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                           ス   ト  −  リ  ィ

 かきちゃんSTORYT  1  2      5    

                    このおはなしは フィクションです.

(モノロ−グ)


 今年も夏がやってきた。俺の名前は、柿澤栄
                            サラリーマンになると
俺は某電気関係会社に勤務している。こぉ〜なると、諸君もなればわかるだろうが、休

みの日がうれしい!!

そんな俺の夏のある土曜日からこの物語は始まる……。
カレノカイシャハ、シュウキュウ2カデス!






T はじまり


          
 柿澤は駅前の不動産屋の前で何か見ている漆黒の長い髪の女の人に声をかけた。

「山本さーん、なにやってんの〜〜!?」

すると、不動産屋の前にいた女性は振り返り(うん、相変わらず可愛いな!)、

「あっ! 柿澤くん。んんっー、べつになんでもないよ」      

と、柿澤の出現に少し驚いたような面もちで応えた。

 彼女の名前は山本さくら。柿澤より二つ年上で、専門学校の時の先輩である。と、同

時に柿澤の憧れの先輩、もとい、女性でもある。せたけは158ぐらい、腰まである漆

黒の髪が風に流れている。

 ふと、柿澤が山本の後ろの不動産屋を見て、聞いた。

「あれっ、アパ−トでもかりるのー?」

「ちっ、ち、ちがうよー!!やだ…、なにいってんのー!!」

慌てて柿澤の質問を否定すると、何かを隠すように、

「あっ! 柿澤くん、おちゃ飲まない?」と、柿澤の背中を押し、即した。

「べつにいいけど……」

 そして柿澤が歩き出すと、山本は未練深そうに不動産屋の方を何度かふりかえりなが

ら付いていった。     


                              このまち
   アーケード街の中央あたりにある、茅ヶ崎にしてはなかなか酒落れた喫茶店に二人は

入った。そしてウィンドウ側に座り、柿澤はチーズケーキとクリームソーダを、山本は

チョコレートパフェとレモンティーを各々注文した。

山本は外を見ていた。柿澤もなんとなく、その視線を追った。が、柿澤には山本が何

を見ているのかさっぱり解らなかった。

  しばらくすると、ウェイトレスが柿澤達がたのんだものを持ってきた。まだ二人はこ

こに入ってから会話を交わしていない。柿沢には山本の雰囲気がいつもと違うような気

がして、話しかけずらいのだ。

 「あ・あのさー 、柿澤くん……」

山本のチョコレートパフェをつついてる手が止まり、うつむきながら、前髪ごしに柿沢

を見つめ、遠慮気に言葉を発した。

「ん 、なに?」 

柿澤はその言葉に笑顔と共に応えた。

「あのさー、柿澤クン。茅ヶ崎でアパ−ト借りると、どれくらいかかるのかなー?」

「えぇ〜っと、5万ぐらいじゃない…。どうして?」

柿澤がそう全部言い終わる前に、山本はすすり泣きだした。

「柿澤君、わたし… 私どうしたらいいの?」

「えっ!?」

 店内の視線が二人に集まり、あちらこちらで小声で二人の話をしている声が聞こえた。

 「ちょ、ちょっと…、でよーか……」

柿澤はさりげなく山本の肩を抱きながら店をでた。(柿澤は内心うれしそ〜)


 湘南海岸、といっても、遊泳禁止区域なので人は疎らであるが--------二人は吹き抜

ける夏の海風を受けながら、烏帽子岩の見える海を見つめていた。

 合を見計らって、柿澤は聞いた。

「ねぇ、親となんかあったの?」

「うんんー、べつになんでもないの」

山本は海に向かって背伸びした。漆黒の長い髪が風に流れ、波に反射する太陽の光と一

緒になって輝いてる。

「今日はゴメンね」

赤い目をしながらも笑顔でそういう彼女に、柿澤は何も言えなかった。



 亜瀬------柿澤の高校時代からの悪友である。柿澤は亜瀬の家にきていた。

「……それで」

亜瀬は冷やかに柿澤に言葉を返した。

「それでオレにどーしろっていうの? そーゆうコトはね、女性経験の豊富そ〜な、

井椎ちゃんとかぁ、有越にきけよぉ〜!!」 

 PPPPP!と、電話の呼び出し音がした。

「あっ! ちょっとまってて」

そう柿澤に言うと、亜瀬は奥の部屋に消えた。

 亜瀬は受話器を取り、

「もしもし…、 あっ、アリオン。 やっとかえってきたの」

「また、大型台風(山原)につかまってサ〜〜」

電話の向こう側で有越は苦笑した。

「またかよぉ〜〜 あっ!それよりね……………」

亜瀬は一度ククッと笑って、そして言葉を続けた。


 「ああ----------------っ!!」

 亜瀬の電話が長いので覗きにきた柿澤が大声をあげた。そして柿澤は亜瀬から受話器

を取り上げた。

「あっ、アリオン……………」

「ンフフフフフ………、もうきいちゃったもんねー」

しまった!と柿澤は思った。イヤな笑いだ!悪い予感が頭をよぎる。

「んじゃあ、来週の日曜日亜瀬ちゃんち集合ね!!」

「あっ!ちょ…ちょっとまっ…………」

「じゃっ、絶っ対こいよ!!こなかったら、わかってるとおもうけど…。じゃあねぃ!」

そう言い残して、柿澤の反論する間もなく、有越は一方的に電話を切った。   

 電話の発信音が無情に響く。無作法に柿澤は受話器を置いた。

「くそーーっ!有越の奴………」

まずい!
柿澤は思った。このままでは好い晒しモンだ!高校時代の悪友との出来事の数

々が柿沢の頭に浮かんでは消える……

 「御愁傷様」

亜瀬が静かに呟いた。



          

 次の日、鶴が台入口のバス停で柿澤は下りた。今日は日曜だっていうのに、特別出勤

だったので、ちょっと不機嫌そうな顔だった。が、道の反対側にある店・鋼鉄ロ−センの方

見ると、みるみる表情が変わっていった。

『さくらさんだあ〜』

山本が歩いている。柿澤が声をかけよ〜とすると……。

 店から男がでてきて山本にさわやかな笑顔で声をかけてきた。紅くなる山本。お互い

笑顔でなにか話をしている。

 モチロン柿澤はそれをみてヤキモキしていた。

「なっ、なんだー、あのヤロ−は!! それにさくらさんを呼び捨てで『さくら』だってぇ〜!?」

 男はまた店に戻っていった。山本も一礼して帰ろうとする。

『おやっ!? 彼女の家は鶴が台団地だから、こっちの方にくるはずなのに、反対の高

田の方に行くゾ?』

疑問に思った柿澤は山本の後を追った。

 さっきの所から数十メートル離れたロ−センの駐車場で柿澤は山本に追いついた。

そして声をかけた。

「山本さ〜ん!!」

「あっ、柿澤くん! なっ、なんでこんなトコにいるの!?」

 山本は柿澤の出現にえらく驚いたような様子だ。ちょっと取り乱したかな?という感

じに、柿澤には見えた。

 「なっ・なに…そのいいかた、まるで………」

不満そうな顔で応えた。柿澤の脳裏にはさっきの男のコトがあった。

「ゴメ〜ン、そういうつもりじゃなかったんだけどぉ……」

「べつにいいけどネ。友達ンチのかえり…(もちろんウソ!)」

と、言い訳をして、すかさず、

「山本さんは? コッチ、反対方向じゃない!?」

と、自分の疑問をぶつけた。

 「柿澤くんには、まだいわなかったっけー……」

山本は気まずそうに欝向いた。




 梁瀬整形外科前の団地の公園で柿澤と山本は、よくありがちのパタ−ンでブランコに

のっていた。

 「わたしね、いえでしちゃったんだ」

山本が空を仰ぐように上を見ながら言った。

「え? なっ・なっ・なんで〜??」

柿澤には信じられなかった。と同時に理由を聞きたかった。さくらさんのことだ。

何か訳が…。しかし、山本は、

「いろいろあってね。ま、いいじゃない!そんなコト」

と、答えてはくれなかった。

 自動車が公園の脇を通る。大通りから離れているせいか、人影は余り多くない。

 「それで、いまどうしてんのー?」

と、柿澤は心配そうにきいた。

「ともだちのトコ……に……。でも昨日アパ−ト決まったから……」

「……そう」

 柿澤は何の力にもなれない自分にため息をついた。しばらくして、少し青ざめた顔に

なり、恐る恐る山本に聞いた。

「ま…まさか……、あの男と………!?」

「あのおとこ? だれのコト?」

山本は平然と問い返した。

「さっき、そこのロ−センで……」

柿澤がごによごにょと言うと、

「あっ!! みてたの!!?」

と、今度は山本の表情が変わった。




少し間を置いて、山本はいった。

「あのひと、高校の時の先輩なんだー」

「つ・つきあってるの……?」

すかさず、柿澤は不安気な顔で問い返した。


                                      

 「やっ、やだー!!」

山本はブランコから柿澤をつきとばした。そして、

「キャハハ 残念ながら、そ〜いうカンケイではありません!!」

と、大きな瞳を細め、チロッと舌をだして言った。

 山本はブランコをおりて、

「もう日も暮れちゃったし、んじゃあね!」

と、足早に帰途につこうとした。

「あっ、おくるよ」

と、柿澤はズボンの土ぼこりを払いながらいった。

 しかし、山本は公園の出口から、

「いいよ!すぐちかくだから…。それに今日、友達くるから……。 ばいばい」

と言って、建物の陰に消えた。

 柿澤はつけるべく追いかけた。しかし、もう山本の姿はなかった。


          

 七月下旬、江ノ島では花火大会が催されていた。柿澤も会社の同僚に誘われ、

それを 見るべくして片瀬海岸にきていた。柿澤は後悔していた。なぜなら、それは

アベックが 多いせいであった。

『なんでオレはヤローと……!!』

 花火が次々に打ち上げられていく。その明りのなかに例の男が……。

「あれは!?」柿澤は嫌な顔をした。

 例の男〔山本がローゼンで話していた男が手を振って誰かを呼んでいる。

柿澤はそ の手を振っている方向を見た。

 「おおぉ!!」

柿澤が思わず歓喜の声をあげてしまった女性は………なっ・な・なんと!

例の男のとこ ろへ……。

 「なっ・なにぃ!」

柿澤は驚愕した。実に仲がよさそうだ。まるで恋人同士、いや、

新婚の夫婦………!!!?


 柿澤は自宅に直通せず鶴が台団地に寄り道をしていた。

「明日は盆踊り大会かぁー!」

柿澤はそうつぶやきながわ5街区(山本の住んでたトコ)周辺をうろついていた。

もう時計は次の日を告げていた。

 そして、金曜日。柿澤は亜瀬の家にきていた(モチ、会社の帰り)。有越が言ってい

た集合の日は明後日であったが、連中が集まると……不安であった。しかし、江ノ島で

のコトを……不安定な柿澤の心は足をココへ運んだ。しかし……。

「……それで」

亜瀬は冷たく横目で柿澤を見て、言った。

「だからぁ〜、これって、やっぱ、ねぇ!」
                                        
と、柿澤は意見を聞こうとしたが、亜瀬には単なる柿澤ののろけにしか聞こえていなか

ったのだ。

「………おまねぇ……」

亜瀬が何か言おうとした時、玄関のチャイムが鳴った。

 「お〜い、遊びにきてやったぞ」「いぇ〜い、げんきしてたぁ!?」

ひょろっと、背の高いやや垂れ目の青年と、天然パーマの太めの青年が、

部屋に入って きた。

「げっ! アリオン、石守っ!!」

 柿澤は焦った。いくらココが溜り場だったとはいえ、今日、この二人が来るとは

思っ てもいなかったからである。

 石守が柿澤の姿を見つけて、

「あっ、柿澤じゃん」

と、言うと、すかさず有越が、

「おおぉ〜、栄じゃん!ねぇねぇ、きかしてよぉ〜!!」

と、詰め寄ってきた。

 「え!? な、なにを〜?」

「まーたまた、とぼけちゃってぇ〜!」

「柿澤にもとうとうできちゃったのか〜」

石守がしんみりと言った。

「ほらほら、どんなコなんだー!まったくぅー、話せ話せ!」

有越が追求する。

「だからぁー、それは今度の日曜だってアリオンいったじゃん」

「いま、しゃべったっておんなじだろ!!」

「だからぁ、こんどしゃべってもおんなじでしょ」

「まったくぅ、このおとこは……」

有越は大きなため息をついた。

 そしてその後、思い出したように、

「ああぁいい忘れたけど、やまちゃんもあとからくるかもしんないからぁ」

と、言い放った。

 柿澤は蒼くなった。《やまちゃん:山原秀‥‥電話で有越が言っていた大型台風の

コ トである》

こわい!と、柿澤は思った。これから先の展開に恐怖と不安を感じた柿澤は、

「かえろ……」

と、足早にこの家を出ようとしていた。


 が、運がない時はトコトンないのだろう、玄関を出ようとしたその時、

チャイムと共 に玄関が開き、長身の彫りの深い顔の青年が大きなバックを

持って入ってきた《加鋸だ !》。そして柿澤を見て、

「あれっ、かきちゃん、かえるの?」

と、意外そうに言った。その加鋸の横を抜け、玄関を出ようとすると、

加鋸のうしろか らヒョイと、

「よぉ!」

と、前髪が眼にかかり気味の若き頃の玉置浩二に似た青年が現れた。 

「せきちゃんまで……、ってコトは……」

柿澤は思った。この二人が来たというコトは、アイツも来る可能性大だ。

 堰の後ろから柿澤の前を立ち塞がるように、

「やぁ」

と、くらぁーく、今中〔通称:だんな〕が入ってきた。


 柿澤は困惑したようの大きな声で叫んだ。

「な、なっ、なんでー、きょうみんなあつまるわけーぇ??」

あさってじゃなかったのぉ?」

「さ、さぁ? なんでだろーねぇ」

「まっ、そ〜んなコトは、あ・と・ま・わ・し!」

と、石守が柿澤にコップをわたし、有越がビ−ルをつぐ。

そして、みんなで唄い始めた。

^きょうも、おさけがのめるぅのは、かっきざわくぅんのおかげぇでぇすぅ〜

そぉおれっ!!!!

いっき!!いっき!! いっき!! いっき!!!

 柿澤はみんなの顔を見回した。

「まぁ、いいか……」

柿澤は深く考えるのを止め、手に持っているコップのビールを一気に飲み干した。

「いえぇぇぇ-------------いっっ!!!!!」



  柿澤が飲み終わると、みんなの拍手と歓声が沸き起こった。そして、柿澤のグラスに

再びビールが注がれた。  


          

 そして数時間後、

「……それでぇ、かのじょのなまえはぁね、山本さくらっていってぇ、

これがかわいいんだ!!」

柿澤は酔った勢いで彼女の告白をしていた。

「そいで料理なんかもトクイでぇ、そんでもって、たよれぇるぅおねぇさまなのっ!!」

 「おねぇさまっだってぇ」

「あぶねぇ、あぶねぇ」

加鋸と堰が笑いながらいった。すると、柿澤が興奮顔で立ち上がって、

「ほらっぁー!そこのふたりぃっ!!」

と言うと、フラッとよろけた。かなり酔っているようだ。

その反対側のソファでは、

「あぜちゃぁ〜んっ! やっぱ、こぉーなったじゃん」

有越が亜瀬を責めたてるように言った。

「オレもいま、後悔してる……」

亜瀬は苦笑いした。そして、

「そろそろ酔いを覚ましてやっか……。かーのこちゃんっ」

と、加鋸を呼んだ。

 加鋸は返事をすると、バックから8ミリビデオを取り出し、TVに接続した。

「あ、やるの?」

と、今中が感情のこもらない口調で聞いた。加鋸は配線を確かめながら

その質問に答えた。

そして……

「そんじゃぁ、まずはこれから……」

8ミリのテープをバックから取り出し、セットし、再生ボタンを押した。

 TVに映像が映し出される。どっかの砂浜らしい。例のI.C.のメンバ−の

つくったやつだろう。《I.C.:旧称こないと--------加鋸、今中、堰らが

つくっている自主映画制作グループである。》

 あれっ、早送りしてしまう。

「これは、またこんどね」

いつもはちゃんとした完成品を持って来るのに、早送りするなんてどうしたんだろう?

と、柿澤は思った。

「あー! あったあった!!」

堰が大きな声で言った。

 すると、加鋸はまた巻戻し、さっきまでの撮影してるシ−ンにもどす。

「この辺からでいいべ」

と、8ミリを再度スタートさせた。

 「おやっ!?」

と、柿澤は思った。今度は海も入ったシ−ンで遠くの方に人がいるようだ。

だんだんUPになっていく。

    

 「あぁ---------------------------------------------っ!!!」

柿澤が絶叫した。

「こっ、これは……!!」

 柿澤の酔いが一気に醒めていく。そう、これはこないだの土曜日の……!!!

 加鋸がテレビの横にどき、大きな声で言った。

「じゃぁ〜ん、本邦初公開、かきちゃんのかのじょぉ〜!!」

 どよめく声、からかう声、驚嘆する声、口笛など……

 そして、TVでは今まで欝向いてた山本が顔をあげたとき、

カメラは山本のアップを捉えた。

 亜瀬がテレビを指さし、立ち上がった。

「あ----っっ!!!! 栄っ、泣かしてやんのーー!!」

「栄ぇーー、かわいそぉー、ひどいコトすんなぁー」

有越も呆れ顔で柿澤を見た。すると、加鋸が、

「あっ!別れ話してたの? わるいコトしちゃったかな?」

と、悪戯っぽく笑った。

「ち・ちがうよぉ!」

柿澤は否定した。

 まずい!柿澤は思った。みんな誤解している。だからといって本当のコト言ったとこ

ろで信じてくれないだろうし、むしろ、もっとややこしくなるような気がした。ところが…

 「そーだ!コイツにそんな余裕があるはずがない!」

と、柿澤を指さす。石守だ。相変わらず、でけぇ声…。柿澤は少しムッとしたが、これ

でみんなの誤解の妥協策になればと…。が…

 「えっ? かきちゃん、そんなコトないよねぇ〜」

「やっぱ、なんだかんだいっても社会じ〜んだもんっ!! 金はあるしー」

堰の言葉に亜瀬が追句する。そして、他のみんなと口を揃えて、

「おっとなぁ〜!!」



 状況は一転して、有越が柿澤を肘でつつきながら、

「こらこらぁ、どこまでイったんだよぉー!コノヤロ!!」

「どっ、どこもいってないよぉー! 駅前のラーメン屋ぐらいしか…」

「ふざけてんじゃねえ!」

「ネタはあがってるんだ!さぁなにもかも吐けっ!!」

半端、ヤケクソにも聞こえる石守の声。そして、隣で一っ言も口も出さず、

黙々とテレビの画面を見ている今中に、

「だんなもなんかいってやれっ!! そんなすみっこでだまってないでさ!」

と、けしかけた。

                          . . 
 今中は一瞬嫌そうな顔をしてから、もとの無表情に戻り、ボソッと一言。

「その女のひと…。こないだ、駅で男と仲良さそーになんかやってたよ……」

 柿澤の表情が蒼白になった。

「なんか って?」

堰が聞いた。

「さあ?」

 今中はまた無表情で感情のこもっていない口調で答えた。完全に他人ゴトへの口調だ。

こんなコトをアイツに言うと「他人ゴトじゃん!」と、あっさりいわれそうだ。そう

いうヤツだ。とかいうと、「そんなコトないよ」と、さらりと反論してくるだろう。こ

んなコトいってるとキリがないな…………。

 部屋一帯に静寂が走った。コップの中の氷が溶けて崩れる音が響きわたる。

 どのくらい時が流れただろうか、その静寂の緊張をほぐすように、心地よい玄関の

チャイムが鳴った。




       

「あ・・・」

「やまちゃんじゃない?」

 亜瀬が立ち上がって玄関の方へ向かうと、有越も後に続いた。しばらくすると、

チャイムはけたたましく鳴り始めた。亜瀬は歩を速めた。

 「よぉ!」

Tシャツにジーンズ姿の山原が手をあげた。背は小柄だが、服から露出している肉体には

筋肉が隆盛していた。そして、背後には蒼白いオーラが揺らめいてるのが見えた。

 「やまさん、やっとかよー! 相変わらず時間にルーズなんだから……」

亜瀬がため息混じりに言うと、有越が問い詰めるように山原に言った。

「いままでなにやってたんだぁ!」

「どーせ、また……」

「なんだぁ! あぜぇー、その笑いわ?」

山原のオーラが大きくなった。

「べっ、べつにぃ〜」

亜瀬は視線をそらした。すると、すかさず有越が、

「ダメだなぁ〜、亜瀬ちゃん!
 正直にみなこちゃん(仮名)といたんだろ!っていってやんなきゃぁ〜!」

「アリオォーーーーーーーン!!」

なんでコイツは知ってんだよぉと山原は言いたかった。が、やめた。

「ま、はいれよ!」

亜瀬がククッと笑いながらいった。

 山原は部屋に足を踏みいれると、怪訝な顔をした。

「なんだぁ〜? この暗ぇー雰囲気わ!?」

「あっ、やまさん……」

山原の声にみんな(柿澤以外)はかおをあげた。

 山原が空いているソファに腰をおろすと、両わきから堰と加鋸が山原に小声で訳を伝えた。

 「ふ〜ん……」

山原はうなるようにうなずいた。そして立ち上がり、柿澤に歩み寄っていく。

堰、加鋸、亜瀬、有越、石守は固唾をのんだ。

 「かきざわぁ〜っ!!」

 山原は軽く柿澤の肩をたたいた。(が、ここでいう軽くというのは、山原のカンカクでの軽くである……)

 バキィというものすごい音と同時に、柿澤の背筋はまっすぐに伸び、うつむいていた顔は

上を向いて声にならない声をあげた。山原はそんなコトに気にも留めず、柿澤の肩に

手をおいて語りかけた。

「おまえなあ−−−−−、オンナの一人や二人でグタグダ言ってんじゃねぇぞぉ〜」

 その台詞に、まわりの連中の視線が変わった。山原の顔にアザ……。

「またやったみたいね」

「まったくぅ、よくあきねぇな」

亜瀬の耳打ちに有越が呆れ顔で言った。

やまはら セリフ
 彼の台詞からして、あのアザのようなものは×××から、やられたな。と、まわりの

連中は皆そう思った。(男であのカレに手を出すヤツなんてこの界隈にいるわけが……、

カレのオーラを見たら、普通近寄れるわけが……、などと連中達は思っている)

 「世界の半分は女なんだから、そんなね………」

山原は一度言葉を区切った。そして、

「いしかみぃーーー!! オレにも一杯つくってぇー」

と、酒を要求した。ヤケ酒かな……? 石守はやれやれといった表情で応えた。

「あいよ!」

 「おんなんかあーーー!!!」

月夜に叫び声がこだまする。



                   

 結局、オールナイトで盛り上がり、その翌朝。連中は部屋いっぱいに転がり、

大いびきをあげて雑魚寝していた。

 そして夕方------

「ふ・あ・あぁっ・ああー ああ〜、よくねた!」

大きなあくびをして柿澤は立ち上がり、廻りをみまわした。


「あれっ!?みんな、どこいったんだ……」

その時。玄関でドアの閉まる音がした。


「お、栄! やっと起きたかー!!」

「あ…、あぜちゃん……。みんなは?」

「いまかえったよ! みんながマタネってさ」

「なんで、おこしてくんないわけえぇ?」

柿澤は不満顔だ。

「あんまりにも気持ち良さそぉに寝てるんでサ! おこしちゃわるそぉなんで……」

亜瀬は軽く笑って、そう応えた。


 亜瀬のいえから柿澤のいえまでは、ほぼ一本道であった。柿澤はその道を歩いて家路に

ついていた。もちろん、下を向いて連中の文句を呟きながら。

 鋼鉄ローセンからの道との十字路に差しかかったとき、左側の道から飛び出してきた

漆黒の髪の長い女性と柿澤はぶつかった。

「ごめんなさい……」

その女性は柿澤に対し、即座に謝って、その場を去ろうとした。柿澤はその彼女に

思わ ず声をあげた。

「山本さん……!!

彼女の足が止まり、柿澤の方に顔を向けた。

「かきざわくん………」

半分、前髪で隠れている山本の瞳からは涙が潤んでいた。

 「わああぁぁあん」

柿澤の胸に山本は飛び込んできた。トーゼンうれしそうな柿澤だが、今回はちょっと

複雑そうな表情を見せていた。

「うっ うっ うっー」

小刻みな振動が山本の体から柿澤の体に感じていた。


 高田のニュータウンに囲まれた一角に公園があった。空は既に暗闇に包まれ、

閑静な 住宅街に点在する街灯に明かりがともっていった。青白く浮かんでいる月は

流れの速い 黒雲に埋もれていく。

 公園の街灯は、すこし暗かった。その街灯の下にあるベンチに二つの影が見える。 

「どお? おちついた?」

「…………うん、すこしね」

山本は柿澤に視線を向けず、前方を向いたままこたえた。山本の眼はまだ赤い。

 「なんかあったの?」

柿澤は悲しげな顔で山本の横顔を見ながらきいた。だが、山本の反応はなかった。

 山本はしばらく黙っていた。風は山本の漆黒の髪を側方に流し、その長い髪の先が

柿澤の顎を撫でて淡い香りを感じさせる。公園の樹々は風の精のハーモニーを

奏でていた。青白い月明かりが黒雲を抜けて公園全体を包んだ。その時。

 山本は重苦しそうに口を開いた。

「わたし… フラれちゃったんだ……」

  柿澤に衝撃が走り、何も云えなくなった。が、そんな柿澤にかまわず山本は言葉を

続けた。

「柿澤クンも見たコトあるよね……渡辺先輩………。こないだ、ローセンのトコで……」

「……あの背の高い…………」

柿澤はふるえそうな声で問うようにいった。山本は軽くうなづいた。そして再び言葉を

続けた。

「先輩……、もう結婚してるんだって…………」

 怒涛のように押し寄せる告白。しかし、柿澤には慰めの言葉の一つも思いつかない。

ただ山本の横顔を見てることしかできない。

 「バカだね…、わたしって……。そんなことも知らなかったなんて……」

 そして山本は遠い目をして、いった。

「高校の時からあこがれてたんだ……。先輩が卒業してから、ずっと逢ってなかったんだけど……」

  柿澤は息をのんだ。山本の言葉の続きに不安を感じてかも知れない。そんな柿澤を

見向きもせず、山本はつづきを語った。

 「3カ月前……、偶然ね……」

山本にすこし笑みがみえた。柿澤は複雑な表情を浮かべた。
                 み つき
(なんてこった……。三月の間、それに気づかなかったとは……)

山本はうれしそうに更に言葉を付け加えた。

「家出の時も、相談にのってくれて……」 

その言葉に柿澤は露骨に不満顔を見せた。

(なんでオレに話してくんなかったんだよー!!」

 が、山本はみていないので知るよしもない。


                

  風が叫び声をあげると、公園の樹々や街路樹もそれに呼応し、月は再び暗雲の中へと

姿を消した。街灯だけが二人を照らし出す。

「ありがと!! 柿澤くん

「えっ…………!?」

「話すだけ話したら、なぁーんかすっきりしちゃった」

山本はにっこりと柿澤に微笑んでみせた。

 柿澤は半分、その笑顔にだまされたかのように、ぽか〜んとしていた。だが柿澤は、

次の瞬間、今の自分の状況下を分析しはじめた。

 (今のさくらさんの話しを総合すると……。さくらさんは渡辺ってヤツを好きだった

が、フラれた!? ということは、現在はフリーで、そのうえ今は傷心の身……!!

 ゴクッと、柿澤は唾をのみ、大声でいった。

「やまもとさんっ!!!!」

「えっ、なぁに?」

山本は軽く応えた。

「ぼ・ぼ‥‥ ぼっ…………っ……」

柿澤の顔が紅潮していく。

 「どうしたの?」

山本が不思議そうな顔で柿澤を見る。

「ぼ…、ぼっく………」

 柿澤の緊張度は最高潮に達し、溶鉱炉に突っ込まれた鉄のように顔全体が朱の色と

化した時。山本は、

「やだーーー!!!」

と、驚嘆の声をあげた。柿澤はその声に焦った。

(えっ? おれ…、まだなにもいってないよな!?)

 山本は不安気な顔をして、

「かきざわクン、……かおまっかじゃない!! ね、熱でも……?」

と、右手を柿澤の頭にあてようとした。

 「なっ…な……、なんでもないよ!!」

その手を避けるように、柿澤は慌てて、いった。

 柿澤の心の本音をいえば、ホントはやってもらいたいのだけど……。いま、さくらさんに

さわられたらブッとび感動もんで、柿澤は告白はおろか、何も云えなくなってしまう。

という、事情もあった。

 柿澤は無意識に山本の手を避けていた。ほんの少しだけのけぞっただけだが、山本は

その手を退いて、左手に持ち、胸にあてた。

「そう……」

山本は寂しげに呟いた。

 うつむきかけた山本の顔がまた上がると、今度は精一杯の笑顔になり、

「じゃっ、もうかえるね」 

「え…!? かえるって、どこに……?」
                            あのおとこ
とっさに柿澤はきいた。まだ柿澤の脳裏には渡辺のコトがひっかかっていたからだ。

 「え…、自分のアパートだけど……」

山本は、どうしたの?というような顔をしていった。

 (オレはなにいってんだ〜!!)
              あのヤロー
と、柿澤は後悔した。渡辺にはフラれたと、さっきさくらさんは言ってたではないか!!

それなのにあいつのコトを気にしている自分に柿澤は悲嘆していた。


 また風の精たちが樹々を揺らしはじめた。流れの速い雲は霞んでいた月の前の暗雲と

共にながれ、再び下界に月の輝きを見せる。

 「さくらぁー」

遠くから太い男の声がして、公園の入り口に人の影が見えた。

 柿澤はその妖しい影に警戒心を持ち、身構える。

(まさか、あいつでは……!?)

 しかし、そんな柿澤の警戒心とは裏腹に、山本は口に手をあてて声をあげた。

「お…、おとうさん……!!」

 山本はベンチを立ち上がった。眼鏡をかけて、太った体格の、昭和20年代生まれ

ぐらいの、現代の典型的な“パパ”という感じのさくらの父はコッチに早足で歩いてくる。

「どうして… ここが……」

山本は、なんでわかったの?と言いたげに、父に聞いた。さくらの父はコッチに歩み寄って

きてから答えた。     

「渡辺さんって方から……」

「渡辺先輩が……!?」

山本は少し驚いた顔をした。

 父はいきなりしゃがみ込むと、両手を地に付いた。

「さくらっ!! おとうさんが悪かった!かえってきてくれっ!!」

「やめてよ、いまさら………。それに… わたし、もう子供じゃないんだから……」

父に対して、山本はそっぽを向いた。

「さくら……、かあさんの気持ちも…………」

父は欝むいて、悲しげな表情で言った。

 「親だからって…、いくら親だからって、娘のなんでも勝手に決められて……!!」

山本の声が怒りで震えている。


 「かあさんがたおれた……!!」

父の悲痛な声と言葉に、山本の背中には戦慄が走った

「え……」

山本の表情が緩んで、心配気な表情を見せた。が、父の顔が目にはいると、

「そっ‥それで……、おさんどんする人がいなくなったから私を呼びにきたわけ!?」

と、山本は父の言葉をつっぱりはねるように言った。

 これはさくらの意地でもあった。どうしても、さくらとしては引き下がれない悲しい

意地でもあった。


 父の平手の音が公園一帯にこだまする。

 平手で頬を赤くした山本の瞳が父の顔を見上げる。父の手は震えていた。

「………おとうさん…………」

山本はつぶやく。

「さくら……。かえろ……」

父は優しく言った。

「う…うん……」

山本はそれに素直に応えた。

山本は父に肩を抱かれ、鶴が台団地方向へ続く道の奥へと消えていった。


 風が強く吹き荒れ、月は暗雲の群れに飲み込まれた。公園の樹々は大きく

うねっていた。雨になりそうだ。

 小さな雨粒が落ちてきた。それはだんだん量を増し、粒も大きくなっていった。

その時間、TVではテロップが流れていた。

『台風9号伊豆に上陸』

 そんな状況の中、公園の中に一つだけ人影が残っている。あれはかきちゃんだ。

なんということであろう。本編の主人公でありながら、忘れ去られてしまっていた。
 
柿澤はボーゼンとしていた。柿澤には事態が良く解らなかった上、この速い展開に

ついていけなかったりなんかしたからだ。 

あゝ悲惨!!

雨はザーザー降ってくる……

The END numberT.
but this story to be continued






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