日本経済のデフレ症状 7(土地に関する国際的な視角(2010.5.1)

1 農業にとって土地の持つ重要性

日本は、太平洋上の島国であるが、その総面積は米国のカリフォルニア州とほぼ同じぐらいだ。しかし、日本の全領土の約7割程度は山岳地帯であり、平野部が少ないので、農業の耕作に充分とは言えず、昔から土地争いには激しいものがあった。

第二次大戦後の農地改革は、占領軍のマッカーサー司令部がイニシアチブをとって始まったが、私は山形県上山市で育ち、少年時代のころだったので、農地改革の実情を自分の体で、つぶさに見聞することができた。これは、農地制度の大革命であり、実際に土地を耕作する人だけが不在地主等を排除して、本当に農地の権利を得るという画期的な哲学に基づくものであった。この事が、日本の農村を大きく変化させ,永年続いた小作争議が収まり、農村に平和と豊かさをもたらした。我が国の農地改革は、大成功であったと内外で高く評価されている。もし農地改革がなかったならば、日本経済の高度成長やGDP世界第二位という栄光もありえなかったであろう。

しかし、農家一戸あたりの耕地面積をとって国際比較をしてみると、1975年の古い資料で恐縮であるが、日本の農業規模は驚くほど小さく、他の先進国と比較することさえ出来ない状況である。

農家一戸あたりの耕地面積(1975年)単位:ヘクタール
国名一戸当たり耕地面積
豪州2,046.3
米国157.6
フランス24.5
西独13.8
イタリー7.1
日本1.1
(資料)経済学大辞典(東洋経済)

日本の農家は、欧州の中では土地が狭いので有名なイタリーの6.5分の1の面積しか与えられていない。日本の土地の狭さと人口の多さは、日本の土地制度を考えるとき、決定的に重要なことであり、他の国とは別次元の政策が要求されるのである。人口が多く、有効面積の狭い国土の日本では、土地の広さ(スペース)は宝物なのである。

最近、企業のコスト意識が高まり,国内で高い水道料の負担を避けて地下水を開発し、無償で利用する企業が増えているという。(NHK3月12日特報首都圏)このことは、地方公共団体の水道事業を圧迫していると報道されているが、土地の公有化、土地利用権を論議する際には、土地の中に地面の下の地下水の権利を含むものとして考える必要がある。

2 生活を圧迫し、格差と少子化の原因をつくる高騰した地価

日本の土地制度は、土地の所有者が土地を持たない者に対して人生の競争上有利であるだけでなく,地価が非常に高いので、土地を持たないものが生活を快適にし、土地持ちになることを、ほぼ不可能にしている。そのわけは、高い地価が物価高をもたらし、国内の生活費をかなり高い水準に押し上げてしまい、貯蓄率が大幅に下がってしまうからである。勤労者は生活費が高いので、二人以上の子供を育てるのは難しく、住居や高額な土地を買うだけの貯蓄が出来ないのである。昔30%程度あった日本人の貯蓄率は、長期のデフレ不況のため現在3%台にまで落ち込んでしまった。

日本人が日常の身近に感ずる高地価の圧力とは次のようなものがる。
ア 駐車場の駐車料金、高速料金、交通費等
イ 飲食費(飲食店の家賃、地代が高い)
ウ 住居費(部屋代、家賃等)
エ 余分なスペースが全く無い。(子供の遊べる空き地も無い)
オ 貧乏人や弱者が憩える公園等の施設が非常に少ない。
カ せめてもの救いは、空気を吸ってもまだお金を取られないことだ。

2008年ー9年にかけて,不況で失業が増加した際、住居をもてない日本人は、社会保障に頼ることも出来ず、仕事も探せず、日本人なのに、日本のどこで安心して死ぬことができるかという悲鳴まで上がった。国民全体が、すさまじい高地価、土地投機、土地制度の犠牲になっている。2004年6月の厚生労働省の発表では、日本の出世児の平均数が1.29にさがり、現在ようやく1.37まで上がってきたといわれている。土地制度と経済、金融のシステムが、土地持ちの土地投機に寛大すぎて、人間の労働や賃金に対して厳しすぎるため,史上最低の出生率と人口の減少を招いている。

3 土地活用度の国際比較

土地制度を見直す場合、人口密度、土地のGDP産出効率、そして土地活用度という3項目に、充分注意を払う必要がある。この中で、GDP産出効率とは、国土の1平方キロメートル当たりGDPをどれだけ産出出来たかという計数であり、土地活用度とは、人口密度と(人/平方キロ)とGDP産出効率(GDP/平方キロ)を乗じて土地活用の度合いを測ったものである。この3項目の国別比較表を下に掲げる。 (新しい隆盛のための礎石下巻86ページ参照)

表1 人口密度
国名人口(1,000人)土地面積(1,000平方キロ)人口密度(人/平方キロ)米国を1とする人口密度
オランダ15,80533.946615.5
フランス58,620550.11063.5
ドイツ82,100349.32357.8
日本126,570376.533611.2
英国59,501241.62468.2
米国278,2309,159.1301.0
中国1,253,5959,327.41344.5
ロシア146,20016,888.58.60.3
(資料) World Bank Atlas 2001(世界銀行資料)
中国のGDPは、2000年の計数
ロシアのGDPは、生産ベースの数字

表2 土地のGDP産出効果
国名国土面積(1,000平方キロ)GDP(10億米ドル)GDP産出効率、面積当りGDP米国を1とした左の値
オランダ3335610.52210.5
フランス5501,2902,3452.3
ドイツ3491,8185,2045.2
日本3763,81810.14210.1
英国2411,4325,9295.9
米国9,1599,2141,0061.0
中国9,3271,0800.0001160.1
ロシア16,8882990.0000170.02
(資料)国土面積は表1と同じ
GDPは、IMFの国際金融統計から入手
面積当たりGDPは、1平方キロ当たり100万米ドルの単位となっている。

表3 各国の土地活用度(米国を1とした場合)
国名米国を1とした人口密度、A米国を1とした面積当たりGDP、BAXB
オランダ15.510.5162.7
フランス3.52.38.1
ドイツ7.85.240.6
日本11.210.1113.1
英国8.25.948.4
米国1.01.01.0
中国4.50.10.5
ロシア0.30.020.01
(資料)表1および表2と同じ

4 日本と米国との間の越えがたい地理上のギャップ

上記の表1と表2については、特に説明を要することも無いように思うが、表3について若干説明する。
表3を作成した理由は,土地は人間の生活だけでなく、人間の生産活動(付加価値=GDPの生産)にも使用されており、人口密度(表1)と土地の産出効率(表2)の結果を乗じた値(表3のAXB)を見て判断するのが、正しいのではないかと考えた。
GDPが世界最大の米国を基準として各国がどのように土地を活用しているか、国際比較を試みたものである。この表は2001年時点の資料に基づいているが、9年経過したので若干の変化はあると思う。

ここに掲げた三表から判断すると,資本主義国では、米国とフランスがいかに土地に恵まれているかがわかる。そして、土地に恵まれていないオランダと日本において、生活とGDPの両面で、最も効率的に土地活用が行なわれている事がわかる。日本はオランダと共に最もよく土地を活用している国であり、最も貴重な財産である土地を、日本人が欲得ずくめのギャンブル的な土地投機の手に委ねていることは、許すことの出来ない馬鹿げた日本の慢性病としか言いようが無い。

日本は、戦後の新憲法で、武力と戦争を放棄させられた国であるが、文化国家、経済大国として戦後国際社会に対して、途上国援助を含め、一流の国際貢献を行なってきたが、それも最近は長期不況と貧弱となった財政力のために、非常に難しくなっている。日本経済全体のバランスがごく一部の者の土地投機によって、振り回されているからである。われわれが、日本経済と日本の財政力を豊かに育てていくことは、21世紀の国際社会に貢献するための当然の義務となってしまっていることを忘れてはならない。

アメリカとフランスは、土地活用度が非常に低く、土地にまだ充分余裕のある国である。日本が土地の評価をアメリカから学び、フランスから民法制定の際土地制度を学んだことは、土地貧乏の日本が土地富裕国の模倣をしたことになり、そもそも日本にとって、ふさわしいお手本とはいえないものであった。今、我々がしみじみ感じていることは、貧乏人が金持ちの真似をすることは弊害が多く、その必要は全くなかったということである。

5 国情に合った独自の土地制度を工夫する時期

人間の生活とGDPの生産に最も効率的に貢献している日本の土地を、米国以外にはどの国もが許していない土地投機の対象として、日本政府は認めてきたのである。それは、あまりにも地権者に寛大すぎ、しかし経済全体としての立場からは投機的取引行為に対して全く節度を求めないという寛大すぎる態度であった。土地を地権者の金儲けのための手段として取り引きすることを公認し、経済的に大きな弊害を伴う地価の激動を容認してきたからである。

米国と日本では、昔から土地、不動産に対する銀行の融資態度は大きく異なってきた。「米国金融史」によると、1914年の時点で、米国の商業銀行の貸付総額のうち、53%は商業的なものであり、33%は有価証券に関するものであり、14%以下が不動産に関する融資と分類されている。その理由は、連邦準備制度が設立された1913年までは、不動産に対する融資は一切認められていなかったからで、1913年以降も不動産融資は、農場に対してのみ条件付で認めていたに過ぎない。(ミルトン・フリードマン著,米国金融史第6章2の商業銀行の業務の変化参照)
他方日本では、明治以降銀行設立を認め、産業(工業)への融資を政府が奨励したにもかかわらず、銀行側は、危険が大きいとしてむしろ土地不動産金融を好んだ。大正末期に大蔵省の金融制度調査会が調べたところによると、日本では大半の銀行が土地、不動産融資に大きく傾斜していたため、「これでは大半の銀行が不動産銀行化している」と関係者を嘆かせたという逸話が残っている。
日本と米国とでは、土地事情に圧倒的な差があったため、日本では地価の上昇が著しく、金融業にとっては絶好の投機対象とされてきたのである。

アメリカでも土地所有権制度は採用されていると私が話すと、『それなら何も問題は無い。日本でも今後当然続けるべきだ」という日本人は多い。土地を公有化して公共財にするなどというと、狂人扱いされてしまい日本では全く相手にされない。然し、こうした考えの人々は、本当に日本の将来のことを真剣に考えているとは思えない。

今回サブプライム問題が、米国で世界不況の引き金を引いてしまったが、サブプライム問題は、土地住宅に関する投機と金融商品の証券化の偽造問題という二つの厄介な不祥事が,その主たる原因となっている。つまり、米国でも土地不動産投機が激しく行なわれた。しかしながらこの研究所は、土地の豊かな米国でも将来は、投機を根絶するための土地改革が行なわれると予想している。それは、時間の問題ではないだろうか。

日本と米国とが神様から与えられた土地の条件には雲泥の差があり、それぞれ別次元のものであり、同列に論ずることはできない。私は、アメリカや豪州に住んで生活したことがあるが、日本は、海に囲まれた狭い島国である。内陸部に砂漠や巨大な山脈を持つ大陸国とは全く違う。日本に住みながら、米国や豪州のことを、いくら一生懸命に日本人に説明しても、住んだことの無い人はなかなか納得できない。現実の生活実感として感ずることが出来ない。想像となまの現実とは、全くの別次元のことなのである。日本の国土面積は、カリフォルニアという一州の面積にもわずかに及ばないのである。

この一つの例をあげただけでも、米国と日本の間にある土地事情の大きいギャップが少しはわかるのではないでしょうか。戦争に負けたからといって、土地事情が全く違うのに、何でもかんでもアメリカのマネをすればよいという態度では、アメリカ人からも軽蔑されて相手にされなくなってしまうだろう。
2010年3月に、トヨタ自動車のリコール問題が,米国で大きな問題となったのは、日本の自動車産業が米国のマネをせずに、独自の 経営や技術を工夫し確立し、米国の自動車産業に打ち勝ったからである。アメリカのマネをするだけでは、アメリカには勝てないし、アメリカ人から尊敬されることも無い。日本は米国と全く国情が違うから、日本には、その独自の与えられた情況に調和した最もふさわしい土地制度を、国内でいろいろ工夫し試行錯誤を重ねて、土地改革を続けていく以外に方法は無い。しかし情け無いことには、明治以降土地所有権制度が存続してきた130年という歳月は、いかにも長すぎたように思う。

6 土地は貴重財であり、時代に応じた適切な土地管理制度が必要

現在のグローバル経済の時代に,災害や国際紛争、気候変動、資源開発、環境問題等は、国際的な規模で起こり、国際協力によって問題に取り組み、解決を模索する時代になっている。
こうした情況の下で、各国が積極的に協力できるかどうかは、各国のエネルギーの源泉となっている国内総生産(GDP)や各国政府の持つ財政力如何である。国の領土とその国民は、この国家の根源的なエネルギーを生み出す基礎である。特に、土地資源というものは、各国にとって何物にも換えがたい貴重な資源である。その貴重な資源である土地を管理するため、約130年前に立案した土地所有権という制度は、資本主義以前の旧式な考え方で、土地投機を許すという発想を採用している。これは、誠に時代遅れとなった制度以外の何物でもない。21世紀という資本主義が高度に発達し、国際化してしまった時代に、土地投機は国内で不必要で不規則な経済変動を起こし、公正と安定成長を破壊している。1日も早く改革すべきである。

(注)土地所有権制度は、我が国の国内で農業しか産業がなかった明治初年に、欧米の列強に対し開国を果たした明治政府が、殖産振興、富国強兵といった政策を余儀なくされ、銀行券制度(日銀券)さえまだ確立していない段階で、太政官布告に基づく政府の地租改正作業の中で、形成されたものであった。それは、長い鎖国のため、欧米の先進国文化の吸収に遅れてしまった明治初期の我が国が、封建的な農業経済から資本主義的な経済へ脱皮するための窮余の一策として採用されたものである。つまり、早急に欧米列強の経済力、資本力に追いつこうとして考案された、独特の資本の原始蓄積(資本が全く無い状態から、ガムシャラに資本を蓄積すること)を狙った土地法であったという経済的な時代的背景を、我々は忘れてはならないのである。

金の卵ともいえるGDPを、永久に生み出すことの出来る国の領土(土地)というものを、我々日本人は、今までかなりいい加減に粗末に扱ってきた。しかし、バブルという土地投機を制御する事が出来なかった日本経済は、今までの20年間の厳しい経済体験を通じて、今後はもっと大切にそして丁寧に土地を扱っていかなければならない。土地投機等は、政府が断じて認めてはならないものである。

日本の土地は、オランダと並んで、世界中で最もよく活用されている土地なのである。投機行為を是認し続ければ、21世紀においては、経済成長とか国や国民の豊かさを追求していくことはできない。なぜならば、領土と土地は、日本の経済構造の最も重要な基礎だからである。

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