明日の「ソ」より今日の米英

「対戦車戦闘ノ参考」に現れたる列国戦車について


 前回、「戦時中の列国戦車情報」と云うネタを掲載したのであるが、今回はその続編にあたる。前回はあくまでも一般国民向け戦車知識に過ぎなかった事は云うまでもない。当然、前線に於いては前線向けの情報が存在する。その一つが「極秘 対戦車戦闘ノ参考」(教育総監部 昭和19年7月)である。

 通常の軍事系サイトであれば、この教本の内容紹介に走るのであるが、「兵器生活」主筆が、そのような奇特な事をするわけが無い! 本文の「対戦車戦闘法」は無視して、附録に掲載された、列国戦車の紹介をしてしまうのである。

全文漢字カタカナ文であるが、読者諸賢の便宜に鑑み、例によって平仮名化、句読点の追加を行っている。

附録
其の一 米、英軍戦車の用法、種類及性能
戦車用法及戦法の特質

第一
 大東亜戦場に於ける米、英軍戦車は目下の所歩兵直協に徹底しあり。
米、英軍共に装甲師団を編制しありと雖も、現実に於ける戦車用法は概ね歩兵直協にして、師団は之を分割して一般兵団に配属又は協力す。就中大東亜戦場に関する限り地形の特質に鑑み、歩兵直協用法に徹底しあるものと謂うべし。
但し集結使用は戦車用法の根本原則なるを以て兵力、地形之を許せば逐次集結用法に転移することあるべきを以て、之が対応の準備に関しても欠ける所なきを要す。

註 
1.緬甸方面に於ける戦訓
 現時緬甸方面に現出しある英軍戦車部隊は、何れも一般師団と密に協力し20−30台づつを使用しあるものの如く、集結用法を見ず。又北緬甸方面に於ても一般師団と密接に協同前進しあり。

2.「フィンシハーフェン」付近に於ける戦訓
 敵戦車は3−7台を一群として前進す。
 戦車は当初の時期歩兵の前方100米内外を挺進し来たりしが、我が肉攻に依り後退し、爾後行動慎重となり、歩兵の前方20米内外を前進し、我が陣地150米附近に於て停止し射撃す。


第二
 現在の歩兵直協戦車を益々強装甲とし、爆薬、火焔、肉攻等に対する防護力を強化し、又歩兵、迫撃砲との密接なる協同に依り、攻撃を急がず、我が弱点、間隙に侵入し、或は装甲円陣を作り、我が戦闘資材の補給遮断を企図す。而して携帯障碍物(地雷、鉄条網)は停止と共に直ちに設置することあるべし。


第三
 戦車の突進を容易ならしむる為、徹底的に火器威力を発揚するに勉む。
 之が為徹底せる爆撃に依り、対手軍の有する火砲、火点を覆滅するに勉め、又我が陣地に近接せず対戦車火器の射程外に停止し、砲、爆撃と共に我に猛射したる後突進す。其の速度亦大ならざるを通常とす。
 特に肉攻を賞用する我に対しては、有ゆる地物にも猛射と探射とを加え、以て我が不意の急襲を避くるに勉めあり。


1.「トロキナ」附近に於ける戦訓
 ○○支隊方面に逆襲せる敵戦車の数は多からざりしも、逆襲に応ずる為急遽進出せる、我が対戦車火器は、接敵間に殆ど大部を敵迫撃砲の為損傷し、且辛うじて前線に進出せるものも弾薬の補給続かず、終に敵戦車砲に制圧、撲滅せられたり。

2.「コヒマ」南西附近に於ける戦訓
 英軍は優勢なる砲兵支援下に、20数台の戦車及歩兵を以て攻撃し来るを例とせり。而して敵戦車は、火焔発射機及爆雷筒を以て、我が陣地掩蓋を逐次に焼却、又は破壊するの挙に出であり。


第四
 我の攻撃を受くれば逐次離脱し、火嚢に誘致し反撃することあるべし。一般軍隊既に実施しあるも、戦車も必ず之を行うべし。「ノモンハン」末期に於ける「ソ」軍戦車亦同様にして、我が肉攻を逐次壊滅せり。


1.「トロキナ」附近に於ける戦訓
 敵は予め戦車の使用に適する地形を選定準備しありて、我が突撃を受くるや、計画的に守兵を陣地より撤退せしめて我を誘致し、戦車を以て逆襲し来たり。我が後続部隊の到着するに先だち、第一線を撃破せり。


第五
 路外行動の賞用しあり。即ち対戦車火器、地雷等の存在する地域を避くる為、路外行動に徹底し、且之に跨乗歩兵を伴い慎重に前進す。


第六
 縦長戦力を大にし量を以て、対手軍を圧倒するの方途に出づべく、特に第一線の壊滅、或は対戦車資材の消耗を知るや、果敢一挙縦深を蹂躙す。


第七
 空輸挺進部隊は軽戦車を用い、我が後方補給点を攻撃することあるべし。


第八
 上陸作戦に於ては水陸両用戦車、水陸両用運搬車(「アリゲーター」)に依り、中戦車等を使用し水際に於ける戦闘を強化しあり。
 以上のように敵国の、実戦における戦車使用法の解説がある。読んだ瞬間、「どうやって闘えってーの?」と思ってしまった。

 「我が陣地に近接せず、対戦車火器の射程外に停止」されていては、こちらからは手が出せず、「有ゆる地物にも猛射と探射とを加え」られれば逃げ回るしかなく、肉攻(歩兵による肉薄攻撃)をかけようとすれば、「歩兵直協に徹底し」ている敵戦車周辺には、歩兵が随伴して警戒している…。しかも「攻撃を受くれば逐次離脱し、火嚢に誘致し反撃する」とくれば、これはもう「詰み」である。

 まず前段で、後生の読者を暗惨たる気分にしてくれたところで、ようやく戦車の解説が登場する。(個別の戦車解説は、原文のカタカナを平仮名にするとともに、表の型式も改めてある)


種類及性能

第九 米軍
 1.種類
区分 名称
重戦車 M1重戦車(「ドレッドノート」)
中戦車 ○M4中戦車(「ゼネラルシャーマン」)
軽戦車 M5軽戦車、M3軽戦車
備考 ○印は整備の主体を為すものを示す
2.性能

重量(瓲) 57 乗員(名) 6〜7
全長(米) 発動機型式 飛行機用
全幅(米) 3.10 発動機出力 1000
全高(米) 3.36 速度(粁/時) 30〜40
地上高(米) 0.50 攀登傾斜
装甲(粍) 平均  70〜80
正面 200〜240
前部 160〜180
超越壕幅(米) 3.30
武装 76.2粍砲(長加農)
或は105粍加農砲  1
37粍砲(長)・・・・・・・・2
超越堤高(米) 1.50
12.7粍機関銃・・・・・2
7.62粍機関銃・・・・・2
高射機関銃・・・・・・・・1
徒渉水深(米) 1.20
行動距離(粁) 200
註:大東亜戦争勃発後本格的に整備を開始したる新鋭重戦車にして尚M6其の他各種の別型も研究中なるが如し鋼製二重無限軌道を使用す

 

重量(瓲) 31 乗員(名)
全長(米) 6.10 発動機型式 「ジーゼル」とも謂う
全幅(米) 2.96 発動機出力
全高(米) 2.80 速度(粁/時) 35〜40
(後退30)
地上高(米) 0.38 攀登傾斜
装甲(粍) 砲塔前面85 砲眼部85+39
   側面65  後面60
車体前面65〜51
   側面44〜39
   後面39〜30
超越壕幅(米) 2.45
武装 75粍砲(40口径)・・・・1
7.62粍機関銃・・・・・2
12.7粍高射機関銃・・・1
超越堤高(米)
徒渉水深(米)
行動距離(粁) 路上297
路外183
註:米軍主力戦車たるものなり
  装甲師団戦車隊の装備主体を為す

 

第十 英軍
 1.種類
区分 名称
最近の主要戦車
巡航戦車 「マーク」6巡航戦車(「クルセーダー」乙型)
歩兵戦車 「マーク」4歩兵戦車(「チャーチル」3型)
(装甲自走砲) 88粍自走砲
従来の主要戦車
軽戦車 「マーク」7軽戦車
巡航戦車 「マーク」5巡航戦車(「コベナンター」)
「マーク」6巡航戦車(「クルセーダー」甲型)
歩兵戦車 「マーク」2歩兵戦車(「マチルダ」2)
「マーク」3歩兵戦車(「バレンタイン」)
「マーク」4歩兵戦車(「チャーチル」1型及2型)
2.性能

重量(瓲) 38 乗員(名)
長さ(米) 7.10 速度(粁/時) 26
幅(米) 3.25 超越壕高(米) 1.13
高さ(米) 2.65 超越壕幅(米) 2.80
装甲(粍) 砲 塔  20〜88
前 面  38〜75
操縦手席 88+14
又は稀に 88+88
側 面   14+50
 又は   14+64
後 面   28〜50
徒渉水深(米) 2.40
武装 57粍砲(43口径)・・・1
機 関 銃・・・・・・・・・3
行動距離(粁) 路上 260
路外  80

 
 

重量(瓲) 18〜20 乗員(名)
全長(米) 6.00 発動機型式
全幅(米) 2.65 出力(馬力)
全高(米) 1.95 速度(粁/時) 60
地上高(米) 攀登傾斜
装甲(粍) 最大  60 超越壕幅(米)
武装 57粍砲(43口径)・・1
機 関 銃・・・・・・・・2
煙発射機・・・・・・・・・1
超越壕高(米)
徒渉水深(米)
行動距離(粁) 路上 176
註:前身は甲型と称し備砲は40粍なり

 

 前回紹介した雑誌記事の元ネタにあたると云えよう。実際に戦闘に参加しているM4戦車の装甲が、かなり詳細に記述されている事がわかる。個人的には実戦投入されていないはずのM1重戦車の性能を、どこから持ってきたのかが気になってならない。

 「クルセーダー乙型」、と云う呼称がいかにも帝国陸軍的である。ドイツの4号戦車やsdkfz251を「甲乙丙…」と分類し始めていたら、現代の戦車ファンは泣きますな。

 一般国民向け記事にはソ連戦車の情報なども紹介されていたわけであるが、現場には目先の敵である、米英主力戦車の紹介だけで充分と考えたのだろう。ソ連の対日参戦を全く予期していなかった事が伺われる。

 と、現在確認出来ている戦車の紹介を終えたところで、いよいよ今後登場が予想される敵戦車の概要が明らかにされるのである…。

 

註 大東亜に現出すべき戦車の基準及限度

 戦車製造技術は急速に進歩しつつあるを以て、更に諸元を強化する新式戦車を製作使用せらるべく、之が推移に関し、深甚の注意を払わざるべからず。而して大東亜に使用せらるべき戦車は輸送、補給、地形等の制限を考慮せば、概ね左記以下のものを限度とすべし。

 1.重量  60瓲
 2.火力  75−100粍級加農砲
 3.装甲  200粍
 4.速度  30−40粁

 即ち、今後の対戦車戦闘に於いては、M4中戦車を主なる対象とし、状況に依りM1重戦車に応ずる如く考慮するを要す。而して近時何れの戦場に於いても米軍戦車の進出多きに着意すること緊要なり。
但し火力、装甲、速度の何れかを極度に発揮し、其の何れかを犠牲とする特殊戦車に於いては、右の標準を脱すべく、特に米軍に在りては、国民性に鑑み、厳に警戒を要し、重戦車は勿論、上陸戦闘等に於ては多量の水陸両用戦車及特殊艇に依り、中、重戦車を用うるの外、擱坐「トーチカ」化超重戦車(特殊艇)等をも使用すること絶無にあらざるべし。又「タ」弾に対する為二重装甲を採用することあるべし。
 「大東亜に使用せらるべき戦車は輸送、補給、地形等の制限を考慮せば、概ね左記以下のものを限度とすべし。」とは、大型戦車を持つことが出来なかった帝国陸軍の怨念がこもっているかのような文である。装甲200ミリの戦車が大挙本土に上陸してくる可能性を考えることは、悪夢以外の何物でもなかったことであろう。
 M26戦車が欧州戦線デビューを控えていたことを思うと、四式、五式が生産されていたとしても、悲惨な戦いは避けられなかった事を軍当局は承知していたわけである。
 タ弾についても、決して無敵の砲弾では無い、と云う認識を持っていたことがわかる。


 「極秘 対戦車戦闘ノ参考」自体は、あくまでも戦闘用のマニュアルである。しかしそこに記された対戦車戦闘の方法の背景に光を当てると<死中に活を求める>と云う言葉すら虚しく思えてきてならないのである。
 同本附録「其ノ三 対戦車肉攻資材(爆薬ヲ含ム)実験値」の中では、集団束薬(鋼板ヲ破壊シ得ル薬量)として、黄色薬では10ミリ鋼板を破壊するためには3キロ、50ミリ鋼板では5キロ、100ミリ鋼板では30キロが必要(実験値)であると記されている。

書いてて悲しくなってきた…