やがて笑顔で思い出す

『鉄と銅 特別回収早わかり』


 戦時中に行われた金属回収は、松本零士の「戦場マンガ」に、「材料もナベやカマをとかしたもんだもんな」と、飛行機の質の低下を嘆く場面があったり、昭和史懐古な本の、渋谷のハチ公像や、お寺の鐘などが「出征」する写真などでで知られている。
 しかし、どんな金属製品が回収されたのかまでは思いが至らず、金属と名のつくものは、軒並み持っていかれたんだろうなあ…程度の認識で今に至っている。

 古書市で『鉄と銅 特別回収早わかり』と云う冊子を見つけ買う。
 財団法人戦時物資活用協会が発行したものだ。奥付が無いので、発行年月日は不明だが、本文の記述から、「金属類回収令」(昭和16年9月施行)に対応したものらしい。


『鉄と銅 特別回収早わかり』


 表紙の下の方には、「鉄と銅の特別回収が始まりました」と記載されている。中身は一般家庭向けのカイドブックなのだが、文章があんまり面白いので、ひと月近くかけて本文を愚直に書き写してしまう。これをネタに使わないのはもったいないと云うもので(読者諸氏が面白がっていただけるかは保証の限りぢゃあないが)、以下に紹介する次第。

 例によってタテをヨコにして漢字を直し、読点の無いところに空白など入れ、適時ツッコミも交えて、少しばかり読みやすくしたモノをご紹介する次第である。
 自給戦まず鉄銅の総動員!

 さあ皆さん!
 愈々皆さんの家庭にある鉄や銅又は銅合金(真鍮、砲金、唐金、洋銀等)を国家のお役に立てる時が来ました。その準備は恐らく皆さんもう充分出来て居ることと思います。そうして国家の為に供出された鉄や銅などは、それぞれの回収路を通って、やがて製鉄所や製錬所へ運ばれます。其処で主として軍需品になって、鉄類なら軍艦、戦車、大砲、弾丸、鉄兜、剣等となり、銅類なら弾丸の薬莢、軍用電線や、飛行機の部品になるのです。

 斯うして毎日軍備を充実して行くことは、支那事変を完遂し、又其背後に控えて居る敵性国家に備える為にも絶対に必要な銃後の任務なのです。

 御存じの如く米国は昭和14年7月一方的に日米通商条約の廃棄を通告して来ましたが、次いで翌15年9月日独伊三国同盟が成立すると、英米は共同して対日経済封鎖を断行し、屑鉄はもう米国からも豪州、印度、香港からも来なくなってしまったのです。
 又今迄米国から輸入されていた電気銅(純銅)や加奈陀から来ていた銅鉱も、バッタリ其姿を消してしまいました。

 もう日本は、自力で戦って行くより外なくなったのです。

 のっけから「準備は(略)充分出来て居ることと思います」と書いてあるので驚く。
 金属類の回収自体は、支那事変が長期化して久しい中、本文にある通りアメリカからの屑鉄が来なくなり、金属資源の先行きが不安視されるようになったのを受けて始められるのだが、すでに16年4月には官公庁での特別回収、6月には工場・事業場でも、「清掃運動」の名目で金属回収は進められている。当時の一般国民から見れば、「来るべきモノが来た」と云うことができる。

 今日から見るとこの時期は、日本が破滅の坂を転がり始めた感があるのだが、まだ米英と(本気で)戦争する気にはなっておらず、「支那事変を完遂し、又其背後に控えて居る敵性国家に備える」と記すに留まっている。

 続けて金属の輸入が出来なくなった理由を、こう語る。

 では何故英米が揃ってそう云う挙に出たのでしょうか?
 その肚は明瞭なんです。詰まり日本の製鉄業や製錬業の首の根をしめて、之を自滅させようとの魂胆なんです。
 それは是迄の我国の製鉄業は、余り鉄鉱資源に恵まれて居らなかったのと後進国であった為溶鉱炉よりも平炉の設備が多く、安価に而も簡単に輸入出来る屑鉄によって鋼を造って居たのです。
 考えて見れば、重要な軍需資材である鉄が、敵性国家に依存して造られて居ったということが、随分危険な話であったのです。


 先方からすれば、敵性国家(ドイツ)の味方になったじゃあないか、と明白な理由づけがあるのだが、そこには触れずに、相手を一方的に非難する論調である。
 敵性国家云々とはあるが、そもそも支那事変をここまでこじらせていなければ、こんな事態は至らない。
 しかし、すでに事は起こり、日本にその原因を反省して解決を図る気がない以上、そこを前提にして物事を進めざるを得ない。「随分危険な話であったのです」とシレっと書いているが、鉄以上に重要な石油もアメリカから輸入している現状を、どう思っていたのだろう。16年7月終わりの南部仏印進駐で、ついに石油も手に入らなくなり、大日本帝国は戦争の上書きを決意するに至る…。

 冊子本文に戻る。

 其意味では今度の対日輸出禁止は、却って我が国の鉄鋼自給確立への一大拍車であったと言えましょう。
 だが英米が鉄屑や銅を輸出しなくなったからとて我が国の国防計画や生産力拡充計画が、微塵もぐらつく筈がありません。実は我が国としては、かねてこのことあることを予想して、生産力拡充計画を樹てて居ました。そして屑鉄を使わなくても鋼が出来るように溶鉱炉の設備を殖やして居たのです。
 それに今度の対日屑鉄輸出禁止の応急策としては、仮に平炉は使っても、今迄のように沢山屑鉄を使わないように合理化したり、進んで屑鉄の代用として、ルッペとか海綿鉄とか云うものの生産を増加し、又これから詳しく述べる国内の金属類 特別回収によって屑鉄の来ないのを補うことになったのです。


 ですから今度の鉄銅特別回収は、右の増産設備が全部完成するまでの いわばつなぎとして行われるものであって、家庭の皆さんにも其意味で、少しの間辛抱を願わなければなりません。勿論現用品を供出するのですからこれを手放すには大いに愛着もあるでしょう。不便を感ずる場合もあるでしょう。けれでもこれは皆国家の為なのです。国家あっての私達です。そしてもう1、2年もすれば、このことをやがて笑顔で思い出す時が来るでしょう。

 鉄と銅活かせ興亜の隣組

 「かねてこのことあることを予想して」と自画自賛しているのは、満州の製鉄所を増強したあたりを指すようだが、もう少し長い目で振り返ると、国家総力戦に耐えうる国家を作るつもりで、国を滅ぼしてしまったような気がしてならない。身体を強健にするつもりの運動で、大けがをしたようなものだ。

 解説では「つなぎ」、「もう1、2年もすれば、このことをやがて笑顔で思い出す時が来る」目論見が、米英と戦争を始めてしまったばっかりに、金属回収は17年度以降も実施され、昭和18年3月には「金属回収本部」なる組織まで出来、活動の強化が計られると云うのだから、書いてるこっちが笑ってしまう。
 背景の説明のあとは、回収対象の話かと思ったら、なぜか「買上価格」の話が先である。

 買上価格はいくらか
 さて、今度の特別回収で、特に皆さんにお願いしたいことは、烈々たる愛国心の昂揚と云うことであります。凡そ日の本に生を享けたる者誰が愛国心のないものがありましょうか。しかし此未曾有の国際危局に直面しては、燃えるような一億国民の殉国的精神を十二分に発揮して、此難艱を突破する覚悟が必要であります。
 丁度第一線の兵隊さんが、命がけで戦って居るように、銃後の私達も全力を挙げて此金属特別回収に協力を致しましょう。


 戦時中の「配給」に、代価が必要であったように、この金属「回収」には代価が支払われる。しかし、「殉国的精神」「覚悟」「命がけで戦って居るように」協力せよと説教垂れられてのお買上げでだ。その価格はしれたものとなる。

 これを、もっと具体的に言いますと、こういうことなんです。
 即ち一般家庭及び非指定施設の回収は、皆さんすでに御承知でもありましょうが、国家が法律や規則を出して皆さんに無理強いす
(ママ)のではなく、愛国心に基いて自発的に出して戴きたいのです。
 そしてその供出品に対しては、代金が支払われますが、これも後に述べるように、屑又は故の公定値段で換算致しますから、鉄ですと一貫目
(註・約3.75kg)20銭から30銭(註・物価2千倍説で行けば400〜600円)、細かく分けますと普通屑(鋼4号品)が30銭、級外普通屑(鋼5号品)が25銭、白バラ(鋼6号品)が20銭、並銑(銑2号品)が30銭、銅及銅合金ですと一貫目3円27銭から5円20銭(註・同じく6,540〜10,400円)です。これも細かく分けますと故銅5円20銭、真鍮(黄屑)3円27銭、砲金(青屑)5円43銭、唐金3円33銭です。但し以上は、代替物費を含んで居ない買上値段です。
 そして焼けや錆が甚だしいと、その程度に応じて減価されることもあります。そうでありますから、皆さんが最初お求めになった時の値段に比較すれば勿論、普通にお売りになる値段から見ても、かなりの犠牲を忍んで戴くことになります。代替物資の支払を受けても、多くの場合皆さんの御負担を願うことになりましょう。

 けれどもこれは、先程から屡々申し上げて居るように、国家に献納するという意気込みで、供出して戴く外ないのです。何故なら、日本は今敵性国家の包囲陣中にあって、乗るか反るかの興亡の巌頭に立っている訳なんです。これらの事を先ず最初に御承知願って、次に此金属回収の細かい点につき説明をいたしましょう。

 献納の心で売ろう鉄と銅

 歴史読み物で金属回収のところを見ると、銅像の「出征」や、金属代用品のことなどが書かれ、あたかも全国一挙一律、有無を云わせずコトが進んだかのような印象を受けるのだが、「国家が法律や規則を出して皆さんに無理強い」するのでは無いと述べている。しかし、冊子の冒頭で、「皆さんの家庭にある鉄や銅又は銅合金を国家のお役に立てる時が来ました」と高らかに宣言している根拠が何かと云えば、勅令第八百三十五号「金属類回収令」の存在に他ならず、云うまでもないが、御名御璽のお墨付きのある国家の意思なのだ。
 このあたりの事情については、次で説明されるので、今はとりあえず、回収される物品の価値ではなく、金質と重量に基づいた代価が支払われる、と云うところだけ覚えておきたい。銅がけっこう高いことがわかる。

 総督府のここかしこに積まれた古本が、1kg100円で買い取られるようなものだ。
 ここからは、「金属類回収令」の対象と、この冊子が語りかける一般家庭との関係が述べられる。

 指定施設、非指定施設、一般家庭供出品の区別
 よく質問される事でありますが、
 「指定施設とか非指定施設とか或は一般家庭からの回収とか色んな事を云う。そしてそれぞれ供出する品目が違って居るようだがそれは全体どう云う訳でそうなり又どういう品目がそれらに該当するのか。はっきり教えて欲しい」という事であります。御尤もと思います。
 指定施設と申しますのは、今度の金属特別回収が愛国的精神のみによっては、充分所期の効果を挙げ難い場合を考慮して、法規による強制回収を行う事となり、其為国家総動員法に基く勅令、その勅令に基く商工省令、更に閣令が公布施行され、其の閣令のうちに之等強制回収の対象となる回収物件及び施設を具体的に規定してありますので、これを指定施設と云うのです。
 要するに勅令による強制回収は、工場、会社、事業場等、鉄製品、銅製品の大口所有者に限られ実施されるのです。

 これに反して、一般家庭及び非指定施設の回収は、法規を以て強制されて居ないことを特色としますが、回収の趣旨は同じ事ですから、其方法は総て法規の各規定に準じて行われます。

 例えばここに一人の人があって、その家に誰が見ても此際国家のお役に立てるのが当然だと思われるような装飾的鉄柵があったと致しましょう。これに対し隣組長さんや町内会長さんがいくら供出を勧めてもても其人が出さないとします。
 此場合、これを罰する法規は別にない訳ですが、府県知事はその所有者に対し、期限を定めて供出を「勧告」することが出来るのです。従ってこの「勧告」の意味は相当強い意味を持っているのだということがお判りでしょう。
 次に非指定施設というのは指定施設以外の施設(例えば十人未満の職工や使用人を使用する工場とか店舗とかいったもの)と云うのです。

 国防へ活かせ戸毎の鉄と銅

 金属類回収令第三条は、回収されるべき物品の所有者に対し、「其ノ処分ヲ為シ又ハ之ヲ移動スルコトヲ得ズ 但シ商工大臣ノ指定スル者(略)ニ譲渡スル場合及命令ヲ以テ定ムル場合ハ此ノ限リニ在ズ」と、勝手な処分を禁じ、政府の指定業者に自発的に(屑鉄等の公定価格で)売り渡すか、当局の命令―結局は指定業者への譲渡になるような気がするが―に従うことだけを認めて、逃げ道を塞いでいる。「強制回収」と呼ばれる所以である。
 対象となるのは、10人以上を使う工場、商店、あるいは鉱業、銀行、倉庫、運送業等の各事業所場等、鉄製品、銅製品―売り物ではなく、そこで備品等として使っているものだ―の大口所有者と見なされる者に限られている。ゆえに一般家庭は本来無関係なのだが、あえて同じ方法による回収を呼びかけることで、双方から金属を、一挙に巻き上げようとしているのだ。
 文章では「愛国的精神のみによっては(略)効果を挙げ難い場合を考慮」して、強制回収も実施すると書いてはいるが、意味するところは、一般家庭をダシにして、指定施設からの(快い)協力を取り付けようと云うところだろう。

 供出を拒む人への罰則は別に無い、としながら、「この『勧告』の意味は相当強い意味を持っている」とだけ書いてあるトコロに、底知れぬ不気味さを感じる。
 軽く脅しが入ったところで、ようやく、家庭での回収対象の記述が始まる。

 家庭からは何を供出せねばならぬか
 然らば一般家庭の回収物件は何かということですが、これは次の三類に区別され、生活必需品は原則として除外することになっています。
第一類 是非供出されたいもの
第二類 成る可く供出されたいもの
第三類 以上の外小さなものでも又日用品等でも不要のものや余っているものがあれば是非供出されたいもの

 詳細は次表を見て戴きたいのですが、第一類の「是非供出されたいもの」は大体外から見えるもので、場合によっては府県知事から供出の勧告を受けることがあり得るのです。
 第二類の「成る可く供出されたいもの」とは、指定施設では強制回収の対象となって居るが、一般家庭に対してはあまり強く供出を勧奨(この場合は勧告ではありません)するのもどうかと思われるもの、一般家庭に数量も相当あって、回収効果も大きく而も代替品の入手が比較的容易なものなどが挙げられて居るのを云うのです。
 第三類は、余り細いものや さ程ないものの品目を一々指定するのもどうかと思われるので一括して挙げた訳です。又余って居るものも第三類として勧奨したいのです。
 例えば鍋釜のような生活必需品は、勿論供出しなくてもいいのですが、併し二個あれば充分の家庭で五個所有して居たとすれば、余分の三個については是非供出を願いたいのです。


 供出して戴きたい鉄・銅製品
 【註】
 ○印アル品物ニハ政府ノ定メタ一定ノ基準ニ則リ取外ニ費用ヲ要シタ場合ニハ取外費ヲ支払イマス
 △印アル品物ニハ政府ノ定メタ一定ノ基準ニ則リ代替物ノ接地ヲ必要トスル場合ニハ代替物費ヲ支払イマス


一、是非供出されたいもの
鉄製品(琺瑯引ヲ除ク)
△○塀 車渡鉄板 △泥拭器
△○門柱 自転車置(定着以外ノモノ) △○破損止金物
○広告板 △○柵(墓地柵ヲ含ム) 水桶(天水桶)(飲料水用ヲ除ク)
△溝蓋 △○門扉(墓地門扉ヲ含ム)
△○手摺及欄干 ○広告塔


銅、真鍮、砲金、唐金製品
△○柵 △○手摺及欄干 △押板
○門扉 水桶(天水桶)(飲料水用ヲ除ク) ○破損止金物
○蹴板 ○門柱 泥拭器


二、成る可く供出されたいもの
鉄製品(琺瑯引ヲ除ク)
△○看板 △○物干 △帽子掛スタンド △洗面器台 △火鉢 石炭用バケツ
△○格子 △○床下換気口金物 △脚立 △屑入 △千歯(稲扱キ) 喫煙用器具
△○ネームプレート、コーションプレート、其他標札類 △傘立 ○暖房装置前飾金物
△焜炉 敷板 鈴蘭燈


銅、真鍮、砲金、唐金製品
○看板 △○壁張板(炊事場、流場、風呂場ヲ除ク) △郵便受口(木部取付ノモノ)
○暖房装置前飾金物 △吊下手洗器 傘立 屑入 花器 ○軒樋、呼樋、竪樋 ○格子 △○郵便受口(木部取付以外ノモノ) △○カーテン用金物(パイプ使用ノモノ) △焜炉 帽子掛スタンド 喫煙用器具 茶器 ○庇葺板 ○ネームプレート、コーションプレート、其他標札類 シャンデリヤ △洗面器 △火鉢 洗面器台 置物 菓子器


三、以上の外小さなものでも、又日用品等でも不要のものや余って居るものは是非供出して下さい。
 右の外 次の品物についても政府の定めた一定の基準に則り取外し費(○印)や代替物資(△印)を支払います。


鉄製品
△○階段 △○仕切用金物 △○シャンデリヤ △○棚 △○旗竿 △○梯子
△○日除用金物 △マンホール蓋 △○掲示板 △交通標識 △書箱 △戸棚及ロッカー
銅、真鍮、砲金、唐金製品
 階段辷止 ○掲示板 △○仕切用金物 △○日除用金物 ○門柱、天井又ハ庇廻シ装飾金物 ○戸及扉 ○屋根葺板 △番号札 △薬罐
(備考)手摺、欄干棚など代替物資の代りに修理費を支払う場合もあります。


 マンガで、「ナベやカマ」と語られる金属回収だが、これらは生活必需品として除外されるべきモノであった。この時点では、家屋等に附属する、外から見えるくらい大きい(回収効果の高い)モノ、文化的生活の演出のため所有している(贅沢な)モノが狙われていることが伺える。もとが工場・事業所を相手に決めたモノであるから、一般家庭と云いつつも、こちらのターゲットは、小規模事業場、商店と見るべきなのだろう。
 「鈴蘭燈」のある一般家庭なんて、ちょっと想像がつかないが、商店街で申し合わせて、店先に据え付けてあるものの見方を変えれば、「わが家の鈴蘭燈」となるわけだ。
 挙げられた品目自体の説明も記載されている。ふだん意識して見ることの無い物品であるから、妙なところが詳細に語られていて、興味がつきない。

 尚品目中注意すべき事柄につき若干説明を加えましょう。
 広告板と看板=看板は自分の店舗事業場、営業場に自己の営業、事業、氏名、商号等の広告物を表したものですが広告板とは同様の広告物を自分の店舗、事業場、営業場等以外に掲示したものです。形状は構いませんが、ネオンサイン用のものなども含みます。


 水桶=天水桶其他防火用水桶や手洗鉢などの事であって、勝手元の洗桶はこの中に含まれて居ません。

 破損防止金物=扉などの硝子の破損を防ぐ為に用いられて居るパイプ製の鉄又は銅合金の棒などです。理髪店などで引手兼用のものをよく見かけるでしょう。

 敷板=鍛冶屋などの作業場の床に敷いてある鉄板です。

 ネームプレート、コーションプレート=ネームプレートは看板の一種ともみられていますが人名や、地名等の名称を表したものであります。コーションプレートは注意板であり、今日では「受付」とか「便所」とか「会議室」とかいった表示板などもコーションプレートと云われています。

 床下換気口金物=コンクリート建物に多いのですが、木造家屋でも床下に犬や鼠等が入るのを防ぐ為に鋳物作りのものや金網作りのものが屡々用いられます。

 帽子掛スタンド=喫茶店等によく見られます。パイプ製の一本の棒の上部の周囲に帽子が掛けられるようになって居り、下の方はその周囲に傘が立てられる様になって居ます。

 暖房装置前飾金物=ストーブの前面に色々な形で装飾的に取付られた金物を云います。

 屑入=鉄板抜きのものや金網製等があります。

 喫煙用器具=シガレートケース、シガレットセット、ライター、灰皿等ですが応接室に備付けたものです。
 但し勅令第三条で指定物件の説明に「施設に備付けたる回収物件」とある趣旨から見て煙管や携帯用のシガレットケース、ライター等は備付けたものでないから入らぬものと解釈すべきでしょう。


 焜炉=瓦斯焜炉、卓上焜炉、鉄製七輪等です。

 火鉢=小さないわゆる手あぶりをも含んでいます。

 千歯=最近の稲扱きは殆ど足踏式となり千歯はあまり使用せず、農家の納屋等に放置されているのが多い様です。

 押板=主として真鍮で出来て居ます。扉の開閉に手で押す所であり「オス」と文字を入れてあるのもあります。

 蹴板=扉の下部の丁度靴のあたる辺りに張ってある真鍮や銅板を云います。商店街等を歩くと最も多く見受ける銅又は銅合金製であります。

 軒樋、呼樋、竪樋(内樋を除く)=ビルディングの内部構造中にありますのが内樋であり、それ以外の樋を云います。

 カーテン用金物(パイプ使用のもの)=カーテンを懸垂展開するためのパイプ使用の金具(カーテンレール)であって支持金物やリングも含まれて居ます。但し銅線や真鍮線のものは除かれます。

 茶器=広義に解釈し茶壺、茶零し、茶托、茶釜等我国古来の所謂茶道具の外、近代のコーヒーセット等も含まれて居ます。

 あらためて物品の名称を眺めてみると、喫茶店はマトモに商売が出来るんだろうかと心配になってしまうし、愛国心が昂揚しすぎて銅製の「屋根葺板」を取ってしまった数寄屋づくりの家など、今更重たい瓦なんぞ載せるわけにも行かぬだろうにと思ってしまう。空襲で相当の寺社が被害を受けているが、「水桶」を出してしまったのが良くなかったんじゃあないかと思ってしまう…。

 鉄製品でも「琺瑯引」は資源化が面倒になるのか、除外されていることに注意したい。
 この先、ニッポンが妙な方向に走り出し、ふたたび金属回収を敢行する可能性がゼロとは云えない。そうなると、アタマの良い役人達は、先人の事例を参考にするはずだから、今のうちにホーローの鍋、ヤカン、洗面器など一揃え持っておくと良いかもしれない。

 出して欲しいモノのあとは、一応、出さなくても良いモノが来る。

 其処で「供出しなくてもよいもの」とは何かといえば、これは日常生活の必需品は供出に及びませんが、列挙されて居る品物でも、

(1)危険防止上特に必要なもの
(2)高度美術工芸品
(3)特に由緒ある記念品
(4)法令により使用せるもの
(5)其他状況により特に回収不適当と認むるものは除外することになって居ます。これらに就いても考えれば色々疑問が出て来るでしょうが 要は戦時生活という観点から判断すべきもので、平常の場合に於ては「あって欲しい」ものも此際出来るだけ供出して不自由を忍び、国策に協力する事が望ましいのです。


 例えば銅像などには 右の高度美術工芸品に該当するものが相当あることと思いますが 宮城前の楠木正成、上野公園の西郷隆盛、靖国神社の大村益次郎の銅像のようなものは別として、特に個人的なものや類型的のものは備前焼かなんか適当なものに取替えて戴きたく、そうしたからと云って銅像設置の精神を損なうことはないと思います。

 出せ活かせ自給自足だ鉄と銅

 供出品目については細かく列記されているが、「しなくてよいもの」は一般原則を示すに留め、対象品目にあっても、実態によっては運用に弾力を―お目こぼしが出来るように―持たせているのがわかる。
 銅像に関しては、今回の供出品のリストに明記されてないのだが、鉄柵同様外から見えるモノと云うことで、何らかの指針を出しておくべきと判断されたようだ。
 個人的なもの、類型的なもの(典型が二宮金次郎像ですね)を代用品に置きかえても、「銅像設置の精神を損なうことはない」といともアッサリ云い切っているが、「高度美術工芸品」として認められないモノをこさえた事になる、彫刻家は面白くないだろう。

 銅像については、昭和18年3月に「銅像等ノ非常回収実施要綱」が閣議決定されている。
 これは「此際既設製作中ノモノヲ問ワズ銅像等ノ非常回収ヲ即時断行」するもので、『彫刻と戦争の近代』(平瀬礼太、吉川弘文館)を読むと、要綱の決定を受け、8月に特殊回収銅像物件審査委員会が設置され、12月に回収しないモノが答申されたとある。もっとも、答申以前に回収されたものもあり、同書中には高知公園に設置されていた板垣退助像が「一九四三年九月二日に(略)壮行会式典を厳かに修め、次に四日に撮影、九日に取外し作業、十二日に解体滞りなく完了を告げた」例が紹介されている。
 回収の対象、非対象が述べられたのを受け、回収の方法が述べられる。

 回収の方法は
 今度はこれらの回収された物件が、どういう経路を辿って、製鉄所や製錬所へ運ばれるかを述べて見ましょう。

 総じて一般家庭、非指定施設、寺院教会にある物件の回収は、財団法人戦時物資活用協会が之に当たりますが、実際の買上げ方法を細かに申上げますと、先ず買上班ともいうべきものが出来ます。これは町内会長さん、部落会長さん、若くは隣組長さんが中心となり、回収物件を鑑定したり、秤量をしたりする買出人(左腕に赤い日の丸の中に楯を抜いたマークを付けて居ます)と運搬整理をする勤労奉仕の団体員から成り、買上は戸別巡回回収(買上班が戸別に巡回して買上る方法)か持寄り回収(隣組長さんの庭、国民学校校庭、神社やお寺の境内、役場等の一定箇所に持寄り買上る回収方法)のいずれかに依ります。
 右の買出人は、市区町村長さんが必要によっては警察署長さんと協議して、地元の買出人組合員中から選定して傭上げることになって居ます。

 其処で買上代金は、何時何処で誰が支払うのかとの質問が出ることと思いますが、これは買上の際は直接金銭の取引を行いません。戦時物資活用協会から予め市町村に送付してある買上伝票に、供出の際供出物件の品目、数量、金額を記入して供出者に交付しますから、供出者はこれを大切に保存して置いて下さい。代金はこの伝票により後で市町村役場を通じて支払われるのです。

 それからもう一つの問題は、供出するにしても、簡単に供出出来ず、取外すのに費用がかかったり、或は取外した後代替物がどうしても要るという場合があることでしょう。これはまことに御尤もな話で その場合には工作物供出申込書に供出物件名、数量、見込、重量等所要の事項をお書き願って部落会長さん又は隣組長さんにお届け願います
 工事はこういう際ですから、なるべく 供出者自身にお願いしたいのですが、已むを得ぬ場合は工作班を斡旋致します。
 そしてその場合、代替物の購入補助金とか工作物撤去費、補修費とかは政府の定めた一定の基準によって後で市町村役場から供出者に支払われる訳ですから、工作の費用は一時供給者に於て御支払願います。

 こうして回収された物は 青少年団員等の勤労奉仕によって国民学校などの集荷場所に集めて戴き、其処で戦時物資活用協会の出張員立合の下に、鉄は日本鉄屑統制会社又は其の指定商、銅及銅合金は日本故銅統制会社又はその集荷協会に引渡され、これがやがて製鉄所や製錬所に送られ、主として軍需品になるのです。

 銅鉄の回収本部だ隣組

戦時物資活用協会のマーク

 細かいことが書いてあるが、「代金は後払い」「撤去工事、代替物設置の費用は立て替える」「工事はなるべく供出者の手配」と云うことで、供出品を色々持っているお金持ちにとっては、ちょっとばかし面倒である。

 供出品には、代価が支払われるわけだが、国民として当然のことをするだけなのに、お金までいただくのは申し訳ないと思う、熱烈な愛国者(のフリをする人含む)に向け、「献納品」扱いとする場合の説明が続く。

  献納品はこう取扱います
 以上は買上品の回収過程を説明したのですが、これを読んで僅かな買上代金を貰っても仕方がないから、寧ろ此際軍部に献納したいとの希望を持たれる方も少なくないでありましょう。
 無論これは結構なことで、そういう篤志の個人又は団体のためには、部落会長さん、又は隣組長さんに依頼して、伝票に買上品と同様の方法で集荷、引渡しを致します。そして戦時物資活用協会では、その伝票に基づき矢張り屑又は故の公定値段で換価した上、その代金を軍部に献納致します。
 この場合、献納品が取外しを要する物件であれば場合によってはこれ又工作班を斡旋致します。しかし原則として献納者の負担で取外して戴きたいのですから此点も御承知願います。

 聖戦へ行くぞ我家の鉄と銅

 「僅かな買上代金を貰っても仕方がないから」(銅はともかく鉄は安い)と、出す側の本音を物語る文章がポロッと出てくる。「結構なことで」と云いつつも「献納者の負担」の原則を念押ししている。
 生活必需品が除外されているとは云え、もともと店舗事務所自宅で使っているモノを涙金で引き渡してしまうのだから、代品が無ければ死にはしなくても不便には違いない。「不自由を忍び、国策に協力する事が望ましい」とは云うが、愛国心で雨風はしのげないし、傘を立てることも、水を溜めることも出来はしない。
 と云うわけで、今は色々代用品が出てますからご安心下さい、と続くのだ。

 優良代用品のかずかず
 こうして皆さんから供出して戴いたものの中には、どうしても早く代りの品を必要とする向きもあろうかと思いますが、それには日本商工会議所で厳選した『日商選定新興品』もあれば、また代用品協会の審査の結果優良と認めた代用品が、かずかず用意されて居りますから、代用品を御使用になる場合は、特に注意してそうした代用品をお選びになることをお薦め致します。今度の特別回収を対象として作られた優良代用品も相当あるのでありまして例えば

 セメント繊維や真竹を原材料とする看板、桜を原材料とする木製手摺、樺竹材を原材料とする破損止、マグネシウムを原材料とする柵、樫木材や木材及棲梠、竹材、九谷陶器を原材料とする泥拭器、粘土塩、石炭、セメント砂利鉄線、其他を原材料とする床下換気口金物、樺材、硝子、粘土を原材料とする押板、樺竹材、竹木ファイバー等を原材料とするカーテン用金物、セルロイド、陶磁器、チッソロイトを原材料とする洗面器、陶磁器を原材料とする吊下手洗器、ボール紙や桜材、竹材、孟宗箱及小量鉄線等を原材料とする軒樋呼樋及竪樋、陶磁器を原材料とする湯タンポ、若竹や木製材を原材料とするバケツ

 と云ったような訳で色々に製作されて居ります。尚おこれ等の詳しいことを御承知になりたい方は財団法人代用品協会(東京市麹町区有楽町二丁目七番地)へお尋ね下さい。

 銅鉄の出征見送る代用品

 建築雑誌(『建築世界』昭和17年10月)に掲載された、代用建材広告をいくつかお目に掛ける。


成型合板(金属代替新興製品)
種類 棒・管・蝶番・連鎖・板・帽子掛・軸受・窓掛レール



新体制 階段辷り止めに
金属製品に代わる<木材製品



特撰代用品ベニヤパイプ

 上に挙げたのは木材を使った代用品ばかりだが、ガラス・陶磁器・樹脂等を原材料とする製品が色々あった(らしい)。個々の商品は、戦時中の生活に関する本に当時の報道写真や、現存する現物の写真が載ってはいるのだが、全体像は、正直なところよくわからない。

 「優良代用品」を名乗っていても、戦争で金属資源の先行きが怪しくなっていなければ、そのまま使われ続けたはずのモノの替わりに、無理矢理別な材料でこしらえたモノである。今なお製造・販売されている製品は、汲み取り口のフタくらいしか思い浮かばない。
 現代では、家屋の樋などプラスチック(塩ビ)を使ったものが主流となり、家庭用小物の多くもプラスチック製のモノが百円ショップをはじめ方々で販売されているが、これは金属代用と云うより、石油製品の市場拡大による普及と見るべきだろう。次に来る総力戦でも、プラスチック製品の代用品として、再び木材が脚光を浴びる可能性はある。
 最後は、各国での金属回収状況が述べられる。帝国臣民だけが苦労しているんじゃあない、盟邦も敵性国家もやっている、むしろ先行しているとあおり立てる。

 各国の金属回収状況
 以上によって金属類特別回収のあらましを述べましたが、これは何も我国だけに限ったことではないのであって、今ではもう世界中殆ど何処の国だって、これをやって居ない国はないのです。

 例えば盟邦独逸では、金属回収の元締は四ヶ年計画庁の中にある廃品経済部がこれに当り、ナチス党支部や突撃隊、ヒットラー・ユーゲントなどが、大いに活躍して居ます。
 昭和15年4月10日のヒトラー総統誕生日には、ゲーリング元帥は「諸君の家庭及仕事場には 重要金属にして不要のものが多数放置されて要る。諸君の各個人にとって不用の金属も 個人の手を離れて国家のために一箇所に集められ、総合的な補給物となる時、初めて国防上最大の価値を生ずる」と述べ「総統の誕生日の贈物として金属を献納しよう」と国民に呼びかけたのは有名な話です。
 そして総統も自ら率先して官邸の鉄扉二枚を取外しました。
 又伊太利では、同年4月3日に早くも法律で鉄柵や、鉄門を強制徴収し、6月には銅貨を回収、その違反者は厳罰に処す、との法規を作りました。それから全国ファシスト支部が主体となり、ファシスト青少年団と協力して故鉄蒐集団を組織し、「街の鉱山を掘れ」との運動を行って居ります。

 敵性国家の英米でも、同様の運動は却々盛んで、殊に米国の如き「持てる国」の代表的なものであり乍ら、最近では屑鉄蒐集事業を重要な国防事業と認めるようになり、いろんな団体を動員して蒐集に大童となって居ます。これは一つに援英、援ソ、援蒋のため軍需工業を急いで拡大せねばならぬためだと云うことは、説明の必要もありますまい。
 英国民は、今次大戦の初め、独逸の鉄回収を笑ったものですが、今では一枚の安全剃刀の刃にさえも困る状態と云われ、政府は国民に向って「常に屑鉄の回収に努めよ」と呼びかけ、公園の鉄柵、建築中の鉄管などドシドシ回収して居ます。銅も昭和15年6月1ペンス銅貨の鋳造を中止し、民間からもその回収に努めて居る状態です。

 我国でも幕末長藩に外国船砲撃事件のあった際、藩主は藩内の火鉢や湯沸かし、鏡など、銅と名のつくものは悉く徴発して大砲を作り、砲台を作って外敵と戦ったのです。
 我国を囲む国際情勢の緊迫と 戦時下金属回収の重要使命を思い合すならば、塀も柵も門柱も、それから洗面器も火鉢なども、その回収に全力を尽くしましょう。
 いま皆さんの家庭から一軒一貫目の鉄を出すとすると、全国では尤に八万五千台の軽戦車が出来ることになるのです。
 どうぞ皆さん献鉄、献銅の愛国精神を振い起して下さい!!

 鉄と銅捧げて破れ包囲陣

 ドイツで一番エライ人自らが、ドアを取り外すなど金属回収に積極的な様が語られ、総統の誕生日(牡羊座だったのか…)を知るオマケまでつく。
 同じく盟邦のイタリアでは、罰則(厳罰)の存在があかされ、「敵性国家」英米でも回収活動は盛んだと云う。金属回収はグローバル・スタンダードなのだ。

 諸外国を持ち上げてばかりだと、日本があわてて回収に走りだしたかのように思われてしまうので、幕末の長州藩で、銅をかき集めて大砲を作った先例を称揚している(その大砲が役に立ったと、歴史の授業で習った覚えは無いが)。

 最後i、一軒一貫目の鉄で軽戦車8万5千台分をまかなえるとある。
 軽戦車一台を約6トンとすると、8万5千台では51万トンになる。これをkgになおせば5億1千万kg。一貫目は約3.75kgであるから、割る3.75で計算根拠となるべき家庭の数―驚くなかれの1億3千6百万軒―が算出される。昭和15年度の国勢調査における人口は約7千3百万人(統計局資料より)であるから、サバを読むどころではない。Excelも電卓も無い時代である事を大目にみても、この計算はあまりにもズサンだ。他の物資の算定もこの調子でやられていたら、戦争に負けるのもやむなしと云える。

 本文はこれで終わる。
 (参考)付録で掲載された「回収物件」「指定施設と非指定施設」「寺院教会等の回収物件」
 この回収運動の結果はどうであったのか?
 支那事変完遂のために始まり、1、2年もすれば笑顔で思い出すようになるはずの金属回収は、米英とも戦争状態となったことで終わりが見えなくなってしまう。結果がどうであったのかを示す資料も、手許に無いのでわからない。

 昭和17年10月22日付『毎日新聞』は、「日常生活必需品たる鍋、釜の類までをも強制的に供出を求むるという趣旨では決してない この点昨年度において一部隣組等の間に多少の誤解ありたるやの噂があった」ので「非常識的な行過ぎのないようとの注意」があったと書かかれている(神戸大学図書館『新聞記事文庫』による)。「ナベやカマ」は回収され、相当アコギなやり方をとった所もあったらしい。