日本事務機械工業会、複写機へのライフサイクルアセスメント適用事例報告書、34〜38(1998)より
(LCA日本フォーラム、LCA日本フォーラム報告書、29〜38(1997)に対して加筆、修正したもの)


LCAに関する現状の議論と当面望まれる処置について

 LCAについて、ISO、各種フォーラム等で多くの議論がなされてきた。それらの議論の過程で、ほぼ十分な統一見解が得られた事柄がある一方で、十分な統一見解が得られない事柄も浮き彫りにされた。LCAが成熟した技術でないことや、LCAが誤って使われた場合に社会的影響が大きいこと等が議論の根底にあるように思われる。しかし、統一見解が得られた範囲に限定すればLCAは十分実用段階にあると考えられる。
 以下では、LCAを実施するにあたってのそれぞれの要件について、統一見解がある事柄、統一見解がない事柄、そこから当面どのような処置が望まれるかについて下表の順に説明する。

表 LCAについて統一見解がある事柄と当面望まれる処置

要件

統一見解がある事柄

統一見解がない事柄

当面望まれる処置

1)

LCAの用途

内部利用(基準作成、環境改善評価、環境改善要素の抽出)、啓蒙活動資料等

他社メーカーとの比較広告、公的な環境基準作成(法律・自主規制)

LCAは発展途上の技術であることを鑑み、結果の誤用が、大きな社会的影響を与えるものには基本的に使用しない

2)

LCAで考慮する環境負荷項目

資源・エネルギー消費量、大気圏排出物量、水圏排出物量、固形廃棄物量等

コスト、製品機能等

LCA対象外とする

空間利用、騒音、臭気、粉塵、廃熱、放射線、電磁波等

必要であれば、定性的に評価する

重金属排出量等の少量で環境負荷が大きく、かつ排出源が限られる環境負荷項目

定性的な評価をして対象外とするか、あるいは算出方法を明記して実施する

3)

インパクトアセスメントの取り扱い

インパクトアセスメントを省略することも可能

全ての環境負荷を一つの数値にまとめること

インパクトアセスメントを省略したLCIとして実施するか、あるいは算出方法を明記して実施する

4)

LCAの結果から結論を導き出すために必要な「有意差」

数倍〜数十倍の差

数割程度以下の差

1)インタープリテーション(感度分析、誤差分析等)を充実させる、2)他の環境影響評価の手法やLCC等と組み合わせて相補的に判断する

5)

LCAに望まれる評価期間

数時間〜数週間程度

 

LCIを容易に実施するための工夫やコンピュータの利用が必要

1)LCAの用途
 LCAには様々な用途が考えられる。LCAが完全な手法として確立されている場合は、これら用途は何ら区別される必要はない。しかし、LCAの結果に含まれる誤差の程度を明示できない現状では、これら用途を区別して考える必要がある。
 一般に、自社内でLCAを実施する場合は、LCAの結果が誤って使われたとしても影響は企業内に限定される。しかし、一企業の枠組みを超えて、例えば他社製品との比較広告のためにLCAが使われたとすれば、LCAが誤って使われた時の社会的影響は大きく、またその影響が大きいが故に結果が恣意的に歪められる可能性も増大する。従って、当面は結果の誤用が大きな社会的影響を与えない用途に限定し、LCAの手法の進歩に伴ってそれを緩和していくことが望まれる。

2)LCAで考慮する環境負荷項目
 今までLCAで考慮されてきた環境負荷項目は、数百種類以上ある。これら全てを考慮すべきとする意見もあるが、多くの場合は目的に応じて数項目〜数十項目が選択される。どのような環境負荷項目を選択すべきかといった問題はケースバイケースだが、ここではLCAとして考慮すべきかどうか意見が分かれている以下の3つの負荷項目分類について考える。
A)環境負荷に直接関与しないコスト、製品機能等の項目
 従来、何らかの意志決定をする際には、コスト、製品の機能、品質、デリバリー、製品安全等を総合的に評価する必要があった。これらはそれぞれ独立して評価されているが、環境配慮項目を加えて統合指標とする考え方がある。しかし、それ以前に環境配慮の程度をコスト等と並列に単独評価する必要があり、そのためにLCAを用いようという意見が大勢を占めている。当面は、コスト等をLCAに含めないことが望まれる。
B)加算処理が難しい空間利用、騒音、振動、臭気、粉塵、廃熱、放射線、光、電磁波等の項目
 これらの環境負荷は、加算して処理することに意味があるかどうか意見が分かれており、一般にはLCA項目として考慮されない事が多い。当面は、特に著しい環境負荷がある場合は、結論を考える段階(インタープリテーション)で定性的に考慮することが望まれる。
C)少量で環境負荷が大きく、かつ排出源が限られる重金属等の項目
 重金属やフロン等の環境負荷項目は、その環境負荷が大きい割に、排出源が限定されることが多い。そのため、ライフサイクルを考えるまでもなく、どこでどれだけの環境負荷があるかが比較的評価しやすい。また、これらの負荷項目は、種類が多く [1]統合的な評価が難しい [2]。もちろん、LCAの目的によって、あるいは実施者の考え方によってこれらの項目の処置を決めるべきであるが、この項目を取り扱う事には「統一見解」がないことは事実であり、製品アセスメント的な定性評価 [3]を実施するにとどめた方が望ましいと考える。また、必要であれば、リスクアセスメント [4]等の評価手法を並列実施しても良いだろう。

3)インパクトアセスメントの取り扱い
 環境問題を考える上で、何らかのトレードオフの解消が必要になる場合がある。例えば、「SOx排出量を削減する為にある機構を導入したら、NOxが増えてしまった」、「CO2排出量を削減させるためにある装置を導入したら、固形廃棄物が増えてしまった」といった問題である。これらをLCAを用いて解決するためには、インパクトアセスメント[5]の実施が不可欠であると考えられている。しかし、全ての環境負荷の程度を一つの数値に集約するためには、各地域の社会的要請・価値観などを考慮する必要があり、現状ではそのための統一見解が得られていない。
 LCAを実施する場合には、以下のように必ずしもインパクトアセスメントが必要ないケースがあることを鑑み、当面はインパクトアセスメントを省略したLCIとして実施するか、あるいは算出方法を明記して実施することが望ましい。

4)LCAの結果から結論を導き出すために必要な「有意差」
 「ある製品が、比較される製品に対してどの程度環境負荷が多い/少ないかを調べる」場合、結果を出す段階とは別に、その結果に「有意差」があるか否かの検討が必要である [6]。LCA事例で、結果の「有意差」を検討しない場合は、少なくとも数倍〜数十倍の差が無いと「有意な差」があるとは認められないとの認識が必要だろう。
 これらに対処するには、A)感度分析や誤差分析等を実施して結論を検証する、B)LCA以外の手法、例えばライフサイクルコスト [7]を同時に調査することで、相補的に判断する、C)LCAのデータを公表する際に、結果/結論を読者に誤解を与えない表現にする、等の適切な処置が必要と考えられる。以下、それぞれについて詳細を述べる。
A) 感度分析と誤差分析の実施
 感度分析 [8]は、「どの要素のデータ誤差が結果に大きく影響し、また各データの精度がどの程度必要かを知る」為に実施するもので、各種の数学的なシミュレイションで一般的に使われる手法である。感度分析を実施することで、各データに必要な精度が理解でき、製品やプロセスの改善分析にも利用できる [9]
 誤差分析は、LCAの結果から導き出した各種結論の検証に用いる。例えば、LCAの結果からある結論の仮説が導けたとする。その仮説が不利になるように、全てのデータについて、それぞれ上限値/下限値のどちらかを選択して再計算する。再計算した結果も、前記仮説を満たしていれば、データの曖昧さに関わらずその仮説が正しいと言える。
B) ライフサイクルコストの実施
 ライフサイクルコストは、LCAと同じ傾向の結果を示すことが知られている。あるプロセスへのインプット/アウトプット要素は、多くの場合なんらかのコストが同時に発生するためと考えられる。
 ライフサイクルコストの実施のメリットは、あるプロセスのトータルな費用とその発生源を比較することで、そのプロセスのインプット、アウトプット要因を比較的抜けなく集めることができること、ライフサイクルコストとLCAの結果の比較から誤りを発見しやすいこと、LCAの結果/結論の理解を深める効果があること等がある。
C) LCAの結果/結論の公表時の適切な処置
 LCAの結果/結論を発表する際には、個々のデータの曖昧さが理解できるように適切に処置する必要がある。内部利用でも、LCA担当者から離れた結果/結論は一人歩きしやすいため、同様の処置が必要だろう。適切な処置例を以下に示す。
l データを数値で公表する際には、個々の数値の誤差がわかる形にすること。それが何らかの理由でできない場合は、流用できる形での数値の発表を控えること。
l 結果を公表する際には、その結果の曖昧さが理解できるようにすること。例えば、計算の仮定で必要とされた仮説、仮定、実施した上での課題等をすべて同時に示す、あるいは誤差分析の結果を示すこと。それらができない場合は、流用できる形での結果の発表は控えること。
l その他、結果/結論があらゆる意味で読者に誤解を与えないように十分に注意すること。例えば、有意な差があるように誤解を与える図、表を提示しないこと。また、既存データを使用したにもかかわらず固有製品の結果としないこと。

5)LCAに望まれる評価期間
 LCAを実施しはじめてから結論を得るまでの期間は、早ければ早いほど望ましい。しかし、理想的なLCAを実施しようとするほど、非常に多くの期間(例えば数年)が必要となり、そのような長期であってもLCAを実施しなければならない用途は比較的限られるだろう。特に、製品・プロセス設計にLCAを用いるのであれば、計算に要する期間が増えるほど設計変更できる自由度が減少するため、できるだけ早くLCAの結論を得る必要がある。具体的には、製品・プロセス設計にあわせた期間、すなわち数週間以内が望ましい。そのためには、コンピュータの利用 [10]と、LCIを容易に実施する [11]ための工夫が必要であると考えられる。


注釈:
[1] 重金属等の有害物質は数百種類以上あり、その数は科学技術の進歩に伴って今後も増加し続けると考えられる。一方、実際のLCA事例では有害物のほとんどが関係しない事が多く、それにも係わらず有害物質の全てを網羅することは、作業のほとんどを有害物質関連に費やすことを意味する。
[2] 有害物質の環境影響を評価する場合には、その移動/分解/無害化等の経時変化を考慮することが欠かせないが、現状のLCA技術は経時変化を扱い難いため、正確な評価が期待できない。
[3]「有害物質に関する法規制/自主規制の遵守をライフサイクル的に確認する」ことで定性評価することが可能である。また、個々のLCAを通してその排出を抑えるよりも、トップダウン的に物質製造/使用を規制した方が効果的である。
[4] 参考文献:片谷教孝;化学物質運命予測モデルの役割と最近の動向,化学物質と環境(エコケミストリー研究会),No.22(1997.3)
[5] インパクトアセスメントは、環境負荷の分類分け(クラシフィケーション)、特徴づけ(キャラクタリゼーション)、重み付け(ウェイティング)の各過程で構成される。
[6] LCAの結果の信頼性が低いことは、LCAに用いられるデータが曖昧であることや、用いられる各種仮定の設定方法が不明であることが大きな要因となっている。
[7] 一生の間に発生したコストを積算する手法。LCCと略される。
[8] 参考文献:戦略LCA研究フォーラム翻訳;LCA 製品の環境ライフサイクルアセスメント(1995),サイエンスフォーラム
[9] データを直接公表することなく、LCAの結果に最も影響している要素を端的に示すこともできる。
[10] 感度分析、誤差分析、各種シミュレーション、データの関数(プログラム)処理が可能なソフトウェアの活用が望まれる。
[11] LCIはLCAを実施する中で最も労力を要する段階であるため、LCIの評価期間短縮が最も効果的である。

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