せめて月二回は!

「兵器生活」の更新ではない。68万7千おまけ


 総督府には風呂がない。
 「毎日銭湯ぢゃあお金がかかって大変でせう」と、人様からジャイアント・パンダかランボルギーニ・カウンタックにでも出くわしたような珍奇な目をされるのだが、家賃を月に1万2万余計に払い、ガス・水道料金の負担も増え、さらには浴室掃除の一つもせねばならぬ手間を、あえて負うのもどうかと思っている。
 一回460円(2015年1月現在)の負担と云えば、結構な重さかも知れぬが、風呂付きより1〜2万は安い家賃ですでに補填されているのだ。1万円で21回風呂屋に通える。水道・ガス代の負担と掃除の手間をハカリにかけると、固定費を倹約して本代呑み代に廻した方が良い。そもそも月に21回ものんびりと風呂に漬かっていられる優雅な身分でもない。

 と強がってはいるが、そもそも西新宿はずれの総督府に越して来た頃は、徒歩5分のところに立派な風呂屋があり、東西南北それぞれに10分も歩けば銭湯を見ることが出来たのだ。
 しかし、行きつけの風呂屋は都営住宅の取り壊しと前後して廃業、十二社通りのマンションに入っている銭湯は、永久築城だから大丈夫だろうと思っているうちに、マキ置き場に使っていた路地が再開発で取り上げられ閉店、豪華なコインランドリーになってしまった。山手通りを越えてはるばる通った小さな湯屋は、区の補助金が削られ立ちゆかなくなって更地となり、方南通りからちょいと引っ込んだ風呂屋は、今現在周囲の家ごとマンションに化けつつある有様で、今では水道通り下まで片道15分―往復30分―歩くハメに陥っている。こうなってしまうと、なおのこと「毎日風呂なんか行ってられるかよ」なのだ。

 しかし、風呂に行けない分、かえって身体の清潔―「におい」を抑える心掛けに過ぎぬが―に気を遣うようになるのだから、人間は面白い。
 ケダモノの肉は避ける(ラーメンは毎日のように喰いますが)。刺身が出ればツマも―食べられそうな状態なら―全部喰う。スナック菓子とハンバーガーと牛丼は敬して遠ざける。ヤクルトの類・野菜ジュースを飲み、体臭の少ない体質を維持する(それでも仕事のストレスがお腹に来た時に出る屁は『凄くくさい』)。
 下着とワイシャツは毎日取り替えるのは当然。脇の下や首筋などを湯かアルコールで浸したタオルなどでたまには拭く、など手当をすれば、人間の身体は、そうそう悪臭を出すモノではない。

 案外と臭うのは髪の毛だ。三日放っておくと油ぎって来る。四、五日たつと手触りが、そこいらの犬・猫のそれと変わらぬようになってくる。
 と云うわけで、風呂屋には行けぬ時は台所で湯を沸かし、アタマだけはせっせと洗っている。冬場に水道の蛇口から流れる水を、首筋に受けていると暗澹な気分になる(笑)。
 長々と前置きを続けたのには理由がある。
 昭和初期の新聞広告だ。

『大阪朝日新聞』昭和7年6月13日付

 せめて月二回は!
 髪を洗って下さい、汚れた髪は衛生に
 悪いばかりでなく、他(はた)迷惑でございます

 衣物(きもの)の儘で簡単に洗えてゆすぎも乾きも早い洗髪料(シャンプー)です

 「せめて月二回」。毎日でも週二回でもない。この頃の洗髪サイクルはこの程度―階級・職業によって差はあるはずだが―なのであったとは!
 「衛生に悪い」とはあるが、本音が「他(はた)迷惑」にあることは云うまでもない。

 夏場に出た雑誌記事で、「スメルハラスメント」なる言葉を知る。体質・体調・ストレス等やむなき事情があるのを解さず、自分もそうなり得る事を棚に上げて断罪するような内容に、イヤな気分を覚えた(最近そう云うモノが目につくような気がしませんか?)のだが、戦前の広告もまた、それに劣らず容赦ないものなので驚いている。
 広告の中でハタ迷惑!と叫ぶことは、今日ではまず許されないが、消臭剤・芳香剤の広告の本質が、客に向かって「アンタは臭い!」と云う所にある事は覚えておいて良いだろう。

 広告だけだと荒んだ気持ちが収まらぬので、骨董屋で現物を買う。


「美しい小箱」(左)

 ご覧の通り、ちょっとモダンな可愛い箱だ。
 「一個五銭」を戦前3千倍レートに載せれば150円、2千倍でも百円になる。けっこう良い値段である。骨董屋での取得価格はもっと高い。

 ウラ面には使用法が書いてある。薄くて読めない文字を拡大鏡を使って読んでみる。

 お使い方
 指先で軽く捻るとサラサラとした粉末になります(中身がこわれて居ても効果に変わりありません)之を次の割合に溶かしてお使い下さい。


 日本髪は一個を約一合の湯に
 洋髪は半分を約五勺の湯に
 男子方は三分の一を約三勺の湯に

 液体シャンプー・リンスの「詰替用」までが出回っている今日から見ると、なんともまどろっこしい使い方であることか。
 新聞広告の図には洗面器が描かれている。当然、ゆすぎにあたっては湯か水を入れ替えねばならない。一度や二度では終わらぬから、昔の銭湯で「洗髪代」を上乗せしていたのも納得だ。

(おまけのおまけ)
 『少女倶楽部』がこんな表紙になろうとは、誰一人思ってもいなかった、昭和6年5月号附録「礼法作法少女大写真帖」(この頃の附録って、『大』を付けるのが好きだよなあ…)に掲載された「少女たしなみものはづけ」。 お題の「○○なモノは…」を受け、こたえを挙げていく言葉あそびである。


『少女倶楽部』第百号記念附録「礼法作法少女大写真帖」より

 笑われるものは
 スカートの裾口をもれる垢じみた下着
 (「シミチョロ」自体を笑っているわけではないようだ)

 皺だらけの洋服に、形のくずれたネクタイ
 (付け加えるところはないが、笑うほどでもあるまい)

 汚れたハンカチに、破れ靴下
 (『靴下に穴がポカリ』と云う歌がありましたなあ…)

 場所をかまわぬ厚かましいおしゃれ
 (制服姿で化粧とは、不良だなぁ)

 嫌われるものは
 長く伸ばした爪の間に真黒にたまった垢
 (この画でこう云う言葉があると面食らう)

 汗みどろの顔にバサバサ乱れ下がる髪
 (運動後はそう云うモンだろうと思うが、少女はウンコもしないと思ってるんぢゃああるまいか…)

 など、お説ごもっともとなものと、ビミョーなものが紹介されている中に、

実に身も蓋もない書き方だ

 手入れがわるく悪臭を放つ髪、気持ちのわるい体臭

 がある。
 この記事が、『少女倶楽部』を買ってもらえぬビンボーな同級生への陰口のネタに遣われたんだろうなあ…と想像してしまうと、それを紹介するのは、いじめのネタ本を出すようで、気がひけるのだが、戦前風俗史料と割りきっていただき(現象の存在、その指摘と、いわれなき差別は区分けされねばならぬ)、風呂代をケチってこんなモノを買い込む所に免じて、お湯にでも流していただきたい。