ナースのための『常識300語集』記事で77万5千おまけ
広く用いられていたモノが、時代の波を越えられず消滅、それを指す言葉は死語になる。
「昔の常識、今の非常識」と云う言葉もある。非常識は排斥されるべきモノだが、常識=つまらぬ日常と考え直すなら、非常識はワクワクする非日常の世界になる。ならば、死語も世の中をちょっとばかし楽しむためのツールと捉えることが出来る。
高円寺古書会館の"均一市"で、"NURSES’ LIBRARY"29『常識300語集』(医学書院)と云う冊子を買う。
「ナースがその職務柄,ぜひとも知っておかなければならない言葉のうちから,新しいものを中心にして」(まえがきより)編纂されたもの。敗戦による占領が終わる前、昭和26(1951)年の刊行だ。
『常識300語集』
ナース(当時なら看護婦だ)のための用語集だから、医学用語が多いのは当然なのだが、
フェミニズム(Feminism)
女権論とか女権拡張主義とか訳される。この主義の根拠は必ずしも一様でないが,大体においてヒューマニズムの1表現であり,あらゆる生活面における男女両性の同権と平等を主張し,男性に対する女性の不平等を撤廃しようという思想。だから,18世紀の自由平等運動以後とくに唱道され始めたことは当然といえる。実際の具体的目標としては,廃娼,産児制限,母性保護,教育の機会均等,婦人参政権の獲得等がある。ジョン,スチュアート,ミルのフェミニズムはとくに著名である。
なんて言葉も載っている。面白いですね。
そうだったのか!と膝を叩いてしまったのが「国立病院」の項。
国立病院
昭和20年12月に,それまでの陸海軍の病院をすべて民間に解放して国立病院とよぶようになった。国立病院は現在全国で本院89,分院19で,合計117ある。一般の外来および入院患者の診療に応じている,とくに結核性疾患,精神障害,神経障害,癩病,温泉療養を必要とする患者を入所させるために163(結核142,精神2,頭部1,脊髄1,癩10,温泉7)の国立療養所が全国各地にある。診療費,入院料など,大体,健康保険に準じて点数制をとり,とくに結核と精神病は二割引,癩は無料となっている。
結核は戦前から続く病気の帝王だから「二割引」もありと思うが、精神病も同じ扱いなのが興味深い(多かったのか、社会問題になっていたのか)。
戦後ながら微妙な云い廻しが見られるのが、政治体制に関するところだ。
全体主義(Holism;Totaltarism)
全体があって後に個人があるという考え方で,全体のためには個人の利益や幸福は無視されていいとする極端な思想をいう。民主主義のいう自由と平等の思想に対照的なものである。この場合,社会全体のために,個人の利益が多少犠牲にされねばならぬというのであれば,当然のこととして認められることであるが,全体の名において一部の特権的な人々の独裁をみとめるというのがこれまでいわれている全体主義であって,その典型的なものはナチスの全体主義である。全体主義が非難されるのはとくにこの独裁的傾向についてである。生物学でいう全体主義はこれとちが(う)。
国家主義(Nationalism)
国家の利益を個人の利益より大きくみる主義で,それだけならば問題はないが,通常,国家主義といわれるものは,個人の利益や自由,幸福ということは犠牲にされていい,という考え方をもっている。その極端なものはナチス流の全体主義であり,超国家主義である。
典型・極端の違いはあれど、どちらもナチスを悪い例にしている。
しかし、「個人の利益が多少犠牲にされねばならぬ」事態があっても、「当然のこととして認められる」。考え方自体は「それだけならば問題はない」と、必ずしも否定的ではない記述をしているのは、執筆者が明治末から大正後半の教育を受けているからだろう。今日なら「権利」の一言で表す所を、「利益」「幸福」「自由」「平等」の言葉を連ねている所も興味深い。
ナチスに倣おうとしたり、天皇あっての臣民だと喧伝していた、かつての帝国日本への記述(あるいは反省の弁)がまったく見られないのが面白い。戦前日本が間違っていた意識は多分、無い。
300語が載っているので、面白い・わからない・ドーでもよい(引用をためらう記述もある)、と内容は千差万別な中、こんな記事を見つける。
ヒロポン中毒
ヒロポンの錠剤は萌黄色で米粒の半分ほどの小さいものである。口に入れて下手に噛むと非常に苦い。疲れた時少し頭がいたいときに2−3錠飲むと,15−10分でそれまでの不快な気分は去り,何かしないではられないような気持ちになり,奇妙なことには空腹も感じないし,酒を飲んでも酔わない。しかし4−5時間経つと醒める。そうすると前にも増して疲労感がおそってくる。そこでまた服用する。そして3錠では効かなくなり,6錠,10錠と量を増す。そして服用しないと仕事が出来なくなる。これがヒロポン中毒である。昨今,年少浮浪者までもがこれを濫用しているので社会問題となっている。
「ヒロポン」=覚醒剤は白いモノとばかり思っていたが、萌黄色―黄緑色、メジロの色みたいなモノ―とあって驚く。ビンの色が反射しているだけなんぢゃあないか? と思わぬでもないが、確かめる術がない。
ヒロポンの箱と瓶(2012年3月に使った画像を流用)
「下手に噛むと非常に苦い」、「酒を飲んでも酔わない」。書いた人、ヤってますね。
古い器物も100年経つと「付喪神(つくもかみ)」になると云うが、昔の用語集も70年も経てばネタのひとつも提供してくれるのである。
(おまけのサルベージ)
「兵器生活」でやったヒロポン話は以下のふたつがある。
ひろ子さんも、ヒロヒト君も(戦中雑誌に掲載されたヒロポンの広告)
その頃、中野の軍装屋「ユーロサープラス」が、ヒロポン広告をプリントしたTシャツを売り出していて、こんなのが売ってたと「片さん」からいただいた。後の片渕須直監督である。送り主が数々の映画賞を取る人になるなんて、当時は知る由もない(笑)。
勿論禁断現象などはない。(当時の見解)(ヒロポンの瓶・箱・説明書)
広告ネタから10年後、映画「この世界の片隅に」の資料集めをしていた頃、骨董市で大枚はたいて買った「現物」(中身だけ欠)で一本こさえたもの。
『魔薬読本』に載っていた、中毒者の言葉も引用・紹介している。
瓶は他の資料ともども監督に「供出」して、Tシャツをいただいた「恩返し」したカタチになっている。
(おまけの宣伝)
河出書房新社の『文藝別冊 片渕須直』に思い出話を寄稿している。拙稿含め、よそ様から出ている本には載ってない内容が多くあるので、ご興味のある方はお金を出して買って下さい。
(編集者のご好意で「兵器生活」のURLを載せていただいているのだが、アクセス数がさほど上がってはないのが悲しい)