戦車かくして壊れぬ

今後の商品開発の参考とさせていただきます−現場における日本軍戦車の評価


 パソコンにしても写真機にしても、道具と云うものは、使っているうちに色々と不満な点が出てくるものである。
 「人殺しの道具」と、とかく非難の絶えない兵器も道具である以上、使用者にとって不満な点がなにかしら出てくる事は避けられない。

 我々兵器ファンが、兵器に対する批評をする場合、そのネタは様々であるが、「用兵側には不評であった」だの「兵士にとっては好評だった」と云うような記述の元に触れる機会は少ないと思う。


 今回紹介する「支那事変兵器蒐録」は日中戦争時において、現場から報告された兵器使用時における所感、今後の兵器開発にあたっての意見等を集めたものである。現物は防衛研究所戦史部図書室に収蔵されており、閲覧が可能である。私的な興味は日本戦車に対する現場の所感にあるので、この部分のコピーを行い、ここにその一部を再録するものである。例によって漢字、仮名遣いを一部あらためた。



 戦車の設計に就て(戦車学校研究部 支那事変戦車情報 昭12.10.26)

 1.装甲厚からざれば安んじて戦闘し得ず。

 2.展望装置は直接式は安んじて戦闘し得ず。

 3.揮発油燃料のものは不可、補給及火災の関係。

 4.八九式の軌道及懸吊装置は実用価値零なり。速に試製一号型に改造の要あり。八九式は他の部分は概ね満足し得るも之にて泣かされたり。

 5.軽装甲は大いに有利なり。但武装の単装備は戦車隊用としては不十分なり。

 6.指揮官用戦車は不用なり。少しでも異なる型は危険なり。又補充も困難なり。
(昭12.9.30加瀬大尉通信)



 新型戦車の地上高に就て(機械課謄写 戦車に関する情報 昭12.11.15)

 戦車地上高は40糎にて十分なり。

 1.地上高きは希望する所なるも、之が為戦車の全高を高らしむるは大害あり、発條のみを以て地上高を増加するとせば当然全高も高くなるべし。
 戦車の全高は極力低からしむる要あり。今次戦闘に於て対戦車火器及び砲兵僅少なる敵に対しては大なる問題なるも、将来戦を考うるときは徒らに地上高を云々して全高に言及せざるは絶対に不可なり。

 2.地上高の高きは転動部に側圧を生じ機能上大害あり。八九式戦車の新旧型に於て転動部の衰損の新型の特に大なるは他に理由あるべきも、側圧に起因するもの頗る多し。

 3.地上高の5糎や10糎の差は泥著に大差なし。
 特に今次作戦地は30年来の大雨にて泥濘殊に甚大なりしも、35糎のものと50糎のものと泥著に多少の差なきにあらざるも問題とならず。


 現用戦車に就て(戦車学校研究部 支那事変情報 昭12.11.17)

 1.戦車は現制前面の角度尚小なり経始上注意を要す。

 2.戦車の装甲は前面は二重とするを可とす、砲塔照準孔に命中せしものは僅か二重的孔眼の為内部に貫通しあらず。

 3.速度大なるものを賞用し装甲は薄くて可なるが如き九五式のものも必要性は認むるも、陣地攻撃の為には装甲大なるものに非らざれば恐らく陣前百米以内に達する迄に全部破壊せらる(本戦闘に於て敵対戦車砲僅に一門なるが如く、而も射界は掩蓋なる為小範囲のものたり)。(昭12.10.22戸川中尉通信)

 4.戦車の故障は殆ど全部起動機と転輪にて他に若干の機関部軸筒溶解を為したること第一期会戦と全く同一なり。之により戦車の設計上の意見左の如く感じたり。

   1.戦車の重量に比し転動部起動部弱し。
   2.武装装甲に関しては申し分なし。
   3.形態稍、大に過ぐ。(特に高さ及び幅)

(昭12.10.30加瀬大尉通信)

 「支那事変兵器蒐録」第一篇より。まだまだ続くが、第一回なのでまずはこのくらいにしておく。

 中華民国との実質的な全面戦争が始まり、南京陥落頃までに収集された意見である。したがって日本軍戦車の主力は八九式中戦車と九四式軽装甲車とみてよい。今回とりあげたものは八九式に対するものが殆どである。

 まず第一に「装甲厚からざれば安んじて戦闘し得ず。」と云う意見が掲載されている事に注意したい。「陣地攻撃の為には装甲大なるものに非らざれば恐らく陣前百米以内に達する迄に全部破壊せらる」と云う意見もあり、既に主力戦車の装甲に対する不安と不満が第一線に存在していた事を実証しているようだ。もっとも同じ加瀬大尉が「武装装甲に関しては申し分なし。」とも云っているので(笑)速断は出来ない。中国軍火器による戦車の被害については、次回以降紹介していく。

 八九式中戦車の懸吊装置に対する不満が出ている。35センチ、50センチ云々は八九式甲、乙で懸吊装置に改良がなされて地上高が変わった事を指している。四輪駆動車の車高が通常の乗用車より高いのと同じ理屈らしい。
  おそらくは転輪とスカートの間に泥が詰まり、行動に悪影響が出たものと思われる。(素人目には試製一号型も八九式も懸吊装置に大きな差が無いように見えるのだが…)