日本事務機械工業会、複写機へのライフサイクルアセスメント適用事例報告書、39〜43(1998)より
(LCA日本フォーラム、LCA日本フォーラム報告書、29〜38(1997)に対して加筆、修正したもの)


LCIを容易に実施するための工夫とその限界

 LCIを容易に実施するための工夫として下表の1)〜7)のパターンが考えられ、それぞれの工夫の効用と限界について以下に簡単にまとめる。

表 LCIを容易に実施するための工夫

LCIを容易に実施するための工夫

理想的なLCI実施のイメージ

LCIを容易に実施するための工夫の適応例

バウンダリの設定

1)

ライフサイクルの一部のステージを制限 (breadth設定)

資源採掘→素材製造→部品製造→製品製造→販売・輸送→使用→廃棄・リサイクル考慮

輸入以前のステージは考慮しない

2)

主系列からの深度を制限 (depth設定)

深度3前後までを考慮(感度分析で深度数を決定)

固形廃棄物、水圏排出物質は主系列のみ考慮

3)

寄与度の低いプロセスを制限

環境負荷寄与度が0.1%程度以上を考慮(感度分析で割合を決定)

エネルギー消費量が全体の1%以下のプロセスは考慮しない

4)

資本設備製造等の特定の要素を考慮せず

製造設備の製造〜廃棄の影響や、労働力に関する環境影響を考慮

資本設備、労働力は考慮しない

環境負荷項目の設定

5)

環境負荷項目を制限

資源・エネルギー消費量、大気圏排出物量、水圏排出物量、固形廃棄物量等を考慮

CO2排出量のみ考慮

バックグラウンドデータの取得方法

6)

既存の文献データ/データベースの利用

全てのバックグラウンドデータが同一手法で取得され、かつデータに再現性が保証(あるいは誤差分析が可能)されているデータを利用

データ取得日時・取得方法等が明確で、データ誤差がある程度理解できるデータを利用

7)

産業連関方式から算出された原単位を利用

各種環境負荷項目についての直接排出原単位から原単位を算出して利用

CO2直接排出原単位(石油等消費構造統計表利用)からCO2原単位を算出して利用

1)バウンダリの設定:ライフサイクルの一部のステージを制限
 LCAを実施する上で、最初に設定する必要のあることの一つにバウンダリ [12]の設定がある。バウンダリは、考えられる範囲で最も広く取ることが望ましい。どの段階で環境負荷が発生し、またそれをどの程度考慮すべきかは、結局LCAを実施しないとわからないためである。しかし、バウンダリを広くとるほど考慮すべきプロセス数が指数級数的に増大するため、現実的にはある範囲で制限しなければならない。バウンダリを制限することの一つの方法として、ライフサイクルステージの制限がある。例えば最も環境影響があると考えられるステージだけを考慮する「ボトルネックLCA」や、製品・プロセスの改善効果を調べる際に共通するライフステージを省略する方法である。
 このライフサイクルステージを制限した場合の限界は、除外したステージからの、あるいは除外したステージへの環境負荷の波及効果がわからないことである。また、そもそも全てのステージを考慮しない場合は、「ライフサイクル」を「アセスメント」していないため、LCAではないとの意見もある [13]。可能な限りステージの制限はしないことが望まれる。

2)バウンダリの設定:主系列からの深度を制限(depth設定)
 米国環境保護庁(EPA)が作成したインベントリガイドライン [14]には、固形石鹸を例にバウンダリの制限法の一例を紹介している。「ワンステップ後退ルール」と呼ばれるその設定方法は、石鹸を製造する為に必要な水酸化ナトリウムの投入(主系列と定義する)、及び水酸化ナトリウムを製造する為に必要な炭酸ナトリウム(主系列から深度2のレベルと定義する)までを考慮し、炭酸ナトリウムを製造するために必要な塩化アンモニウム(同深度3と定義する)以降は考慮しないというものである。そして、この設定方法で発生する誤差は、データの精度を考えれば無視できるとしている。以上のように、バウンダリを制限するために深度を考慮する方法がある [15]
 深度の設定方法に関する共通認識は、現在得られていない [16]が、当面は、A)他の成約条件が許す範囲でできるだけ深くまで深度を考慮すること、B)結果/結論の公表時に、どの段階まで深度を考慮したのかを明記 [17]し、後日検討が可能なようにしておくこと等が望まれる。

3)バウンダリの設定:寄与度の低いプロセスを制限
 以上2つの制限方法に共通する欠点は、LCA結果の精度を向上させるほど、LCA算出期間が指数級数的に増大することである。これらを解決するために、一定のしきい値を設定してそれ以前のステージ、あるいはそれ以下の深さのプロセスを考慮しない方法がある。
この方法の適応例として、先に示したEPAガイドラインに「1%ルール」が紹介されている。このルールは、ある物質質量 [18]が全システムの1%以下の場合、それ以前を考慮しないというものである。
 この容易化の欠点は、1%以下を除外することでどの程度誤差が発生するかが不明なことである。これには、産業連関方式等による「プレLCA」を利用して対処できる。上記質量のかわりに例えばCO2排出量を用いて、寄与度が小さいと思われるプロセス、あるいはプロセス群を選択排除することが可能であり、またプロセスを排除した事による影響も推定可能である。もちろん、CO2排出量が少ない一方で環境負荷が大きいプロセスも存在しうるが、上記質量を指標とした場合に比べれば、格段の精度向上が期待できるだろう。

4)バウンダリの設定:資本設備製造等の特定の要素を考慮せず
 従来のLCA事例は、資本設備 [19]の製造〜廃棄時の環境負荷を考慮していないことが多い。例えば、固形石鹸を裁断する設備を考えると、裁断設備の製造時のインプット、アウトプットは、「この機械で製造される膨大な固形石鹸の量を考えると微量だ[14]」との考え方がある。また、電力発電の場合、生産設備の建設に伴って排出するCO2排出量は、生産活動での発生量に比較して小さい [20]との報告もある。
 しかし、例えばプラスチックの再生設備のように、「生産量が比較的少ない場合は生産設備を考慮した方が望ましい [21]」との事例報告もあることから、他の制約が無いのであればなるべく考慮することが望ましだろう。考慮しない場合は、感度分析等を行なってLCAの結論に影響しない事を確かめておくことが望ましい。
 労働力をLCAで考慮すべきか否かは、現在のところ統一した見解は得られていない。ただ、労働者の通勤や、残業による事業所電力の消費等、その労働が存在しなければ発生しなかっただろう環境負荷要因もいくつか挙げることができるため、全く考慮しないことには問題があると考えられる。なるべく労働力を反映た評価をし、さらに後日検討できるように評価手法をまとめておくことが望ましい。

5)環境負荷項目の設定:環境負荷項目を制限
 多くのLCA事例を見ると、いくつかの環境負荷項目間に相関が認められ、主要な環境負荷項目を調べることで他のいくつかの環境負荷項目を代表させうることが示唆される。例えば、CO2排出量はエネルギー消費に伴って排出されることが多く、CO2排出量とエネルギー消費量は強い相関があると考えられる。CO2、NOx、SOx排出量も同様の理由により比較的相関があると考えられ、以上を代表する手法としてCO2排出量を選択することは可能である。
 ただし、例えば非鉄金属精練は主要なSOx排出源であるが、そのような多量に特定排出物が出るプロセスが少なくとも主系列に存在する場合は、その環境負荷項目を別途考慮した方が望ましい。
 また、あらゆる経済活動にはエネルギー消費(CO2排出)が考えられる為、他の環境負荷項目、例えば水圏排出物及び固形廃棄物とCO2排出量とに弱い相関があると考えられないことはない。
 しかし、オゾン層破壊物質等のごく微量で大きな環境負荷を与え、かつ排出源が限られている環境負荷項目は、CO2排出量とはほとんど相関がないだろう。特に,これらを排出するプロセスが主系列等にある場合は、CO2排出量等だけで全てを代表することは難しいと考えられる。
 これに対応するためには、

が望ましいだろう。

6)バックグラウンドデータの取得方法:既存の文献データ/データベースの利用
 ある製品の製造段階までの環境負荷を直接調べる代わりに、既に調べられたデータを引用する場合がある。LCAを実際に運用するためには、このようなデータの集合体であるデータベースを構築することが最も重要だとされるが、幾つかのデータベース以外は信頼性が乏しいとの意見が多く聞かれる。文献によってデータのばらつきがあり [23]、また代表性が何等かの形で確保されていない等の数々の問題が存在するためである。
 文献データを利用する場合は、

等が望まれる。

7)バックグラウンドデータの取得方法:産業連関方式から算出された原単位を利用
 産業連関表は、各省庁共同で国内産業間の取引き量(金額ベース)を調査編纂しているもので、経済計画の策定や経済の分析、予測等に利用されている。この産業連関表を各種の産業統計(例えば、「石油等消費構造統計表」)と組み合わせることで、環境負荷物質排出量の「原単位」 [25]を算出することができる。CO2排出量等の幾つかの環境負荷項目のみに限定すれば、国内産業の全てのライフステージ、および無限の深さを考慮することが可能である。産業連関方式は以下のような限界/課題があるが、現状において最も信頼おけるデータベースの一つと考えられる。

注釈:
[12] バウンダリとは、LCAの目的を達成するために考慮する範囲の事で、ライフサイクルステージの設定(breadthの設定:資源採掘→素材製造→部品製造→製品製造→販売・輸送→使用→廃棄・リサイクルの各ステージで、どのステージを考慮するかの設定)、主系列からの深度の設定(depthの設定:2)で定義)、資本設備/労働力等を考慮するか否か等がある。
[13] 例えば、「資源採掘〜使用」までのステージを無視した場合は、「廃棄リサイクルステージアセスメント」とすべきかもしれない。
[14] 参考文献:米国環境保護庁作成編集;ライフサイクルアセスメント−インベントリのガイドラインとその原則−(1994),産業環境管理協会
[15] LCAを内部利用する場合、環境低減対策が実施できない範囲まで考えることに意味が無いのではないかとの考え方から、主系列に絞って実施されることが多い。
[16] 深度の設定とそれによって発生する誤差との関係は感度分析等で分析可能と思われるが、そういった例は余り報告されていない。
[17] 例えば、生物系燃焼を考慮していない、不可逆的森林伐採の効果は見ていない等。
[18] 質量のかわりにコストを用いることもできる。
[19] 例えば、電力を作る為の発電所や、固形石鹸を作る為のプラント設備等。
[20] 参考文献:吉岡ら;環境分析用産業連関表のLCAへの適用,Keio Economic Observatory Occasional Paper,No.29(1993)
[21] 参考文献:伊藤健司;LCAに取り組むための課題と方向性-事務機械へのLCAの応用-,エネルギー・資源,Vol.17 No.6(1996),43〜49
[22] 場合によっては環境負荷項目を再度設定し直してLCAをやり直すこと。
[23] 参考文献:稲葉敦;LCAにおける基礎素材の製造に関するCO2の排出原単位,化学経済,7月号(1996),49〜57
[24] データの取得日時、取得者、測定/推定条件、その他各種仮定/算出方法。
[25] 原単位とは、単位金額(あるいは単位質量)あたりの資源消費量/環境排出物量を示す。
[26] 参考文献:森口祐一、近藤美則、清水浩;我が国における部門別・起源別CO2排出量の推計,エネルギー・資源学会第八回エネルギーシステム・経済コンファレンス,(1992),225〜230
[27] 参考文献:生涯環境影響調査方法の開発報告書(1995),産業環境管理協会
[28] 「石油等消費構造統計表」等の各種統計の代わりに素材製造までのマテリアルLCAの結果を使用する等の工夫が望まれる。

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