こんな使い方もあった

電気掃除機パンフで74万おまけ


 孤独死した人の部屋の写真を見ると、「本のあるウチの方が文化的」、「死んでない俺の勝ち」など、独り不毛に強がってしまう。
 ネタには使えぬ読み捨てた本が、台所(料理はやらないが)にも積み上がり、用足し・喫煙・外出・帰宅のたびに、華麗なステップを踏むようになって久しい。

 どれだけ部屋の掃除をしていないのか?
 20年近く前、わが総督府(木造モルタル仕上の風呂無しアパート)に越して数年は、毎週畳を「クイックル」していたものだ。毎回シートを使い捨てにするのが不経済に思えてきたのと、シートを当てる台がおんぼろになったのを潮に、スーパー買った小さい箒で、古ハガキを曲げちり取り替わりにチョコチョコやるようになった。古ハガキもゴミ同然になったので、渋紙を貼り合わせた高雅なチリ取りを探して買ってきたりもしたのだが、その頃には本と布団で畳が見えなくなってしまい、また、幸か不幸かプラモデル作りをしなくなったので、掃除をやらなくても生活には(あまり)支障がないことがわかってしまったのである。
 
 メガネをはずせば細かいモノは見えない(だから布団の上の塵芥も気にならない)のだ! どうしても我慢がならぬ時だけ、ガムテープで始末している。
 これでは行き先が「ゴミ屋敷」ではないか、と思わぬでもないが、6畳一間で「屋敷」は無い(『汚部屋』? 何の事ですか?)。

 掃除機を持つ必要は感じておらぬ(クーラーはやっぱり欲しい)が、戦前の電気掃除機のパンフレットがあったので買う。


小型電気掃除器パンフ

 表紙に英語で「ハンド−バキュームクリーナー(真空掃除機)」と特筆大書されている。
 『木佐木日記』(中央公論新社版)に、アメリカ帰りの日本人が「西洋人に用のない日本の理髪店に英語でバーバーショップという看板を出したり、日本人しか行かない西洋料理屋にレストランと書いてあるのは馬鹿げている」と語る話があったのを思い出す。


 裏表紙には、和文で販売会社(大阪の『長谷川商店』)の名前・住所などが記載されている。こちらにも英語が書かれている、


パンフ裏面

 紙三枚を二つ折りの中綴じにしたもので、写真で掃除機の使用場面を紹介しつつ、そのメリットを訴えるつくりとなっている。


 パンフの真ん中は見開きとなっていて、商品の写真と、特長が列記されている。


中央見開きによる商品説明

 小型電気掃除器
 本器の特色
 ・塵埃を飛散せずして悉く嚢中に吸取すること。
 ・電気掃除機中 最小小型にて使用携帯簡便なること(電力消費量一時間僅かに三十ワット)。
 ・構造堅牢体裁優美なること。

 本品の用途
 椅子・敷物・障子桟溝洋服の埃掃除等 文化生活に於ける家庭的必需品・其他病室・玉突台・陳列窓の掃除等に用い頗る理想的なり。
 タイプライター其他狭隘なる箇所の掃除には交換ノッズルを使用す。
 汽車電車の座席自働(ママ)車内の掃除用に最も適す。

 大型「バキュームクリーナー」モ貴需ニ応ズ

 「特色」で語られる一つ目は、現代なら書くまでもない話だ。しかし、読者に「掃除機」とは何かを知ってもらわないと話にならない。
 「体裁優美」は、昔の広告には付きものの言葉だ。当時の人が、記載の商品写真を見て、どう感じたかは分からない。

 ゴム印で、小型「定価金参拾五(35)円」、大型「定価金百弐拾五(125)円」の価格表記がされている。
 冊子の配布時期が、大正の震災前なのか、それとも昭和の対米戦争直前まで行ってしまうかで、購買層が、元大名クラスの華族や、地方のお大尽クラス限定から、都市近郊在住・モダン指向な会社重役、高級官吏まで変わって来てしまう。しかし「家庭的必需品」といいつつも、「汽車電車」の座席掃除への適性を説くのであるから、まずは鉄道会社をはじめとする企業(とその社長・重役)への販売活動が展開されたのではないかと思う。
 ちなみに日本最初の電気掃除機は、東芝が昭和6(1931)年に発売していて、値段は百円と云う。それから考えると、これはそれ以前の輸入品なのだろう。



使用例1、2

 (左)絨毯・毛氈・段通等のお掃除には是非御入用で小型な丈けに取扱いが手軽ですから御家庭の重宝具で有ります。
 (右)此ヴァキュームクリーナーを御使用になる事は気のきいたもので御接客の場合非常にお客様を満足させます。

 主筆は昭和40年代生まれであるから、家の絨毯には電気掃除機をかけていて、「是非御入用」と云う語句を見て、初めて、掃除機が家庭に入る前、絨毯はどう掃除していたのだろう? の疑問を抱く。

 手許の『家庭百科重宝辞典』(『婦女界』附録昭和7年)を紐解く。

 絨毯の扱い方
 畳のように掃いたり拭いたりが出来ないから、箱にブラシ又は櫛のついた絨毯掃除器を使うと便利であるが、無い場合は丁寧に掃き、時々床から剥して棒でたたき、吸い込まれた埃を除かねばならぬ。

 「箱にブラシ又は櫛のついた絨毯掃除器」! そう云えば我が実家にも「箱」よりは体裁優美なカマボコ型で、底面のプラシとローラーでゴミを取るモノがあった。底のフタを開けるとふわふわしたおぞましいモノが見えた記憶がある。

 「絨毯掃除器」が無い頃はどうだったのか? 大正2年刊行、『模範家庭 西洋家事読本』(鳩山春子訳、大日本図書)には、

 絨毯を敷きたる室の掃除
 先ず窓掛を払いて之を束ね、窓を開き動かさし得べき家具を皆取出し、其他の物は塵よけの布にて覆い、絨毯の上には湿気ある茶の葉を撒布し、之を暖炉若しくは戸口に向けて掃き、塵芥および茶の葉は集めて焼くべし

 と書いてある。この本は、「英国の女学校に家事科の教科書として弘く用いらるる A Domestic Economy Reader を訳したるもの」で、「妻を失いたる一労働者の家庭一年間の歴史に託して」、住居・掃除・洗濯・食事等の家事知識を読み物にしている。掃除機の出る前は、絨毯も箒で掃いていたわけだ。茶殻に埃を吸着させて一緒に掃き出すやり方を、日英同じくやっているのが面白い(中国はどうなのだろうか?)。
 そう云えば、だいぶん前に「兵器生活」で、訳者、鳩山春子の娘、薫のブルジョアな家計のやりくりを語る記事を書いていたなあ…。

 余談さておき、帽子に掃除機をかけて「気のきいたもの」と書いているが、何を吸い取ったかわからぬノズルを、大事な被り物に当てるより、専用のブラシで丁寧に擦ってもらった方が、現代では顧客満足に繋がるはずだ。



使用例3、4

 (左)玉突台のお掃除には理想的であります 隅々は替ノッズルを取付け微細な埃をも気持ちよく取る事が出来ます。
 (右)洋服・外套の類は申すに及ばず毛皮等も完全に清掃されます ブラシュ掛けに埃が立ちませんから衛生的で有ります。

 「玉突台」と云うのが時代がかっているが、ビリヤード台のこと。これもハイカラ文物の一つである。
 右側の写真では、電灯から掃除機に電気を持って来ている。傘の中からコードが延びているのに注意。部屋に電灯線ひとつの家は多かったと云うことか。夜中に掃除機を動かし、家人・隣近所から怒られるようになるのは、やはり戦後になってからなのだろう。



使用例5、6

 (左)お客様の前でブラシュ掛を仕ても埃を立てる様な不作法を生じませぬから旅館ホテル事務室等に必要です。
 (右)洗髪は直ぐ乾きます.又手軽な乾燥器として応用出来ます.荒毛のブラシュを取付るとフケ取りにもなります。

 今日、客の横で掃除機を掛ける行為は「早く帰れ」と云うに等しい不作法だろう。
 右図では、洗い髪の水分を掃除機(の塵芥袋をはずしたところ)で乾かしている! こんな使い方もあったとは…。フケも吸い取ると云うが、これはかつての洗髪頻度が今とは比べるのも馬鹿馬鹿しい程低かった事に留意する必要がある。昭和7年のシャンプー広告に「せめて月二回は!」とあるくらいなのだ。水分吸わせてモーターを壊したり、感電する事故の一つ二つはあったのではなかろうか。
 すまし顔で、冊子の掃除機使用光景のモデルを務めるタテ縞の着物姿のお姉さんが、右図では、ドライヤーもどきを当ててもらってニッコリしている。スゴイ髪の量ですネ。



使用例7、8

 (左)窓枠・桟溝・陳列棚等のお掃除用に至極適当で有ります。又いか様に狭隘な所でも充分お掃除が出来ます。
 (右)病室のお掃除に病人は安静を保つ事が出来るばかりでは無く呼吸器の為には誠に安全であります。

 病人のすぐそばで動かして、モーター音の大きさ(今の掃除機より静かだとは思えない)、排気は気にならなかったのだろうか?

 使用例を一通り見ると、和室で掃除機を使う発想が無いことに気づく。販売者は、西欧伝来の道具は、洋室・洋間でしか使えないもの、と決めてかかっていたようだ。

 もっとも、昭和16年刊、『教科適用家事住居論』(家事教授研究会 編、文光社)では、

 (3)吸い取掃除
 電気掃除機は電動機の回転により起った空気の流れが塵埃を布袋の中に吸い込み空気のみは袋の目を通じて外に出で去るようにした物である。塵埃が飛散せず、絨毯・畳等の小さい凹み、繊維間等に潜んでいる塵埃を吸い取る。衛生的で文化的で軽便な点では他に之に比較するものはない。

 和洋を問わず使えるものとして紹介している。ところが、同じ版元・同じ編者が昭和4年に刊行した『家事教材研究案  住居篇』では、「掃き掃除」の項に、「洋風の家屋では、真空掃除器(バキウムクリーナー)を使用する」と記述しているのだ。ただし「絨毯・畳等の小さい凹み、繊維の間等に落ち込ん居る塵埃を吸い出す等の長所がある」の文言があるように、掃除機は日本間で使用するものではない、とまでは考えていない。
 これには「価が高い(約70円−50円)ので一般家庭には普及して居ない」とあるから、今回のパンフレットは大正後半から昭和初め頃のものと推定出来そうだ。

 今日あって当然の器具道具も、出始めの時分は想像もつかぬ使い道が提唱されていたのである。
(おまけのおまけ)
 元ネタの紹介自体はさほどの手間ではなかったが、掃除機登場以前の絨毯掃除は、どうやっていたのだろう? と思わなくても良い事を思ってしまい、例のドツボに嵌る。本屋でヴィクトリア朝期の英国人の生活を紹介した本が出ていたのを見ていたので、参考に出来るだろうと立ち読みしてみたが、そのあたりの話が見つけられず、締切もあるので、国会図書館のデジタル資料から、家事家政教科書・参考書をいくつか掘り出し、本記事に使っている。

 昔の食事、着るモノ、すまいについては、近年面白い読み物が出回っている。掃除についても遠からず出るだろう(主筆の知らぬところで出ているかもしれない)。そう云う本は見つければスグ買うようにしているのだが、なぜか読み返す必要がある時に限って見つからない。
 掃除以前に整理整頓が切実な課題なので、掃除をしなくても困らないようだ。馬鹿である。