1 長期不況の原因は土地所有権制度
我が国経済の、長期不況の構造的な原因は、日本独特の土地所有権制度である。
これは目に見えない経済の論理であるが、明治以降の日本経済の長い歴史に刻み込まれた事実でもある。我が国の土地と経済との関係を探求すれば、土地投機が日本経済の慢性病となっていることが実証される。そして、土地投機をしっかりと法律的に支えてきたのが,明治以来の土地所有権制度である。
2 土地投機の後始末は財政の役割
今の土地制度は土地の所有権者に対し、土地の自由な売買や取り引きを寛大に認めている。だから土地投機を行なった人と企業が、地価を大きく変動させて投機によって儲けることの出来る仕組み(経済構造)になっている。しかし、投機によって地価と景気が激動する結果、それによって生ずる企業等の破綻、失業、損失等の負の事後処理は、関係する多くの国民が困るという理由で、すべて国や地方公共団体に押し付けられている。土地投機に携わったものは、逃げ回ってなんら責任を果たしていない。また、投機利益を得たものに対しては、適正な課税がなされているかどうか疑問である。
3 国民が土地投機の最大の被害者
先進国の土地制度の中では、日本とアメリカだけが絶対的土地所有権を採用して、土地投機が自由に行なわれてきた。だから、両国とも不動産バブルを起こしてしまった。世界のGDP順位のナンバー1とナンバー2の国がそれぞれの国民と世界に与えた悪影響は計り知れない。日本の土地所有権制度は、土地投機によって景気の激動を起こし、その後始末のため財政に過重な負担をかけ、また地価の長期低落は、経済の長期不況の原因となってきた。
先進国では、日本と米国を除き、欧州では土地は純粋な私有財産ではなく、国による程度の差はあるが、土地の公共性を重視して、土地に対する公的規制は非常に厳しく、バブルを起こさせない仕組みとなっている。だから経済は激動せず、比較的安定した成長が保たれ、国と地方の財政もある程度の健全性が保たれている。
アジアでも、中国では土地は国有又は人民有の財産であり、韓国や台湾などでも公共財として厳しい規制がある。特定の人や企業が土地投機で儲ける事は許されていない。日本は技術水準がやや高いとはいっても、土地投機が日常茶飯事となっており、それが引き金となって高地価と高物価を招き、ヨーロッパ並みの賃金にはなったが、国民の日常生活はヨーロッパに比し、実質的に極めて貧弱である。
4 土地投機で破壊された安定成長路線
1990年代のバブル期のすさまじい土地投機のとき、地価総額のピークは平成2年であった。その前の10年とその後の10年の20年間の地価指数、地価総額、名目GDP,実質成長率の動きを調べてみると、次のようになっている。
(注)地価は、日本不動産研究所の全国市街地価格指数(全用途平均)をとった。項目 昭和55年 昭和55-平成元年 平成2年 平成2--11年 平成12年 地価指数<9月> 74.0 143.7 96.8 地価総額a 700兆円 2,365兆円 1,534兆円 名目GDPb 240兆円 430兆円 513兆円 a/b 2.91倍 5.5倍 2.99倍 平均実質成長率 3.78% 1.43%
地価総額と名目GDPは、内閣府、総合研究所の『国民経済計算年報」と『国民経済計算(長期遡及主要系列)」からとった。
日本の国土面積は全く変わっていないのに、地価総額は大きく変動し、最初の10年間に3.37倍に上昇し、その後ピーク時(平成2年の2,365兆円)から平成12年には、65%まで下落した。これをGDPに対する比率で見ると、地価総額/その年のGDP の比率は、昭和55年の2.91倍から平成2年の5.5倍、平成12年の2.99倍と大きく変わった。
人々の心は、毎年の安定成長を願うことから離れてしまい、投機的経済の下で、いかにして企業と自分の家計の土地財産を増殖し、その価値を守るかに精一杯となってしまった。かくして、この間の日本経済の実質成長率は、バブル期で3.78%を達成したが、バブル崩壊後で1.43%へと低下し、両者の間には2.6倍の開きが生じた。そしてこの低成長(1.4%前後)が今でも尾を引いている。
想像を絶した土地投機のスケールの大きさとその景気に対する増幅効果が、マクロ・バランスを狂わせてしまい、GDPの実質成長率に対して大きな悪影響をあたえたことを感じ取ることが出来る。日本国民と日本経済にとって、こうした激動を許す土地所有権制度のもとで繁栄していく事は不可能である。この後始末の負担は、国と地方の財政を大赤字にしてしまった。これが土地投機の恐ろしさである。
5 解決の鍵は所有権ではなく利用権
人口と生産の密度の高い日本の経済を、安定的に成長させ、景気を良くすることは、現在の土地制度の下では不可能である。土地投機がそれを妨げるからである。19世紀の遺物である古い土地所有権制度を廃止して、土地の処分権と収益権とを国家が買い上げ、国民の土地所有権を土地利用権に転換させる必要がある。経済が安定的に成長していくためには、土地投機を根絶することがどうしても必要である。民間からの権利の買い上げについては、資金的に不可能では無いかとの議論もあるが、欧州でおこなわれてきた永久国債ー有利子で無期限の国債ーを活用すれば、不可能なことではない。
一般の国民と企業にとって必要な土地の権利は、土地の使用権(利用権)だけで充分である。GDPや付加価値の生産に寄与せず、土地で不当な利益(土地投機利益)を得ようとする者のみが、土地の処分権と収益権とを必要とする。したがって、土地の処分権と収益権とを国家が買い上げ、土地所有権制度を土地利用権制度に転換させなければならない。こうしておけば、各地方において、あらかじめ合理的に必要な公共事業を計画し、国と地方公共団体との協力で、今回のように深刻な不況が起こった場合には、雇用を容易に創出することができるようになる。また、国土の最も有効な利用と産業立地政策によって、雇用の地方分散と地方経済の振興が可能となる。
6 弱体化した国と地方の財政力
土地投機の反動として起こった長期不況のため、財政は巨額な赤字を抱え、社会保障、年金、医療保険など国民生活にとって最小必要限度の政策すら充分に実行できなくなっている。現在の土地制度のままでは、1990年代のバブルの発生とその後の崩壊を、将来何度でも繰り返し、日本経済が安定成長の軌道に乗ることは難しいだろう。
土地投機でマクロ経済が激動し、バブルの後始末のため国と地方公共団体は、膨大な財源を費消してしまって、財政出動による積極的施策は何も打つことが出来ない。万一赤字国債で実施したとしても、景気回復による利益のかなりの部分は土地投機者の懐に入るだろう。このような悪循環を日本経済は以前から繰り返して来た結果、今尚財政のジリ貧状態が続いている。
しかしながら、土地改革によって土地投機による経済や景気の激動がなくなれば、企業救済、失業救済、景気刺激のための巨額な財政支出が不要となり、財政規律と財政力を回復させることは出来る。ともかく何よりもまず、土地改革という手術を実行する必要がある。そして手術を成功させるには強い体力が必要であり、ダラダラと時期を逸してはならない。体力の強いうちにやらなければならない。土地改革の断行によって土地投機を根絶し、経済が安定成長路線に乗ることができれば、税収と財政力もおのずから健全な方向へ回復してくることになる。
7 私有財から公共財への転換が必要
地価と景気の激動を防ぎ、日本経済の成長力を復活させるには、今のように土地を純粋な私有財産として寛大に土地投機を容認してはならない。土地基本法が既に示唆しているように、土地は「公共の利害に関係する特性を有している(土地基本法第2条)」ので、この考え方をもう一歩進めて、土地の私権制限により、土地を公共財に実際に転換させなければならない。必要な公共事業を効率よく全国の地方にまで拡充していくためにも、時代遅れとなってしまった土地所有権制度を廃止し、土地利用権制度を導入する必要がある。
8 土地制度の歴史的回顧
日本の土地制度は、明治29年に民法で制定されたが、実質的には、明治6年から14年にかけて実施された地租改正によって形成された。このとき日本は開国した直後であり、まだ中央銀行(日本銀行)が設立されておらず、日本経済は農業が中心であり、資本蓄積が極めて薄い状態であった。以後130年を経過し、敗戦の挫折はあったものの、日本の資本主義経済はたくましく成長してきた。しかし、良く調査してみると、明治維新の時代には、土地所有権は、明治維新政府から国民に対して、原則として無償で与えられたという事実がある。明治は遠くなってしまったので、このことはあまり人々に知られていないが重要なことであり、我々は決して忘れてはならない。
この歴史的事実を直視するならば、土地公有化は、たくましく成長した日本経済が、21世紀の世界経済に適合するために必要な当然の基本政策と考えれられる。日本とアメリカを除き、欧州やアジアの周辺国では、今や土地は公共財として扱われてきている。日本の土地制度だけが19世紀(明治維新)に制定されたまま、日清戦争、日露戦争、第二次世界大戦を経験したにもかかわらず、旧態依然のままであり、国際的な土地改革の潮流から取り残されたままになっている。
この間約130年が経過し、社会、経済の実体がスッカリ変貌してしまったにもかかわらず、
日本の土地所有権制度は、第二次大戦後の農地改革を除き、昔のまま残存し、現代の経済、社会の実情と矛盾し、土地投機をはびこらせて、高い地価や住居費、社会資本の不足等の大きな摩擦を引き起こし、経済を停滞させ、国民生活に歪みをもたらしている。
9 土地政策の国際的な潮流
土地政策の国際的な潮流から取り残された国が日本であり、米国も日本とほぼ同じ過ちを犯している。だからこの二カ国だけが、不動産バブルという大きな経済上の大失敗を犯した。しかし、絶対的土地所有権という法哲学を生み出したフランスでは、この哲学をまだ捨て去ってはいないが、実際問題としては、第二次大戦後の激しい住宅不足と都市化、工業化を進めるため、土地に対して私権を大きく制限し、公共財としての比重を大きく高めるための数多くの土地改革を半世紀前から実施してきた。
日本や米国は、フランスが着古し、いまや床の間の飾り物に過ぎない古い衣服(絶対的土地所有権)を、21世紀の今でも大切に着用している。これが、日米両国の土地、住宅バブルの根本原因である。世界の土地政策の潮流は、土地を公共財として扱う方向に向かっているが、この潮流から大きく外れている両国のみが、不動産バブルの大罪を犯してしまった。日本と米国とは土地事情が大きく異なる。土地に対する人口密度、GDP密度の圧倒的に高い島国の日本は、豊かな大陸国家である米国の百倍も国民にとって土地事情は苦しい。このことを真剣に考えるならば、日本の経済と国民を苦しめている土地所有権制度は一刻も早く改革し、土地投機を起すことのない土地利用権制度に改めるべきである。
(備考)現在世界経済は、大不況のさなかにあるが、その震源地である米国で起きた金融危機は、二つの原因から起こった。ひとつは不動産投機の行き過ぎ(サブプライム問題)であり、もうひとつは、それに関連する金融証券化商品の捏造問題とが結びついて生じたものである。このうち、不動産投機は日本と同じ土地制度(絶対的土地所有権)の下で起こったものであり、1990年代の日本の土地バブルと酷似したものである。
10 地価は他の価格に大きく影響する基軸的な存在
こうした背景の下で、我が国の閉塞した経済構造を、健全で成長可能な21世紀型に転換させるためには、土地を私有財産から公共財へと大きく転換し、土地所有権制度を土地利用権制度に置換することが緊急に必要であり、これに勝る改革は他には見当たらない。しかるに、今回行なわれた総選挙でも、これを訴える政党や政治家は皆無であった。土地改革なくしては、日本の構造改革は百年河清を待つに等しい。土地改革無しには、日本は投機的体質を構造改革することは出来ない。日米は、同様の不動産バブルを経験した国だが、日本にとっては非常に深刻な打撃であったが、大陸国家の米国にはまだ余裕が残っている。
敗戦後、戦勝国である米国に追従することの好きな日本人も多く、アメリカと同じ制度なら改革を急ぐ必要は無いと思うかもしれない。しかし、それでは、20年も続いた経済の閉塞状態を突破することはできない。日本と米国とでは国情が全く違う。今や日本経済は低迷するだけであリ、激しいグローバル競争からは脱落する可能性がある。アメリカという国は、食料の輸出国であり、石油を埋蔵していてもそれを消費せず、万一のために備蓄しながら、外部から輸入をしている国と伝えられている。石油資源を持たず、国民の必要な食料の40%しか自ら供給できない、底の浅い余裕の無い日本とは、国土、資源、豊かさ等国の成り立ちが根本的に違うのである。そして地価は日本に比べ非常に安い国である。
地価というのは、自由主義の経済循環の中で他の価格に大きな影響を及ぼす基軸的な価格である。賃金、利子、地代などの要素価格の外、生産物の価格も、土地の価格によって大きく影響される。人間が土地の上に住み、労働し、農産物や工業製品を生産し、金融取引を行なっているからである。日本の物価が国際的に高いのは、日本の地価が極端に高いことと深く関係しているが、古くなりすぎた土地制度が、土地投機を公然と容認していることが、地価を異常に高め、しかも大きく変動させる根本的な原因となっている。土地投機が日本の国際競争力を弱め、経済と財政を閉塞させてしまい、国民の間の格差を生じさせ、日常生活を苦しくしている。
土地公有化によって土地制度を改革し、基軸的な存在である地価を安定的に管理できなければ、日本経済の安定成長と、強い国際競争力を維持することはできない。国際経済が激動する昨今では、特にこのことが重要なのである。
日本が世界に貢献するのは結構なことではある。しかしその前に、土地投機の無い安定成長を導入して、自国の経済と財政を確立することが、第一着手でなければならない。日本自身の経済と財政をシッカリと健全な姿に確立できなければ、他国を助けることは出来ない。
11 土地改革の緊急性
日本は地震国で、時折思い出したようにガタガタと足元の大地が揺れ、トタンに人間の注意が地震に集中する。何が起こるかわからないからだ。
日本では土地取引や土地投機を放任している。だから地価と景気は気ぜわに自由に揺れ動く。日本人にとって、地震と同様、地価の動揺には油断がならない。一般の人々にとっては、地震だけでなく、地価の変動も大変気になる。経済や景気が大きく変動するだけでなく、商売や雇用までも不安となるからだ。
自由主義経済では、個人が自分の生活と財産を守らなければならない。株価だけでなく、地価も投機で大きく動けば、人心の動揺も大きくなり、家計、生産、販売等の見通しも難しくなる。土地投機は、経済に対する最も悪質な撹乱行為である。他の全ての人々の犠牲の上に、特定の者が自分だけの不当な利益を得ようとする行為である。
我々の国際競争相手国である欧米には、日本と同様に株価の変動はあるが、地震とか土地投機は日本よりずっと少ない。特に欧州では、土地投機は出来ない制度上の仕組みとなっている。日本は経済の競争条件を、国際社会の競争相手国と同等のものにしなければ、いくら国民が努力しても国際競争に勝っていくことは出来ない。
日本では、1990年代からバブルとその後の世界不況で、経済と財政がガタガタになり、20年近くも自信喪失が続いている。それは土地改革に対する人々の勇気がないからである。今こそ、『脚下照顧』が必要である。国内経済と我々の生活の土台となっている足元の土地に対する発想と考え方(土地制度)を、根本的に反省し、21世紀の社会の実情に即した必要な改革を直ちに実行しなければならない。
古ぼけて時代に合わない土地制度を放置しながら、経済政策や財政、金融政策をいくらいじっても、その効果は高が知れていることは、我々が15年間も痛感してきたところである。老朽化した土地所有権制度によって、経済の基本構造が完全に歪んでしまっているからだ。根本的な土地改革に勇断を持って挑戦しなければ、約130年の間歪んでしまった経済構造を、新しいものに改革することはできない。
19世紀型の土地所有権制度(土地は私有財産)から21世紀型の土地利用権制度(土地は公共財)へと大きく転換しなければ、国際競争はおろか、日本経済の安定成長と国、地方のズタズタになった財政の再建も不可能である。一億二千万人が神様から与えられた日本列島が、米国のように広大ではないからこそ、考え抜かれた建設的な土地改革が必要なのであり、その勇気ある実行こそが、経済と財政の永年にわたる閉塞の突破口となるのである。それが出来なければ、日本は土地亡国に陥ってしまうだろう。
(注)より詳しくお知りになりたい方は、、東京リーガルマインド社発行の「新しい隆盛のための礎石」(上、下巻)をお読みください。
(担当は、同社、出版事業部の野竹氏(電話-03-5913-6336)です。)
以上