ご注意 アンハッピーものです。 救いがない話なので苦手 な方は回れ右して下さい 24, 終焉 〜終りの始まり〜 「なんでお前なんかがいるんだよ!?消えちまえ!!!!」 俺の口から出たのは、こんな台詞だった。身体を元に戻すと誓ってから、どのくらい時間が経ったのか 考えたくも無かった。これは、と思う事柄に振り回され、結局徒労に終わる日々。俺は焦っていたのも あるが、弟の期待に満ちた視線がひどく感に触った。本当の所は結局、俺は彼から解放されたかったの かもしれない。また空振りに終わって落ち込む俺に、まだ大丈夫だから頑張ろうという弟。かっとなっ てつい口から出てしまった。弟はびくりと震えて黙り込んでしまう。それでも謝ろうという気はなかっ た。頭に血が上ったまま、俺は宿を飛び出した。 暗くなってから宿に戻ると、弟の姿は消えていた。少し胸が痛んだが、その内帰ってくるだろうと高を くくっていた。今までもケンカはしたことがあるが、弟は必ず俺の下に帰って来たからだ。それは弟の 身体を元に戻すのは俺しかいない、という事情もあった。そして俺の身体を元に戻すことを、弟が誓っ ていたのもある。それに俺には自信があった、弟は鎧姿だから嫌でも人々の目に留まる。だから探せば すぐ足取りを掴めて、連れ戻せると。 だが 流石に一週間も帰ってこないのは、異常だ。この時、俺は初めて焦りだした。周りに聞き込みをしたり 大佐をどつきまわして、軍の各所に散らばる駐屯地で弟を見たか報告させたり。しかしどれも空振りだ った。弟はそれこそ魔法がかかったかのように、その姿を消してしまっていたのだ。ここにきて、俺は ようやくあの言葉が俺が思っていた以上に、弟を傷つけたことに気がついたのだった。そして思い知る。 俺がどれだけ弟に依存していたか、生きる目的にしていたのかを。後悔をし弟に謝りたくても、肝心の 弟はどこにもいない。行方不明になった弟を大佐や中尉はとても心配してくれたが、同時に俺は説教を くらった。幼馴染には内緒にしていたのだが、俺がいつまでたっても弟と同時に現れないことを怪しみ とうとう白状させられた。その時はスパナ攻撃どころか道具箱の中身全部を投げつけられ、最後にはそ の道具箱までぶん投げられた。しかも後は俺をバンバン叩いて、幼馴染は号泣した。 「あんたにとってアルは、その程度の存在だったの?だったらアタシが引き取ってあげれば良かった。」 幼馴染は弟を自分の弟同然として、可愛がっていたから。 「ごめん、俺探すよ。アルを。んで絶対見つけ出して、連れて帰るから。」 「それ本当ね?アルが見つかったら、アタシのトコに来なさいよ。」 「ああ、約束するよ。」 それは俺にとって、これから生きるための目的になった。 それから3年経った。 だが俺は未だに弟を見つけられずにいた。もはやこの国にはいないのではないか、と大佐から准将に昇 進した男が形の良い眉を顰めて言う。俺はあれから軍に入った、国家錬金術師の位を抱いたまま。少佐 として軍に入隊、今は中佐になっている。それもこれも行方不明の弟を探し出すためにとった、手段だ。 利用できるものはなんでも利用してやる。弟をこの手に取り戻せるなら、なんだってしてやるんだ。し かし弟はそんな覚悟の俺から消えたまま。 准将に呼ばれて、俺は渋々奴の前に立った。准将の隣には、相変わらず中尉から大尉になった美女が立 っている。 「鋼の、北のドラクマとの国境で小競り合いが起きているのは知っているな?」 「?ああ、原因は良く知らねーがそういやあったなそんなの。で、それがどーした?」 「不確かな情報だがドラクマ軍の中に、一風変わった錬金術師がいるという。」 「え!?」 「しかもかなり腕がたつそうだ。それで国家錬金術師を一人、要請してきている。」 准将の言いたいことは分かった。そのドラクマにいる一風変わった錬金術師が弟かもしれないと、疑っ ているのだ。弟はまだ鎧姿のはず、一風変わったという情報にも一致する。そしてかなり腕がたつとい うことも、弟なら納得できる話だ。准将は、俺が希望すれば要請してきている国家錬金術師に、俺を押 そうと言っているのだ。迷うはずはなかった。 「俺が行く。准将頼むよ、俺を行かせてくれ。」 そう言うと、准将には予測できていたのだろう。ひとつ大きく溜息をついた。 「なんだよ、溜息なんて。」 「鋼の。」 准将の黒い瞳が、俺に向けられている。強い光を湛えたその瞳に、俺は少したじろいだ。 「覚悟はあるのか。」 「?」 「人を殺す覚悟はできているのか、と訊いている。請われて戦場に向かうとはそういう事だ。」 そうだ、戦場は殺し殺される場所だ。准将はイシュバール戦でそれを嫌というほど味わっている。そし て隣に立つ大尉も。生半可な気持ちで行けば、俺は身体的に生き残っても心が死んでしまうことだって ありえる。そしてそんな戦場で殺さずなんてできるはずもない。そんなことをしては自軍が危機に陥っ てしまう。そんな奇麗事など押し流してしまうのが、戦場だ。 正直、誰かを殺したくなんかない。 だがそれでも、そんな思いをしてでも少しでも弟に会えるかもしれない可能性を捨てられなかった。 「ああ、俺は行く。頼む、准将。」 俺の顔を見た准将が、諦めたような表情をした。できれば断って欲しかったのだろう、戦場の無常を知 っている身としては。本当に、俺にとって兄貴のような存在なんだな。隣で大尉が小さく溜息をついた。 「分かった。」 准将は静かにこう答えた。 そして、俺は戦場にやってきた。小競り合いというには大分、戦闘が大きくなっている気がする。もち ろん俺は戦場に立った。最初は足が震えた、恐怖で。しかし兵士達は初めての戦場なら誰でもそうだ、 最初から平気なのがおかしいのであって、アナタは自分を恥じることは無いと慰めてくれた。俺は人に 恵まれたようだと思ったが、反面そういう兵士がいる部隊に准将が捻りこんでくれたのかもしれない。 俺は戦った。 敵兵を殺した。 最初の頃、俺がびびって敵兵を殺せなかった時、俺のフォローをしてくれていた兵士が俺を庇って死ん だ。頭では分かっていたが、やはり殺すという行為はなかなかできることではない。しかし躊躇えば、 自分どころか周りの味方ををも殺してしまう。勘違いしているやつも多いのだが、軍人は意味も無く人 は殺さない。たとえ戦場でも、戦闘がない時や任務についていない時に殺せば罪になって裁かれる。殺 すのは敵兵だけだ。大切な人が手を汚さずに平和に暮らせるように、兵士は自分の手を汚してでも戦う。 簡単な例えを出せば家族が殺されようとしている時、手に銃があったらソレを使って家族を守る為に戦 うようなものだ。 俺は探した、戦いながら殺しながらあの鎧姿を。 俺のたった一人の家族を。弟を。 戦場にいると、突然錬成反応が起こった。構えたが敵の目標はこちらではなかったようだ。少し離れて いた部隊から悲鳴が聞こえてくる。俺は舌打ちをして、そちらに走った。そして敵兵の中に、浮いてい る人物を発見した。しかしその姿は、鎧ではなかった。人違いか、そう思った時浮いている人物がこち らを向く。 俺は目を疑った。 それは紛れも無く、元の姿をした弟だったのだ。いや少し俺の記憶より成長している。一体いつの間に 誰がどうやって戻したのだろう?俺は愕然とした。幸いなことにあちらは俺に気がつかなかった。気が つかれていれば、俺はとうに死んでいただろう。ふとさり気ない仕草で、弟の隣に青年が立った。栗色 の髪に緑色の目のどこか穏やかな感じの奴だった。弟の顔がパッと明るくなって、何かを話している。 青年は弟の頭を撫でて、連れて行こうとしていた。 「アル!!!」 俺は大声で叫んだ。しかし届かなかったのか、弟は青年に促され俺に背を向ける。 「アル、待ってくれ!!俺だ、エドワードだ!!」 叫びながら走ったが、俺が思っていた以上に距離が離れていたらしい。弟はあっという間に、見えなく なってしまった。だが希望が出てきた。弟は理由は知らないが、あそこに存在している。 再会の時は意外にも、すぐやってきた。俺の部隊が移動中、錬金術による攻撃を受けたのだ。咄嗟に壁 を錬成して、相手の攻撃から味方を庇う。 「エルリック中佐!」 叫ぶ副官に、俺は怒鳴り返した。 「ここは俺に任せろ!!」 「部隊長の中佐を一人置いてはいけません!!」 「お前が取り合えず指揮を取れ!大丈夫、すぐ追いつく。命令だ急げ、走れ!!」 軍人は命令に絶対だ、そうでなくては統制がすぐ取れなくなる。統制のとれない軍人ほどやっかいなも のはない。俺の言葉に副官は渋々といった態で、部隊を率いあっという間に見えなくなった。見えなく なってから、俺は壁から飛び出した。壁が新たなる攻撃によって、崩壊する。そして、俺の目の前には 金の頭。 「アルフォンス!!」 そう叫ぶと、弟は驚いたように金色の目を見開いた。しかし次の瞬間、俺に背を向け逃げ出したのだ。 「待てよ!なんで逃げる!?」 やっと見つけたんだ、逃がしてたまるか。弟の方は単独行動だったらしく、周りには誰もいなかった。 振り向いた弟に飛びつき、地面を転がる。俺は弟に馬乗りになった。間違いなく弟だ、金髪金目、母さ んに似た顔立ち。全てが懐かしかった。 「会いたかったよ、アル。やっと会えた。」 しかし弟は黙ったまま。 「アル?」 「そう、ボクを消しにきたの・・・・・。」 「え?」 俺の胸に衝撃が走った。弟がいきなり俺を突き飛ばしたのだ。強い力ではなったが、あっけにとられた 俺は無様にも尻餅をつく。弟はさっと立ち上がり、俺から1mほどの距離をとった。俺も慌てて立ち上 がる。 「アル、アメストリアに帰ろう。皆、お前を心配して待ってるぞ。」 弟は答えなかった。きつい光の瞳で俺を睨み付けている。 「アル、聞こえなかったのか?帰るんだよ。」 俺は右手を差し出した。銀の光を放つ機械鎧の腕を。しかし弟はなお答えなかった。 「アル・・・・・その・・・・あの時は悪かった。お前を傷つけちまって・・・・。」 「ボクは帰らない。」 唐突に弟が言った。 「ボクは今、幸せだ。だから帰らない、帰る理由もない。」 冷たい声だった、弟はこんな人を拒絶するような話し方をするやつじゃない。一体俺と離れてから何が あったっていうんだ。 「アルどうしたんだ?」 「どうもしない、真実を言ったまでだ。」 「お前、やっぱりあの時のこと・・・・。」 「関係ない、3年も前のことなんか。決め付けないでよ、あなたはいつもそうだったね。」 「アル!?」 「あなたに話すことは何も無い。今なら見逃してあげる。」 そんなこと言われたって、俺だって引けるか。 「アル、悪いようにはしない。だから帰ろう、頼むから!!」 弟は俺を睨んだまま、立っている。しかしその手がわずかに後ろに動く。撃たれる!?そう思った瞬間 俺の頭の中は真っ白になった。 ガーーーーンッッ そんな音を、俺は人事のように聞いていた。が、気がついてみれば俺の右手に握られているのは銃。そ の銃口から薄くたなびくのは、硝煙。俺は一体、何をした・・・?目の前の弟は、腹を押さえている。 その腹はみるみるうちに、赤く赤くなっていく。押さえた手から、溢れ出す、赤い液体。 「アルッ!!!」 「来るな!!!」 弟は痛みで顔を歪めながら、叫んだ。立ち止まった俺に、弟は吐き捨てるように呟いた。 「ほら・・・・・悪いようにはしないと言った端から、裏切るのがあなただ。」 「!」 言葉を失った俺に、弟は皮肉気に笑う。 「偽善者・・・・・・。」 そう言って弟はゆっくりと倒れた。カタン、と俺の手から銃が滑り落ちて音をたてた。 「アル!!!」 「俺の弟に触るな!!」 ガンッ 走りだそうとした俺の足元に、銃弾が撃たれる。思わず後退した俺の目に映ったのは、あの時弟の隣に 立っていた青年だった。銃口を俺に向けたまま、弟をゆっくりと片腕で抱き起こす。 「アル、大丈夫か?」 弟がうっすらと目を開いて、嬉しそうに笑う。 「兄さん・・・・・・。」 「大丈夫だ、俺が助けてやるからな。」 「うん。」 甘えるように笑い、弟はまた目を閉じた。俺からでも弟の息が、荒くなっているのがわかる。 「ちょっと待てよ、アルの兄はこの俺だ!!」 栗色の髪の青年は、緑の瞳を俺に向けた。 「アルと血が繋がっている、本当の兄はこの俺だ!!このエドワード・エルリックだ!!」 激昂して叫ぶ。 「アルは俺の弟だよ。血が繋がっているかなんて、関係ない。」 「何を!!」 「血が繋がっている兄と豪語するなら、何故血の繋がった弟を撃った?」 「それは・・・アルに撃たれると思ったからで・・・。」 「アルは錬金術でしか戦わない。見ればいい、ホルスターなんてつけてないだろう?」 そいつの言う通りだった。弟の身体には、ホルスターらしきものはなかった。愕然とする。そんな俺を 静かに睨みつけて、青年は立ち上がった。 「待てよ、アルをどこに連れて行く!?」 「俺たちの陣地だ。当たり前だろう?アルに免じてここは見逃してやる。去れ。」 「できるかっ!俺は・・・・俺はアルを連れ戻す為に、此処まできたんだ!!」 「・・・・それは自分の為か?それともアルの為か?」 「アルの為だ!!」 「そういう風には見えないな。」 「どういう意味だ!」 「自分で考えろ。一刻を争うんだ、君と議論している暇はない!」 ボン いきなり目の前が暗くなった。いや煙で前が見えなくなる。 「アルッ、アルッ、アルフォンスーーーーーッ!!!!!!」 煙が晴れた後は、俺しか立っていなかった。弟も青年も影も形もない。俺は何のために此処に来た?そ して俺は弟に何をした?膝が崩れた。両手を大地につける。そこにはまだ弟の流した血が点々と残って いた。涙が溢れ出した。頭を抱える。 「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」 誰もいなくなった戦場に、俺の絶叫が響いていた。 次 戻る