日本経済のデフレ症状 5)(地価下落によるデフレ圧力のGDPに与えた影響)(2010.4.1)

1 土地神話の崩壊と長期の地価下落

市場で自由に商品取り引きが行なわれる現代の社会では、ものによって価格の動きが異なる。物の価格には二種類あり、卸売り(企業)物価、消費者物価と呼ばれている。土地の価格には、山林価格、農地価格、市街地価格など土地の区分によって大きな差異がある。
昭和9-11年に、日本の統計の基礎が固まって以来、平成6年までの60年間を取ると、全国の消費者物価は、1,767倍に上昇したが、卸売り物価は688倍にとどまっている。
然るに、市街地の土地の価格を見ると、全国市街地の価格は16,886倍、六大都市の市街地価格は17,962倍と、物価とは桁違いの大きな上昇率を示している。

日本でこんなに地価が上昇してきたのは、いかに人々が市街地の土地を欲しがっているかを如実に示している。日本は明治維新以来、資本主義経済を原則的に貫いてきた。その中で、それぞれの財(土地や商品)の値上がりのスピード(相対上昇速度)というものを、世界経済土地研究所では計算している。
それによれば、60年間の中で、消費者物価に対しては9.6−10倍、卸売り物価に対しては全国市街地価格は24.5倍、六大都市では26.1倍という高い上昇速度になっている。このことは、日本では物よりも土地を持っている方が、長い目で見てはるかに有利である事がわかる。従って日本では、土地への投資(特に市街地への投資)が非常に盛んに行なわれてきた。かつて、『土地の値段は絶対に下がらない」といわれたように、このことは、日本経済における「土地神話」として、日本国民と日本経済の歴史の中で、100年以上という長い年月の間に定着してきた暗黙のルールとなっていた。

しかし、平成4年3月から始まった全国市街地価格の下落は、平成21年9月まで17年半経過したが,いまだに上昇したためしが無い。毎年3月と9月に調査されている日本不動産研究所の市街地価格指数は、平成4年3月から、対前期比でマイナスの値をとり、日本列島改造論の時の土地ブーム以降17年ぶりに、初めて下落した。しかもそれ以降平成21年9月まで17年半の間一度も地価は上昇(プラスの値)を示していない。これは、日本経済の歴史上驚くべき出来事である。土地を今までのように単なる商品として取り扱っていくことはできないのではないかと受け止めざるを得ない。
つまり、日本経済の中の土地の役割について、大異変が発生したと思はれる。この大異変の本当の深い原因を摘出し、改革しなければ、日本経済の長期大不況(デフレ不況)を脱出し、克服していくことはできない。

2 激しい地価変動で大きく歪んでしまった景気循環

日本では景気が良くなると、人々に活気が生じ売り上げや生産が増え、経済成長率が上がりはじめる。そうなると、土地や株式の資産価値が上がり、企業や家計の懐(流動性)が豊かになる。そうすると人々は、いっそう強気となり物価が上昇し、好調な景気に益々拍車がかかる。これが地価上昇のインフレ圧力である。景気は良いし、懐は豊かになったので、人々が活気を帯び、浮かれ気味になってくるので、物価や賃金の上昇を加速させる。これがインフレ圧力である。

贅沢な海外旅行をフンダンに愉しんだり、海外のリゾートの権利や別荘を買ったり、著名な海外の絵画や骨董品を集めたり、又企業ではニューヨークに大きなビルを買ったり、著名な大学に寄付をしてみたり、そういった贅沢な景気よい話が数多くあったことは、読者もまだご記憶のことと思う。

しかし、ある時点で景気が頭打ちとなり、反転せざるを得なくなると、今までの強気が一転して守りの消極的な姿勢を取り戻すことになる。景気が下降気味となり、物価、地価、株価なども徐々に下がってくるからである。景気が後退期に入り始めると、今までのインフレ的な傾向がなくなり、売り上げが減り、賃金や物価も下がってくるので、地価や株価の資産価格も下がってくる。そうすると、個人や企業の手元流動性の水準が下がり、有効需要が減ってくる。これが景気と物価の下落、成長率の低下に拍車をかける。これがデフレ圧力である。

資産価格の下落は、企業や家計の余裕資金(手元流動性)の減少に繋がる。いろいろな資産のなかで、土地価格の比重は日本の非金融資産の中で半分以上を占めてきたので、その影響が非常に大きい。これを、「地価下落のデフレ圧力」ということが出来る。下がり始めた景気や物価、成長率に地価の下落が追い討ちをかけて、景気下降に一層の拍車をかける。

(注)日本の国富は、金融資産と非金融資産とに分類されるが、土地は非金融資産に属する。国民経済計算ベースの日本の総資産残高(国富)は、平成3年末で8,018兆円(金融資産4,631兆円、非金融資産3,387兆円,土地資産2,276兆円)、平成12年末で8,477兆円(金融資産5,636兆円、非金融資産2,890兆円、土地資産1,536兆円)となった。バブル経済の崩壊による 資産価格の下落にもかかわらず、国富は9年間で459兆円も増大しているが、それは金融資産のほうで、非金融資産は大きく減額している。国富の中で土地の占める割合は、平成3年末の28%であったが、平成12年末には18%となってしまい、地価の下落で地価総額は、9年間で740兆円も減額してしまった。
これは、平成4年から平成12年までの有効需要に対し、大きなデフレ圧力を与えた。勿論平成13年以降も地価の下落は継続しているので、この傾向は続いている。世界経済土地研究所としては、日本経済が安定成長の軌道に乗るためには、土地を公有化し公共財とすること、そして土地利用権価格を公的に調整することにより、地価を半永久的に安定した状態(必ずしも固定しなくとも安定的な上昇でも可)におくことは、今後の日本のマクロ経済の健全な成長にとっては、不可欠の基本的な経済政策であると考えている。

したがって、景気上昇期における地価上昇のインフレ圧力と,景気下降期における地価下落のデフレ圧力は,本来の自然な景気循環を、上昇と下降への両局面で加速化し、激化させることになる。その結果全体としては、景気激動化の要因を与える。即ち、景気上昇期間をインフレの弊害のため早く終わらせ,また不況期には地価下落が地価上昇期に比べ非常に長引くので、不況期が非常に長引いてしまい、好況期が相対的に短くなる傾向がある。つまり、日本の景気循環は、他の国に例の無い激しい土地投機によって激化され、その期間も短縮化されるに至っている。

そうした結果、日本の景気循環の一循環の平均期間は、4.2年(好況期2.8年対不況期1.4年)と、先進21カ国平均の6年(好況期5年対不況期1年)に比較すると、一循環の期間が短く、不況期が相対的に非常に長くなっている。(不況期の比率は、日本33.3%、先進21カ国16.7%)これが、国際比較をした場合の、日本の景気循環の極めて重要な特徴となっている。(内閣府発行「日本経済2004」第2章を参照のこと)

3 土地の特殊な財としての性格が不況期を長引かせる。

土地は日本では、私有財産、商品として扱われ、市場での取り引きの対象となっているが、前回も指摘したように、土地は人間が人工的につくることは不可能であるから、需要が供給を大きく超えても、供給量を増やすことはできない。換言すれば、地価を人工的に安くすることは出来ない。(土地の供給の非弾力性という。)仮に土地の価格が上がった場合でも、供給量を追加することはできないため、地価を高いままに放置しながら、時間の経過とともに土地に対する一般需要が自然に下がるのを待つしか方法が無い。(土地の値下がりに要する期間は上昇する場合に比べ、約2.4倍の時間を要する。)
勿論地価が一旦さがってしまえば、土地に対する有効需要があるならば、またさらに地価上昇が実現することはあるだろう。

しかし、バブル崩壊(土地の場合平成4年3月)後の長引いた不況期を救済するために、政府は、何度となく景気刺激策(公共事業の拡大等)をとってきたので、国と地方の財政は大いに疲弊してしまい、日銀もゼロに近い金利を設定しているため、有効な手段を取る事が極めて難しくなっている。

ノーベル賞を受賞したこともある著名な経済学者、ミルトン・フリードマンは、世界各国の財政の実証研究を行なった結果、ケインズのいう乗数理論の実際の結果は、ケインズのいう値ではなく、貨幣数量説にはるかに近いとしている。そして、ケインズ理論について、フリードマン教授は、次のように述べている。
「私の知る限りでは、ケインズ理論を裏付ける系統的なデータや、一貫性の在る証拠は存在しない。いってみれば、ケインズ理論は[経済神話]のような説であって、経済分析や研究で実証されていない。しかし、それにもかかわらず、絶大な影響力を持ち、政府が経済活動や生活に大規模に介入することについて、幅広い支持を得るにいたっている。」(ミルトン・フリードマン著「資本主義と自由」(日経BP社)第5章 財政政策)

(注)この研究所では、政府が景気刺激策として公共事業等に赤字財政支出を拡大した過程では、ケインズ理論の乗数を、ある程度高く想定し,乗数効果を考えていたが,現実の経済の実態では、そうした高い乗数に対する保証は何もなかったのではないかと考えている。

つまり、たとえていうならば、欧米におけるケインズの名声と高い評価が、ケインズ理論に広い支持を与えてしまったが、実際には、ケインズ理論はなんら実質的な証拠の無い神話に過ぎないとしている。昨今世界中の各国政府が、経済の激動から自国の経済を救済しようとして、大規模な財政赤字に苦しんでいるのだが、今やケインズ理論の客観的正当性が鋭く世界中で問い直されているのである。

日本でもケインズ理論を尊重する政治家は少なくなかった。そして、バブル崩壊後、何度となく実施された大規模な景気刺激策と財政赤字にもかかわらず、日本経済は、20年近くも長期不況と閉塞状況に陥ってしまっている。こうした不況のドン底で国民や企業は、失業や倒産などで生活難や経営難にあえいでいるのが現実の姿である。名目成長率は昭和31-50年までの14-16%台から−0.25%へ(平成13-20年)、実質成長率は9.0%台から0.89%へと大きく低下してしまった。日本の順調な経済成長は全く消え去ってしまった。そして、巨大な財政赤字だけが残ってしまった。これにはいろいろな原因があると思うが、一番の強力な要因は、土地投機による地価の激動と長期にわたる地価下落のデフレ圧力であることは間違いないように思う。(次回の「日本経済のデフレ症状 6」の表1を参照)

4 バブル頂上期前後の地価と株価の変動による有効需要への圧力

バブルのピークをはさんだ時期について地価と株価の値上がりと値下がりが、金額的にどれだけあったかを調べたのが次の表である。

表1 資産価格変動の有効需要への圧力
項目土地資産増減額株式資産増減額
期間(景気上昇期)昭和57-平成2昭和55‐平成元年
データ数9年10年
資産価値(インフレ圧力)+1,318兆円+473兆円
期間(景気下降期)平成3-11平成2‐11年
データ数9年10年
資産価値(デフレ圧力)−722兆円−180兆円
平成12年以降の下落可能額(デフレ圧力)−596兆円-293兆円
(注)1この表は、内閣府の国民経済計算年報(平成14年)と(平成2年基準)長期遡及主要系列を使って計算した。    2土地については昭和57年、株式については昭和55年の価格水準に戻るという前提で、資産増減額の計算を行なっている。
3 {新しい隆盛のための礎石」(上)の160ページを参照のこと。

これが、資産価格変動の有効需要に対するインフレ圧力とデフレ圧力の試算であるが、土地の比重が非常に大きく、株式は足の動きがはやく、土地のように長期間一方的に下落だけつづけることはない。したがって、インフレ圧力やデフレ圧力を検討する時は,株式の存在をそれほど重視する必要は無い。
土地のインフレ圧力は、好況期で供給が需要に間に合わない時期に、更に有効需要を追加しインフレを加速させ、人々や企業に贅沢な思いをさせるが、一転して不況期になってしまえば、これまでとは逆に土地のデフレ圧力は、国民の消費生活まで圧迫し、企業売り上げや生産の減少、また雇用や企業利益の減少として、不況に厳しい追い討ちをかけることになる。

土地投機による地価の変動は、好況期には上昇し、不況期には下落するので、景気変動を緩和するのではなく反対に激化してしまうのである。即ち、日本経済の本来の自然な景気変動を、好況期には地価上昇によって一層有効需要を拡大する反面、不況期には低迷している需要を地価下落によって追い討ちをかけ、最低限必要な消費まで切り下げてしまうのである。この事が不況期が長く、好況期が短いという日本経済の景気循環の特殊な性格を形成し,他の先進国と比べ、大きな相違点となっている。(前掲『日本経済2004」参照)

5 デフレ圧力は長期にわたり有効需要と成長率に負の影響を与える。

昭和57年から平成2年まで9年かかって、1,318兆円の地価が国内で上昇した(国民経済計算上の評価)が、平成3年から11年までの間に722兆円が下落してしまっている。そうすると596兆円の地価上昇額が、まだ土地の中に滞留したことになる。地価はどこまで下落するかわからないので、一応この596兆円の半額だけ下落するとすれば、298兆円、25%だけ下落するとすれば、149兆円が将来にわたって下落することになる。

表2 将来の地価下落額の試算(平成12年以降)
地価下落の程度下落金額10年で下落する場合20年で下落する場合
50%298兆円年平均約30兆円年平均約15兆円
25%149兆円年平均約15兆円年平均約7.5兆円


表2のうち,最も地価下落が軽い場合でも年7.5兆円になり、これは、日本経済のGDPを500兆円と仮定すれば、1.5%に相当する金額となる。日本経済に対し、毎年1.5%の土地資産価格の減少による需要減額の圧力が働くということは、国民や企業にとってかなりのデフレ圧力であり、有効需要を下押しすることになる。この1.5%は最も軽微な場合の試算であるから、これより高いデフレ圧力になる場合もあるだろう。しかし、有効需要としてどれだけ減少するかという計算は不可能である。

このデフレ圧力は、土地投機による地価高騰の必然的な反動として起こる地価下落が原因であるから、経済の付加価値(GDP)とは関係の無い存在であるが、土地投機に一旦資金を投入してしまった以上、この資金から利潤の発生を期待しているので,地価の下落の被害を蒙った場合には、投機による潜在的な利潤が失われたことになり、資産価格下落の苦しみを避けて通ることは出来ない。

更に悪いことには、土地取引をいくらやっても、地権者の名義(所有者名)が変更されるだけで、付加価値(GDPの生産)を全然生まないことである。もともと投機というものは、自分だけが利潤を得てしまえば、他人のことはどうなってもかまわないという極めて利己的で勝手な行動であり、付加価値を創造して、社会に貢献すること(GDPの増大に寄与する)は当初から全く考えていない。
換言するならば、「投機」というものは、非常に空虚なもので、社会的に貢献することは何も考えていないが、自分が利潤を上げるために、価格を変動させてそれに乗じて、自分が利益を上げてしまえば逃げてしまう。そのことだけが目的となっている。

「空虚でなんら実体の無い土地投機」がGDP世界第二位という日本の実体経済を10%台の成長からゼロ成長まで振り回し続けているという事実は、もはや放置し許しておくことはできない。一握りの投機家を除き、1億2000万人の日本国民の大半が、その犠牲となっているからである。巨額の資金が動く土地投機を政府が放任しているという事実は、日本という国が真に必要としている極めて重要な構造改革を妨げ、妨害しているということである。日本人はその愚かさを世界中にさらけ出しているようなものである。

土地投機を容認し、それを背後からシッカリ支えている土地所有権制度は、社会全体、国民全体にとって、永年続いてきたゼロ成長に近い閉塞状態の根本的な原因であるといってよい。問題が複雑に絡み合っている中を、土地投機家は巧みにスリ抜けるので、ウラ世界に通じていない国民の目にはハッキリと見えないというだけの話である。

世界経済土地研究所では、『土地投機を日本経済の慢性病,悪の根源」として、永年にわたりその根絶を主張してきたが、その主張の真意を、今こそ読者におかれては、現実の日本経済の病状と照らし合わせて,賢明にご理解され、ご判断していただきたいのである。

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