と支配のもとにあり、1970年以降は大きな土地投機は起こっていない。日本だけが実質的に土地を商品(私有財産)としているので、土地投機が盛んにおこなわれている。

(土地バブルは、日本経済と国際経済とを分断する)

日本全体の土地価格が、1990年代のバブルでは、4倍になってしまい、世界経済に大きなショックを与えてしまった。荒れ狂った土地バブルは、強すぎる土地所有権制度が起こしてしまった犯罪といっても過言ではない。日本で、地価上昇の利益に依存する企業は、金融、保険、不動産、建設業などきわめて多岐に及んでいる。多くの善良な中小企業までもが、その巻き添えになってしまった。そして、そのバカ高い地価の反動下落が、資産デフレを20年にもわたり起こしてしまい、ここから金融界や経済界は、立ち上がることができなくなっている。

フランスが、棚上げしてしまった土地所有権制度から日本経済全体が、振り回されてしまっただけでなく、日本のリーダーは、そのことに全く気が付いていない。リーダー(法曹界、政界、財界)としての資格が欠けているとしか言いようがない。この世界経済土地研究所は、1990年代から、土地制度を根本的に改革し、土地は私有財産ではなく、公共財として扱われるよう土地の公有化、公共財化を叫んできたが、日本人は聞く耳を全く持っていない。マスコミを含めて、情けない国民であるとしか思えない。

デフレを追放するには、まず、土地投機を起こさせてはならない。付加価値を作らない、単なる利潤追求の投機取引を国民や企業に許してはならない。明治時代に、国の財政を樹立するために地租を立案したが、そのためにやむを得ず土地所有権を立案した。私に言わせれば、昭和40年代で土地所有権の役割はもう終わっている。世界は完全に土地利用権の時代に入っている。昔から、英国や米国では土地処分権よりは、実用的な土地利用権を中心にして、土地制度が組み立てられている。日本の不勉強な学者や政治家はそれがわかっていない。

(今後日本経済が歩むべき道)

ヨーロッパと米国を含め、先進国の中で、絶対的土地所有権制度を実行している国は,日本を除き一国もない。日本だけが、時代遅れで異端なフランス生まれの絶対的土地所有権にしがみついている。そして、そのデフレの歪みを、マイナス金利という異端な金融政策で、是正しようとしている。こうした日本の経済政策の流れは、経済の歴史的な調査と判断を欠いたものと言わざるを得ない。日本の地権者(土地所有権者)は、執着の強い人々が集まっており、日本の中に大きな格差社会(土地を持つ者と持たざる者の格差)を作っている。

これでは、日本で、若者に公正な生存競争をさせ、将来に希望を持たせることはできない。競争条件が平等でないからである。これは、日本の構造問題の中核的な課題である。土地所有権制度を根本的に改革し、土地は私財ではなく、公共財として、公有化されなければ、マイナス金利など、金融政策だけで、日本経済の構造を根本的に成長経済に転換することはできない。不可能であると思う。次に、世界経済土地研究所の提言をここに掲載させていただく。

(1) マイナス金利政策の深堀り、拡大は賛成できない。これ以上金融市場を混乱させ、各種の投機的取引を刺激することは良くない。

(2)リーマンショック以後、米国経済は、まだ十分に回復したとは言えない。英国のEC離脱を含め、現在新しい金融秩序が形成されつつある。日本の金融界の実力が国際的に試されているときに、マイナス金利政策を拡大強化することは、賢明な策ではない。G7の国では、どこもやっていないことである。2%の物価上昇を目的とするのは、単純すぎる動機であり、疑問である。いったい、毎年2%も物価が上昇していくのであれば、今まで耐え忍んできた年金生活者や、庶民の方々にさらに一層の生活水準の切り下げを日銀が要求することとなる。

(3) それだけの、経済政策上のリスクを、政府と日銀がとるというのであれば、私が今まで本稿で述べてきたような土地制度の抜本改正を正面から取り組むべきである。日本経済の土地改革は、お手本のフランスからすでに半世紀以上も遅れてしまっていることを猛反省しなければならない。

(4) 世界経済土地研究所の土地公有化論は、財源の裏付けがなく、実行できるものでないと過去に強く批判されてきたが、日本の経済情勢はジリジリと悪化する一方である。土地を公有化し、土地を私有財産でなく、公共財とする手法は、世界中の多くの国々の土地政策の基本的な流れとなっており、それを実行しない、日本経済のパーフォーマンスだけが、他の先進国に比べジリジリと悪化している。

(5) これを改革するには、政府が永久国債(償還期限のない国債)をゼロ金利で、発行することにより、財源を調達して、国民や企業から私有地をすべて買い上げて、公有化し、土地所有権を廃止し、土地利用権制度に転換するしか改革の方法はない。それを一日も早く実行しないと、日本経済は、転落してしまうだろう。

これらの政策は、日本がこれ以上転落しないための唯一の緊急かつ重要な政策ではないだろうか?これを実行しなければ、アベノミクスは結実せず、日本経済が構造改革に着手する契機と糸口を掴むことはできないと思う。土壇場に来ている日本経済にカツを入れるためには、マイナス金利に代わる政策はこれしかないのではなかろうか?

以上、思いつくままに書き連ねてきましたが、まじめにご検討いただければ、これに勝る幸せはないと思います。ご精読ありがとうございました。

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