日米開戦と航空雑誌読者
前回の「先覚者かへそ曲がりか」の続きである。風雲急を告げる日米情勢は、ついに12月8日の真珠湾奇襲、マレー半島攻略と云う新局面を迎えた。
一般国民はおろか、文学者までも戦勝に沸き立ったと云う当時、航空雑誌ではどのような読者の声が寄せられていたのか?そして「暗闇の中の批評家」氏への反論とは?
「空」昭和17年1月号の「読者の隣組」での投稿は、以下の3つに分類される。
1.日本空軍世界いちィ〜!と日本航空界をたたえるもの
2.「暗闇の中の批評家」氏をたたきまくり時局を説くもの
3.冷静に通常の投稿(新技術、模型等)を送るもの
1、2、3は一部重複する部分もあるが、今回は2を中心に紹介する。
考える事ども
(前略)中でも我日本航空界に対する御意見は賛成だ。暗闇の中の批評家氏の言われた様に決してそんな弱いものではない筈だ。第一君は本当に知って居て、そんなことを言うのですか?
今日の日本の航空工業又は航空界の実状を知って居る者はそう多くない筈だ。勿論僕も知らぬ。しかし或る口外不能の二三の件や又ノモンハン、支那事変等の戦績より推すと、日本の航空界は最近になって非常に大きくなって、最早伊ソ英等の先進諸国に決して負けない、否、凌いでいる点で米独等とも比肩出来る様な点もある、という事を断言せざるを得ないのである。この際日本空軍を知らないで非難する様な者が存することは、我等の恥辱と言わねばならぬ。日本空軍を、否、日本航空界を軽視する者よ、君等は知らぬが故か、それとも過去のみを知り、現在及び未来の状態を考慮に入れぬものだ。
無論我々は表面に表れた事実のみしか知り得ないが、表面についてだって知るものは、やはり伊英ソ等の外国空軍に対して、決して劣る点はないことを考えないだろうか?
日本空軍は礼賛されこそすれ、決してアキューズされる様なもので無いことは、航空に対する有識者の見る限りに於いて明らかである。故に吾人は決して強がちなる憂国的な熱情で非難することなく、愛国的な冷静さで之を直視し、良い方面は礼賛することを怠らず、少し遺憾なる点でも、他日自分の手で更に良く更に高く飛翔させる様沈黙の中で決心することが、我等日本航空研究者の皇軍空軍に対する道であると思うが如何。
日米関係愈々悪化の度を加え、この本が我々の手に渡る頃にはもう破裂して居るかも知れぬと考える時、私は南洋のエメラルドの水の上で、青い空一杯に我が海軍戦闘機○式○○式の編隊がバッファロやエアコブラライトニング等の好餌との、壮絶な戦を想像せずにはいられないのである。
南進日本の腕は空軍だ。若し日米戦争が起こらば、日本は南を無論制圧して米国の戦力を奪うだろう。南洋群島は天然の航空母艦だ。是に至って私は日本空軍の偉力を信ぜざるを得ないのである。
(南十字星)
勝利は飛行機に!
日米開戦!(大本営海軍部発表8日午後8時45分)本8日早朝帝国海軍航空部隊により決行されたハワイ空襲に於いて現在までに判明せる戦果次の如し。
戦艦2隻轟沈、戦艦4隻大破、大型巡洋艦約4隻大破、以上確実…略
本8日グアム空襲に於いて軍艦ペンギンを撃沈せり、外電によれば撃沈された戦艦はオクラホマ(29,0000頓*本文ママ)、及びウエストヴァージニア(31,8000頓*本文ママ)であると。
又、10日午後、又々海鷲は英極東艦隊旗艦プリンスオヴウェールズ、及びレナウン号を撃沈せりと!
ああ何と云う大戦果!大勝利!
誰がこの飛行機の威力を知って居るものがあったか?エアポケット氏よ、撃墜王氏よ、内山外川氏よT.氏よ、君達は今この報道を何と聞いたか!空軍は完全に軍艦を撃沈する事が出来たではないか!而もハワイ空襲に於いては、群がる敵戦闘機を相手にしながら行われた戦であったのだ、今君達がいかに負け惜しみを云おうとも我海鷲の戦果は否定出来まい。
いさぎ良く前言を取り消したらどうか。
日米開戦!それはカタログデータの米国空軍と、世界一の日本空軍との戦いである。ベル・ロッキード・ボーイング・カーチス・レパブリック恐るるに足らず、戦争開始以来3日、その間撃墜撃破したる敵機は既に300、我空軍の損害51、これではノモンハンのソ連機と同じだ、カタログデータの米国機のアラが忽ちにして表れて来た、日本空軍万歳。
最後に私の名魔法使の弟子は航空に縁がないので今月より改名する事にした。
(火の鳥)
「日本空軍」が完膚無きまでに粉砕された歴史を知っている者が彼らを批判するのはたやすい。本稿を執筆せんとした理由も実はここにある。しかし、航空ファン、兵器愛好家の先達たる彼らの揚げ足取りをすることは、「兵器生活」主筆としてなすべき事ではない。「火の鳥」氏の発言の背景についてのみ補足する。
氏の発言は、「空」誌上において行われた「軍艦対飛行機」すなわち「航空機を以て艦隊を撃滅しうるか?」と云う論争がベースになっている。
続いては「暗闇の中の批評家」氏に対する意見である。
新鋭機と時局
「空」誌の読者の隣組には、さまざまな程度の諸子が論を出しているが、中には感心にたえないのがあるが、甚だ不愉快なものもある。かかる所に、新鋭機の詳細を述ぶる事は軍機にふれて所謂スパイ行為となることになるが、こんな事よりは、堂々とまことしやかに日本の航空技術を過小評価して、知らない人にまでかかる論を信ぜしむることはスパイ行為以上だ。こんな事では英米等の敵性国家群と経済戦武力戦をまじえる国民の決意がくだけてしまうであろう。
アメリカが何故に誇大妄想的な発表をなしているのか、それはアメリカの国情で、ヤンキー気質のあらわれだとすましてしまうわけには行かぬ。日本の無知な人民に、アメリカ空軍力の偉大さを信ぜしめて、秘密政策の日本空軍力を信ぜしめなくして、戦わずして日本を屈服せしめようとの意図に外ならない。でなければ、どうしてあんなB−19の如き試作機をでかでかと宣伝しよう?この結果はおそるべきものがある。
諸子は何の為に飛行機を研究しているのか、日本空軍頼むに足らずとなしている日本人はどれだけいるのか。こんな事で重大なる国難に対する国民といえようか、中良なる臣民ではない、「暗闇の中の批評家」は日本人か、山の中で飛行機なんか見たことのないやつか、スパイか?日本独自の航空技術は、そんな者にわかってたまるものか、どんどん飛んでいる新鋭機を見よ、固定脚の戦闘機と5年前制式となった爆撃機ばかり見ているのだろう。
しばらく以前ケンキ氏が失言をはいて、たのもしい青年諸君にひどく攻撃されたことがあった。彼も憂国の士のつもりである。横須賀の航空廠を知っているか、何をしているかを我々は毎日新鋭機を見ている者だが、諸子の見たことも聞いたこともないやつを相当見ている。これを見たら誰でも日本は世界の水準に達している。否それ以上であると言わざるを得ないであろう。
大型の飛行艇(川西なんかではない)もずっと水準をぬき、双発の艦爆もハインケル111などよりはよい。新鋭艦攻などもずっと以前からとんでいたのだ。新鋭戦闘機はことにすごい。これほどの速度と航続距離を持った戦闘機がどこの国に存在するや。我々は見せものにつられて興奮しているのではない。事実が立派に証明する。その戦闘機を見は見たがこれを見ても本年のはじめ頃、敵27機を全機おとし得た絶大なる威力をしみじみとあじわうことが出来る。トマホークなどいくら重慶へ持ち込んでも問題にならぬ。もっと知っているなら知っているらしく知らぬなら知らぬらしくしろ。先日アメリカの記事で、日本は1000馬力級の発動機を取り扱っていないなどといっていたが、どこをおせばこんな音が出るのか、こんな事を信じきってしまうのがケンキ氏や「山奥の中の批評家」といった連中だ。もっと目をひらけ。
私はこんな暴言をはくのは、外国の飛行機を好まないからではない、ドイツや英国やアメリカ等の技術も大いに敬服する。外国の技術を知らないからではない。我々の地方の人々は、日本の空軍力を信頼している。それもよい飛行機を見ているからだ。京都の「十菱十蘭」氏は2000馬力が何だか言っていたが、今さらおそいであろう。サロンに新鋭機を書くなと言われた人があるが、それより、非国策的な日本空軍悲観論など決して出さないようにしてもらいたい。今は平和な時代ではない!日本は戦争をしている。生きるか死ぬかの時局に対しているのだ。こんな世論を見てがっかりするのは、決して私のみではない。汗みどろになって、死にものぐるい血のにじむ様な努力をしておられる先輩に対して顔むけが出来ない。まったくすまない気持ちがする。一言腰ぬけどもを攻撃して、日本空軍発達を心から祈ってやみません。
サロンにもっと時局を反映して下さい。
(怪力)
感じた事及び夢など
12月号隣組中此の時局に似つかぬ不穏な一節を発見した。即ち「暗闇中の批評家」なる人物の投書である。斯かる仕業は全く売国奴と見ても差支えあるまい。時あたかも我空軍の実力が如何に示されつつある時に際して、この様な不届者が誌上に現れる等とは考えもしなかったのは豈小生一人のみではなかろう。今後共編輯子に於かれても此の種の投書には充分の検閲を願う次第である。小生は諸賢に叫びたい。「日本空軍を絶対に信頼せよ。日本空軍だけは他国のそれよりも別のものである」と。(以下略)
(白雲観居人)
世界に誇る我が空軍
対米英宣戦布告!ハワイ空襲。戦艦ウエスト・ヴァージニア、オクラホマ2隻轟沈!英戦艦レパルス轟沈、プリンス・オブ・ウェールズ撃沈!見よ我が海鷲の大戦果を。もはや誰もが我が空軍に対する疑惑は去った事と思う。相手さえおれば、この通り立派に戦うのである。蓋し今迄は余りにも戦うべき敵が無かったからである。技術に於いて、精神に於いて勝る乗員に、このすぐれた飛行機有ってこそ、なし得たものである。吾々も非常に仕事にやりがいが有り、張り切って働けるようになった。ベル、ロッキード、カーチスなにものぞるスピットファイヤー、ハリケーン、恐るるに足らず。決してこれらに一歩もひけを取らぬ飛行機をどしどし作り出さなくてはならない。我々航空に関心を有する者は、すべからく各自の分境遇に応じて航空報国に邁進すべきである。
自称暗中の批評家と言う知ったかぶった君へ一言。この海鷲の赫々たる大戦果を如何に目の前に突きつけられては一言もないだろう。事実が言うより早く立派に証明してしまった。君は航空日の意義を知らない。君には隣組へ投書する価値が無い。三流の航空会社の機械工ならいざしらず、もう少し航空に知識の有る者なら君の如き暴言を吐く者はないだろう。アメリカが秘密政策でも、と言っているが現に半年程前からはアメリカから殆ど技術的の情報は入っていない。それであわて出す様な現状だったら英米相手に戦争が出来ると君は思うか。我が航空工業の最高水準に接して始めて暗中の批評家と称して批評すべきであろう。
この様な文が時々出るのは遺憾である。僕の言う事は決して誇張ではない。僕は以後事実に照り合わせて、自分の言える範囲内で、かくの如き文に反駁するつもりである。黙過するにしのび難いからである。プリンス・オブ・ウェールズ撃沈の報に感激しつつある日。
(霧ヶ嶺生)
希望
(前略)さて、暗闇の中の暴論家に一言する。我が航空工業が日本独自でないと、何の点に於いて貴君は言われるか。明瞭きり具体的に言ってくれ。
「現在の世界に誇る陸攻、艦戦川西大艇、其の他の優秀機を、生み出す為に、文字通り日に月に進む飛行機を、我が国の要求に最も適合するように大成努力し、一方、外国の状況を絶えず知るに勉め、長をとり短を捨て、独得の優秀機を生み出すまでには、関係者一同、実に心骨を消摩するものがあり、その裏には血の滲むような製作者の苦心の跡がとどめられている」(富永海軍少佐)
此の文の示す通り、実戦の経験のない米が秘密政策始めたとて何があわてるか。航空日では興奮したとて、貴君の如く欧米崇拝にのぼせ上がっては居ないぞ。
(陸戦)
新春所感
明けましておめでとう。昭和17年こそ、あらゆる方面に於いて、一大飛躍の年であると期待している。さて新年早々から、又初見参からこんな攻撃文を書くのは厭だが、之だけは書かずにいられない。
「暗闇の批評家」氏よ、貴下は12月号に本気であんな文を書いたのですか、そうだとするなら、それは貴下の不認識と無智とを告白する以外の何物でもない。小生は、或る理由から我国の航空界の実状を比較的詳しく知って居り、又最近軍関係の第一線機を見学する機会を得た。其の感想は、只「頼もしい」の一語に尽きる。貴下の暴論を論破する具体的の論拠は、軍機の為挙げ得ないのは残念だが、貴下の崇拝している米国機に比して、優るとも劣っていないとは断言して憚らない。
第一今発表されている機種は、殆ど4、5年前の旧式機である。我国の航空工業技術は此の4、5年にぐーんとのして来た。米国が秘密政策を執ろうが執るまいが何等の影響は無い。
第一米国だって、秘密を公開せるような事は以前からしていない。
来るべき大戦に於いて、我空軍の実力は遺憾無く発揮されるであろう。我等は、我が空軍を絶対に信頼し、余計な知ったか振りはしない方が良い。(略)
(成層圏の散歩者)
希望
(前略)「暗の中の批評家」氏の言反省を促します。
(オバケ)
暗闇の中の批評家
我が「空」誌12月号の隣組を見て、第1番に目についたのは、氏の「アートの第一面は重戦だろう」なる一句である。私は全文を読む中に、氏が日本人なのかそれとも外国(主に米国系)のスパイなのかと疑った程である。
或るいは、日本工業は米依存だったかもしれない。確かに5年前までは然りと言い得たかもしれない。今日、しかも臨戦体制だと言われる今、よくも平気な面で此の様な事が書けたものだと、あきれ且つなげく次第である。
一体日本の第一線機が高の知れた者だと言える理由が何処にあるだろうか。第1貴兄は、日本の第一線機が何と言う名前の何時、何処で製作せられ、どんな機体か知っているのか。まさか新戦や95戦の事を言ってるんでもあるまい。最近「空」誌にも出た海軍の○戦を見て、今さら米国の何とかのまねだなんて言ったって気にするやつもあるまい。又、海軍新鋭機を見て、カーチスのまねだと言う馬鹿も居るまい。
あのすばらしい新鋭の群を見て、胸おどらせる我々の心もわからない者は日本人ではあるまい。憤激の余り、言、此処に及ぶ、これ誰の過ちぞや。
私は長い間「空」誌のお世話になっているのだが、始めて、興奮の余り、此処に初投書をするわけですが、悪言お許し下さい。
但し「暗闇の批評家」氏には、猛然反省をうながす次第です。
(仙台、凡空居士)
「暗闇の中の批評家」氏に対する反論の凄さはWeb掲示板でのそれに匹敵するものがある(笑)。「非国民!」と云う言葉が無いだけ良し(笑)とするべきか。
「暗闇の中の批評家」氏に対する反論中、最も多いのが昔はいざしらず、今日の日本航空界は素晴らしい!と云うものがある。日本の軍機の壁の厚さは以前より「兵器生活」誌上で紹介しているが、航空雑誌読者にしてこの有様であれば、一般国民のレベルも推して知るべしである。投稿の中に、「我々の地方の人々は、日本の空軍力を信頼している。それもよい飛行機を見ているからだ。」とあるが、逆の云い方をすれば「山の中で飛行機なんか見たことのないやつ」も相当存在した、と云うことなのだろう。
して、「暗闇の中の批評家」氏とは何者であったのか?日本の航空工業のうち、機体設計分野に関しては、確かに世界レベルであったことは事実である。しかし、機体を支える発動機、電装部品、火器等の基本設計は周知の通り、諸外国のライセンスとそこからの発展型であり、工業国として米英独等と同等のレベルにあるとは云えなかったのは、現場の技術者自身が一番知っていた筈である。しかし、それを正面きって云う事が出来る状況下でなかったことも事実であろう。わずかな文章だけで、ああまで叩かれてしまうのである。
そこで、「暗闇の中の批評家」氏の正体を推理してみよう。考えられる可能性は二つ。
1.日米開戦を避けたい、真の憂国の士
2.日本の航空ファンの意識を知りたい国際諜報団(笑)
「ミリタリーエアクラフト」1998年11月号に「日本軍用機コード・ネーム」と云う記事が掲載されている。太平洋戦争開戦直後の連合国側は、かなりいいかげんな日本機情報しか持っていなかった事を取り上げたものである。そのネタ帖として「空」が利用されていたのは確かな話で、少なくとも米側では「空」を日本航空界の資料として見ていた可能性は否定できない。米国大使館員であれば、あの程度の日本語を書く事は容易であろう。
私としては、「憂国の士」説を推したいが、「外国人」説も捨てがたいのである。