落ちたら丁稚奉公に出すといって居ります

中等学校人物考査で76万おまけ(承前)


 前回は、中等学校入試口頭試問の心得を紹介するまでだったが、ようやく試問の内容に入れる。
 興味深いもの、ドーでも良いもの、さまざまあるが、そう云うモノをわざわざウェヴで公開しようと考えるのが「兵器生活」の本領なので、クドいのを承知で一通りお読みいただくことにする。
 (青文字ばかりになりますので、あらかじめご了承願います)

 『口頭試問の受け方答え方』目次の、「試問の項目」は以下の通りだ。

 一、人物考査の試問
 第一 各個人に関する試問
  一 本人について
  二 出身学校について
  三 将来の希望について

 第二 家族に関する試問
  一 家族構成について
  二 宗教について

 第三 身体に関する試問
  一 身長体重について
  二 健康について
  三 運動について

 第四 性行に関する試問
  一 長所短所について
  二 善い行い悪い行いについて
  三 尊敬する人について

 第五 趣味に関する試問
  一 学科について
  二 読物について
  三 一般の趣味について

 二、一般常識の試問
 第一 郷土に関する試問
 第二 国家に関する試問
  一 皇大神宮について
  二 国体について
  三 皇室について
  四 国家について
  五 憲法について
  六 祝祭日について
  七 国歌と国旗について
  八 教育勅語について
  九 靖国神社について
  一〇 明治神宮について
  一一 国民の務について
 第三 修養に関する試問
  一 尋常第五学年程度
  二 尋常第六学年程度
  三 一般
 第四 礼儀作法に関する試問
 第五 衛生に関する試問

 三、時局に関する試問
  一 支那事変について
  二 銃後の努について
  三 国民精神総動員について
  四 戦時の物資について
  五 興亜奉公日について
  六 欧州戦争について

 四、参考試問(小学児童の常識試問)
  其の一、其の二、其の三

 このように、受験生本人に関するものと、一般常識―小学校で学んだ教育の成果を問うもの―に大別される。これだけのモノを、一気に書き写せるわけもなく、無理矢理読まされる方もお気の毒様なので、今回は「一、人物考査の試問」を、例の表記改めして紹介する次第。
 まず、「人物考査の試問」と云う解説がある。

 第一 各個人に関する試問
 ここにあげた人物考査の試問は、各種中等学校の入学考査に行われる試問をそれぞれの項目に分類したものであって、其の問い方は学校により、幾分の相違のあることはいうまでもありませんが、其の形式は殆ど一定して居ります。
 しかし試問は次に掲げたもの全部が出るのではないことは勿論、時と場合によって、此の中の或るものを問われるのです。そして其の答え方は判りきったことではありますが、其の人めいめいの境遇によっておのおの違うので、ここにはただ其の一例を示したに過ぎません。ですから自分の事はふだん自分でわきまえておいて、実地に臨んでまごついたり、答えそこないのないように心掛けなくてはなりません。

 本書に掲載されている試問は、書き写すのがイヤになるほど多い。しかし、志望者の数と試験日の長さを考えれば、その全てが問われることはない。もしかすると、ここに無い試問も出されるかもしれないが、「まごついたり、答えそこねのない」ためには、本書を一通り読んでおいた方が良いですよ、と云うわけだ。

 紙面は、上半分が「問い」、下半分が「答え」と補足事項となっているが、ウェヴへの掲載にあたっては、「問い」「答え」の順番で紹介していくことにする。同じ内容を違う言葉で質問・回答している場合、カッコ書きでそれを記載する。なお、「○」以下は原本の補足事項、「※」は主筆によるさらなる補足/与太である。

 第一 各個人に関する試問
 [一]本人について
 姓名、住所、考査番号に関する試問

 一、(問)あなたの姓名は。(必ず第一に問われます)
    (答)山川新一郎といいます。

 二、(問)考査番号は。
    (答)124番です。
     ○考査番号はよく覚えておかなくてはなりません。

 三、(問)あなたは何時生まれましたか。
    (答)昭和2年9月10日です。

 四、(問)満何年何ヶ月になりますか。
    (答)満12年7ヶ月になります。
       (数え年では13歳、満でいえば12年7ヶ月です)
     ○満の数え方は生まれた月と受験する月とを加えます。

 五、(問)どこで生まれましたか。
    (答)仙台市で生まれました。
     ○生まれた土地は、府県、市だけでよろしい。

 六、(問)只今の住所はどこですか。
    (答)東京市神田区神保町三丁目二十七番地です。
       ※発行者の住所になっている

 七、(問)本籍はどこですか。
    (答)今の住所と同じです。
     ○本籍と住所と同じでないこともあるから、
       お父さんなりお母さんに聞いて覚えていなさい。

 受験者の名前、考査番号(受験番号)―本人が忘れようもないこと―が、最初の質問だ。
 なぜこんな事まで…と思うが、これが答えられないようでは、相当の体調不良か、あがり症と見られて、考査の先生方の心証を損なってしまうだろう。

 現在市販されている、『親子でみる 中学受験面接ブック』(声の教育社、以下『面接ブック』と表記する)の質問例の最初が、「あなたの受験番号と名前を言ってください。」だったので、主筆は大笑いしてしまったのだが、「質問の意図」に「受験生の緊張をやわらげ、リラックスさせる目的もある」とあって、笑ったのは軽率だったと今は反省している。

 [二]出身学校について
 一、(問)あなたの今まで通っていた学校は。
    (答)東京市神田区帝都尋常小学校です。

 二、(問)校長先生は何という方ですか。
    (答)松島文太郎先生です。

 三、(問)受持の先生は。
    (答)大石五郎先生です。

 四、(問)あなたの学校には生徒が何人ほど居りますか。
    (答)凡そ九百人ほど居ります。

 五、(問)あなたの級(クラス)の人数は何人ですか。あなたはその中で何番ですか。
    (答)五十三人です。十二番です。
     ○これは内申書に詳しく書いてありますから、それと正しく合っていなくてはなりません。
      ※「何番」は席次。クラスの順位を表している。
        受験生は内申書の中身を知っているように読めるが…。

 六、(問)あなたは学校で級長をしたことがありますか。
    (答)はい、5年の時二回致しました。(いいえ、ございません)
     ※級長は担任教師が指名する(成績・素行優秀なものがなる)。

 七、(問)あなたは学校から何か賞状か賞品をいただいたことがありますか。
    (答)五年の時優等賞状と、賞品として修身書をいただきましたし、
       六年の運動会の時の三百米競争に二等賞でノートをいただきました。
       (いいえ、ありません)

 八、(問)あなたの学校には校則か校訓がありましょう。それをいってごらんなさい。
    (答)誠実・勤勉・規律の三ヶ条が校訓であります。
     ○これは学校によって違いますから覚えておきなさい。

 九、(問)あなたの学校の誇るべき美点はどんなことですか。
    (答)礼儀の正しいこと、清潔を尊び掃除のよく行きとどいていることです。
     ○之もそれぞれしらべておきなさい。

 小学校を出て40年も経つと、校長先生の名前どころか校歌すら覚えていない。本文の補足に「しらべておきなさい」「覚えておきなさい」が頻出していることを覚えておきなさい。

 [三]将来の希望について
 一、(問)あなたはどうして此の学校へ入学を志望しましたか。
    (答)将来立派な医師になりたいと思いますが、
       それには是非中学校をやっておかなければならないからです。
       (お父さんが先生と相談の上選んで下さいました)
       (此の学校の評判が非常によいので志望しました)

 二、(問)将来の希望は何ですか。(行く先何になりたいと思っていますか)
    (答)工科大学に入学して、大建築家になりたいと思っています。

 三、(問)あなたはどうして商業学校へ入学したいと思うのですか。
    (答)商業を励んで、行先は大実業家になろうと思っているからです。

 四、(問)此の学校はどんな人をつくり上げる所であるか知っていますか。
    (答)高等の普通教育を授けて常識を養い、よい日本人をつくり、
       尚上級学校へ進む人のために学業を教える学校であると思います。

 五、(問)若しこの学校を落ちたらどうしますか。
      (この学校に入学出来なかったら、どうしますか)
    (答)お父さんは、もし私が落ちたら丁稚奉公に出すといって居りますから、
       どうしても入学したいと祈っております。
      (両親や今までの受持の先生とよく相談してきめていただきます)

 六、(問)あなたは本校に入学したら、どうしようと思っていますか。
    (答)よく校訓や校則を守り、真面目に勉強して、よい成績を得たいと心掛けています。

 七、(問)此の学校に入学が出来たら、どういう道順で通いますか。
      そして時間はどの位かかりますか。
    (答なし)
     ○自宅から学校までの道順や、電車・汽車・乗換場所・大きい建物等や
       時間はよく調べておきなさい。

 八、(問)此の学校が他の学校よりすぐれた点がありますか。
    (答)あります。それは、卒業生に上級学校入学者が多く、
       場所が高台にあって空気がよい上に、運動場が広く、
       校内の設備もよく整っています。

 九、(問)此の学校を卒業した後はどうするつもりですか。
    (答)専門学校に入って電気の事を研究したいと思います。

 一〇、(問)学校さえ卒業すれば立派な人になれると思いますか。
     (答)いいえ、そうとはきまって居りません。ですから、
        たゆまず勉強して修養を積まなくてはなりません。

 志望動機に関する試問である。
 「面接ブック」では「必ずといっていいほどきかれ、またその学校への入学意欲を問う、たいへん重要な質問」と位置づけられ、「伝統とよい校風」「ととのった環境・施設」を挙げるとよいとのアドバイスがある。それゆえ熱意を「自分のことばで伝える」よう書かれているのだが、この戦前の面接指南書を見ると、むしろ親や受持ちの先生に従順であることを良しとするように感じられる。

 「落ちたら丁稚奉公に出す」から落とさないで…の答え方に、どこまで効き目があったのか。

 第二 家庭に関する試問
 [一]家族・職業について
 一、(問)御両親がありますか。(お父さんは何時おなくなりになりましたか)
    (答)はい、二人共丈夫であります。
       (お母さんだけです)(二年前で、私が十一歳の時です)

 二、(問)御父さんの御名前は。お母さんは。(そしてお父さんは幾つになりますか)
    (答)伊藤吉太郎といいます。つね子といいます。(四十八歳です)

 三、(問)お父さんは何をして居りますか。会社ではどんな事をして居りますか。
       (お父さんはどこにお務めですか)
       (あなたの家ではどうしてくらしを立てていますか)
    (答)電灯会社に勤めて居ります。会計係をやって居ります。
     ○自分の家の商売なりお父さんの職業に就いては、
      御父さんやお母さんから聞いてはっきり覚えておきなさい。
     ○知っている事をくわしく答えれば、次を問われずにすみます。

 四、(問)お宅の職業(商売)は何ですか。雇人がありますか。
      (三、四はその中の一方を問われるのです)
      電話がありますか。何番ですか。
    (答)白米小売商です。小僧が一人と女中が一人居ります。
      あります。福島局の三八五番です。
     ○自分の家の電話番号を知らない人がありますから、よく覚えておきなさい。
      ※当時は電話が無い家庭が多かった。もちろん携帯なんて論外だ。

 五、(問)兄弟は何人ですか。誰々ですか。
    (答)五人です。兄と姉と私と妹二人です。

 六、(問)兄さんはどこに勤めていますか。そしてどこの学校を卒業されましたか。
    (答)中央銀行に勤めて居ります。東京商科大学を卒業しました。
     ○家族の方々の出身学校・在学中の学校・卒業後の様子は
      前もってよく聞いて、それぞれ間違わないように覚えておきなさい。
     ○これ等の試問は、其の家庭の教育に対する理解を
      知る為の問いですからごく大切です。

 七、(問)姉さんはどうなさいました。どこの学校を卒業しましたか。
    (答)家に居て生花や裁縫を稽古して居ります。大成高等女学校を卒業しました。

 八、(問)家族の他に誰か居りますか。
    (答)小僧一人と女中が一人居ります。

 兄弟に関する質問が、兄・姉と、年長者にだけ向けられているのに注意されたい。学資のある家か、教育熱心な家なのかを見ようと云うのだ。
 お姉さんが「家に居て生花や裁縫を稽古して居」るのを、「花嫁修業」と云う。お稽古事をやる余裕のないところでは「家事手伝い」なんて云い方を、昭和の後半くらいまではしていたものだ。今は「家でゴロゴロしています」と云ったトコロか。
 商家の「小僧」が、小学校を卒業しただけで「丁稚奉公」していた事を思うと、受験生より少しだけ年長の少年が「家族の他」にいる家が少なからずあったわけだ。あるいは「花嫁修業」中の姉とそう年齢の変わらない「女中」が働いていたり(セクハラされていたりもする場合もある)。
 この設問は当時の階層社会を考えさせる。中学受験生が、丁稚奉公をいやがる理由があるのだ。

 [二]宗教について
 一、(問)あなたの家には神棚や仏壇がありますか。
    (答)はい、神棚も仏壇もあります。

 二、(問)あなたは神様や仏様を拝みますか。
    (答)毎朝拝みます。

 三、(問)あなたの家の宗旨は何ですか。
    (答)日蓮宗です。(神道です)
     ○自分の家の宗教や宗旨又は神道等に就いては、
      家庭のしつけを知る為によく問われます。

 仏壇・神棚があるからと云って、円満な家庭とは誰も思わぬのが昨今の感覚だ。ちなみに「面接ブック」によると、「ミッション校」の場合、キリスト教についての考えを保護者に問うケースがあると云う。

 第三 身体に関する試問
 [一]身長・体重について
    (問題・答え方は略)
     ○身体検査は他の係の先生が調べますから口頭試問には試問時間の関係上、
      この方面まで問われないのが普通です。
     ○試問に問われないまでも、平生自分の身長・体重・胸囲・視力などは、
      覚えておかなくてはなりません。

 [二]健康について
 一、(問)今までに病気をしたことがありますか。
    (答)これという程の病気はしません。感冒(かぜ)をひいて
       三回程学校を欠席したことがあります。

 二、(問)(内申書を見ながら)六年になってからお休みが二回ありますね。
      これはどうして休んだのですか。
    (答)足に怪我をした時と、お腹をこわした時とです。

 三、(問)あなたは自分の身体に対してどんな注意をしていますか。
      (身体を健康にするため、あなたは平生どんなことに注意していますか)
    (答)毎朝早起きして必ず冷水摩擦をやり、ラジオ体操をし、
       夜は早く休み、運動を怠らないようにしています。

 四、(問)あなたは間食をしますか。
       みだりに間食してならないのはなぜでしょうか。
    (答)はい。学校から帰って三時頃いただきます。胃や腸を害するからです。

 「面接ブック」では、健康状態だけでなく、「学生生活をおくるうえで大切な、規則正しい生活」が出来ているかについてもみられるとある。健康であるのは云うまでもないが、理由もなく休むようでもいけないのだ。

 [三]運動について
 一、(問)あなたは運動は何が一番好きですか。(あなたはどんな運動が好きですか)
    (答)野球が一番好きです。(バスケットボールです)

 二、(問)得意の運動は何ですか。
    (答)角力(すもう)です。五年生と六年生の時に角力の選手でありました。

 三、(問)身体を丈夫にする為に何かきめてやっていることがありますか。
    (答)毎朝、冷水摩擦をやった後で、ラジオ体操をやっています。

 四、(問)運動はなぜ必要ですか。
    (答)身体を健全にし発育させる上に非常に必要であります。

 五、(問)運動については、どんな注意がいりますか。
    (答)運動時間を一定にして適度に行うことです。もし度をすごすと、
       かえって身体をつかれさせたり、勉強をなまけるようになります。

 六、(問)なぜ身体を健康にしなくてはならないのですか。
    (答)身体が健康であると、親に心配をかけませんし、自分も愉快であるし、
       又世の為、国の為に尽くすことが出来ます。

 度を過ぎた運動が「勉強をなまける」原因になるとあるのが面白い。バスケットボールが出て来るのも興味深いところだ。
 健康が、「世の為、国の為」になるのが時代である。

 第四 性行に関する試問
 [一]長所と短所について
 一、(問)あなたの性質でよいと思う点(美点)又は長所をいってごらんなさい。
    (答)あまりよいと思う点はありませんが、人に対して親切であることと、
       物をきちんと整頓することがすきであることだと思います。

 二、(問)では、あなたの短所を挙げて、今後注意しなければならないと
      思う点をいってごらんなさい。
    (答)文字を書くのに下手なことです。
       これからは盛んに習字をやって上手になりたいと思います。
     ○誰にも長所短所はあるものですから、ありのままを答えなさい。

 三、(問)自分のよいと思う習慣と悪いと思う習慣とを言ってごらんなさい。
    (答)よいと思う習慣は、朝早く起き夜早く寝ること、自分の事は自分ですることで、
       悪いと思う習慣は、間食したり爪をかむことです。

 四、(問)今までにお父さんやお母さんや先生からどんな事をよく注意されましたか。
       そしてそれに就いてどう考えていますか。
    (答)何をするにも落ち着きがなく、早のみこみで困るとよくいわれます。
       ですから何時も、ゆっくり落ち着いてやるように心がけています。

 「落ち着きがない」とは、主筆もよく云われたものである。

 [二]善い行いと悪い行いについて
 一、(問)あなたが今までに一番よい行いをしたと思うことは何ですか。
    (答)川へ落ちて困っているよその小さい子供を川へ飛込んで救ってやったことです。

 二、(問)先生にほめられたことがありますか。それは何をした時ですか。
      其の時の気持ちはどんなでしたか。
    (答)二回あります。一回は先生の出した算術の宿題を誰もして来なかったのに、
       自分だけやって来たのでねほめられたこと。
       次はよそのお婆さんが、ぬかるみで困っていた時、
       手をひいてあげてほめられたことです。うれしくてたまりません。
       またよい事をしてほめられたいと思いました。

 三、(問)先生にしかられたことがありますか。それは何をした時ですか。
      其の時の気持ちはどうでした。
    (答)一回あります。教場の窓のガラスをこわした時です。
       とても困って悲しく思いました。そして之からあばれないようにしようと決心しました。

 四、(問)これまでに学校から褒美をもらったことがありますか。それは何をした時ですか。
    (答)はい、幾度もあります。五年のおしまいに優等賞と精勤賞、
       去年のランニングで一等賞、二人三脚でも一等賞をもらいました。

 川に飛び込んで子供を救うような状況を、「川へ落ちて困っている」と表現するのは、正直ドーかと思う。溺れている人を助けようと、うかつに飛び込むと共倒れになることがあるので、掴まる物や浮きを投げ込んだ方が良いと云われている。
 お婆さんが困る「ぬかるみ」とはどう云うモノなのか。昭和30年代までの道路事情は悪かったと云われてはいる。背負って渡してやりました、ぐらいの事は云えないのか。

 [三]尊敬する人について
 一、(問)あなたが今までに読んだり聞いたりした人の中で
      一番感心したのは誰ですか。それのどこに感心しましたか。
    (答)楠木正成です。どこまでも天皇陛下のために忠義を尽くしたことに感心しました。

 二、(問)あなたの尊敬している人をいいなさい。そしてどんな点を尊敬しますか。
    (答)平重盛と楠木正成です。共に忠孝の両道を全うした点です。
      ※平重盛は、平清盛の息子。
       「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」
       の言葉を残したとされる(それが両道全うですか?)。

 三、(問)今まで聞いたり読んだりした人の中でえらいと思うのは誰ですか。
       なぜその人がえらいのですか。
    (答)豊臣秀吉です。一百姓の子から身を起こして遂に天下を統一し、
       皇室の為に力を尽くし、朝鮮を伐って日本の国威を輝かせましたから。

 四、(問)あなたが不断恩を受けているのはどんな人々からですか。
    (答)天皇陛下、御父さん、お母さん、先生などであります。

 五、(問)あなたのお友達の中で模範とする人がありますか。それは誰です。
      その友達を模範とするのは、どういう点ですか。
    (答)同級生の佐藤良雄君です。学問がよく出来、人に親切であり、
       級中の人から慕われていることです。
     ○其の人のよい悪いは友達をみればすぐに判ります。
       ですからよい友達を選んで交わるように心掛けなくてはなりません。

 六、(問)どういう人を尊敬しなくてはならないでしょう。
      (えらい人とは、どういう人をいいますか)
    (答)行いが立派であって、君の為、国の為に力をつくす人であります。

 七、(問)あなたは立派な人となるために、平生どんなことを心掛けていますか。
    (答)よく運動して身体を丈夫にし、熱心に勉強して、
       国家の為、社会の為に尽くしたいと思っています。

 八、(問)御両親や先生の御恩に対しては、どう思いますか。
       そして、それにはどうすればよいと思いますか。
    (答)厚い御恩をお返ししたいと思います。
       それには、今は生徒の身でありますから、身体を健康にし、
       一心に勉強してよい日本人となって、両親や先生を
       喜ばせてあげるようにすればよいと思います。

 尊敬されるべき人の条件として、「君」(天皇)のため、国のために尽くす姿勢が求められている。立派な行い―学業・事業で成果を挙げる―だけでは足らないのだ。逆に云えば、天皇・国家に心身を捧げていると認められれば、目立った業績をあげてなくても、立派な人・尊敬に値する人となれるわけで、一歩まちがうと社会は頽廃してしまう(業績を挙げてるからと雑事を軽んじるのもまた問題なのだが…)。
 楠木正成が挙げられるのは、「大和魂の権化」として(『展示される大和魂』森正人、新曜社)教科書に載っていることが大きい。豊臣秀吉も「皇室の為に力を尽く」しているところで評価されている。これも時代と云うものか。

 第五 趣味に関する試問
 [一]学科について
 一、(問)あなたの好きな学科は何ですか。それはどうしてですか。
      (学科の中で一番得意なものは何ですか)
    (答)算術と国史がすきです。算術は筋道が立っていて、
       きちんと答えが出て来ますから。
       国史はすぐれた人々のなした事柄や、
       世の中の移り変わりの有様をしらべると面白いからです。
     ○学科のすき嫌いは誰にもあることですから、ありのままに答え、
       なお好きとか嫌いとかの理由を考えておきなさい。

 二、(問)学科の中で不得手なものは何ですか。そのわけは。
    (答)理科と図画が不得手です。理科は始めからどうしてもきらいでした。
       図画は生まれつき下手ですから。

 三、(問)(内申書を見ながら)あなたは大体成績はよいようですが、
       算術がちっとわるいようですね。それはどうしてですか。
       これからどうしようと思いますか。
    (答)あまり好かないので、つい勉強が足りないためです。
       これから大いに勉強しようと思います。

 四、(問)家で勉強する時、誰かに教えてもらいますか。
       若しわからない所があればどうしますか。
    (答)いいえ、一人で勉強します。わからない所があれば、
       兄さんに見ていただきます。
     ○これも飾らずに、ありのままを答えなさい。

 「面接ブック」には「受験生が自分の成績をどのくらいに評価し、どのように努力・反省しているかが問われます」とある。それでいけば、問い「二」の答え方は、努力も反省も無く、向上心も感じられない、とても悪い答え方になる。

 [二]読物について
 一、(問)あなたは学校で習う本(教科書)の外に何か本を読みますか。
    (答)理科が好きで、「理科物語」を読んでいます。
     ○教科書以外に読んだ本や雑誌の名は覚えておきなさい。

 二、(問)新聞や雑誌を読みますか。新聞は何新聞ですか。雑誌は。
    (答)はい。東京朝日新聞です。少年倶楽部と第一線を読みます。
      ※『第一線』がどんな雑誌なのかは未詳。

 三、(問)新聞は主にどこを読みますか。
    (答)支那事変と、ヨーロッパ方面の記事を一番先に読み、
       次に三面の記事を読みます。

 四、(問)今まで読んだ雑誌の中で一番おもしろかったのは何でした。
    (答)飛行機の話と西遊記でありました。

 試験の面接時に、好きな読み物だからとマンガを挙げるわけには行かない。
 新聞の「ヨーロッパ方面の記事」とは、第二次大戦の戦況と同義である。

 [三]一般の趣味について
 一、(問)あなたはどんな遊びが一番好きですか。
    (答)野球です。

 二、(問)家に居る時どんな遊びをしますか。
    (答)雑誌を読んだり、弟や妹と輪投げなどやります。

 三、(問)活動写真を見に行きますか。
       どんな映画がおもしろいですか。又すきですか。
    (答)兄さんとたまに行きます。
       おもしろくてすきな映画は、ニュースと戦争などの勇ましいものです。

 四、(問)あなたは見る物では何が好きですか。食べるものでは、遊びでは。
       (食べ物では何が一番好きですか。嫌いなものは)
    (答)見るものでは野球競技と、映画のニュースです。
       食べものではお菓子とりんごです。遊びではキャッチボールです。

 野球人気の高さがわかる。
 活動写真(映画)は保護者と行くべきものと云う認識が伺える。「たまに行く」くらいが望ましいわけだが、学校に入って通学経路に盛り場があるのを幸い、映画ファンになった人もあろう。
 こうやって試問を一通り見ていくと、江戸川乱歩「少年探偵団」のような、”お坊ちゃん”のイメージがわいてくる。
 品行方正、得手不得手はあるものの、それなりに勉強が出来て運動もやる。両親を尊敬している良い子供だ。ところが、試問とその答えに「親の手伝いをする行為」がまったく出て来ない(お気づきでしたか?)。
 家庭には女中がいるし、仕事場(自営の場合)は小僧を始め使用人があるから、父母の手伝いをする必要がないのだ、と云ってしまえばそれまでだが、今回のネタ作りをやってる最中に気づいて驚いている。中等学校に通えるような家の子は、親の手伝いなんてやらないものなのか(農家も小作人がいるし、上級の学校に通わせ高級官吏にさせるのなら家業をやらせる必要も無い)。それが当時の一般的な意識だったのかは、それなりの検討が必要となるが、少なくともこの本の著者はそれで良いと考えていると思う。
 ”昭和のお父さん”が仕事人間で、家庭はお母さん任せだった事と、つながりがあるように思えてならない。
(おまけのおまけ)
 まさかこのネタをここまでひっぱるとは思ってもみなかった。
 ”試験に落ちたら丁稚奉公”と云うのが面白かったので、この参考書を使おうと決めたわけなのだが、戦前・戦中の一般常識(中学生レベルの)も拾えると欲を出したのが、泥沼の入り口だ(涙)。

 ”一般常識”とは云うが、あくまでも昭和15年を迎える時点のそれである。そこには「理想の日本人像」を確立しようとした文部省の考えが色濃く反映されている。
 『文部省の研究 「理想の日本人像」を求めた百五十年』(辻田真佐憲、文春新書)は、明治の学制発足から現代まで、教育官僚たちが考え・提示・強制した(しようとしている)「理想の日本人像」の変遷を考察した好著である。
 この『口頭試問の受け方答え方』も、そうした文脈の中で産み出された本なのだ。