ガレージ・ランド
瀬沼孝彰
会話をかわす
同僚の耳の白さが気になってくる
見なれた仕事場の輪郭が崩れ
音がきこえなくなる
光の破線がとびかい
灰色の触角を持った昆虫たちの顔
うごめく多足の奇形児たち
ガレージ・ランドが近づいてきたようだ
こちらの世界では
まったく価値の認められないまがいものだけど
ガレージ・ランドは二十五時間目にあるんだ
きれいでも、豊かでもない
路上のプレハブの建物にはうすい霧がたちこめ
ひっそりと手術がおこなわれている
汚れた問いのサンドバックをたたき続ける青年
いつまでも、かわかないものに向かって
詩を書くひと
楽器の練習を繰り返す子供たち
水色のTシャツをきた女たちが
心ときめく音楽のイベントを夢想している
終わることのない読書の陽だまりで
身体をゆらして眠る深爪の老女
ガレージ・ランドに権威はいらない
ガレージ・ランドに答えはいらない
矛盾と混乱の迷路の奥で
一人一人が孤独にかえり
見えない空を探しているんだ
耳もとをこする電話の音
ワープロの輪郭がはっきりしてくる
まるで不気味な動物をながめるような
同僚の視線が入ってくる
会社にこれなくなった上役の椅子
首のもげた観葉植物
寂しいキャッシュカードが脳に舞い
ビルを出ると
夕暮の空を騒音にぬれてカラスたちがとぶ
ジリジリとなま殺し、はん殺し
腐乱した
通勤電車の花園で目をつぶる
あのプレハブの建物
ガレージ・ランドが無性に恋しくなってくる
うまることのない空虚と
使い古されたイメージの言葉を使って
詩の残骸をつみあげているだけなのかもしれない
楽器の演奏はちっともうまくならないし
いったい、いつまで
負け続けていけばいいのだろう
でも、帰りたいんだ
ガレージ・ランドに帰りたいんだ
二十五時間目が欲しいんだ