第弐章 サークルの呼び声

 お茶の水から、陽のあたる坂道を下ると
緑青をふいた緑の屋根が神田駿河台にそびえていた。
歴史を背負った明治大学記念館の薄暗い廊下に
設営された小さな売店で、学生服と、紺地に白で「法」とそめぬいたバッジを買った。
まだキャンパスに、真っ黒な学生服があふれていた時代だった。

春4月。
和泉キャンパスに行くと、
サークルの新入生勧誘と反戦デモの看板で足を踏み入れる余地もないぐらいだった。
あざやかな緑の芝生。満開の桜を、常緑樹の松が包み込んでいた。
白亜、しっくいの木造3階建ての校舎。
緑色に塗られたこまかい窓格子。
これも緑青をふいて緑のスレート屋根。
サークルの立て看板。
新入生に群がっていく、2年生たちのクラブ勧誘の声。

勉強する場所だ!ここは、勉学の場所なんだ。
大学からクラス委員を任命されたボクは、一人フツフツとわき上がる興奮を抑えかねていた。

次年の東京オリンピックに備えて、甲州街道に高速道路が造られていた。
喧噪と渋滞。町に氾濫する麻雀屋。
大橋巨泉さんの11PMが、麻雀、ゴルフ、競馬の遊び方を
わかりやすく解説し、ボーリング場はどこに行っても3時間待たされた。
町中に遊びが氾濫していたが
軟派学生のステータス、週刊『平凡パンチ』の出版は翌年のことである。

ボクは『シャボン玉ホリディ』よりも『ルート66』や『コンバット』にうつつを抜かしていた。
映画はざっと挙げてもいってもピーター・オトール主演『アラビアのロレンス』黒沢明監督『天国と地獄』
アーサー・ペン監督『奇跡の人』ハーディ・クリューガー主演『シベールの日曜日』
ヒッチコックの『鳥』ゴダールの『女と男のいる歩道』
イングマル・ベルイマン監督『第7の封印』ジョン・スタージェス監督マックイーン主演『大脱走』
ショーン・コネリー主演テレンス・ヤングの『007は殺しの番号』『シャレード』『ボクの村は戦場だった』

すごい映画が一ヶ月に一本は来ていたんだ。
3流の名画館で、みんな見てるなぁ。

サイゴンで坊さんが焼身自殺を遂げ、
ソ連のテレシコワという女性宇宙飛行士が「ヤー・チャイカ!あたしは、かもめ」なんて
ふざけたコメントを宇宙から送ってきていた。
チェーホフのセリフである。
テレビでは国連でケネデイがフルシチョフをとっちめていた。
ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込んだというのだ。
「即刻持ち去らなかったら、アメリカは黙ってはいないぞ」苦虫をかみつぶしたような顔をして
フルシチョフがケネディに譲った。
外交手段としてのアメリカのごり押しは、あのころから伝統としてあったんだ・・・。

ビートルズがロンドンに出てきた。ローリングストーンズが転がっていた。

「これからの日本人は英会話のひとつもできるようじゃなきゃぁ」
来年のオリンピックに備えてボクは英語部(ESS)に入った。
秋の新入生旅行で赤城山に登ろうという朝、桜木町駅のシャッターに
ケネディ暗殺の号外が張られていた。





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