夏祭りに行こう!〜003と一緒に行く〜
「え、一緒に?」
009の声が、思いもかけなかった事態に裏返った。003が身体を小さくしてしまう。
「ジョー!」
004が責めるように、言った。
「・・・・・・やっぱり、ダメ?」
003が上目遣いに、彼らを見る。009の本心としては、004と2人だけで行きたかったのだが・
・・・・。しかし004が拒絶を許さないだろうし、003も(一応)じゃれている自分達を見て急に寂
しくなったのだろう。彼女の愛しい人は、遠い空の下にいるのだから。そう思うと、とても断れなかっ
た。にこりと笑って、言葉を紡ぐ。
「いいや、別に良いよ。アルは?」
「俺も異存はない。」
003が、嬉しそうに笑った。
「有難う、2人共。」
小さな神社に相応しく、お祭りは静かなものだった。暗闇に色取り取りの堤燈が淡く光を帯び、日本人
には懐かしい風景。しかしやっぱり屋台はあった。
「へえ、お祭りっていうからもっと派手で華やかかと思ってたよ。」
「そうねえ、フランスのお祭りももうちょっと賑やかだわ。」
異人2人組は、口々に意外だと言う。だからこういう処は、地味だってばと言ってるのにと009は苦
笑した。
「2人共、お気に召さない?」
「いいや、俺はこういう雰囲気は好きだから別に良いぞ?」
「ちょっと意外に思っただけだから・・・・。気にした?」
「うん、ちょっとね。」
そう言って、009はグルリと周りを見回してがま口(笑)の財布の中身を見た。多くはないものの、昔
憧れていた屋台で遊ぶくらいの資金はある。それが素直に嬉しい009であった。
「ともかく、最初は神様にご挨拶しなきゃね。」
山の中にある神社なので長い長い階段を登って、お清め場に連れて行った。
「さあ、この柄杓で手を洗ってね!」
「何でだ?」
「神様に会うのに、身を清めなくっちゃいけないんだよ。」
「へえ、あんまり聞かない風習ね。教会ではそんなことしないわよ。」
「日本人の独特の文化である”穢れ”というものがあるんだ。穢れがあるから、神様に会う時はそれを
落とさなきゃいけないんだよ。」
「お前は穢れだらけじゃねーか。」
「失敬な、僕はいつだって清く正しく美しいんだよ。」
「自分で言うか。」
「自分で言うよ。」
柄杓で、おっかなびっくり手を洗いながら009と004の会話は弾んでいた。そして神社の神殿の前
に歩いていく。お賽銭を取り出すと、004と003が又しても不信そうな顔をする。
「なにぼけーっとしてるの、神様にあげるのは5円玉だからね。」
「なんで?」
「ご縁があるように、っていう縁起かつぎなんだよ。ドイツとかないの?」
反対に訊くと、004ははてと首を傾げた。
「教会には、そんな風習なかったような気が・・・・。」
「でも寄付とかするだろ?」
「そりゃあ、まあ。」
「そういうのの日本版だと思ってよ。」
「あ、成る程ね。」
なにやら納得ができたのか、004も003も頷いて財布から5円玉を出して先にお賽銭箱に投げた0
09の真似をして、2人も投げ込んだ。更に、009の真似をして手を合わせる。
「・・・拝めば良いのか?」
004が小声で訊いてきた。009はまあねと答え、あとはお願い事を考えれば良いんだよと言う。
「へえ、七夕みたいね〜♪」
003が言ってきた。結構、日本人の感覚では違うんだけどと思ったが上手く説明できる自信がなかっ
たのではははと笑って誤魔化してしまった。
「金魚掬い、しても良いかな?」
お参りも終って、屋台が並ぶ道に帰ってきた009がウキウキとした声で告げた。日本人には定番とも
いえるこの屋台、ドイツ人とフランス人には馴染みがないので2人は目を丸くした。
「おじさん、掬うやつ3本ちょーだいv」
「あいよ。」
お金を払って、004と003に持たせる。
「これで、なにするんだ?」
目をパチパチさせて、004が尋ねてくる。003も同様だ。
「ここに金魚が泳いでるでしょ、それをこれで掬うんだ。」
「これでえ!?」
素っ頓狂な声が、003から出された。プラスチックの枠に、どう見ても紙が張ってあるだけ。経験が
ない人間にしてみれば、正に驚愕ではあるのだろう。余りに素人を晒しだしたせいか、屋台の人の良さ
そうなおじさんが、一応のやり方を教えてくれた。
「んじゃ、一斉にに掬ってみよーよv」
「わかった。」
「んじゃいくよ?1・2の3!」
ざばあ!
次の瞬間、仲良く大きい穴を開けて呆然としてしまった。
「あーあ、お兄ちゃん達下手だねえ。」
いきなり声を掛けられて振り向けば、青い浴衣を着た小学生らしき子供だった。見ればその子の器には
何匹も鮮やかな金魚が泳いでいる。
「へえ、君上手なんだねえ。」
009が感心したように言うと、その子はエッヘンと胸を張った。
「見本見せたげるよ、良く見てな!」
上手く金魚の下に潜り込ませると、あっという間に金魚は掬い取られていた。003が大喜びで手を叩
いて笑う。
「本当、上手ね!」
003のような綺麗な女性に誉められたのが嬉しかったのだろう、ちょっと生意気そうな顔に赤みが差
した。その少年の指導の下(笑)チャレンジした3人ではあったが、なんとか1匹009が取っただけで
終った。それでもその少年にお礼を言うと、別にという答えが返ってくる。
「せっかくだから、お姉ちゃんにこれあげるよ。」
差し出されたのは、先程少年が取った金魚の袋。
「え、でもせっかく君が取ったんだもの。良いわよ。」
「俺、金魚掬い好きでさ。今までにも一杯取ったから、母ちゃんがもう水槽が一杯だから取ってくんな
って言ってたから。」
「本当に良いの?」
「うん。」
「・・・・・・有難う。」
「じゃあね!」
少年は手を振って、クルリと踵を返した。003の手には、金魚が入った透明な袋。
「良かったな、フランソワーズ?」
004が金魚を覗き込みながら、そう言った。
「・・・・水槽、探さないとv」
003がそういえばギルモア博士、持ってたかしら?と首を傾げた。
わたあめ、ヨーヨー、りんご飴。009達は屋台を回って、充分に楽しんだ。
「ジョー、私もう帰るわね。」
003が突然、そう言ってくる。
「あそう、じゃあ僕らも帰るよ。」
「ううん、いいの。早く帰って金魚を別の容器に入れてあげたいから。」
「でもさ、危なくない?1人で帰るのは。」
「なに言ってるのよ、私だって”003”なのよ?平気よ!」
「・・・・そう?」
「今日は、私も一緒に連れて行ってくれてありがと。お礼にね・・・・・。」
「え?」
「良いこと教えてあげる。ここから東に行って、そこにある階段を登っていけば良いことあるわよ。」
「なにがあるの?」
「秘密vとにかく絶対に行ってね!じゃあ!あ、私からの情報だっていうのは内緒ね!」
言うだけ言って、003はスタスタと004に近づいて先程と同じ会話を展開しているようだった。や
はり一緒に帰ると言った004の言葉を辞退したらしく、そのまま淡い光の中にその姿は消えて行った。
「どうしたんだ、フランソワーズは?」
「・・・・・僕にも良く分からないんだけど。ねえ、アル?」
「ん?」
「ちょっと一緒に来てくれないかなあ?」
「そりゃ良いが・・・・。どこへ行けば良いんだ?」
「うん、こっちだよ。」
半信半疑だったものの、003に絶対行けと言われれば行かないわけにはいかないだろう。009と共
に、004は歩き出した。
------------因みに今年のお祭りに参加したこの3人、かなり長い間近所でも話題になっていたことは
本人達は知らない。
「ここのかい・・・・だ・・・ん・・・・・を・・・・。」
009の言葉が、尻つぼみになっていく。003の言った通りに、登りはあった。あったのだが。
「どー見ても階段というより、細すぎる山道だぞ?」
004が、疑い深そうに言ってくる。それについては009も賛成だった。細い、土でできている坂が
あるだけに見えた。どうしようか、と009は考えるが003は基本的に他人を騙す人間ではない。必
ず良い事があるからこそ”お礼”として情報提供してくれているのである。大体004を巻き込んで、
悪い方向に行くはずがない。009は、今更ながら003を改めて信用することにした。
「ここ、登るよアル。」
「本気か、ジョー?」
「本気。早く!」
009に急かされて、004はユカタが汚れるのにと文句を言いながらも後を登ってくる。
「結構、キツイ勾配だね・・・・・・。大丈夫、アル?」
「当たり前だ。戦場じゃこれよりも最悪な場所を駆け巡ってきてるんだから。」
「・・・・・確かにねー。でも笑えないね、その状況ってさ。」
「まったくだな。できることなら戦場になんか行きたかないさ。」
「それ同感。」
他人が聞いたらどういう奴らだと思いかねない会話を軽めに展開させながら、えっちらおっちらと登っ
ていく。と、突然広い場所に出た。暗くて良く見えないが、いわゆる野っぱらであるらしい。多分00
3が言っていたのはこの場所なのだろう。それにしても”良いこと”ってなんだろう?009がそう思
って口に出そうとした時だった。
ポウ
淡い緑色の光が1つ灯った。
ポウ
ポウ
ポウ
1つだけだった淡い緑色の光は、あっという間に周囲に灯る。
「これは・・・・・・。」
「人魂!?」
拳を握り締めて言った009の言葉に、004がひっくり返った。
「んなわけあるか!!馬鹿ったれえ!オカルトは嫌いだぞ!」
「しーっ、黙ってアル。」
不満そうだったが、とりあえず004は黙った。その間にも淡い光はすう、と移動したりしている。
「・・・・おいジョー、なんの現象だこれは。」
「蛍・・・・・ホタルだ・・・・・。」
「ホタル?・・・・・・へえ、これがホタルか。実物を見たのは初めてだ。」
「僕もこんなに沢山の蛍は見たことないよ・・・・・・。」
濃い緑の闇の中で、蛍達の放つ淡い緑色の光が点滅している。日本人なら多分誰でも郷愁を掻きたてら
れる、その風景。009がふと手の平をだしてみれば、待っていたかのように蛍が1匹止まる。そして
点滅を始める淡い光。004が蛍が驚かないように、そっと009の手の平の蛍を覗き込む。蛍は点滅
を止め、ふわりと浮かび上がって暗闇に溶け込んでいった。
「綺麗だな・・・・・・。」
「うん、本当に。」
「コレが見せたかったのか、お前。」
「・・・・・・・まあね。」
蛍の放つ淡い光のなかで、2人の影が重なった。
「どうだった、あの場所は?」
次の日003がコッソリと訊いてきた。
「うん凄く綺麗だったよ、有難う。」
「そう良かったわ。」
「良く知ってたね、あんなマイナーな場所。」
「偶然ね、お祭りの最中に”見つけた”の。私ってばいつものクセで、つい周囲を見てしまうものだか
ら・・・・。」
「でもおかげで、良い思い出ができたよ。」
そう言いながら、009は可愛い金魚鉢に泳いでいる鮮やかな金魚達を眺める。
「やっぱり夏祭りに行ったかいがあったよ!」
ベストエンディング
★一応、ここがベストエンディングです。すいません、最後の辺りのいちゃつきは書いている途中で猛
烈に恥ずかしくなり、飛ばしてしまいました。辺り一面の蛍というのは、私も今まで生きてきた中で
1度しか見たことがありませんが未だに鮮明な記憶として残っています。そう、壁紙の蛍はこのベス
トエンディングに関係していたりするのですよ。
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