なぜか『少女の友』に掲載されていた73万6千おまけ
気力が萎えつつあります。
教科書や市販書籍に取り上げられることの無い、戦前・戦中の通俗軍事文化の一端を、読者の皆さまに楽しんでいただくのが、「兵器生活」の本旨なのですが、この数年で、戦前・戦中の通俗文化をテーマにした読み物が、(新刊の)本屋さんに並ぶようになりました。
勉強と敵情視察を兼ねて買って読みますと、どれも悔しいくらいに面白い。出版不況と云われて久しいですが、この分野に関してはちゃんと本を買う人が多いのか、単行本・新書・文庫の体裁を問わなければ、毎月一冊は新刊が出ているように感じます。これは嬉しい反面、読むのに時間を持っていかれますから、「兵器生活」更新に当てる時間が持っていかれ、これだけ色々本が出るのなら、自分の役割も終わったんぢゃあないか、と思ってしまいます。
加えて、この半年ばかり、映画「この世界の片隅に」を応援するため、毎週のように映画館に足を運んでおりまして、土日の片っぽが映画2時間と往復の時間で無くなります。5月の休みには遠くの映画館にまで行ってしまいました。もう病気です。
「日本最古級の現役映画館」高田世界館(新潟県上越市)
そんなわけで、最近は、月半ばを過ぎても当月のネタが決まらない状況が続いているのです。
泣き言恨み言で「兵器生活」のネタが出来るなら、朝は泣き、夜は恨んで寝ていりゃあいいんでしょうが、世の中そんな便利な仕組みはありません。
と云うわけで総督府の「ボタ山」(『ズリ山』とも云う)から一冊拾い上げてみます。
『少女の友』昭和18年11月号
『少女の友』昭和18年11月号です。
どこかの本屋で「サンプル」として買ってきたきり、中身もロクに見ず埋もれていたモノです。
裏を見ますと、
裏表紙
「あなた達が衣料切符の一割に当るスフや人絹を、節約すれば、その原料から航空機に必要なアルミニュームが一万噸、パルプ原料の木材で百噸の木造船が八十隻も造れます(以下略)」と記されています。このへんがネタに出来るんぢゃあないかと目論んだようですが、ちょっと弱い感じもして、ネタ化はやらず地層の奥に埋もれていったようです。
改めてページを開いてみますと、こんな記事が載っていました。
「未来の兵器」
タイトルは「未来の兵器」。描いているのは、「日本三大茂」の一人、小松崎茂先生です。例によってタテのものをヨコにしてご紹介いたしましょう。
未来兵器防空塔
この怪しい型をした塔は何でしょうか。
これは防空塔と云って、空襲に備えて考えられた対空要塞です。
ラジオロケーターで空襲を知ると すべての車や防空活動の出来ない人々を地下に待避させ 地下からどんどん戦闘機をカタパルトで飛ばしまた高射砲を射って敵機を防ぎます。その上付近が火事になれば消火用管槍を使って地下の水を使い消すことも出来ます。
この建物は爆弾の直撃を受けても平気な様に造られて居ります。
これ、どこかで見た記憶があるなあ…と思ったら、『機械化』に載っていた「大防空塔」ではありませんか! こちらは昭和19年2月号の掲載なので、『少女の友』の方が先に描かれたことになります。
図を良く見ますと、「探照灯」と「ラジオロケーター」がある、塔の上部が回転する設定になっております。改良型?の「大防空塔」では、これが「一分間に三百回以上の高速をもって回転する」ようパワーアップされ、後世のツッコミを招く原因となります。
次の「未来型航空機の説明」は、「敵英重爆ショートスターリング」「敵米のベルP39」「敵米のカーチスY1A−18攻撃機」それぞれを圧倒的に凌駕する「成層圏用大爆撃機」「成層圏用戦闘機」「偵察機」が描かれており、「偵察機」は、「今度発表された我が司偵と同じ様な」と説明されています。
これも『機械化』で似たような図を見た記憶があるのですが、見つけられませんでした。「見つからないなら、また買えばいいや」で済まないのが、古本・古雑誌の悩ましいところです。
幸い、『機械化 小松崎茂の超兵器図解』と云う、『機械化』口絵の復刻本が出ており、19年9月号に「未来型軍用機」が描かれておりました。
これは「プロペラ無しの航空機の出現以前に、ロケットとプロペラ駆動の両動力を備えた航空機の出現が予想される」と云うものです。上図に描かれている飛行機は「気密室」と「発動機」取付位置、外観のリファインが絵師の工夫ですから、テーマは同じでも中身は全く異なるモノになっています。
最後は「未来の大型砲戦車」です。
未来の大型砲戦車
未来の大型砲戦車
大東亜戦争でもマライその他で我が戦車が大変手柄を現しました。
現に行われて居る独ソ戦は 本当に航空機と戦車の戦いと云ってもよい程 地上戦は戦車戦なのです。
そこで戦車の丈夫な鋼鉄を打ち破るには大きな大砲を載せた戦車が必要になって来て、ドイツは大型の砲を載せた虎型と云うのを作り ソ連も負けずにKB一型などを造って居ります。
それらの大砲は平射式と云って対戦車砲と同じ射撃の仕方をしますが この大型戦車の砲は図の様に軍艦の砲と同じに高く飛んで上から撃つのです。この様にすると弾丸には落下速度がついて、すばらしい破壊力を出します。
こちらは、『機械化』昭和18年11月号の表紙を飾った「千トン大戦車」をスッキリさせた外観になっています。
一日千秋の想いで買った本が見つからず、広告で代用するこの悲しさよ!
記事は、「落下速度がついて、すばらしい破壊力を出します」と誇らしげに書いてありますが、砲弾は撃ち出された時よりエネルギーが増える事はありません。下図の砲弾の飛び方/発砲方法の違いは、軍艦が戦車よりずっと遠距離(相手の大砲が届かない所)から大砲を撃つことによります(迫撃砲のように、障害物を飛び越すためにわざと山なりに砲弾を飛ばすものもあります)。
砲撃方法の違い(平射と曲射)
小松崎先生は、この平射と曲射の図がお気に召されたようで、『機械化』に掲載された「巨大自走砲」(昭和19年1月号)の挿図でも、カタチを変えて使っています。
『機械化』掲載、「巨大自走砲」挿図
「独逸の誇り虎戦車」とあるのが嬉しいですね(砲塔が吹き飛ぶ描写を何処で覚えてきたんだろう…)。
これらの図版を「ネタの使い回し」と批判するのは簡単ですが、毎月毎月もっともらしい「未来兵器」を考え、それを画にして色まで着ける手間―この頃は当然手描き。乾式コピー機もありません―を想像し、小松崎先生でもネタに苦しんでおられたのか! と驚いてしまいますと、もう何も云えません。
『少女の友』は、明治41年創刊の少女雑誌です。昭和7年より中原淳一を起用し、戦前少女文化史上に確固たる位置を占めております。2013年には、中原淳一生誕100年記念の、こんな本まで出ています。
『中原淳一と「少女の友」』(実業之日本社2013年)
中原淳一降板には、その絵を戦時下にあって「軟弱」と見た、軍からの干渉があったと云われています。
「軟弱」を廃した少女雑誌は、戦後の昭和少年文化の大スター、小松崎茂の「メカ」を誌面に載せるまでに変貌したのです。
軍が、もう少し少女文化への思いやりを持っていれば、小松崎メカに淳一美少女がからむ、スゴイ口絵が出来ていたに違いありません。元少女と元少年達が血眼で奪い合う、その古書価はいくらになるのでしょうね。
(おまけのおまけ)
久々に兵器ネタが投入出来、「兵器生活」のカンバンを降ろさずに済んだと安堵。
『機械化 小松崎茂の超兵器図解』(アーキテクト/ほるぷ出版)は2014年10月刊。発売の報に触れるや即買いに行き…、総督府のどこかに埋もれていまったので、写真は広告(内容見本)で誤魔化してしまった。
こんな本が出たんじゃあ『機械化』ネタは封印、封印した以上は複刻本を使う事は無いだろうと放置していたら、マサカ必要になるとは思わず、本屋に在庫があるのを幸い、帯は無くなりカバーもヨレヨレになった「新本」を買いなおす。
世間で「千トン戦車」と云われているモノを、「千トン大戦車」と表記したのは、復刻記事の表記に基づいているのだ。