☆レースパニック3☆

「ん・・・・・・。」
004はいつもなら感じない、人の気配に気が付いた。知覚した途端、ガバッと飛び起きる。はらりと
身体から布団が滑り落ちた。
「わっ!」
突然飛び起きた004に驚いたのだろう、心臓を押さえてビックリしている青年がいた。
「あ・・・・・。」
「お、おはようございます、アルベルトさん。どうしたんですか?」
ビックリ顔のまま、青年---相沢真吾は004の顔を覗き込んだ。
「あ・・・えーと・・・俺は?」
「?寝ぼけてるんですか?昨日、どんなに呼んでも起きなかったので一応お布団掛けたんですが・・。」
”ああ、そうか・・・。昨日、009の奴に仕事も家も取り上げられたんだっけな・・・。”
それにしても、良く寝た。昨日と違って、頭がハッキリしていることを004は素直に喜んだ。
「いや。そうか、お前さんが掛けてくれたのか。有難う。」
004が言うと、真吾は素直にニッコリ笑った。誰かと違って本当に好感の持てる奴だ。きっとスタッフ
にも可愛がられているんだろう。
”!そうか・・・・だから俺と同室にしたのか”
はっきり言って、反感を持たれているらしいのは昨日分かった。変な難癖をつけられないようにする為に
009は彼との同室にしたのだと気付く。意外とこういうところは良く気が付くのだ。009は。
そう思いながら真吾を見ると、ジャージを着ている。しかも名前の刺繍入り。
「こんなに朝早く、何しに行くんだ?」
「ジョギングっすよ。体力作りの一環として、毎朝やっているんす。」
「そっか、スタッフにも体力はいるんだな。」
「当たり前っす。ピットに入ってきたマシンを素早く、正確に調整や修理をしなきゃならないんす。そ
の為には、やっぱり体力ないといけませんから。」
「真面目だね。感心するよ俺は。」
誉められて、よっぽど嬉しかったのだろう。真吾はてへへと頭をかいて、ドアのノブに手を掛けた。


その瞬間。
ドカーン!
いきなり、ドアが開いた。ちなみに部屋の方に開けるタイプのものだ。当然、ドアのノブに手を掛けて
いた真吾は004の前で吹っ飛ばされた。まるでスローモーションの様に、004の前を真吾が吹っ飛
ばされていく。驚愕しながらも、ああ加速装置を使った時は周りはこう見えるのかなと思う辺り、00
4も薄情だ。だが、すぐに我に返り真吾に駆け寄ると、彼は白目を剥いて綺麗さっぱり気絶していた。
「アル〜vおっはよー♪」
ドアを開いた当のご本人が、呑気に挨拶してくる。
「馬鹿ったれ!何がおっはよーだ!この状況を見てから言え!」
009は可愛らしく首を傾げる。ついでに人差し指を頬に当てている、ということまでしていた。
「あれ?アル、服着替えてないの?」
「1番先に注目するのは、そこじゃないだろう!?」
「ん〜・・・・・あ、その子が倒れちゃったのか。どーしたの?」
「どーしたもこーしたもあるかあ!お前が吹っ飛ばしたんで、気絶しちまったんだ!」
「あ、そうなんだ。どおりで、なんかいい手ごたえがしたんだよねえ。」
「感心してないで、手伝え。」
「はいはい。」
思いの他、素直に009はやってきて真吾をとりあえずベットに乗せる。
「ねえ、アル昨日から服変わってないけどどうしたの。」
自分のベットにドサッと座って、004は額に手を置く。
「昨日、あれからすぐに寝ちまってな・・・。今起きたところなんだ。」
「なーんだ、せっかくアルのパジャマを用意して置いといたのに。」
プーッと009は腕組みをして、膨れっ面をした。
「え、どこに?」
「そこに。」
009の指した場所を見てみれば、確かになにやら置いてあったのだが・・・・。
「・・・・・なんだこりゃ。」
「見てわかんない?浴衣だよ。」
「ギルモア博士が、時々着てるやつか・・・・。ん?」
「どうしたの?」
「なんか・・・”ハトヤ”っていたる所に書いてあるぞ・・・。どっから持って来たんだ、コレ?」
「ああ、ギルモア博士のお供で、この前泊まった時にプレゼントされたんだ。」
「ホテルの人にか?」
「ううん、自己完結的に。」
「立派な窃盗罪だぞ・・・お前・・・。」
ジト目で睨む004に真正面からニッコリと笑う。明らかにそこで伸びている青年とは違う笑み・・。
「あ〜あ、せっかく楽しみにしてきたのに・・・。まあ良いや、今夜は着てね。」
「・・・・着たくねえ。」
「まーたまた、我侭言ったらダメじゃん。大人だろ?」
「関係ない。・・・んで、お前それだけの為に来たのか?」
ブンブンと009は首を横に振った。
「その前に、一応風呂入ってきなよ。さっぱりするよ?僕、その間にこの子起こしておくから。」
「そうか?」
「うん、でも5分で出てきてね。」
ゴソゴソと持ってきた鞄から、下着なんぞを取り出し始めた004に009は言った。
「なんでだよ?そんなに早く出てこれないぞ!」
「じゃ、10分。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「それ以上かかるんなら、強襲しに行くからね。」
004はガックリと肩を落とした。風呂には入りたい、だが何故か10分というリミットがあるばかり
か遅れたら強襲するという。枕を涙で濡らしたい心境で、004は振り返った。
「わかったよ・・・ってそのストップウオッチは一体どこから!?」
「気にしない気にしない。長生きできないよ?」
「もはや、天命尽きたって心境だ・・・・。」
「(聞いてない)じゃ、スタートv」
ポチッと009がストップウオッチのスイッチを押す。004は慌てて、風呂場に飛び込んだ。


”さーてと、ちゃんと起こさないと・・・ね・・・。”
そう思って009が振り向くと、丁度真吾がうーんと唸って目を開けた。
「あ、大丈夫かい?」
その声に、いっぺんに頭がハッキリしたらしい。真吾はガバアと勢い良く起き上がった。
「あ・あ・・・ジョーさん?」
「大丈夫だったかい?ごめんね、君がドアのすぐ近くにいるって知らなかったから、勢い良く開けちゃ
ったんだ。」
更に声を掛けると、真吾は緊張したのかカチコチになっている。そりゃそうだ、憧れの人(変な意味では
ない)に声を掛けてもらえれば、緊張するのは当たり前。
「い、いえ!俺もウッカリしてたから悪いんです!ジョーさんのせいじゃありません!」
「そう?」
いや違うぞ青年。元はといえば、ノックの1つもせずに勢い良く開けた009が悪いのだ。騙されるな
青年。・・・・しかし、元来お人好しらしい青年---真吾はあっさりと騙されてしまった。パッと立ち
上がる。流石に009も心配したのだが・・・。
「俺、身体は頑丈なんす。大丈夫っす・・・・・それじゃ!」
止める暇もあらばこそ、真吾は脱兎のごとくドアを開けて飛び出していった。そんな彼を、呆然として
見ていたが、やおらストップウオッチを見る。009は風呂場に歩き出した。


慌てて、シャワーを浴びて身体を拭いているとドアがミシッといった気がした。一応、間に合わなかっ
た時を想定して鍵をかけていたのだ。だが・・・・
ミヂッ・・・バキバキバキーン!
ドアは呆気なく”外された”。
「!?」
驚いていると、ドアをぽいと捨てる009がいる。どうやら、鍵がかかっていたので力任せに壊したら
しい。
「お、おい。もう10分経ったのか?」
震える声で、そう尋ねると009はちらっとストップウオッチを見た。
「8分。」
「!まだ2分あるじゃないか!」
「何言ってんの。2分っていったら、カップラーメンがほぼ出来かけている時間じゃないか。」
「まだ食えないだろう?」
「固いの好きな人は良いかもよ?」
「つーか、どうすんだよドア壊しやがって・・・。」
しれっと009は答える。
「直してもらえば良いだけじゃんか。」
一応、当たり前といえば当たり前の理論なのだが004は素直に頷けなかった。ブスッとしていると、
009が004に向かってズイッと何かを差し出した。思わず警戒するが、009に渡されたのは彼と
御揃いのスポーツウエアーだった。
「・・・・着るのか?」
「・・・・他に何に使うわけ?コレ着てアルはこれから僕とジョギングに行くんだよ。」
「何故。」
「だって、色々話したいしさ。」
「色々って?」
「いろーんなこととかさ、2人じゃないと話せない事とかね。」
「例えば?」
「他の仲間のこととか。」
成る程、1理あるなと004は思った。確かにそれはあるだろう。納得したので、004は素直にスポ
ーツウエアーを着た。


ここに1人の男がいる。ジョギング最中の奴に銃を突きつけて、金を奪っていたらいつの間にやら指名
手配される身になっていた。しょうがないので、都会から少し離れたところで金稼ぎをしようとしてい
る。少し待っていると、カモがやってきた。銀髪の青年と栗色の髪の少年の2人組。ちょろい相手だ。
男はそう判断して、相手の前に飛び出した。銃を向ける。
「おい!命が惜しかったら金を出せ!」
凄みのある声で怒鳴る。こうすれば、大概護身用に持っている金を出す。ところが、その2人組は話に
夢中になっていたのか、あっという間に男を抜かしていく。しばし男は呆然とした・・・が、我に返って
2人組を追いかける。
「おい!きいてんのか?」
2人とも振り向くことすらしない。男は頭に来た。
「おい!」
少年の肩を掴もうとした瞬間
ガッ
男は目の前が暗くなったのを感じた。それどころか、血の味もする。男は少年の裏拳をまともに顔面に
受けたのだった。倒れた時に、どこか悪い所でも打ったのか、意識が遠くなっていった。
ちなみに、あと10数分後折り返してきた2人組に思いっきり踏んずけられて、覚醒と同時に失神する
といった珍しい現象を体験することとなった。


「そういえば、聞いたぞ。ジェットがお前のライバルらしいな。」
走りながら、004は言う。
「ああ、なんかそういうことになってるみたいだね。」
他人事のように009が答えた。ちょっと苦笑する。
「僕のスタッフ達も結構そう思ってる人達が多くてね。”ジェット・リンクに負けるな!”が合言葉に
なっててさ。聞いたら、ジェットんトコも同じだってさ。」
「へえ、結構激しいんだな。」
「・・・・まあ、でも・・・。」
「ん?」
「これまで負けた事ないし、これからも負けるつもりはないからさ。」
009が、拳を作ってガッツポーズを作る。ガッという鈍い音がしたような気がしたが、どーでもよかった。
「ほーう、それでジョギングしてんのか?でも俺達には関係ないだろう?」
「いーや、今日が初めて。でもこれからずっと続けていくよ。付き合ってもらうからね。」
009はそう言って、ニヤリと笑う。ジョギング自体は004とてどーってことないのだが、009の
ニヤリ笑いが気になる。
「何だ?その笑いは?」
「爽やかにアルのこと考えている顔v」
004は溜息をついた。
「自分から爽やかって言うな。実際、爽やかに見えないぞ。」
「そ?」
「ああ。」
「大丈夫!きっと気のせいだからさ!アルはなーんにも気にしなくて良いんだよ♪」
「ますます気になる・・・・。あ、そうだ!」
004は重要なことを思い出した。
「おいジョーお前、俺の部屋の荷物はどこに運び出したんだ?ここにはなさそうだが・・・。」
「心配ないよ、日本の僕の家に運び込んであるから。」
「・・・・・それは、ひょっとしなくてもオフの時は俺にも日本へ来いってことか?」
「うん、あたりまえじゃん。そんなの。」
「・・・・・・・・・当たり前なのか・・・・。」
そんな事を話しながら、彼等は走っていった。その帰り、何かを思いっきり踏んだような気がしたが
気にしないことにした。


あれから、009と毎朝走っている。そして、本格的にマネージャーとしての仕事も始まった。正直、
マネージャーの仕事が大変なのは知っていたが、予想を遥かに上回る忙しさだった。スポンサーとの打
合わせに、ジョーのスケジュール管理、スタッフとの連絡役や監督のフォロー。現マネージャーの麗香
さんの助けを借りて、何とかこなしているものの心理的、肉体的に疲れる。呑気にトラックを転がして
いる方が、よっぽど気が軽い。特に、チーフが004を胡散臭く思っているらしいので、やりにくい。
だが、004は009の意外な面を見る機会に恵まれた。スタッフと打ち合わせをしている時や、マシ
ンを運転してる時は真剣そのもの。そこには自分の知っている009ではなく、1流レーサー”ハリケ
ーンジョー”がいるのだ。・・・ただし、夜に時々009の部屋に引っ張り込まれるのは往生している
のだが。


そんなある日、レースがあるので004はスタッフ以外は入れない建物の廊下を歩いていた。
「アルベルト!?」
突然、声を掛けられて振り向くとそこには002が立っていた。
「やあ、ジェット。久しぶりだな。」
002はドドドドドと走って来て、004の両手を自分の両手でガッチリと握り締めた。004はギョ
ッとする。
「どうしたんだよ、こんなところでアルベルトに会えるだなんて、思ってもみなかったよ!」
そりゃあそうだろうと、004も思う。自分だって、ついこの前までこんな風になっているとは思って
いなかったし。002は満面の笑みを湛えて、004を見ている。尻尾があれば、間違いなくはちきれ
んばかりに振っているだろう。
「レース、見に来たのか?」
「んーまあ、そんなとこかな・・・?」
一応嘘は言ってない。
「じゃあ、レース終ったらどこかで食事でもしないか?オゴルよ、俺が。」
「え?い・・いやちょっとそれは・・・。」
レース後は後で、結構仕事がある。自分だけ抜けるわけにはいかない。と、004は相変わらず002
が自分の手を握り締めていることに気が付いた。
「お、おい。ちょっとこの手を離して・・・。」
くれないか?と迄言えなかった。

ドゴオ!

鈍い音がして、002は急に目を回して、床に倒れた。002の後ろにはスパナを握り締めた、009
がニコニコとして立っている。転がる002を踏みつけて、驚く004の手を持っていたタオルでさっ
さと拭く。
「よーし、これで大丈夫♪」
「おい・・・お前、ジェットに何をした?」
009はキョトンとした笑い顔で004を見る。
「別に、なーんにも。勝手に倒れちゃったわけでしょ?」
「そーか、俺にはお前がそのスパナで殴りつけたとしか思えんがな・・・。」
「推測だけで、ものを言うのはいけないよ。」
「ほー、鈍い音が聞こえたよーな気がしたんだがな、俺としては。」
ジト目で睨んでも、やはり009は揺るがなかった。
「幻聴だよ。」
きっぱりと断定してみせる。君を育てた神父様が、あの世で泣いてるぞ。
「そーかそーか。なら俺はもうお迎えがきているってことだな。」
004としては、思いっきり皮肉を込めて言ってみたのだが・・・。
「大丈夫!平気だよ!」
「何でだよ?」
「アル”超銀河伝説”って知ってる?」
「え・・・・ああ・・・。」
「僕はあの時、自爆したアルを生き返らせたんだからね。アルが死んでも、何回でも生き返らせてあげ
るよv」
「・・・・ううう、どこにも安息の場がないのか・・・俺は・・・・。」
そう呟いて、下を向いた004の肩にさりげなく手を廻して009は歩き出した。
「お、おい。ジェットを置いといて良いのか?」
「大丈夫だよ。ジェットだって腐ってもサイボーグ、このぐらいの傷すぐ治るよ。」
「腐っても・・・ってお前・・・。」
「何しやがんだ!ジョー!思いっきり殴りやがって!死んだらどーしてくれんだよ!」
002がいきなりガバアッと起き上がり叫んだ。チッと009が舌打ちをする。
「そーなんだよねー。普通は死ぬよねえ・・。」
「ああ!」
002は又しても叫んだ。004の肩に廻した009の腕を指差す。
「何アルベルトの肩に手ぇ廻してんだ!離せよ!」
「やーだよーだ。アルは僕のものなんだから、諦めなって。」
「何だよそれ!っつーかなんでアルベルトと一緒にいるんだよ!さもとーぜんのように!」
009はにーやーりとして言う。
「そんなの、アルは”僕の”マネージャーなんだよ?一緒にいたって良いじゃん。」
「なにー!!アルベルト、それは本当か!」
004には、2人が何故喧嘩しているのか良く分からない。殴られたことはどーでも良いことになって
いるように見えた。ぼんやりとしていると、いきなり話を振られて驚いたが、009の言っていること
は本当なので、黙って頷いてみせる。途端に、002が蹲った。なんだか、ショックをうけている00
2を不思議に思って、声を掛けようとしたが009に止められた。
「アル、そろそろ時間だから行こう。」
「でも・・・。」
「ジェットだってもう時間なんだからさ。監督とかが待ってるよ。」
そう言われてしまえば、時間もないので頷かざるを得ない。
「ジェット、またな。」
そう言うと、002が顔を上げたようだが009に強引に引っ張られていってしまって、どんな顔をし
ていたのかはわからなかった。


009は002に圧勝した。表彰台に立って笑っている009を、004は嬉しそうに見つめていた。
なんやかんやいって、009が勝つと嬉しいらしい。


それから、しばらくの間休暇が出来た。004は最初の1日ぐらいは、のんびり寝ていたいと考えてい
る。そして・・・・・・・

本当の”パニック”がやってくる。

続く


☆いやはや、長くなってしまいました。002の扱いが相変わらずヒドイ私・・・。002ファンの皆 様にお詫びいたします。004の仕事の風景は、私が良く分からないのでハブいてしまいました・・・。 004は疲れながらも、状況に慣れたようですね。009は相変わらず、マイペース。本当に、鬼もか なわないゴーイングマイウェイ。まあ良いか、こういう009好きって言って下さる方もおられるわけ ですし、私的に良いとしましょう! 戻る