レースパニック番外 帰国編その1
「ねえ〜、アル〜?」
「嫌だっつーか、駄目だ。」
「なんでさ?」
「・・・・・お前にゃ見当もつかんのか?」
「うん。」
「・・・・・・・・・即答するなって・・・。」
009の活躍により”公認”の恋人になってしまった004は、そう言って引っ付いてくる009を手
で押しのけた。顔には縦皺がふか〜く刻まれている。009はぷうと膨れて言い募った。
「オフになったんだから、僕と日本へ”帰ろう”って言ってるだけじゃないか。」
いけしゃあしゃあと言ってのける009を睨みつけ、004は口を開いた。
「俺の故郷はあくまでドイツであって、日本じゃない。日本に行ったら、騒がしくなること請け合いだ
からな。騒動は好きじゃないんだ。」
「いいじゃん、生アルを皆に見てもらいたいだけだもん。」
「・・・・なんか、やたら生々しい感じがするな・・・。」
「当たり前だろう?だって生だもん。」
「お・の・れ・は〜(怒り)」
009は知ってか知らずかお気楽に言っているが、日本での009ファンに恨まれているらしい004
にしてみれば、行きたくないのは当然である。009にはうっとりとした視線を送るお嬢様達が、自分
には恐ろしいまでのキツイ視線を投げてくるのは容易に想像できた。それは実際あちこちのレース場で
体験している。そう、嫌というほど。004は黙って我慢しているしかない。それは、相当なストレス
だった。シーズンが終わり、自由になる時間が増えた今004はドイツに帰って(部屋はないが)ゆっく
りと療養したかった。そこへの009の”僕と日本に帰ろう”攻撃が始まったのである。当然、断った
のだが、スッポンのように009は食いついてきて離れようとしない。004は正直、辟易してきた。
なにが悲しくて、18歳(一応)の野郎の恋人に勝手にされたあげく、その不可抗力の結果に見も知らな
い人々に嫌われなければならない?・・・・・こうなってくると、009と引き合わせたBG団が本当
に憎らしくなった004であった。
「アルはさあ、僕と一緒にいたくないの?」
「今まで、凄まじいぐらいに一緒にいたと思うがな?」
「じゃあ、その延長上で一緒に来てくれたってバチは当らないよ?」
「当るわ、馬鹿者。もう、当りまくって大変だぞ・・・。」
「当るなら、宝クジ買ってもらおうかな?目指せ一攫千金!」
会話が微妙っぽく、擦れ違ってきた。004は口を開いたが、諦めたように閉じてしまった。
「ねえ〜、一緒に日本に”帰って”宝クジ買おうよ〜♪」
後ろから、のしっとばかりに体重をかけて引っ付いてくる009。
「・・・・どさくさにまぎれて、俺の服たくし上げてるんじゃねえよ。」
そう言って、服の裾を掴む009の両手を掴む。と、そこへ・・・・。
「入るわよ〜?ジョー、アルベルトさん。」
返事も待たずにバターンとドアを開けたのは、麗香サンだった。流石に009がぱっと手を離して、0
04の素肌を隠す。コレだけは一般人に見られるわけにはいかないのだから。
「あらら、相変わらず仲良いわね貴方達v」
いやん、とばかりに麗香サンはふるふると身を振った。ハッハッハッと009が得意そうに笑う。
「そりゃあ”公認”の恋人同士だからね〜♪」
「ほっほっほっ、確かにね〜v」
あのインタビューもどきの後、噂を早く消す為に認めたと009はスタッフ全員に説明した。皆、色々
思うこともあったのだろうが、取り合えず納得してくれた。・・・・・・誰が思うだろう?それが00
9の計算通りであることを。あの他人向けの嘘くさいくらい爽やかな笑顔に、皆騙されている。ますま
す神様を信じる気が無くなっていく004であった。
「アルベルトさんは、オフはやっぱりジョーと日本に行くの?」
「いいえ、ドイツに帰ろうと思います。」
004が即答すると、麗香さんは残念そうな表情を見せた。
「あら、残念。日本のファンに生なアルベルトさんを見てもらう良い機会なのに。」
言ってることが009と良く似ている。偶然なのか、必然なのか考えると恐ろしい結果にぶつかりそう
で、あえて004は考えない。麗香さんは、何故か懐から2枚のチケットを出した。
「?」
「せっかく、ジョーとアルベルトさん用にって飛行機のチケットを2枚押さえたのに・・・。1枚無駄
になってしまうのね。残念よ、ジョー、アルベルトさん。」
更にどこからか、白いハンカチを出してきてよよよと泣く真似をする。こ−いうところも009に似て
いる気がする。
「ジョー、お前が頼んだのか?」
「うん、当たり前じゃないか。で、どーする?このチケット取ってくれた麗香サンの苦労を無駄にしち
ゃうわけ?」
表情は見えないが、ニコニコと笑いながらの発言であることは間違いない。004は結構律儀な性格を
している。自分の為に、誰かが苦労してくれたことに対してはキチンと答える。その性格を、009に
逆手にとられたわけだ。004はうっと言葉に詰った。
「このチケット、使ってくれるわよね?アルベルトさん?」
麗香さんが追い討ちをかけてくれる。・・・・・勝負はもう決まったようなものだ。
「・・・・わかった、行けばいいんだろう?行けば・・・・。」
俯いて004は答えた。
飛行機の席はファーストクラスだった。009は平然として座っているが、004は落ち着かない。0
04は009と違って、普通の人として暮らしてきたので日本にいくのだってエコノミークラスだった
のだ。009は日本でも有名な1流レーサー、ファーストクラスは当たり前らしい。麗香サンも009
がチケットを頼む時、何も注文しなかったのだがしっかりファーストクラスのチケットを取ってきた。
美しいスチュワーデスが現れて、009に何か挨拶をしている。004はその会話をみてるのもナンな
ので、本を読み出した。・・・・・だが、彼女の視線は009の隣に座る004にも注がれる。敢えて
004は気付かないフリをした。
「な〜んか、眠くなってきちゃった・・・。アル、僕ちょっと寝るね?」
「ああ、日本迄は結構あるからな。」
「膝枕は?」
「自分の肘を枕にしとけ。」
つれない返事にクスリと笑った後、009はやおらアイマスクをして静かになった。軽い寝息が聞こえ
てくるまで、そう時間は掛からなかった。その寝息をBGMにしながら、004は本を読んでいた。そ
こへ、先程のスチュワーデスの声が聞こえる。004は003程ではないが、確実に相手の場所を特定
する為に、耳は仲間の中でも良いほうだ。何の気なしに、その会話に耳を傾ける。
『ねえ、あの人でしょう?レーサージョーの恋人って。』
『そうみたいね。』
『なんか、信じられないわ。あんな素敵な人の恋人が男だなんて・・・。』
『そうよね・・・。ジョーじゃなくってあの人なら、素敵な彼女がいたっておかしくないと思うわ。』
『ねえ。なんでジョーを選んじゃったのかしら。ジョー、びっくりしたでしょうね。』
此処まで、彼女達の会話を聞いていた004は愕然とした。今まで、考えもしなかった。009に迫ら
れていたせいだろうか・・・。
どうやら世間様では004が009に手を出した、ということになっているらしい。
つまり、ホ○は004の方だと思われているのだ。冗談じゃない、いたってノーマルでヒルダという最
愛の女性だっていた自分に手を出したのは、009の方なのだ。だが、と004は目を白黒させながら
考えた。年齢もあるんだろうな、と思う。普通、18歳が30歳に手は出さないだろう。それが男女関
係であってもだ。そう考えると、009のファンの子達が自分を恐ろしい目で睨んでいた説明もつく。
彼女達は009を○モの世界に004が引きずりこんだ、と思っているのだ。反対ならともかく(そっ
ちの方が真実なのだが)私達のジョーをキズモノにされたと、怒っているのだ。
004は泣きたくなった。キズモノにされたのはこちらなのに、世間体での立場はどんどん自分に不利
になっていく・・・。脳裏にヒルダの困ったような笑顔が浮かぶ。
”ヒルダ・・・・。君とどうして一緒に死ねなかったんだろうな、俺は。”
思い出の彼女に語りかける。その次に浮かんだのは、ビーナだった。ヒルダと同じく、どこか意地っ張
りで自分の運命に必死で立ち向かって戦っていた少女。そして、別れもヒルダと同じく唐突だった。1
つ違うのは、ヒルダは”死”を選択肢の1つとして覚悟をしていたのだが、ビーナは自分の死を確実に
覚悟していたという点。それに比べたら、今の自分の立場はまだマシなように思えてきた。
とりあえず、席は空いているので004は009から1つ離れた席に座り直した。そして本を読み出し
た。せめてもの救いは、スチュワーデス達は嫌悪感を持っているわけだはない、ということだった。彼
女達は純粋に、不思議がっているだけだ。004なら素敵な彼女だって作れるのに・・・と。
本を夢中になって読んでいるうちに、ふと気が付いて隣を見る。相変わらず009がアイマスク装着状
態で眠っていた。
「!?」
004の隣の席で。確かにさっき、009から1つ離れた席に座り直したはずだったのに・・・。アイ
マスクをしているのだから、周りは見えないはずだ。004は今度は2つ離れた席に座り直した。・・
・・・・再び本から目を離すと、やっぱり009が004の隣の席で眠っている。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」
起きているのかと思い、ためしに鼻を摘んでみたが反応はなかった。だが狡猾な009のこと、寝てい
るふりをしてるだけかもしれない。しかし、余りに変な動きをしていると、誤解されかねない。唯でさ
え、最大の不本意な誤解をされているのだ。004はこれ以上、騒動を大きくしたくはなかった。だか
ら、黙って1列前の席に座る。今度は、本を読むフリをして周囲に神経を尖らした。これなら009が
自分の隣に移動した場合、逃げることも可能だ。何故か戦場に立っている気分になってきた。
はたして・・・・・。
「!!!!!」
009がやっぱり自分の横で眠っている。移動には全然気が付かなかった。加速装置かとも思ったが、
それならそれで、気配は感じられたはずだ。しかし、今回も何も感じられなかった。ふと後ろを見ると
スチュワーデスが目を丸くしてこちらを見ている。それはそうだろう、2人共最初とは全然違う席に座
っているのだから。004は、恥ずかしくなってほんのり赤くなった。
「あの、お客様?どうかされたんですか?」
「い、いやちょっと・・・・・。元の席に戻るから・・・。」
004はそう言って、元の席に戻った。・・・・・・少ししてから、さも当然のように009がやはり
いつの間にか004の隣で眠っていた。
「ねえ〜、アル〜?」
「嫌だっつーか、駄目だ。」
「なんでさ?」
「・・・・・お前にゃ見当もつかんのか?」
「うん。」
「・・・・・・・・・即答するなって・・・。」
冒頭と同じような会話が展開していた。今度の争点は・・・・・やはり009の発言だった。
「飛行機から降りる時、腕組んで行こうね!」
はたから聞いていれば、何の邪気の無い提案だ。・・・・・だが、先程の心の傷が癒えない004が承
知するわけがない。それを説得しているわけである。しかし、004としても今回009に負けるわけ
にいかない。これ以上、不本意な誤解を受けたくないというのが004の本音である。009はさっき
のスチュワーデスの会話を聞いていないせいか、実にのしっのしっと押してくる。
「僕らの仲の良いことをアッピールしたいだけなんだってば!」
「そのアッピールが問題だろ!?」
「”公認”の恋人なのに、往生際が悪いよアル?」
「こーにんだろーがひこーにんだろーが、嫌なもんは嫌だっ!!」
004は必死だ。ここで負けてしまえば、更に世間様に顔向けができないのだ。しばし、お互いを見つ
め合う。背景にゴゴゴゴ・・・ッとおどろおどろしいオーラを放ちつつ。やがて・・・フッと009が
微笑んだ。
「・・・・・わかったよ。」
「!」
004は少しコケながらも、なんとか自分の体面が保たれることを喜んだ。009がこんなにあっさり
と譲るとは思わなかった。最悪通路にひっくり返って、駄々をこねられるかと警戒していたからだ。実
際やられた時は、009と自分しかいなかったがあせったものだ。流石の009も、有名人としての顔
があるので、そんな子供っぽいことは出来ないのだろう。009は不服そうに頬を膨らませて、椅子に
座り直した。
☆すみません、また続いてしまいます。おかしいなあ〜?プロットをたてた時はちゃんと1話で終るハ
ズだったのに・・・?あんまり長いと読む方も大変だと思うので、長くしないように気を使っている
つもりなんですが・・・。今回書きたかったのはズバリ真実と世間様とのズレです。ふと、30歳と
18歳の組合せなら普通49と考えるのかしら?と思ったのです。009は世間向けには良い子ちゃ
んモードですから、12歳年上のしかも男性にアピールしたなんて考えられないですよね。そのズレ
に004が愕然とする・・・という話だったのでございます。
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