文化歌劇

2601年宝塚歌劇四月東宝劇場雪組公演曲目で54万おまけ


 「劇場」と云えば、映画館の事だと思うくらいに演劇には縁が無い。本に芝居や役者の話が出てきたら、もうお手上げで、人生損しているような気持ちになる。
 と云うわけで、演劇の話に首なんぞ突っ込む趣味はないのだが、出来心でこんなモノを買ってしまった。


「兵器生活」54万アクセスを祝う写真、ではありません

 見ての通り、うら若き乙女が老若男女に扮して万歳している写真である。右上の人物を良く見ると…

 実にヘン。額から頭頂部にかけて髪の毛が無いこと自体が可笑しいわけじゃあないのだが、とにかくヘン、としか云いようがないのだ。そのヘンさ加減の面白さに、中身なんぞ見ずに買い、この写真一つでネタ一本になる! と取っておいたモノ。

 中身を開いてみると、


宝塚歌劇脚本集2601

 「宝塚歌劇脚本集2601」とある。つまりは昭和16(1941)年4月の宝塚歌劇公演の脚本を収録した本なのだ。
 この年の12月に太平洋戦争が始まった事は、歴史の教科書にも書いてある読者周知の事実だ。支那事変は昭和12年の7月から継続中、昭和の15年は三国同盟成立・北部仏印進駐があって対米関係は悪化、この16年4月は日ソ中立条約が締結されてもいる。

 そう云う時期の大衆娯楽が、具体的にどんなものだったのか、あまり知られていない(私も知らない)。歴史読み物には、「当局の介入」やら「軍事色が濃厚に」の類の文字はあるが、どんな内容だったのか?
 膨大な量があったはずの、その一部−ほんのわずかではあるが−が、これを読めばわかるのだ。
 と云うわけで、冒頭の写真は無かったことにして、本文は進む。

 宝塚歌劇四月東宝劇場雪組公演曲目
昭和十六年四月一日より廿九日迄毎夕五時半開演但シ四月二日ヨリ七日及ビ土、日、祭日、正午、五時半二回公演


 その演目は、

必勝の信念
(一)歌劇「戦陣訓」全三場
京都 伸夫 作
堀 正旗  演出
山根 久雄 作曲並編曲
大石 始  作曲並編曲

防諜読本
(二)文化歌劇「耳と目と口と」全十五場
荒尾 静一 作
吉冨 一郎 振付
康本 普史 振付
津久井 祐喜 作曲並編曲

群舞に依る交響詩
(三)「総力」
楳茂都 陸平 作及振
宮原 禎次  作曲

国花を賛う
(四)頒春譜「桜」全十四場
水田 茂  作及振
康本 普史 振付
宝塚音楽部 作曲並編曲
岡田 猪之助 照明

と云うもの。歌劇のタイトルが「戦陣訓」、防諜テーマの文化歌劇、舞踊のタイトルは「総力」(もちろん『総力戦』の、だ)と、ここまでで本の元手は取れた気がする。
 「戦陣訓」は、弘安の役が舞台。防塁構築に働く『銃後』と、蒙古を迎え撃とうとする『前線』が、一致団結して国難にあたるお話。

 私達は百姓だから、漁夫だからといって何もかもお侍さんばかりにお委せしていていいでしょうか。この前の戦いの時は、私たちが先を争って逃げ出したり、何のお手伝いもしなかったからいけなかったのです。

 なんてセリフや、文永の役から8年、家に戻らず国境警護にあたる父のもとに参じた息子(11歳)に、

 戦というものは、後始末が大切なのじゃ、(略)その後片付をするのが、お前たち年少者の務めなのじゃ。華々しゅうはないが、決して、合戦した者におとらぬ立派な務めじゃ。お前は母に孝養を尽し、この父が戦に勝った後を立派に守って貰いたい。

 と諭す場面があり、この劇が「聖戦5年」に入ろうとしている時期に公演されているのを思うと、感慨深いものがある。
 タイトルから想像した、「生きて虜囚の辱め」を受けない話ではない。「敗れる」ことを想像できなかったようだ。
 文化歌劇「耳と目と口と」は、内務省の役人が脚本を書いたんじゃあないのか? と思うくらい、時局に寄り添った作品である。ちなみに、この年の5月12日から18日までは「全国防諜週間」にあたる。
防諜ネタは、「兵器生活」を始めたころ、一度やったことがある(『君等は銃後の防諜戦士』)のだが、それを過激、もとい歌劇仕立てにしたモノと云える。
 脚本は素晴らしく説教臭いもので、読んでてアタマが痛くなる。それゆえに今ならタイムマシンに乗ってでも観に行きたくなるところだが、当時の観客にしてみれば、なんであちこちの本や雑誌に掲載されているような説教を、わざわざ金払って聞かされなきゃあならんのよ、とうんざりするところだろう。

 お話は、「間諜X27号」マタハリが死刑判決を受けるところから始まり、スパイの威力は一個の軍に相当することが語られ、軍艦に積みこむパンの種類で、近海か遠洋か行き先を知ろうとするスパイ、バス車内での会話を盗み聞きするスパイ、工場の紙くずを買い取ろうとするスパイが登場しては、正体を暴かれ、防諜の心得が説かれるもの。そこには、

 ○○国の船が入港する毎に○○山の女学校の庭で赤いランプを振る奴が居るってね!

 のセリフがある。本当に夜中の女学校の庭で、スパイがこんな目立つことをやっていたのかは知らない。実際のところは、逢引の合図なんじゃあないか、とも思う。それはさておき、本にある「○○」を、実際の舞台では何と云っていたのか? これは伏字なしで読んでみたいところだ。

 劇の主題は、防諜の心得、「見ざる聞かざる云わざる」なのだが、宝塚歌劇ファンを意識したかのように、外国への憧れ・賛美の姿勢を批判するところがある。ここを紹介しよう。

第六景
A酒場
B流行外国雑誌の舞台「映画のスクリン」に見る如き用法にて
C日本を象徴する景色

 バーテンで酒を呑み煙草ふかして居る青年男女の群
 タイハイ的な歌及び踊り
 踊りや歌が最高潮に達した時に司会者登場

司会者歌「止れ、おやめ、踊りをやめ、何んたる醜態だ、お前達ははたして日本の青年であるか」
  踊り子歌手恐る恐る退場。

司会者「現段階に於ける日本人の生活はこれでいいのか、この物心両方の外国模倣の旧体制は許されるのか、我々はすでにあらゆる旧体制の絆から切り放たれて新体制一億一心の底力をもって体当たりの戦時体制に編成されたはずだ」
  この間に舞台には外国雑誌に移動。

司会者外国思想スパイは文化の仮面のもとにかくれて国力を弱めるために映像の力をもち又雑誌の力を持ち日本人の体力を弱め様として居る。
  雑誌を開いた中に煙草を持った女性が五、六人ポーズして居る。其の女達登場して来る。

司会者「煙草を捨てろ」
  女は煙草を捨てる

司会者「その服装を捨てろ」
  女は服を脱ぎ捨てる、女は下にモンペか国民服を着て居る。
  後より屑屋車を引いてきてそれを車の中に積む屑車に廃品回収と書いてある
  退場
  女は整列する。

司会者「それで好い、それが現在の日本の要求して居る婦人の姿だ…とても皆様は健康で美しい」
  舞台は日本を象徴前傾へ移動。

司会者 「未丁年者の酒、煙草は絶対に禁止致しましょう。ことに女子の喫煙は絶対に禁止致しましょう。何故ならばニコチンの害毒は母体を弱め其の生れる児童を虚弱にする。其の児童が成長して徴兵検査を受けた場合其の結果は如何なるでしょう、二十年後の日本の国防は、どうなるでしょう
”外国の謀略にかかるな”

女達「謀略を警戒せねばならぬ」
  歌となり、モンペか国民服の前景の青年達登場、振りとなる。

 とても『面白い』場面である(男役になったつもりで読んでみて下さい)。大道具さん達が、一番気合を入れて作ったのは、絶対「B流行外国雑誌の舞台『映画のスクリン』に見る如き用法にて」の装置だと確信するところだ。
 戦前におけるアメリカ文化の受容については、小林信彦が時々書いているところだが、それを裏書きするものと云える。

 この外国崇拝・親米英と、後の『鬼畜米英』の関係は、欧米文化との接触の多寡の問題として捉えたい。
 支那大陸で4年も戦争を続けながらも、日本は支那民衆を表向きは敵と見なさず、「道を誤った弟」(文化面では向こうの方が『兄』だろう)への「愛の制裁」で、その目覚めを期待していたのは、古代以来続く中国文化接触の歴史が長かったからであろうし、戦後の日本人がアメリカ文化を受け入れ、その豊かな生活にあこがれるのは、占領軍の洗脳でも何でもなくて、日本に無い、カッコイイものが、進駐軍のところや、映画TVで知れ渡り、生活水準の向上によって行き渡ったからに過ぎない。それに対抗できる文化が無いのだから仕方のないことだ。
 いわゆる「クール・ジャパン」が、この裏返しであることが良くわかる。当時の為政者に「武力戦より文化戦」の発想があれば、戦争なんかしでかさなかったものを! と残念に思う一方、ジーパンには絶対勝てない気はする…。

 女性の喫煙を、母体への害の観点で排斥しているが、20年後の国防を心配するなら、今、戦地で一服している兵隊さんの、将来の健康はどうでもよいのだろうか?
 このような時局迎合歌劇の脚本集なのだが、当然のように広告が掲載されている。「赤玉ポートワイン」「日東紅茶」「クラブ歯磨」「ビクトリヤ月経帯」などに混ざって、こんなものが…

 宝塚ファンの話題・三分間快話
 A ご存知ですか?
   宝塚乙女が使っているクリームを…
 B 私、劇を見る度に、いつも、そればかり、知りたい知りたいと思っていますのよ!
 C 専門家が使うのですから、よほど理想的のものでしょうね。
 A 何でもハリウッドから来たキップ・スキンヘルスという薬用クリームだそうです「一度使ったら一生涯手離せぬ!」と先日も生徒さんや団員の方々が云われましたわ。
 B 今日は何ていい日なんでしょう!
 C あたしも同感よ! 話は違うけれど近頃良い石鹸が無いので悲観しているわ。
 A それならスキンヘルスで拭けば良いのよ! 外国の女優さん達は殆ど石鹸で顔は洗わないそうね、それからスキンヘルス一つあればバニッシングもコールドもファンデーションも皆不必要になるのよ、普通クリームの五倍位ノビてトテモ徳用で簡便よ!
 B そういえば私米国の雑誌か何かで「芸術化粧とスキンヘルスクリーム」というようなこと見たことがあるわ!
 C どんな意味なのでしょう?
 A 芸術化粧とは皆さん自身の美しい個性を表現することでしょう。その手段にスキンヘルスを使うという訳でしょうね!!
 B それで判ったわ、近頃流行しはじめたお化粧法は、つまりその辺の処から来たのね!!
 C 昔のように白粉をコテコテ塗らずに若々しい溌剌たる処を美しく整える方法ですね!
 A そうです。
 B 私芸術論より実際的に今直ぐ使って見たいわ
 C 何処に売っているでしょうか?
 A デパートか一流化粧品店か薬局にあるそうよ。
 B うれしい。早速買いましょう!
 C ありがたい、今日から憧憬(あこがれ)の宝塚の生徒さん達のようになれるわけね!!

 薬用クリーム
 キップ・スキンヘルス
 定価 70銭、1円70銭、3円80銭

 発売元 キップ貿易株式会社 

 有名な「贅沢は敵だ」のスローガンは、昭和15年には登場、奢侈品等製造販売制限規則も同年から。退廃風俗の温床とされるダンスホールも、15年10月末で閉鎖されているから、国民生活はすでに「新体制」に切り替わっているはずなのだが、人のアタマは、そうそう変えられるものではない。
 「上に政策あれば、下には対策あり」そのまんまである(久しぶりに『兵器生活』らしい記事を書いているなあ)。

 「近頃良い石鹸が無いので悲観している」なんて事を堂々と広告に書いてしまったら、「日本良い石鹸無いあるね」、「ニッポン、セッケン作ル余裕アリマセーン」と、それこそスパイが大喜びではありませんか!

 同じ本にあった広告をもう一つ


イヅツ・コウユ広告

 日本髪の女性、「黒い髪はみるからに」とあり、日本式の美を礼賛する広告だと思いきや…

 パーマネントをなさる方は
 毛髪(かみ)の損傷(いたみ)を最少限度に止める為
 特にイヅツをよくすり込んで
 からパーマをかけて下さい

 「パーマネントはやめません」人にも向けた広告なのである。広告の方に目を向けると、どこが『時局迎合』なんだ、とツッコミを入れたくなってくる。
 時局迎合歌劇と、それを無意味なものにする広告が、同じ本の中に存在していた事を、当時の日本人(中産階級)の健全さ、と評価したい。
 『戦時下』とは云いながらも、中産階級はまだまだ、したたかさ−「耳と…」第六景で批判されるのは、観客・演技者自身のはずなのに、他人事として受け流そうとしている−があった。この階層が当時の日本でもう少し厚みを持っていれば…と思う。
 
 その視点に立てば、もともと「中流」を自認していた者が「下流」を意識し、将来に希望を持てないでいる今時の風潮は、国家安全保障の上でも、好ましいとは云えない。だからと云って、役人軍人だけが口を出せば、こんなしょうもない歌劇を作らなきゃあならない目にあうのだ。

(おまけのおまけ)
 「耳と目と口と」のフィナーレ

 全員登場
 「防諜音頭」に依る歌と踊り

 ハァーちょいと 待て待て 待たしゃんせ
 言うてよいこと悪いこと
 通う電車やバスの中
 かげで聞いてるのぞいてる
 ヨイカスパイに用心用心

 ハァーちょいと 待て待て 待たしゃんせ
 自慢で乗った口ぐるま
 ぐるりと廻れば火の車
 やがて身を焼く国をやく
 ヨイカスパイに用心用心

 ハァーちょいと 待て待て 待たしゃんせ
 昨日一言 今日半句
 二言三言無駄な口
 それが大事の隙となる
 ヨイカスパイに用心用心

 ハァーちょいと 待て待て 待たしゃんせ
 街の噂に花が咲く
 あらぬ噂が乱れとぶ
 みんな企んだデマ放送
 ヨイカスパイに用心用心

 ハァーちょいと 待て待て 待たしゃんせ
 いいか戦はこれからだ
 心許すな忘れるな
 いるぞ銃後の第五列
 ヨイカスパイに用心用心

 (幕)
 IT時代の脅威は、スパイに見られる盗られるよりも、不注意で流出させる事故の方が大きいと思う。