授業実践上の工夫

              <1>グループ学習の導入
             <2>教材開発から授業実践まで
             <3>シミュレーション教材の実践(経済学習)
             <4>学習目標の設定の仕方
             <5>有田和正先生の授業を分析する
             <6>児童・生徒の歴史意識の発達位相
             <7>平成18年度全国歴史教育研究協議会第47回研究大会(栃木大会)
             <8>明治時代の物価
             <9>平井英徳先生の授業 世界史「モンゴル帝国の謎をとく」
             
<10>戦国時代の1文は今のお金でいくらか?
            
 <11>新しい授業研究
             


<1>グループ学習の導入

・ はじめに
 私は、以前から教材の内容をまとめた資料プリントにあらかじめ発問を設定し、生徒を指名(あるいは自発的発言を期待)して答えさせながら進めていく形式をとってきた。その結果、ある程度ではあるが、生徒が講義のみの形式の授業よりは関心を示すようになった。しかし、特に最近の生徒は、自発的な発言はあまりしないし、指名されても答えられない(というより考えようとしない)場合も少なくない。またたとえ全体として比較的いい雰囲気になったとしても、やはり何割かの生徒の関心が薄い(あるいは全く無関心)という状況を打開できないでいた。
 そこで、数年前から次に示すようなグループにしてこの発問に答えることを競争しあい、その結果を成績の一部として組み入れるという方法を考え出し、実行している。

1) 方法と評価
@ 教師が「グループ学習をやります」と言ったら、あらかじめ決められたグループ(1グループ数名)に分かれ、代表者がプリントをもっていく。
A 教師がプリントにそって授業を進め、問いのところにきたらグループで相談して答えを考え、代表者が挙手をする。教師に指名された者が答え、正解の場合(あるいは正解でなくても教師が認めれば)グループに点を与える。
B 複数手が挙がった場合は、原則として早い者順とするが、教師が配慮して別のグループを指名することもある。
C 問題は、択一式で全グループに答えてもらう場合もある。
D グループの中で居眠りしている者やよけいなお喋りをしている者がいて、2度注意しても直らないと認めた場合、教師はそのグループの点数を減らすことができる。
E グループは年度途中に再編成することがある。
F 学期末の段階で得点を集計し、これを成績の一部(例えば30%)に取り入れる。
  このようなルールには、次のようなねらいがある。
ア) 肝腎の部分以外は、生徒の自由をできる限り認める(たとえばグループ編成は好きな者どうしでよい、グループ名も自由につけさせるなど)ことによって、自由に発言しやすい雰囲気をつくっておく。
イ) Aにあるように、教師が用意してきた答えでなくても、考えた道筋が評価できるもの、近い答えには点を与え「正解だけが重要なのではない」ことを理解させる。
ウ) Cにあるように、理想としては文や文章の形で答える問題だけにしたいが、全グループを授業に参加させるために一部選択問題も導入する。
エ) 同様なねらいで、必ずしも内容的に意味があるとは思われなくても多くの生徒の興味をそそりそうな問題も(特に導入などで)適宜用いる。

2)授業記録
   @現代社会「東京ディズニーランドの秘密に迫る」から   T:教師   G:グループの発表生徒
 T : 今日は経済のソフト化ということを勉強します(一般的な説明、省略)。今言ったことは、あとで板書でまとめようと思いますが、今日は具体的な例として、東京ディズニーランドについて考えてもらおうと思います。みんな遠足に行ったばかりで記憶に新しいと思いますが、たとえば小山遊園地などとどこが違うのか、考えていきましょう。ではグループ学習を始めます。
 (生徒たち、拍手。移動して8グループとなる。班長、人数分のプリントを取りに来て各グループで配布)
 (中略)
 T : わざと導入が見送られたものの1つに「潜水艦の旅」というのがある。その理由は何だと思う?…はい(と指名)。
 G1: 潜水艦で水の中へ入れば日本でもアメリカでも同じだから。
 T : それはそうだけど、水の中へ入れば楽しいよね。それをなぜ日本では導入されなかったんだろう?…はい。
 G2: 潜水艦を忠実に再現すると、窓がなく面白くないから。
 T : それだって日本だからという理由にはならないよね。現にアメリカではこのアトラクションがあるんだから。
 G2: 先生、1点!1点!(と得点を要求)
 T : 他に。はい。
 G3: 潜水艦は戦争に使われることがあるから、夢という点でちょっとずれてしまう。
 T : なるほど、戦争のイメージね。いいね(と得点を入れる。他のグループから「オーッ」という声)。もう1つあるんだな。潜水艦ということで戦争に関係あるけど、なぜ日本でだめなんだろう?はい。
 G4: 事故をよく起こしたりして印象が悪い。「なだしお」のように。
 T : うん、事故ね。そういうこともあるけど…。はい。
 G2: 潜水艦は今、みんな原子力になっているから、それでだめになったと思う。
 T : そうですね、正解です。原子力については日本には賛成・反対あるけど、やはり核兵器のイメージと重なると判断して、導入が取りやめになったんです。
 G1: だって、そのディズニーランドの潜水艦が原子力で動くわけではないんでしょう?実際は。
 T : それはそうだけど、現実の世界では原子力になっているから、イメージとして浮かんでしまうんだよ。さて次だ。
 (中略)
 T : おそうじ係は常にちりとりを体の側面につけ、ほうきも同様にして体の方を動かしてゴミをちりとりに入れている。で、このユーモラスな動きにはちゃんとした理由があるんだけど、それは何だろう?…はい。
 G1: 普通のゴミの拾い方だと夢がないから(一同笑)。
 T : うん、そうじゃなくて、もっと現実的な理由があるんだ。はい。
 G2: 普通にやると、あからさまに仕事をしているように見えるから。
 T : うん、そういう見てくれではなく、ちゃんとした理由があるんだ。はい。
 G3: 幅をとらないから。
 T : うん、幅をとるとどうしてだめなの?
 G3: (幅をとって掃除をする恰好をしながら)?…。
 T : 惜しいなぁ。なぜ幅をとるとだめなんだろう?はい。
 G4: なるべく通行のじゃまにならないように。
 T : そう、正解。
 (以下略)

 A日本史「長篠の戦い〜信長が勝った背景をさぐる」
 T :合戦のあった場所の家康方の陣地の背後から昭和37年夏に、地元の農民が火縄銃の弾2個を発見
    した。この事実から「馬防ぎの柵が破られたかどうか」についてどんなことが想像できるだろう?はい。
 G :弾の見つかった位置は、けっこう徳川の陣地から奥まったところにあるし、当時弾は貴重だったと思う
    から、忘れていく者はいないと思う。だから、たぶん殺されてそのままにされたものではないか。たぶん
    柵は破られた。
 T: なるほど。柵は破られて鉄砲兵は殺されて、で弾はそこへ落ちたと。説得力ありますね。はい、他にどう
    でしょう。いろいろな解釈が出来ると思うよ。歴史の解釈は別にこれだけ、ということはないからね。はい。
 G: 柵が切れた、さらに南の方から攻めてきた。それを徳川軍が退却しながら撃ったのではないか。
 T: なるほど。まぁ1つの考え方だね。他に、はい。
 G: 何かの手違いで弾を落とした。
 T: 単に落としたにすぎない、というわけか。なるほど。…ちょっと今ね、みんな織田・徳川軍が撃っていると
    いう解釈が多いんだけど、まるっきり逆の解釈はないかな。「柵は破られていない」という見方で説明で
    きないか。はい。
 G: 武田方から撃たれた弾だ。
 T: そうだよね(周囲から「おぉ」という感嘆の声)。武田方が撃ったかもしれない。武田側に鉄砲がないという
    ことはないでしょう?…もう1度「長篠合戦図」を見て下さい。武田方の鉄砲を見つけて下さい。ないかな?
    …落としたりもしているけど、一応持っていますよね、少しは。この戦いでは、織田・徳川方の鉄砲ばかり
    がクロースアップされているけど、武田だって少ないけど持っていた。だから武田側が柵へ向かって撃った
    弾かもしれないよ。まぁ両方の考え方が出来る、ということですよね。…もちろん、この弾のことだけで柵が
    破られたかどうかは判断できないけど、実は織田・徳川方のいろいろな記録の中に、「柵は破られた」と
    記されている例が幾つか見られるんだ。だから、実際に幾つかのところで、柵が破られたことは、ほぼ間
    違いないんじゃないか。つまりそれだけ、混戦になっている。ただ鉄砲を撃って、それだけで快勝した、と
    いうのではとてもないようですね。
  
3) 生徒の感想から(平成5年度3年生3クラス)
@ 1人よりみんなの方が意見が言いやすい。
A みんなといろいろ意見が言い合えて楽しかった。
B けっこう夢中になり、手を挙げる恥ずかしさが消える。
C 仲のよい人たちとグループが組めて楽しい。
D 対抗意識をもってできた。
E 眠くならない。
F チームワークを学べた。
G うるさいけど楽しい(逆に「うるさいのを静めて。発言者の声が小さい。」という感想もあった)。
H やる気のあるチームとないチームの差が大きい。グループ替えをした方がいい。
I 座席の前の方のグループが有利である。
J パネル形式でどの班も答える形にしてほしい。早い者勝ちは辛い。

4) 問題点と課題 
 まず、この形式をとった大きなねらいとして「グループで相談し、協力しあいながら考えて学習目標に到達していく」ということがあったが、これは3)の@〜Fにあるように、おおよそ達成されたと言っていいと思う。何よりも高校生としては珍しいと思うが、活発に挙手をして発表するようになったし、驚いたのは通常の形式の授業では指名してもほとんど答えようとはしなかった消極的な生徒のうちの何名かが積極的に発言するようになったことである。ただ、Gのように一面では教室内がしばしば騒がしくなり、それがけじめなく続いてしまうと一部のグループにやる気をなくさせ、Iにあるように物理的に座席が前の方のグループに(教師の声が聞きやすいから)有利になってしまう状況が起こる。また、グループ内の個々の生徒たちの関心・能力は様々であるにもかかわらず、得点はメンバー一律に与えてしまうため、あまりいい言い方ではないが「関心のひときわ高い生徒と同じグループになった関心の低い生徒」にやや不当に有利になってしまう欠点がある。グループ替えや席替えは可能であるにしても、この欠点は根本的なものである。しかし、私は完全な個人戦にするよりも学習集団をつくって進めていくことの意義の方が大きいと考えている。それからJについては、問題の一部を一斉形式で行うことで対処できる。
 次に、この形式が結局のところ「えさ(得点)で生徒をつっている」という批判が当然予想される。確かに生徒がこれだけ熱心に挙手をして発表するのは「点がもらえるから」という理由が大きいであろう。しかしある生徒は「それもあるが、とにかく自分の考えを先生やみんなに知って欲しい、正解かどうか知りたい」とも答えている。
 さらに、副産物的にあらわれた成果として、何とか問題に答えようと、教師が指示しなくても教科書や図説を細かく見るようになったことがあげられる。これをきっかけに、学習内容への興味・関心が自主的に引き出されていけば望ましいと思う。
 今後、この形式を利用すれば、先生と生徒(グループ)との問答だけでなく、「今のグループの意見に反論できるところはないかな」などと教師が他のグループに投げかけることによって、グループどうしの論議をさせることも可能であろう(既に一部で実施)。そうすれば、ただ正解のみを求めるのではなく、まず他のグループの意見を聞く姿勢が生まれてくることも期待できる。

・おわりに
 生徒は本来、興味ある問題について自分の考えを発表したい、それによって自分という存在をみんなにアピールしたいと願っているのではないだろうか。それを実現させるには、教師側が周到な準備だてをして、あるきっかけを与えてやることが必要だと思う。そのきっかけとして私はこの形式を考え出したが、勿論これが最良の方法だとは思わない。しかし問題点もあるが、それなりの成果が出ていることからみて、何らかの前進ではないかと判断し、ここに公表した。
 また、評価の問題にしても、普通は定期テストと平常点からなされるが、このうち平常点はノート提出などでつけている教師が少なくないのではないか(私もかつてよくそうしていた)。しかし、生徒にとってノートは小学校以来のもので慣れきっており、ほとんど頭を使うことなしに筆写が可能である。したがって極端に言えば作業に近い結果を評価しているだけであり、本当の意味での学習活動を評価しているとは言い難い状態にある。その点からしてもこのグループ学習は、前述のような問題点もあるが、いかにその時間グループが考え、発表したかという結果が得点として表れてくるのだから、これを評価の対象とすることはそれなりの意味があると考える。
 勿論、この形式のみで授業を続ければ単調になり、生徒にもあきられてしまうおそれがある。いろいろな授業形態を今後とも模索し、しかもそれを効果的に組み合わせていく工夫が重要になっていくものと思われる。

                 <2> 教材開発から授業実践まで

1 学習目標の把握

2 教材のヒントの蒐集
 ・幅広く求める
 ・すぐには役立てない
 ・1つのヒント→問題意識をもちさらに追究→新しいヒント→一気に教材へ

3 教材研究<教材に要求されるもの>
 @教師自身により感動を以て体験・把握されたもの
 A学習の本質的目標が達成できるもの
 B学習内容の重要な一側面を選択し、全体像に迫れるもの
 C生徒の社会認識の発達に資するもの
 D生徒の既有知識にズレを引き起こさせる適度に抵抗感のあるもの
 E臨場感・親近感のあるもの
 F作業化が可能なもの
 G「わからない」ことが残る発展性のあるもの
 H内容が正しい事実に裏打ちされているもの

4 教材構成
・「あれもこれも」ではなく必要にして十分な量を吟味し徹底して精選
・生徒の思考の実態を勘案して資料を配列
・導入で追究心を起こした後に教材を提示
・関連する2教材ー順序をよく吟味する
・課題を残しておく〜「わからないこと」から「わからないこと」へ

5 発問の工夫<学習課題を生徒自身の問題として追究意欲をもち、維持できるような条件づくり>
・考える焦点が明確化されているもの
・生徒の興味・関心・問題意識がそのまま教師の問いとして転化したようなもの
・生徒の既有知識にズレを引き起こすもの(「ゆさぶり質問」)

※生徒の実態把握(3〜5の前提として)
・一般的な理論(青年期の心理、学習心理など)を利用
・生徒の既有知識を把握
・対象生徒の理解(学習その他の場面で、個々の生徒について気づいたことを記録・整理)

6 授業実践
   〜教師の提示する教材を通じ、生徒と教師が共に考え、教材研究で得られた世界を再構築していく
 ○予想した情意的反応が起きた場合
  ・
反応を全体に拡大、同様に感じた生徒を把握
  ・反応を深化させるための補説の工夫
  ・反応の根拠を問う
  ・知的変容に結びつくような追究的発問をする
 ○予想しない反応・つまづきが起きた場合(生徒なりの教材解釈と、教師のそれとのズレ・対立を示す)
  生徒の「つぶやき」(本音が聞き取れる)を大切にする
  ・無理に教師の用意した方向にもっていく必要があるのか?

※上の1〜6は以下の文献を参考にしました。
『教育科学・社会科教育』248号(明治図書、1983年10月)、同260号(1984年8月)、同262号(同年10月)、同265号(1985年1月)、同266号(同年2月)、同別冊1号(1984年5月)、小俣盛男『歴史的分野の授業理論』(明治図書)、有田和正『社会科の活性化』(同) 

<3>シミュレーション教材の実践(経済学習、市場価格について)
経済の概念については、抽象的でなかなか口で説明しても理解されにくい。そこで、シミュレーションの活動を
導入して、体験的に理解させることを試みた。
○方法・「電波式腕時計」を取り出し、クラスの半分(8名)を「売り手」、残り半分を「買い手」にして、「自分だった
      らこの値段までだったら売る(買う)という値段を決めさせる。
     ・あらかじめこちらで指定した価格帯の中で決めさせる(自由だと値段にばらつきが起こり、期待する
      結果が得られないと判断したから」
     ・それぞれの価格帯で手を挙げさせ、その結果を黒板にまとめていく。
○実践 実際には次のような結果になってしまった
       4万  3万5千  3万  2万5千  2万  1万5千 1万   8千   5千   3千   1千
売り手   0人  1人    3人   6人    5人   4人   3人  2人   0人   0人   0人
買い手  0人  0人    1人   4人    5人   6人   7人  5人   3人   1人   0人

     
つまり、生徒が善良なため(?)、例えば売り手だったら25000円で売るのが適当とは思っても、「4万
      では売れないだろう」と考え、それ以上の価格帯のところでは手を挙げなかったのである。
     
 したがって手を挙げさせる時に「自分が決めた値段以上のところは全部手を挙げていて下さい」と指示
      しておくべきだった。修正した結果は以下のとおり。
       4万  3万5千  3万  2万5千  2万  1万5千 1万   8千   5千   3千   1千
売り手   8人  8人    7人   6人    5人   4人   3人  2人   0人   0人   0人
買い手  0人  0人    1人   4人    5人   6人   7人  8人   8人   8人   8人

 この表を使って、売り手と買い手の人数が一致したところ、この場合だったら2万円が市場価格ということ、価格
が高い時には買い手の人数が少なく売り手の人数が多いこと、逆に価格が低い時には買い手の人数が多く売り
手の人数が少なくなること、そして価格が上下することによって「需要量」と「供給量」が変化すること、などを説明
していく。

※この実践は、月井順一「シミュレーション教材を導入した授業の展開」(高校社会科授業研究会
『研究紀要V』、1995年)をもとに行いました。


<4>学習目標の設定の仕方(指導案の書き方)

○ある1時間ないしは小単元の学習目標を指導案にどう書くかは、けっこう悩むものです。
 私の場合、<2>教材開発から授業実践まで の3のBであげたように、学習内容の重要な一側面を選択し、
 全体像に迫れる教材を準備することを特に重視し、「AすることによってBを理解させる」という書き方にほぼ
 統一しています。ここで
Aには選択した一側面の部分(具体的な教材)、Bには学習指導要領にもあげられて
 いるような、言わば教師の立場からの指導すべき内容を入れるのです。

○例えば、「長篠の戦い」の授業の場合、
  ・さまざまな具体的証拠の検討をとおして、「長篠の戦いでは鉄砲三千挺を用意した信長が三段撃ちを
   させて快勝した」とする従来の常識が甚だ疑わしいことを理解させる。
 
・そしてその上で、大量の鉄砲使用を可能にした諸条件を調べていくことによって、信長が先進的な経済
   政策をとっていたことや、先端技術の把握につとめていたこと
を理解させる。
 と学習目標を設定します。このうち、赤字の部分が
青字の部分がBということになります。
 
そしてこのAの部分を実現させるためのさまざまな具体的資料と、それについての発問を設定していきます。
 
実際につくるときには、この具体的な部分の材料探しから始めるわけですけれど…


<5>有田和正先生の授業「1枚の絵から江戸時代が見えた」
〜NHK教育テレビ「わくわく授業」で放映されたものの分析
 
・ねらいは、先生が様々な資料から作成した「大名行列」の絵を見せ、この絵からわかるいろいろなことを考えさせることによって、江戸時代
  への児童の興味関心を喚起し、自分で調べようと言う気持を起こさせることと推測されます。
 ・授業の流れ
   
(初対面の緊張をほぐすため、大きな声で挨拶、反応をみてクラスの雰囲気をつかむ)
    「年齢はね、…28歳です」(児童笑)
   (本題へ)
    「今日する勉強は、(絵を取り出し黒板に貼りながら)こういう勉強なんです」
注1
    全員を起立させ「この絵は何の絵か、わかる人は座りなさい」
注2
    座ったうちの1人を指名して
「大名行列です」 「いいですか?」 「いいです」

    
「それでは、この絵について尋ねてみたいことを言ってください」
      
「白い棒は何か?」 「赤い棒は何か?」 「人数は何人くらいか?」 「行列の距離は?」 「列の先頭はどんな人なのか?」
      「どんな大名か?」
などの質問が出る。注3

   「大名には3種類あったね」親藩、譜代、外様をあげさせ、どんな違いがあるか、有田氏が説明。
   「この絵の季節は、春夏秋冬いつだろう?」
     数人の子供たち、絵に近づいてきて凝視、そのうちの1人が
「葉っぱが緑だから夏」
   道の脇で庶民が土下座していることに注目させ(
注4
   「どんなかけ声をしているかな?」  
「ははーっ」注5) 「下に下に」 「頭が高い」
   
有田氏が説明「親藩だけが『下に下に』と声をかけてよかったんです」
   「じゃ譜代や外様はどんなかけ声をかけたんだろう?、調べてみよう」
    (児童は持参の資料からは見つからなかったらしく、推測で発表)
注6 「あまり威張った言い方だったのではなかったのでは?」
    「あそこで休みましょう、次はあそこへ行きましょう」 「大名様のおなり」 「片寄れ」 「のいたのいた」
   「他にないかな、降参したら正解を教えるぞ」何人かの児童が降参 
注7
   
「正解はね、○○君が言った『片寄れ』でした。土下座はしたの?しないよね。」
   この行列は親藩とわかる。「親藩はいつ参勤交代したの?」生徒は推測で答える。答は結局有田氏が言う。(
注8
   「3月です。だからこの絵は春、それも3月ってわかるんです。」(
注9

   「ではこの道は何という道か?」
   御三家のうち水戸藩は定府で参勤交代はなかったことを説明。「じゃあこの大名は尾張か紀伊だ」注10
   「尾張藩、和歌山藩はどの道を通ったか?」教科書、資料集で調べさせ、五街道に注目させる。五街道をあげさせ、それを板書し、
   「このうちどの街道を通ったの?」 
 「東海道です」
  
 「彼らはどこで寝たのか?」(注11 「たぶん野宿」 「専用の宿」 「宿場の中で最も格式のある宿」 「それを本陣と言った」注12
  
 「この中に女の人はいたの?いなかったの?それはなぜ?」
    「いない。男の人ばかり」
→「見たところ男の人ばかり。よく見てるね、ありがとう」(注13
    「いない。女性はか弱いから、歩くと疲れちゃう」
→「きみ、か弱いか?」(児童笑)
    「いない。重そうなものばかり持っているから」
    「いない。(教科書を読んで)大名は自ら妻子などを人質として江戸の屋敷に住まわせ、江戸と領地を行き来しましたってあるから。」
     
→「いやぁすごいことを言いましたよ」(注14
   「大名行列がすれちがう時はどうするか?」 
 「位の上の方が先に行く」 「江戸へ行く人が優先」 「両方とも通る」
  
 「スピードは?」   「遅かった」 
  
 「交通事故はあったのか?」(注15
   「これ調べたら面白いよ。夜眠れなくなっちゃうよ」
   終了

 児童の感想
  ・不思議な発見があって、それを解決するのが面白い
  ・たった1枚の絵であんなにわかるとは思わなかった。
  ・江戸時代はそんなに面白くないと思っていたけど、何気に奥が深くて面白かった。

 授業分析
 注@:「こういう勉強なんです」とあえて具体的に言わないところがいい。何の勉強なのかは児童につかませる。

   A:このやり方の意図は何なのか?疑問である。わからずに立ったままの児童は劣等感を持つのではないか。座ったまま普通に尋ねても
     いいと思う。
   B:いろいろな疑問が出たのは、児童たちがある程度事前勉強をしていたからだと思う。しかし、こうしてたくさん出た中で「どんな大名か」
     のみが取り上げられたのはどうかと思う。もっと他の疑問にも、教師の追求させたいことと関連させて児童たちに解明させていけば、
     「自分たちの疑問が生かされた」と、より充実感を覚えるのではないか(尤も放映された授業場面は十数分だったから、実際には取り
     あげられていたかもしれないが)。
   C:児童に知識がない場合、どうしても日常的な常識から考えようとする。そこで、それを歴史的視点から考えさせるために、土下座場面に
     着目するよう指示したのは、この授業の大きなポイントだと思う。
   D:発問に小さなミスがあると思う。児童は土下座している人々に目がいっているから、「どんなかけ声かな」と聞いても(「かけ声」だから
     わかってもいいのだが)多くの児童がすぐに「はは〜っ」と答えていた。「人々が土下座しているということは、この行列の武士たちはどんな
     かけ声をかけたんだろう?」という尋ね方がいいと思う。
   E:ここでテレビのナレーションが「たとえ見つからなくても調べる習慣を身につけさせる」と話していた。このこと自体は否定しないが、やはり
     できればこの答がわかるような資料を用意して児童に見つけさせるべきだと思う。
   F:児童はどう思うだろうか?「降参して早く正解が知りたい」のか「いやぁまだ降参したくない、自分で正解を発表したい」のか。基本的には
     後者の気持に児童をさせることが大切だと思う。そしてこの答はどうやら児童たちの手持ちの資料にはなかったようなので、やはり用意
     させた上でこう発言すべきであろう。
   G:この質問もどうも児童の資料に答はないようだ(私の手元にある小学6年の教科書にもない)。
   H:ここで以前に絵の中で木々の緑が描かれていた点から夏と答えた児童は疑問に思わなかっただろうか?3月を最初から想定して描いて
     いるのなら、緑というのは確かに迷う表現ではある(尤も旧暦3月は現在の4月だから微妙なところではあるが)。
   I:テレビでもテロップが出ていたが、「下に下に」と言えたのは御三家、親藩両方説があるという。御三家と親藩はイコールではない。とすれば
    尾張藩か紀伊藩とは限らなくなる。
   Jこういう発問は、児童にとっての身近な視点からなされていてよいと思う。
   Kその一方で、知らない(調べていない)児童と、知っている(調べてきている)児童の答の格差が大きく出てしまう。
   L「男の人ばかり」という単発的な、そして意図している答とは違う答が出ても、即座に「見たところ」と補い、「ありがとう」と言っている。こうした
    ところが有田氏の「名人」たるゆえんであろう。十二分な事前準備とどんな答をも否定しない姿勢が、この授業をひときわ素晴らしいものに
    している。
   M人質は大名の妻子であって、「行列に女の人がいない」こととは直接は結びつかないのではないか。大名の乗る駕籠を見つけさせ、「あれ、
    駕籠は1つしかないけど、奥さんは連れて行かないのかな?それとも国元に置いているの?」とでも児童に投げかけてはどうだろうか?
   Nこのあたりの発問が次々と繰り出され、あまり児童の答を聞くことなく進んでいるのは、なぜか?こうして今日考えてもらった問題の他にも
    いろいろ疑問があることを言いたいのであれば、わかるような気もするが、児童は混乱しないか?

 全体的な感想
 
・有田氏の子供に接する態度に感動した。
常に子供の視線にあわせて語りかけどんな答も否定しない。それでこそ自由な発言が保証される。
 ・
十二分な事前準備があって初めて深みのある授業ができる。授業の内容(質)は小学生相手でも決して低いものではなく、大学生にも通用
  する。そのことが授業をとても興味深いものにしている。
 ・この授業は、大名行列が江戸時代を見る1つの視点として提供されている。しかしそのことが、一方では参勤交代自体のまとまりのある学習には
  なっておらず、あちこちに話がとんでいってやや散漫になっている印象を受ける。学習のねらいが江戸時代への興味を喚起する、ということなら
  ばこれでいいということなのであろうか。
 ・小学生の場合、それまでの歴史的な既有知識というものは、ほとんどあるいはまったく持っていない。したがって知っている者とそうでない者
  との格差は非常に大きく、そういう中で授業を進めていかなければならない難しさを感じた。身近な題材を提供することは非常に大事だと思う。
  しかし
児童の日常感覚だけでは理解できない問題も少なくない。そうした場合のヒントの与え方、このあたりにポイントがあるように思う。

<6>児童・生徒の歴史意識の発達位相
        (藤井千之助『歴史意識の理論的・実証的研究』風間書房、1985年より)

 学年                  内              容
小学校
低学年
・自己中心性が残り、歴史的「時」・歴史的事象を身辺的・具体的・主観的に把握。
・現実と挙行との判別が困難。
・「今昔」の区別が不明確な場合が多い。
・「昔」はきわめて近い過去で、祖父母の生まれた頃がその極限。
・童話的・物語的歴史に興味を持つ。
小学校
中学年
・自己中心性は次第に解消。
・物事のはじめ、今昔の対比、変遷(発達)などの歴史意識が急速に発達。
・現実と虚構が分化してくる。
・4年生頃、直接的な因果関係を把握し始める(歴史意識発達の転換期)。
・英雄伝的・武勇伝的歴史に興味を抱く。
小学校
高学年
・「昔」を抽象的な距離感で把握できるようになる。
・「今昔の相違」を社会生活の意味で把握できるようになる。
・人物をその時代に結びつけて理解できるようになる。
・社会事象相互の機能的な関係把握は困難。
・伝説的・逸話的な歴史に興味を持つ。
中学校 ・社会機能の相互関係の因果的把握ができるようになる。
・1学年頃より間接的な院が関係を把握し始め、3学年ではほぼ可能になる。
・時代構造の把握が始まるが、程度は不十分。
・2学年頃、歴史意識発達の第2の転換期。※
・英雄崇拝的傾向が目立つ。
・歴史を道徳論的に考える傾向が強い。内容は個人的、道徳的なものから、次第に
 社会道徳的なものへ移行。
高等学校 ・時代構造の把握ができるようになる。
・社会意識が拡大、深化。
・現代的関心、世界意識(国際意識)が増大。
・歴史を社会の発展としてとらえ、未来への指針として期待。
・人間省察的、社会批判的、懐疑的傾向が増大。
・歴史意識は多様性に富み、個性的傾向が強い。
・観念論的傾向を示し、歴史意識の未成熟な面も残る。

このことは、現場の複数の中学社会科教師からも、そのような実感は確かにあるとうかがいました。

<7>平成18年度全国歴史教育研究協議会第47回研究大会(栃木大会)に参加して

・日時   平成18年7月26日(水)〜28日(金)
・会場   栃木県日光市鬼怒川温泉 ホテルニュー岡部
・日程   26日(水)総会 分科会
                   第2分科会(日本史):地域教材を活用した授業実践
                   第3分科会(日本史):歴史的見方を引き出す授業づくり
                   第4分科会(世界史):歴史的思考力を育成する指導法の工夫
                   第5分科会(世界史):多様な生徒に対応した世界史の授業展開
       27日(木)第1分科会(日本史、シンポジウム)歴史への興味・関心を高め、歴史的思考力を育てる授業 
              記念講演「村人のみた江戸時代」前筑波大学教授 田中圭一先生
       28日(金)史跡見学(日光・足尾コース、那須野が原コース)

 私は、上記第1分科会シンポのコーディネーターとして参加しました。その準備や実施を通じて考えたことを以下に
 まとめます。ご叱正、ご教示をお願いします。

@小学校での歴史的思考力の育成は難しい。

上記表にもあげたように、小学校の発達段階において、細切れの知識(小学校では6年でいわゆる日本史を学ぶが、2学期の途中
で終わさなければならず、なおかつ人物中心で通史的にはやっていない←注意点!
)、貧弱な生活経験では難しい歴史事象を考え
させることは無理というのが現場の小学校教師の意見。
  ↓
 だから、「小学校では考えさせることは無理だから、まず一定のイメージを植え付けるような詰め込み的学習でいい」という意見が出てくる。
  ↓
 しかし、果たしてそれは正しいのか?(後述)

A中学校の指導はやや高校に近い。

上記表にもあげたように、中学生は歴史的思考力の主な内容とされている、歴史の因果関係が理解できるようになる。したがって、
歴史そのものについて考えさせる授業が可能となる。

しかし、中学の現状もかなり厳しいものがあり、ここでもいわゆる通史的な授業はできていないとのこと。われわれ高校教師は、生徒は中学で
ひととおり各時代の学習は済ませてきているはずだと思っているが、ここに大きな認識のズレが起きる。

歴史的思考力の高度な内容として、時代認識の把握がある。このことを目標の1つとした実践報告もあったが、私見ではやはり中学生
には、かなり難しいのではないかと思われる。これも上の表にあるように、国際意識とともに、高校生で実践するのが適切と考える。

B小中高の違いを認識することと同時に、共通点(高校でも十分とりいれる必要のある方法)があることも知るべきである。
・生活にそくした、身近で親しみやすいテーマを選ぶこと
・課題や発問の設定を明確にする(内容や場面、状況を限定すれば小学生にも考えさせることは可能との報告があります)。
・問題解決を自分たちで根拠を探して成し遂げさせる(教科書にあるから、ではなく、史料を根拠にする態度を養わせる)。
・問題解決のための時間を保証する(子どもたちに性急に回答や成果を求めない)。
・どうしても子どもたちだけでは無理な内容もある。そのような場合は、有力な情報を与えて支援する(あくまで支援)。
・個人ではなく、集団による高めあい。
・文章にまとめさせる(自分で思考の跡をたどれる、達成感を味わえる)。
・歴史的思考力は転移力を有する。
  
繰り返しの実践により、徐々に子どもたちを高めていける。6年とか3年の長いスパンで考える。
   ↑
  名人による飛び入り授業ではなく、教科担任のルーティーンワークであることを生かす。
  そのためにも、社会科(地歴公民科)職員のチームワークが肝要。

※小学生でも、揺さぶり授業は行われている(「変だな」探し)。しかし、その「変だな?」の基礎になる常識は、いわゆる歴史的常識ではない
 (小学生以前に歴史は学んでいないから)。だとすると、あくまでも現在に生きる子どもたちの常識から照らして「変だな?」ということを突破口
 にしていくということか?
   例)大名行列の絵を見せて「あれ、男の人しかいない?」←「世の中は男と女半分ずつ」という常識に照らして
 これが中学や高校になれば、長篠合戦図の中の武田方にも鉄砲が描かれている点を見つけさせて、
 「あれ、武田方も鉄砲を持っていたのか!じゃあ、発見された鉄砲の玉はどちらが撃った?」←織田・徳川軍が大量の鉄砲で快勝した
                                                           という歴史的常識に照らして
     〜こういう違いなのか??

<8>明治時代の物価
生徒がわからないこと、知りたいことの1つに、それぞれの時代の物価は、今のお金にしてどのくらいか?ということがあると思います。
このうち明治時代の物価について、「株式会社ヤギ」さんのサイトに次のような表が載っていました。

      商 品 名 当時の値段  年代
ビール大ビン1本 14銭 明治25
朝日新聞購読料(朝刊のみ) 28銭 明治24
駅弁 7銭 明治21
鉛筆(1本) 1厘 明治20
きつねうどん 1銭 明治26
卵1s 16銭 明治22
鉄道運賃(東京・大阪間) 3円56銭 明治22
醤油1升(1.8g) 9銭 明治26
白米(10s) 46銭 明治20
日本酒1升 14銭9厘 明治22
コーヒー1杯 1銭5厘 明治21
理髪代(大人) 5銭 明治23

       (資料)「二十世紀のあゆみ」「大阪百話」

ここでは、このうちお米に注目してみました。これを基準に考えると、次のようになります。
現在のお米10sを5,000円とします。すると、46銭=5,000円となりますから、明治
20年代の1円は、今の10,870円となります。したがって、
おおよそ、「明治中期の1円」≒「今の10,000円」(したがって1銭≒100円)とみなすことができるようです。

<9>平井英徳先生の授業 世界史「モンゴル帝国の謎をとく」(NHK教育テレビ「わくわく授業」から)
                        (熊本県立熊本高等学校2年生)
【1時間目】
T 「○○さん、歴史上、本当にあったことを調べるには?」(注1)
S1「遺跡を発掘したり、インターネットで調べたり…」
T 「そうだね。じゃ××さん、教科書には『これがありました』って、断定的に書いてあるよね。何でそうなるの?」
S2「ちゃんと調べてあるから」
T 「なるほどね。そういうことだね。「ちゃんと調べた』っていうことは、現段階でいろいろ調べた結果、一番確からしいことが教科書に載っている
   ということなんです。だから本当にあったかどうかは、少しわからないんですけれども、現時点では一番確からしいのが教科書の記述なんで
   すね。で、実際には真実かどうかを知っていく方法というのは、例えば今言ってくれたように(注2、遺跡なんかを調べる方法がまず1つね、
   それから他には過去の記録を調べるっていう方法がもう1つあるでしょう?ただ、そういった過去の記録を調べても、様々な解釈が成り立ち
   ます。例えば昔の人が書いた記録でも、その人がどういう立場にいるかによって、同じ事件を見るにしても、人によって書き方が違ってくる
   ことも、もちろんあるんですよね。で、今回のモンゴルの話も、物や記録によってモンゴル帝国の実態について、少し考えていきたいと思い
   ます。(注3
(作業:教科書の最後、裏表紙にある現在の世界地図を見るよう指示し、生徒を指名、黒板に張った白地図に赤ペンで現在のモンゴルの領土を
 記入させる。南が砂漠で北が高原と説明した後で)
T 「で、このモンゴルという国は、君たちあんまり馴染みがない気がするんだけど、どんなイメージかな。△△さん、モンゴルについて知っているこ
   ととか、イメージ、何かない?」
S3「草原」
T 「草原ね。なるほど。…○×さん、どう?」
S4「遊牧民族」(注4)
T 「あ、遊牧民族ね(資料集で遊牧民族の写真を見せ、暮らしの特徴について少しふれた後)君たちの遊牧民族に対するイメージってどんなのが
  あるかって考えたんだけど、×○さん、馬頭琴(モンゴルの弦楽器。胡弓の一種。棹の先が馬の頭の形をしている)って知ってる?」
S5「はい」
T 「なぜ知ってる?」
S5「『ホースの白い馬』で」
T 「『スーホの白い馬』ね(笑)。それ聞きたかったんだ(小学2年国語の教科書でとりあげられている話を紹介。生徒たちの表情が和む)(注5 
   草原とか馬っていうイメージがありますよね?で、話を戻しましょう。(現在のモンゴルと当時のモンゴル帝国の広さを比較、さらにローマ帝国
   の最大領土とも比較させた後で、次の2つの問題を設定する)」
 @なぜ、モンゴル帝国はこれほど広大な領土を支配できたのか?
 Aなぜモンゴル帝国は、150年以上も存続できたのか?
  
 (このうち、@を「予想でいいんだけど」と考えさせ、生徒を指名)
S6「支配者か、誰かの力が強かった」
T 「(生徒の発言を繰り返し)なるほど。支配者って、どんな人?(モンゴルのお札を取り出し)△×さん、この人知ってる?」
S7「見た人かもしれない」
T 「朝青龍?白鵬?違う?見覚えはあるかもしれないけど、覚えていないって感じかな?なるほどね。×△さん」
(指名された生徒、資料集の中に同じ顔の写真を見つけ、チンギス=ハーンと答える)
T 「そう正解。チンギス=ハーンなんだな」
(ここで平井先生の奥様の家の系図を出し、先祖が元寇合戦で死んだことを紹介。続けて蒙古襲来絵詞をパソコンを用いてスクリーンにスクロ
 ールしながら映し出す)(注6 
(蒙古襲来絵詞を見て、気づくことを数人のグループで話し合うよう指示、机間巡視で補説)
(生徒、「てつはう」の文字や、元の兵が扉のようなもの〔楯のこと〕でガードしていること、個人戦法と集団戦法の違い、元軍の中での顔色の違
 い、などに気づいていく。「竹崎さんって、熊本の人じゃなかったっけ!?」さらに、元の兵が持っている銅鑼〔ドラ〕に注目、そこから元軍の中に
 役割分担があったこと、などに気づく)
(元軍の中でも長さの違う弓を持っていたことに生徒が気づいたことをうけて、実物の弓(平井先生が福島県のモンゴル村から借用)を見せ、生徒
 に弦を引かせ、その硬さを実感させる)「すご〜い」(注7)
(弓にはモンゴル式と中国式があること、これとさっき出た顔色の違いと結びつけて、日本にやってきた軍隊はモンゴル人と中国人などの混成部隊
 であったことを指摘、役割分担が行き届いていたと説明)

【2時間目】
T 「モンゴル軍はどうやって日本に来たの?泳いでは来られませんよね?まぁ、来れた人もいたかもしれないけど(笑)。何で来た?」
S8「船」
T 「そう、船だよね。(資料集で文永の役の時、900隻の船で来たとあるのに注目させる)この前の時間に、モンゴル兵が馬に乗っていないことを
   指摘してくれた人がいたけど(文永の役のルートを示す地図を見せて)モンゴル軍はどこから来たの?」
S9「朝鮮」
T 「そう、朝鮮。当時の高麗に船を造らせたんだ。ただ、朝鮮の人たちが喜んで造ったのか、無理矢理造らせられたのか、というのは別問題だけ
   どね」(注8)
(ここで、モンゴル帝国は、@軍事征服型か A多民族協調型か を数人のグループに分かれて話し合わせる。この間、机間巡視して助言する)
(生徒たち、自分たちで教科書、資料集などから根拠を探しつつ、話し合う)(注9)
(グループごとに代表者が意見発表)
@軍事征服型のグループ
「モンゴルは、強い国をつくりたくて、厳しい規則などもつくった」
「モンゴルは、農耕地帯などを征服して、豊かさを追究した」
T 「農耕地帯の征服って、年表の中で具体的にどのできごとを指すかな?」(注10)
S10「南宋の征服」
A多民族協調型
「貿易がさかんで武器が集められた。イスラム商人の経済力を利用、教科書にもモンゴルは宋以上の経済的繁栄をもたらしたとある。支配下の
 異民族に役割分担をさせ、人材を登用した。軍事国家としての国だけではなかった」(注11
T 「(地図を示し)イスラム圏ってどこ?イル・ハン国って今の何て言う国に当たる?そこはどんな文化?」
「チンギス=ハーンの生い立ちは厳しかった。そんな彼が厳しい支配はできなかったのではないでしょうか」(注12
T 「このように歴史の見方はいろいろあります。いろいろな資料から歴史を考えることが大切です。それは必ずしも、文字だけではありません」

◎この授業のポイント
@史料を徹底的に見直すことから、いろいろな発見をさせる。
A2つの違った見方を示すことで、歴史には様々な解釈が成り立つことを実感させる。

▽授業分析 

(注1)はじめに個人を指名して発問をすると、その他の生徒は安心して考えなくなるのではないだろうか。まず全員に発問してから指名すべき、
   というのが私の持論である。
(注2)他にも何カ所か見られるが「誰々が言ってくれたように」の言い方は、生徒の意見を極力授業の中に生かそうとしていて、その生徒にと
   っても発言した甲斐を感じさせる(したがって「また発言しよう」という気にさせる)もので、好感が持てる。
(注3この冒頭でのコメントはあえて言わず、これからの2時間の授業の具体的中身を通じて、生徒たち自身につかませてほしいと思う。
(注4)熊本高校という、県内最高レベルの高校生でも、回答が単語だけである。これは他県でも同様に違いなく、ここに日本の教育の根本問題の
   1つがあるように思う。
注5先生のお子さんが小学生ということもあるが、こうしたところまで生徒のレディネスを調べ、利用するというのは、平井先生ならではのこと
   だと感心する。
注6このあたりの史料提示も、先生の幅広い教材研究のたまものだと思う。それに竹崎季長が、郷土の先人である点をうまく利用している。
注7この福島から借りてきた弓を見せた時の、複数の生徒たちの「すご〜い」というつぶやきと、「ようやるわ」という表情、これは間接的では
   あるが、生徒たちが教師の教材研究に賭ける熱意を確実に感じたことを示していると思う。大いに学ぶべき姿勢と言えよう。
注8このコメントは、この2時間授業のポイントになる部分だと思う。詳しくは後述したい。
注9この@、Aは生徒たちから出てきたもので、必ずしも学界レベルでの論争点とは一致していないという。しかし、これはこれでよく生徒たち
   から出てきたものだと感心する。また生徒たちは、彼らなりの論理ではあるが、熱心に話し合っていた。ただ、全てのグループでも行われ
   ていたかはテレビでは確認できなかったし、他の高校でこうした話しあいが実現可能かは疑問が残る。
注10この生徒の発表の際の補説質問は、とても有効だと思う。
注11ここで発表した生徒は、「軍事国家としての国だけではなかった」と、必ずしも反対の説を全て否定していないところが素晴らしいと思う。
    この子(グループ)は、@かAのどちらかという単純な問題ではないことに既に気づいているようで、学習目標が達成された瞬間と言えよう。
注12こうした非歴史的な発表をどう教師が処理していったか、気になるところではある。もちろん、その場で発表の仕方を褒めていたことは悪い
    ことではないと思う。

☆感想

・2時間を通じて、さすがによく計画された授業になっていると思う。1時間目は教師主導、2時間目は生徒たちの話しあい、発表活動中心と、
 メリハリもよく効いている。
・生徒のレディネスをよく調べ、少しでも身近なことからモンゴルに目を向けさせようとしている点が大いに評価できる。
・実物教材の導入には常に努力しているご様子であり、その一端がうかがえ、また授業内容によく生かしている点は大いに学ぶべきである。
・生徒たちの発言を極力授業に生かそうとする姿勢が随所に見られ、よい雰囲気で授業が進められている。
・生徒たちの話しあいは、歴史研究の成果から若干ずれるような部分もあったが、何よりも主体的に自分たちなりの論理を組み立てようとして
 いる点が尊いと思う。生徒たちの資質が県内最高レベルであることは考慮しなければならないが、何とか他の学校でも少しでもこれに近い
 話しあいを実現させたいものであるし、1年次の現代社会で既に話しあい授業を組んできた平井先生の指導の成果と評価できる。

・根本的な問題であるが、モンゴルの広域支配を、蒙古襲来絵詞から考えさせた点について。
 ○絵は古文書と違って生徒にはとても取り組みやすい素材であり、これを用いた点は評価できる。
 ○ただ、これはモンゴル帝国というよりは、元になってからの問題ではないか?モンゴルが東西交通路の確保を意図して領土を拡大したことと、
   この元による日本攻撃を同じ具体例として用いるのは適当なのだろうか?船900隻、これは明らかに高麗人たちが無理矢理船を造らされ
   たのであって、これを「異民族の役割分担」ということに用いるのは問題ではないかと思う(もちろん先生もそのあたりを意識されてか、「ただ
   朝鮮の人たちが喜んで造ったのか、無理矢理造らされたのか、というのは別問題だけどね」と微妙な発言をされたのだと推測されるが)。
・上のことに関連して、紙幣からチンギス=ハーンを答えさせていたが、元寇に関して言えば、もちろんフビライであり、生徒たちはこのあたりを
 意識していたのか、気になるところではある。

<10>戦国時代の1文は今のお金でいくらか?
 
 
江戸時代の1両はおおよそ10万円(5万から40万という説も。時代によっても変動あり)と考えることにしています。落語の「時そば」で、蕎麦1
 杯が16文と言っています。現在のもり蕎麦などはだいたい400円くらいですから、1文=25円となり、1両は4000文なので、ちょうど10万円と
 なるわけです。

 ところが、戦国時代の本を読んでいると、やはり貫とか文というお金の単位が出てきますが、江戸時代とは基準が異なるようです。そこで何か
 わかる史料はないかと探していましたら、佐脇栄智さんという人の後北条氏についての研究書『後北条氏の基礎研究』(吉川弘文館、1976年)
 の中に、北条氏領国内の米価が出ていました。それで例えば天正15年(1587)の事例では、
100文で買える米の量が1斗2升とあります。ここ
 から計算して、現在の米価(10sで5000円とします)
から換算すると、100文で1万円、つまり1文は100円ということになりました。参考になれば
 いいのですが…

<11>新しい授業研究
 
 平成26年1月に参加した研修会で、県内のある普通高校で実践している新しい授業研究のやり方について学んできました。以下に、その要点
 をご報告します。
 ○従来型の授業研究の問題点
   ・事前準備(指導案作成など)に多大な時間と労力がかかる。
   ・参観の視点が主に授業者の指導技術にあり、そのため教室後方から授業者をみる形となる。そのため、授業者へ重圧がかかる。
   ・事後の研究協議は、主に教科内で実施するため、内輪の会となってしまう。会の流れは、だいたい@授業者の反省 A参観者の指導・助言
    という形であり、それは基本的に「指導する−される」の関係になる。Aのなかみは、感想、お世辞、あるいは逆に辛辣な批評などであり、そ
    こで議論が深まることがない。
   ・結果として、授業者の本音は「終わってよかった」「もう当分やらなくて済む!」「できればもうやりたくない」ということになってしまう。
 ○新しい授業研究
  (実践方法)
    生徒の学びを見取り、それをもとに協議する。そのために子どもの学びの様子が見える位置で参観する。
    研究協議は、ワークショップ(参画)型による全員の発言を原則とする。指導・助言ではなく「学び合い」
     (例)「あの場面で生徒Aはこういう反応を示した。その理由は…だからではないか」
         (生徒を主語にした指摘とする。いくつも言うのではなく、1回に1つのことを述べる)
  (授業者の感想)
    ・従来型より負担感、重圧感が少なかった。
    ・教えながらではふだん見ることができない生徒の様子(反応)が知れ、参考になった。
    ・他教科の先生の意見は、生徒の目線に近い点もあり、非常に参考になった。
    ・一方的に参観者の意見を聞くのではなく、こちらも考えを言えたので、授業のふりかえりが深まった。
    ・よいか悪いかの是非論ではなく、その局面での反応がなぜそうなるのかを見てもらえたことで、授業をよくふりかえることができ、課題も見えた。
    ・生徒の様子を映像に撮ってもらい、授業後に見ることができたのは勉強になった。
  (参観者の感想)
    ・若い自分でも意見が言いやすかった。
    ・受け身ではなく能動的になれたので、自分のものになった。
    ・言いたいことは腹におさめ、当たり障りのないようにふりかえる検討会とは違った。
    ・コミュニケーションをとりながらのふりかえりは楽しかった。
    ・さまざまな意見・解釈を聞くことができて勉強になった。気づきがあった。
    ・生徒の別の面を見ることができた。

 以上です。私もこの話を聞いて、ふだん授業を参観していて思いあたることが多く、大変参考になりました。
 ぜひ、このような形式での授業研究がふえることを望んでいます。 

                                                     
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