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成田ミち
31.かつての臼井宿の中心中宿交差点 
     旧成田道は新坂を下ると現296号線に合流するが、そこから成田街道臼井宿である。かつては多くの旅籠が軒を並べてにぎわっていたというが、その中心が中宿交差点あたりと思われる。成田詣での人はこの臼井宿に一泊し、次の日成田を目指した。朝出発すればちょうど日暮れ前に成田に到着するはずだ。実体験済み。
32.雷電為右衛門夫妻と一女の墓
     雷電為右衛門の墓は全国に数箇所あるらしいが、妻と子供が一緒に供養されているのはここだけである。法華宗浄行寺の墓地にあるが浄行寺はすでになく、この墓地が残るだけだ。彼は信州の生まれだが、妻のおはん(後に八重)は臼井上宿の甘酒屋の娘だったらしく、ここにお墓があるのもうなずける。
33.改修された徳川家綱時代の石像2体
     この石像は誰にも見向きもされず、半分うずもれて野原に転がっていたものを修復して現在整備されている。近くに小さな祠や墓地があって、住宅地と墓地が入り混じっていてかつてこの辺が山深く、人が葬られたところであることがわかる。
34.臼井城の砦があった宿内公園
     臼井城の南にある小高い丘がかつて臼井城のとりでがあったとされ、今は私有地だが宿内公園として市民に開放されている。臼井のジャスコ屋上から京成線の向こうに見える丘がそれだ。遊具などは何もなく、ただ林のなかを散歩するだけのコースだがそこがとてもよい感じで、あまり歩かれてないので土が軟らかく、散歩にはいいところだ。
35.臼井にある稲荷神社
     臼井駅から北に向かうとこの神社がある。家綱時代の石像と距離が近く、お墓も隣接している。というより、この境内の中にある。死者を埋葬するところは神聖な場所だったに違いない。祠も3つほどあり、大木もあり、開けたスペースもあり、休憩に適しているが、周りが宅地化してかつての静けさは失われつつある。
36.長源寺
     浄土宗の道誉上人が宿内砦付近に開山した寺。その後、寺は現在地にうつされたらしい。ここには明治時代に村役場がおかれていたこともあるし、臼井小学校もここで開港した。その後、臼井小学校は宗徳寺にうつされた。長島選手の先祖もここに祭られていると言われる。現在は街道から少し奥まったところにひっそりと建っている。