☆レースパニック5☆

「アルベルト?私よ。」
電話から聞こえてきたのは、1番身近にいる女性のもの。
「フランソワーズ、どうしたんだ?」
004の問いかけに003は少し拗ねた声を出した。
「何言ってんのよ。ジョーとアルベルトのことがバレてたから、慌てて電話したのよ?」
ゲッと004が呻く。何故、日本にいる彼女がこのスキャンダルを知っているのだろうかと疑問に思う。
「何で知っているんだ、君が?」
「あのねえ、アルベルト。今はインターネットっていうものがあって、世界中の情報がわかるの。もうも
う、日本のジョーのファンクラブのホームページの中なんか大変な騒ぎになっているのよ?あんなオッサ
ンがジョーの恋人なんて許せないとか、掲示板とかで怒っているわ。」
「オッサン・・・・・。」
あまりの言われように、004は愕然とする。
「許せないって言われても、俺は・・・。」
何とか弁明しようとすると、003が言ってきた。
「わかってるわよ。どうせ、ジョーに強引に引っ張りこまれたんでしょ。本当に災難よね、アルベルト。」
「うん。」
思わず本音がでた。しかし流石003、伊達に009との暮らしが1番長いだけのことはある。009の行
動をすっぱり見抜いている。004は何だか涙で前が見えません状態になってきた。
「ねえ、アルベルト?」
「うん?」
「悪い事は言わないわ。今すぐマネージャーの仕事を止めて、真っ当な仕事に戻った方が良いわよ。そうね
トラックの運転手とか又やれば良いじゃないの。ジョーの我侭にアルベルトが付き合うことは、全然無いの
よ?」
003の言葉が004には嬉しかった。003が本当に自分を心配してくれたことが、ありありと分かった
からだ。しかし・・・。
「有難う、フランソワーズ。でも、今マネージャー辞めると逃げたみたいに思われるし、仕事の先にゴシッ
プ記者とかが、現れるの嫌だから、もう少し頑張ってみるよ。それに、そう簡単に仕事にありつけるわけで
もないしな。」
004の言葉に、電話口で003がフウと溜息を漏らしたのが聞こえた。
「だったら、日本に来ない?」
思いもかけない003の言葉に、004が驚く。
「何で。」
「ほら私、バレエ団に属してるじゃない?そこの先生、結構あちこちに顔が利くの。良かったら仕事の斡旋
をお願いしたら?そうね、ドイツ語の翻訳とか適任だと思うわよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
003のお誘いは、004にはかなり魅力的ともいえた。少なくとも、009にハンマーのごとく振り回さ
れることもないだろうし、こういうスキャンダルにも巻き込まれないだろう。翻訳ってすっごい地味な職業
なのだ。電話で話している004には分からなかったが、009が凄惨な笑みを持って電話を睨んでいた。
「どう?そして、私達と一緒に住めば良いことだわ。アルベルトは他の人と違って、メンテナンスが結構頻
繁に必要なんだから、ギルモア博士にすぐしてもらえるし。ねえ、そうしましょうよ。」
「有難うフランソワーズ。」
004は、心から感謝した。
「!じゃあ!」
「でも、さっきも言った通りもう少し頑張ってみようと思っているんだ。結構、スタッフとかに世話になっ
ちまっているしな。悪いな、フランソワーズ・・・。」
003は、電話口で少し黙った。
「・・・・・わかったわ。でも、其処を離れる時には絶対、日本に来てね!いつでも先生に話すから。」
「ああ、すまない。」
「良いのよ。私はいつだってね・・・・。」
クスクスと003は笑った。
「うん?」
「アルベルトの味方なのよ、忘れないでね?」
「ああ、有難う。」
「ジョーに言っておいて。アルベルトをいぢめたら、私が許さないわよってね!じゃあね。」
もう、十分にいぢめられている気がしたが004はあえて黙った。009がいない時は良いが、すぐ隣で聞
き耳をたてている状況で、被害を訴えればあとでなにをされるか、わからないからだ。
ち・・・ん
004は、受話器を置いた。009がニコニコと笑いながら、こちらを見ている。先ほどまでの、凄惨な雰
囲気は毛ほどない。
「終った?」
「ああ。」
「フラン、何だって?」
「ん、俺とお前さんのことを心配していたぞ。」
本当は、004のことだけを心配していたのだが、004はあえて009を付け足した。
「ふ〜ん、珍しいこともあるもんだね。フランが僕のことを心配してたなんて。」
「そりゃお前、仲間だしな。」
「仲間・・・・・ねえ・・・?」
そう言って009は、なにか意味ありげに微笑みながら首を傾げた。

リーンリーン
又しても電話が鳴る。009は004をさりげなく押しのけて、受話器を取った。そして、やはり1言2言
話してから、004に受話器を向けた。
「はい、さっき言ってた2人目の電話。」
しかし、先程と違いゴゴゴゴ・・・と効果音が背後に従う程の笑みを見せた。004は、思わず腰が引けた
が、なんとか勇気をだして受話器を受け取った。
「アルベルト〜!ジョーとの恋人宣言は本当かあああ〜!」
あまりの大声に、004は受話器を落としそうになった。
「うるせーぞ、ジェット!電話で怒鳴るな!」
相手は002だった。004の怒鳴り声に002は一瞬、おとなしくなったがあわあわとした様子で聞いて
くる。
「い、いや・・・悪ぃ。新聞読んでびっくりしたもんだから・・・。ジョーとの恋人宣言。」
ミシリ
受話器を握りつぶしそうになりながら、何とか"理性”をかき集めて004は努めて穏やかな声を出した。
「・・・・・ジェット。誰が誰と恋人宣言したんだ・・・?」
受話器を握るその顔は笑顔だったが、ハッキリと怒りが蓄積されている。009以外の人間だったら、一
目散に逃げ去るところだ。勘の鋭い007等なら004の様子にすぐ気付く所だが、なんせ相手は地雷を
踏むのが得意な002だ。あっさりと答えてくる。
「アルベルトとジョー。」
ブチン!
「してないってーの!一昨日電話してきやがれー!」
ガシャン!
004は、先程とは違って叩きつける勢いで受話器を置いた。
「まったく、どいつもこいつも・・・(怒)」
ゼーゼーと肩で息をしながら、怒る004の背中に009が擦り寄ってくる。
「ジェット、何だって?」
後ろから廻された009の腕を、放そうとしながら004は答える。
「俺とお前さんが恋人宣言したんだとさ。」
「へ〜、そりゃ嬉しいねv」
「全ッ然嬉しくない!」
「まったまたあ、照れちゃってvそーんなトコも大好きだけどね。」
「そー言いながら、手ぇ動かすなって!ドコ触ってんだ!」
「えへへ〜v」
009は004の背中に張り付きながら、ペロリと舌を出した。そそっかしく、慌て者の002のことだから
絶対004の地雷を踏むことが分かっていたからこそ、電話を変わったのだ。案の定、大当たり。暫く002
は自分達のトコロには電話はおろか、会いにも来れないだろう。


「ジョー、ちょっと来てくれる?」
何の前置きもなく部屋に来たのは、麗香さんだった。
シーン
沈黙は長かった。キョトンとした顔をして固まった麗香さん、赤い顔をして固まった004、唯一マイペースな
009。さっと004から手をどけて、悪戯っぽく笑う。
「どうしたの、麗香さん?」
「・・・・・・一体、何してたの?貴方達・・・。」
呆然とした麗香さんの言葉が痛い。004は、なんとか言い訳しようとするが人間こんな時には上手く言葉が出
てこない。対する009はフフと余裕で笑う。
「やってみよう、君と僕のピンポンパン。もとい、器械体操っぽいものだよ麗香サン?アルったら僕が重いから
持ち上がんないって言ったもんだから、顔を真っ赤にして怒り出しちゃってね。じゃあ、ドコ持ったら良いのか
って探してたトコ。」
”なんじゃ、その下手な言い訳わ!こんなのに騙される奴がいるかあ!”
004は心の中で怒鳴った。
「なーんだ、そうだったの?ビックリしちゃったわーvもー、この子ったらv」
「ゴメンねー、麗香さんv」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかし、騙される奴はいたらしい。麗香さんはアッサリと納得してしまう。004は”理性”を保つという行為
に空しさを感じてしまった。
「で、何か用?」
009がそう言うと、麗香さんは、ああそうそうと手を打った。
「なんだかね、記者の人が玄関で群がっているのよ。で申し訳ないんだけどジョー、プチな記者会見もどきで良
いからちょっとインタビューもどきに答えてくれない?」
「うん、良いよ。」
「助かったわ!じゃ、すぐに来てね。」
「はーい。」
バタン
麗香さんは唐突にきて、唐突に去って行った。まるで月光仮面のような人だ。004はジロリとにっこり笑って
麗香さんに手を振っている009を睨み付けた。
「おい、009。」
ズイッと顔を近づけて、精一杯睨みつける。009はにこにことした顔を崩さない。
「なに?」
「よけーなコトは喋るなよ。」
「よけーなコト?」
009ははて?とばかりに首を捻る。004はこれ以上、藪蛇にならないように009の背中を叩いた。

「ハリケーンジョー!この記事は本当ですか?」
「アルベルト氏はどこにいるんですか?」
「日本のファンに1言お願いします。」
そんなに大勢ではないが、009が出た途端矢継ぎ早に質問が浴びせられる。004は009がよけーなコトを
言うんじゃないかと心配して、そっと隠れて見ていた。009はコホンと1つ咳払いをして、ニッコリと笑う。
「あ、ハリケーンジョー。この記事は本当なんですか?」
「はい、本当です。」
ガシャーン
「わー!!アルベルトさーん!」
「しっかりしろ!大丈夫か!」
「気をしっかり持てえ!」
009の後ろで、何か倒れる派手な音と、スタッフの悲鳴と怒号が響く。009の答えを聞いた004が、卒倒
したのである。
「あの・・・後ろでなにか1大事が起こっているようですが・・・。」
遠慮がちに聞く記者に、009はサラリとかえした。
「幻です。」
「いや・・でも・・・。」
わーきゃーと後ろの騒動は治まっていない。
「質問はそれだけですか?ちょっと、用事があるので急いでいるんですが。」
「・・・・・に、日本のファンに1言・・・。」
「はいはい、えー僕とアルベルトが恋人なのは本当です。だから、アルベルトの悪口はやめて下さいね。
 そーいうわけで、宜しくお願いしますv」
更にニッコリと笑って、009は記者達に手を振る。フラッシュが瞬いた。


「お前にゃ、愛想が尽きた。」
倒れた004のところに009が訪れた時の、004の第1声だった。009は、さりげなく人払いをして004
が寝ているベッドに座った。
「じゃあ、こんどは愛情を繋げてね。」
しれっと言う009を睨みつける。
「何だって、あんな答えをしたんだよ?監督達だってビックリじゃねーか。」
チチチと009は、指を振る。
「あのねえ、ちゃんと計算して答えたんだよ?」
「ふん、どうだか。」
「だってああいう場合、否定したら勘繰られるんだよ。何時までも付きまとわれたいわけ?」
「いいや。」
「でしょう?敢えて肯定していれば、結構早く問題は片付くんだ。大丈夫!監督とかにはそう言っておくから。」
”なんだ、結構まともなこと考えての発言だったのか”
004は感心した。多分、これでこの騒動は治まるだろう。噂は75日とは良く言ったものだ。
「そういえば、これを漏らした”関係者”って結局誰だったんだろうな。」
「ああ、それ僕。」
「は!?」
「僕がわざわざボイスチェンジャーとか、匿名を使って流したんだ。結構、大変だったよ〜v」
ガバッ!
004は飛び起きて、009の胸倉を掴んだ。
「わーアルったら積極的だねえv」
「お前が言ってる意味とは違う意味で積極的にもなるぞ!どーいうつもりだ!」
「まあまあ、落ち着いてよ。」
「この状況で落ち着ける奴は、いないぞ!」
「ここにいるじゃん。」
009は、大イバリで自分を指す。004はがっくりとなった。
「どういうつもりなんだ・・・お前。」
「こうしておけば、アルといちゃついてても変に思われないし。他の奴の牽制にもなるし。それに皆に知って欲しか
ったしね。」
004が離そうとした腕を逆に掴んで、009はニッコリと笑った。シクシクと泣き出した004の頭を自分の胸に
引き寄せる。
「そんな、泣くほど嬉しがらなくても。」
「嬉しくない・・・・。」
逆らう気力もないらしい004を抱きしめながら、009は爽やかに”公認の恋人”に告げた。
「ま、これからも仲良くしようね♪アルv」


★お疲れ様でした。これで”レースパニック”は終わりです。009が恐ろしいまでに、黒くなっちゃってますがまあ ご愛嬌ってことで。最初っから”これ”をするつもりで、009は004を連れてきたのです。全部計算づくだったわ けです。003はちゃんと知ってたわけなので、日本に来いと薦めたんですよね。004はそういう009の心情がわ からないので断っちゃったわけですけど。 戻る