涙
BG団から逃げ出して、辿りついた日本。ギルモア博士の知り合いだという、コズミ博士の家に総勢1
0人が転がり込んでから、004は009が虚ろになっているのが気になった。絶えずぼんやりしてい
る。最初は何がなんだか分からないうちに戦闘を強いられ、一息ついた時に気が抜けたのかと思ってい
た。だが、なにやら違うらしい。毎日、どこかにふらっと消えてふらっと帰ってくる。002辺りに問
い詰められたらしいが、あっさりとかわされたようだ。ここ日本は009の故郷だから、深刻な事態に
はならないとは思っているが・・・・。
ある日の昼下がり。リビングで本を読んでいた004に、009が近寄ってきた。
「004、ちょっと僕に付き合って欲しいんだけど・・・・。」
言いにくそうに言ってくる。004は苦笑して、本を閉じた。
「良いぞ、で、なんだ?」
009は004の答えにほっとした顔をして、こちらだとばかりに004を連れ出した。
009の運転する車に揺られながら、004はぼんやりと外の景色を見ていた。どこか暖かい森の風景
が溢れている。車に乗ってからというもの、009は終始無言だった。004が話しかけても、ロクに
返事もしない。これは極めて珍しいことだった。009はまだ仲間達との距離を、測りかねているらし
く、曖昧な愛想笑いを浮かべて声を掛けられれば、全力で答えている。なんとなく、最初にスーパーガ
ンを与えたりして面倒をみていたせいか、004に対しては他のメンバー達とは明らかに違った態度を
取っているのだが・・・・。
運転している009の横顔が、緊張に強張っているのに気が付いた時点で話しかけるのは止めた。00
9には懐かしいであろう、004にとってはやはり異郷としか映らない景色が外を流れていく。
ある場所で、009は車を止めた。004に降りるように促す。別に反抗する気もないので、素直に従
った。
「009?此処はどこだ?」
004の問いかけに009は答えなかった。
「・・・・・・こっちだよ。」
そう言って、すたすたと歩き出す。009の横顔に、最高レベルに達した緊張が見える。004はやれ
やれとばかりに肩を竦め、その後をついて行った。海が近いのか、僅かに潮の香りがする・・・。
「ここだよ。」
009は足を止めた。
「こいつぁ・・・・・・。」
004はそう言って、後に言葉が続かなかった。
そこは、廃墟だった。ただ、なんとか残っている建物からそこが元教会だったと分かる。009は1歩
前に出る。
「ここはね・・・・。僕が育った教会なんだ。」
さらっといきなり、009は核心を突いた言葉を紡いだ。驚いた004が009を見ると、彼は下を向
いて地面を睨んでいた。
「お前、捨てられていたのか?」
004の問いに、009はふるふると首を振った。
「いいや、僕の母さんは此処の玄関で力尽きていたって・・神父さまが言ってた。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あの日、僕は神父さまに頼まれて外出していたんだ。帰ってきたら、教会は火の海だったよ。慌てて
玄関を壊して、中に入ったら神父さまは倒れていた。」
009の拳に力が入った。
「駆け寄って、抱き起こしたら・・・・神父さまの血がべったりと僕の手についてた。そこを消防の人
に見つかって、神父さまを殺したのはお前だろうって警察に捕まった。」
009は言いながら、004の前に歩いてくる。004は黙って、009が歩いて来るのを見つめた。
「僕がどんなに違うって言っても、誰も信じてくれなかった・・・・。護送される時に車が横転して、
思わず逃げ出して・・・・。追い詰められて海に飛び込んだんだ。」
009は下を向いたまま、004と目を合わせようともしない。搾り出すような声が、静かなこの場所
に響く。
「それから・・・気を失って。目が覚めたら手術台の上で。もう1回目覚めたら、こんな身体になって
たよ・・・・。」
「神父を殺したのは、誰だったんだ・・・・?」
004の問いかけに、009は力なく首を横に振った。のろのろと009の両手が、004の腕を掴む。
「わからない・・・・・・・・。わからないんだ・・・・・。何も・・・・。」
004の胸に009の頭が付けられた。
それは別に、意識した行動ではなかった。ただ何となく004は、009の背に腕を廻す。009の身
体がビクッと震えたのが分かった。そのまま、004は009の背をぽん、と叩いた。
丁度、母親が子供を寝かしつけるときにするような行為。
その途端・・・・・・。
009はわあっと堰を切ったように、泣き出した。
「なんで・・・っ!どうして・・・神父さまが殺され・・・なきゃなら・・・ないんだ・・・!?」
しゃくりあげながら、009は言葉を吐き出す。
「何にもっ・・・・悪いことな・・・んて・・・・・してないのにっ・・・・!!・・っどうして?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
004は、ただ黙って009の背を叩き続けた。009は泣き続けている。004は言葉を出さなかっ
た。こんな時、言葉がいかに無力かを004は良く知っている。
過去は消えない。
過去は切り捨てることは出来ない。
心の傷は消えない、本人がそう望まぬ限り。
004は、素直に泣ける009が羨ましかった。この感情の爆発が、009にとって良い精神状態を形
作るのだろう。溜めた感情は、此処で無になっていくのだ。
・・・・でも自分は泣けない。ヒルダのことを思い出すと、心は痛む。だが、泣くだけの若さはもう自
分にはない。そう、泣けるだけの素直さはもう自分には無いのだ・・・と。
自分にしがみ付いて、号泣する少年を004はただ黙ってその背をゆっくりと叩き続けた。
「落ち着いたか?009?」
一頻り泣いて、大人しくなった009に004は声を掛けた。009は俯いたまま、顔を上げない。多
分こいう風に自分が泣くとは思っていなかったのだろう。思わず、004に縋りついて泣いたのは良い
が、正気に戻れば恥ずかしくなって顔が見れない。そんなトコだろうと思うと004はおかしくなった。
「・・・・・・ごめん、004・・・・。みっともないトコ見せちゃったね・・・。」
そう言って、009は004から離れる。相変わらず、顔は伏せたままだったが・・・。
「気にするな、誰にも言わないよ。」
「うん・・・・。有難う、004・・・。」
009はやっと顔を上げた。目が赤くなっている。004は手を伸ばして、009の髪をくしゃくしゃ
と撫でた。
「009、泣くことは別に悪いことじゃない。こういう時に泣かなかったら、いつ泣くんだ?悲しけれ
ば悲しめば良い。内に感情を抱え込んで、壊れていく方がよっぽど手に負えない。」
「004・・・・。」
いきなり004に髪を撫でられて、目を白黒させていた009が、004の言葉に目を見開く。その表
情に、ニヤリと笑みを返す。
「さあ、そろそろ帰ろうか。もう夕方だぞ。」
此処に来た時にはまだ青かった空は、オレンジ色に染まりつつあった。そろそろ帰らないと仲間が----
---特に金髪の少女が--------心配する。004は009を促して、歩き出した。廃墟となった教会に、
009の過去に背を向けながら。009は、少し迷った態度を見せたが黙って004の後について来た。
車に着いてから、009は004の側に駆け寄って、前に立つ。
「付き合ってくれて、有難う004。」
「いいさ・・・・。でも何で俺を誘ったんだ?」
004が問うと、009はクスリと笑った。
「誰かに、知っていて欲しかったんだ。神父さまに起こった悲劇を。僕が育った場所の廃墟を・・・。
そう思ってた・・・。最初は。」
「うん?」
「でも皆と親しくなっていくうちに、他の誰でもない、004に知っていて欲しくなったんだ。僕の事
知って欲しかった。」
「009・・・・・。」
「だから、もし004が弱音を吐きたくなったら僕に言って欲しい。確かに僕は004より人生経験が
少ないよ。でも僕の事を知ってもらったから、僕は004のことを知りたい。」
そう言って、009は004の両腕を掴む。そして、009は004に掠めるようなキスをした。
「!」
004が、口を押さえて真っ赤になる。
「こら・・・!大人をからかうものじゃないぞ、坊や。」
それでも減らず口を叩く004に、009は嬉しそうに笑った。
「別に、からかってなんかないよ?」
そう言いながら、ケラケラと笑う。つられたように、004が苦笑する。
「まったく・・・・さっきまでわんわん泣いてたくせに・・・。」
「忘れて、忘れて。でもさっき僕が言った事は忘れないでね。」
「努力しよう。」
そんな軽口を叩きあいながら、009と004が車に乗り込む。
過去の旅は、これで終る。仲間達の所に帰る時は、もう普段通りの自分達に戻るのだ。
過去は消えない。
過去を忘れることは出来ない。
過去に負った心の傷は消えない。
本人が癒えることを望まぬ限り。
必要なのは、本人の意思。
そして傷を受け止めてくれる存在。
その2つが揃った時、絶望は希望に変わる。
心とは、そういうものだ。
★えーと、なりきりカップリングで書いた「009にとっては初デート」のエピソードです。時期と
しては、日本へ逃げてきて0010が登場する間と考えています。最初は思い悩んでいた009が、
0010襲来の頃には随分踏ん切りをつけたかのように見えたので。94な私ですからヨコシマな思
いを兼ねて004に009の過去を知ってもらったわけですが、1番良いのは007辺りではないか
と思います。彼も過去に色々あったわけで、心の傷には聡いでしょう。何より人生経験がモノをいっ
てます。30歳って一見大人に見えるかもしれませんが、結構まだまだ子供です。004自身も、ヒ
ルダのことや自分の身体のことなどで迷い中なので・・・・・。この時の009の台詞があったから
こそ、004は0011襲来の時に009の所へ”弱音”を吐きに行ったんです。・・・私の勝手な
妄想ですけどね(笑)
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