イルダーナフ
       ある日、ある時。
       コンコン。
       ドアをノックする音がして、部屋の主「島村ジョー」は今まで熱心に読んでいた新聞から顔を上げた。
       ドアをノックした相手は、分かりきっている。
       「入って。」
       手短にそう言うと、ガチャリと音がしてドアが開いた。そこに立っていたのは、黒いスーツを纏った銀
       髪の青年。手には、紅茶セットの乗ったトレイを持っている。ジョーは微笑んだ。
       「どうしたの?何かあった?アル。」
       アル、と呼ばれた青年はその問いかけに頷いた。
       「はい。ジョー、仕事の依頼が来ています。」
       「へえ、どこから?」
       「警察からです。」
       「ふーん、なんて?」
       「仕事内容は、口頭で言うなと言われませんでしたか?」
       「あ、そーでした。じゃ、コッチにデータ送ってよ。」
       そう言って、自分の前に置いてあったノートパソコンを指差した。
       「はい、分かりました。データ転送します。」
       アルはトコトコと机にやって来て、紅茶セットを置きカップに紅茶を注ぐ。その一連の動作からは、デ
       ータを送っているようには見えない。しかしジョーはノートパソコンを開いて、画面を見つめている。
       暫くそのまま画面を見ていたジョーが、溜息をついた。
       「麻薬取引ねえ・・・・。」
       「どうします?引き受けますか?」
       仕事の依頼内容を全部読んだと判断したらしい、アルがすぐに声を掛けてきた。その声に苦笑しながら
       も、ジョーはどーするかなあ?と呑気に答えを返した。黙ってジョーの次の言葉を待っているらしいア
       ルを左手で頬づえをついて、見る。
       「アルのことだから、この件はぜーんぶチェック済みなんでしょ?」
       「はい、もちろんです。出所などは、全てチェックしました。その時点では、おかしなところはありま
        せん。」
       「でもなあ、この頃警察関連の仕事が多くなってきたよねえ。しかも麻薬絡み。」
       「K国が国家ぐるみで麻薬を売買しているらしいですから、日本で取引があっても当然でしょう。」
       「おや良く勉強してるじゃんか。新聞とかは読んでないのに。」
       「俺はネットから直接情報を入れるので、新聞を読まなくても困りません。それに新聞はその立場によ
        って微妙に記者等の偏見が出るので、余り好きではありません。」
       余りにもあけすけな言い方に、ジョーは肩を落とす。まあ良いけど、と1人言を呟いた。
       「で、どうします?」
       アルが再び訊いてくる。ジョーは改めて仕事内容の書いてあるメールに目を落とした。
       「仕事依頼
         ×月○○日Y市の港倉庫にて、指定暴力団とK国の麻薬取引がある。その現場の証拠写真と、証拠
         品を奪取してきてもらいたい。報酬は500万円。取引No.1587」
       本当はメールで送られた時は暗号で書かれている為、暗号解読をしないと読めないようになっている。
       それをアルが解読をして、ジョーに持ってきたというわけだ。
       「世の中不景気だっていうのに、まあポンと大金をだすよねえ?」
       感心したのか、呆れたのかそんな口調でジョーは言う。
       「あとで税金でがっぽり持っていかれるわけですから、元の鞘に戻るだけでしょう?」
       「そーなんだよねえ、って真面目に確定申告してんのは僕だけなのかな?」
       「どーでしょうね。一応、ベンチャー企業を経営してるという顔がありますからしょうがないでしょう。
        正体をバラすわけにはいかないと言ったのはジョーですよ。」
       淡々と反撃してくるアルに、ジョーはむううと唸った。そう、表向き無職なジョーが高給取りだったり
       すると、世間や色々な連中から疑惑の目を向けられるのは当然の成り行きともいえる。そーいうのは勘
       弁して欲しいというのが正直な気持ちだったから。
       「まあ良いや。コレさあ・・・・。」
       「はい。」
       「引き受けるって返事出しといて。くれぐれも此処からの送信だってことはバレないようにね?」
       ジョーがそう言うと、アルは深々とお辞儀をした。
       「分かりました。お任せ下さい。」
       「ん、頼むねアル。いやあ優秀な執事がいると、楽だよ♪」
       「恐れ入ります。」
       「そういやあさあ・・・。」
       ジョーは紅茶を啜ってニコリと笑った。
       「はい?」
       「また新しい紅茶の配合を考えたんだね。すっごく美味しい。」
       その言葉に、今迄無表情に近かったアルの顔に笑みが浮かんだ。


       指定された、日時と場所。”彼等”が潜んでいるとも知らずに、下ではあからさまに怪しい面々が談笑
       している。周りには銃を携えた、これまたお約束っぽいボディーガードらしき連中がうろうろしていた。
       (見える?アル?)
       ”声”を使わずにジョーがアルに問いかける。問いかけられたアルの方は、じっと取引現場を見つめて
       いた。両者共に、黒い服に身を包みこんでいる。ジョーの手は、アルの背中にピッタリとくっつけられ
       ていた。どうやら此処を通して問いかけをしているらしい。ジョーの背後には、なにやら配線らしきも
       のが覗いている。
       (大丈夫です、いつ撮りますか?)
       アルから返事が返ってくる。
       (そうだね・・・・。一応撮っといてくれるかな?)
       (了解しました。)
       そう返事を返してから、アルはやおらパチパチと瞬きを繰り返す。銀の瞳が標的を追って動いていく。
       パチ
       (撮りました。)
       (OK。じゃあ、そろそろ本番だね。)
       (・・・・・そのようですね、どちらもカバンを取り出しました。ああ、開けて中身を見せてます。)
       (ん、分かった。良いかいアル?電気を消しておけるのは、ほんの5〜10秒だけだ。それ以上は相手
        に不信感をもたらすからね。別にドンパチしたって困らないけど、やっぱり穏便にことを運べれば良
        いからさ。)
       (分かっています、お任せ下さい。)
       (分かった、気をつけて)
       ジョーの手が、アルの背中からすっと離れた。アルは飛び出す為に身を乗り出す。それはまるで獲物を
       狙う、豹のようだった。
       (1.2の・・・)
       ジョーは心の中で、カウントをする。
       (GO!)
       ジョーは、配線を切った。
       パッ
       突然の停電に、下にいる連中がざわめいた。そして、電気が切れた瞬間にアルが飛び出したのが分かる。
       天井の一角から、下の真ん中まで一足飛びに行く。アルの銀の瞳は、確実に獲物---麻薬---を捕らえて
       いた。下に着地するやいなや、アルは麻薬の入ったカバンを取り、次の瞬間天井に飛び上がった。それ
       はとても”人間”には出来ない芸当。
       パッ
       電気は消えたのと同じくらいに、唐突についた。下の連中は、呆然として周りを見回した。
       ジョーの前には、麻薬の入ったカバンを抱えたアルがいる。そして、ジョーに向かって笑った。
       (お疲れ様)
       声には出さずに、声をかける。下からの怒声を聞きながら、ジョーはアルを促してそこから抜け出して
       いった。


       「毎度毎度のことだけど、上手くいったねえアル。」
       道を歩きながら、ジョーはそう言ってアルを振り返る。
       「?どうしたの?」
       アルは立ち止まって、耳に神経を集中させていた。かなり殺気だっている。
       「・・・・・見付かったか?」
       ジョーの囁くような声には、それでも余裕が含まれている。
       ザッ
       なにかが、暗闇から飛び掛ってきた。ジョーはそれを余裕でかわす。次の瞬間には、アルがその物体に
       接近して手に持っていたカバンで思いっきり叩く。物体はキャーンという声を出して、吹っ飛んだ。
       「・・・・犬・・・?」
       「気をつけて下さい、なにか普通の犬ではないようです・・・・・。」
       アルはジョーを庇うようにしながら、周りをキョロキョロと見回す。
       「どう?何だか、結構な数がいるような気配がするんだけど・・・。」
       「そうですね、囲まれているようです。」
       「野良犬?にしては変だな?」
       「多分、あの場所の警護用に訓練された犬でしょう。・・・所々、改造されているようですが。」
       「サイボーグ犬ってやつか。嫌だね、こーいうのは。」
       嫌そうに顔を歪めるジョーをチラリと見てから、アルはする、と滑らかな動きで右手の黒い手袋を外し
       てポケットに詰め込む。ジリジリと包囲網は狭まっているらしい、唸り声が間近に聞こえてくる。ジョ
       ーは、のんびりした表情で2つのホルスターから2つの銃を取り出す。アルと背中合わせになって、構
       える。
       「良いかい、アル?全滅させる必要はないよ。テキトーにやっつけたら、スグに撤退するからね。」
       「了解。」
       アルは鈍い銀色を放つ、右手を構える。
       バッ
       暗闇から、犬が飛び掛ってくる。
       ガガガガガ
       アルの右手から、勢い良く銃弾が発射された。犬は失速し、地面に落ち動かなくなった。血の匂いが辺
       りに充満しだす。
       「あらら、犬達が興奮してきたみたいだね?」
       緊張感の欠片も無く、ジョーが呟いてくる。それを隙と見たのか、ジョーに向かって犬が飛び掛ってき
       た。ジョーはチラリとその影を見て、徐に銃を向けた。
       ドンドン
       鈍い音と共に発射された弾丸は、その犬に命中する。そして、その犬も地に倒れ付し動かなくなった。
       「う〜む、動物虐待・・・かな?」
       アルの方を見て、そう呟けば呆れたようなコメントが返ってくる。
       「呑気ですね、ひょっとしたら狂犬病を発病しているかもしれないんですよ?」
       「あ、そりゃ困るなあ。狂犬病って死亡率がすっごく高いんだよ?」
       「だったら、もっと真面目に倒して下さいよ。」
       襲い掛かってくる犬達を、ジョーは二丁拳銃でアルは右手に組み込まれているマシンガンでどんどん倒
       していく。と、何かの拍子にジョーが体勢を崩した。グラリと傾くその体に犬達が飛び掛かってくる。
       「ジョー!!」
       背中合わせで犬を迎撃していたアルが、ジョーの異変に気がついてその前に立ち塞がった。そして左手
       を薙ぎ払うかのように、振った。
       何気ない、動作。
       だが、犬は悲鳴を上げて転がり落ちていく。アルの左手の端が、うっすらと緑色に染まっている。否、
       それは手袋越しに現れたレーザーナイフだったのだ。流石に、犬達の包囲網が緩む。ズイ、と足を進め
       るとそれに合わせて犬達が後退していく。
       そして
       とうとう彼らは撤退した。
       「大丈夫ですか、ジョー?怪我は?」
       「ないよ、有難う。あーびっくりしたあ。」
       目をぱちくりさせて、ジョーが言う。
       「びっくりしたのはこちらですよ、全くどうしたんですか?ジョーらしくもない。」
       「いやー、チョット左に移動しようとしたら突然、膝がカクンと崩れてね。よくある話だよ。」
       「そりゃそーですが、こんな戦闘時に発動させないで下さい。驚きますよ。」
       「そういうのって、不可抗力だよ。殺生な。」
       「・・・・・・まあ良いです、無事なら。」
       「うん、お蔭様で元気元気!で、そろそろ此処から離れようか?」
       「そうですね、そうしましょう。約束の時間まで、そんなにないですから。」
       「だね。」
       そう言って、ジョーは何故かいきなり上に向かって1発銃を撃った。
       ドン
       「?どうしました、ジョー?」
       「ん?いいや、ちょっとね。さて、早く行こうよ。こんなとこ誰かに見られたら、大変だからね。」
       「?分かりました。」
       ジョーはアルを促して、足早にその場所から去って行った。1回だけ振り向いて、ニヤリと笑って。


       「・・・・流石ね、気が付かれているとは思わなかったわ。」
       金髪の少女は、溜息を吐きつつ己の手の中のカメラを見つめた。そのカメラは丁度レンズの真ん中に1
       つ穴が開いている。当然のことながら、そのカメラは壊れていた。
       「もう、せっかくスクープが取れると思ったのに・・・・。高かったのよ、このカメラ。」
       ぶつぶつ文句を言いながら、少女は素早く資材をカバンに詰める。
       「でも、諦めないわよ!絶対謎の人物である”イルダーナフ”の正体、絶対に暴いてやるんだから!」
       チラリと下を見ると麻薬取引の連中なのだろう、犬達の死骸を見て大騒ぎしている。少女は彼らの様子
       を冷笑を持って見つめた。
       「馬鹿ね、彼がもうそこら辺にいるわけないじゃない。取引も潰れて、犯人も捕まらない。ご愁傷様。」
       少女はさっと身を翻して、闇に消えて行った。後には男達の怒号が響き渡っているだけになった。


       Y市の繁華街に近くにある公園に、ジョーとアルはいた。アルはカバンの表面に何かを塗りこんでいる。
       ジョーは、それをぼんやりとした目で見つめていた。ただ、キョロキョロと周囲は警戒しているようだ
       った。と、アルが立ち上がった。
       「準備完了です、ジョー。」
       「そう、じゃあよろしく頼むよアル。僕は家に戻っているからさ。」
       「はい、お任せ下さい。ああ、そうそう。」
       「なあに?」
       「お腹が空きましたら、冷蔵庫にケーキがありますのでそれでも食べてて下さい。帰ったら、ちゃんと
        作りますから。」
       「いーよ、そんなにしてくれなくても。それに、僕だって料理ぐらいできるよ〜だ。」
       「おや、この前そう言って真っ黒なハンバーグ食べてたのは誰でしたっけね?」
       「ううう・・・・・。」
       「更には、甘いシチューとか。煮魚作ったときは、鍋のふた落として大真面目に落し蓋だって言ってま
        したよね。」
       ニヤリ、と少し意地の悪い笑みでアルはジョーを見つめた。ジョーといえば、言い返したいけど全部真
       実なので、言い返せないらしい。ぷくう、と見事に頬が膨れていく。
       「・・・・・にーちゃんは、美味しいって言ってくれたもん。」
       「あの方、お優しいですからね。たまに家に帰ってきて、死にかけるなんて本当に気の毒です。」
       ささやかな反撃のつもりが、結局大規模な墓穴を掘ってしまったらしい。
       「あーもー良いから、行ってきて!」
       「はいはい、気をつけて帰って下さいよ。」
       「わかってるよーだ。」
       アルの身体に異変が起き始める。銀の瞳にパパパッと光が舞う。それに伴って、アルの身体の輪郭がぐ
       にゃりと歪んでいる。まるで、周りの景色に溶け込むような現象。否、溶け込んでいるのだ実際は。
       そして、アルの身体は完全に見えなくなった。カバンがまるで魔法にかかったように、ふわりと宙に浮
       かぶ。そしてカバンも先程のアルと同じく・・・・・周りの景色に溶け込んでいった。
       「じゃあ、行ってきます。」
       「うん、でも気をつけるのはアルも同じだからね。くれぐれも警察に尻尾を掴ませないでね。」
       「はい。」
       アルの気配が消えるのを待って、ジョーは軽い足取りで歩き出した。
 

       そして、Y市の警察署に獲物は無事に届けられた。アルは一言も喋らず、7階の開いている窓から侵入
       し麻薬課のドアの前にカバンを置いて去って行ったのである。カバンの中には、麻薬と1枚のメモ。
       ”毎度、ご利用下さいまして真に有難うございます。取引No.1587のモノです。どうぞお納め下さ
        い。料金は10日後までにお支払い下さい。 イルダーナフ”
       アルが去って30分後、いきなり現れたカバンに中の人間が驚いたらしい。


       ある日、ある時。
       島村ジョーさんはご機嫌で、貯金通帳を見ていた。そこへ、コンコンとドアがノックされる。
       「どーぞv」
       がちゃり
       入ってきたアルは、今度はコーヒーセットを乗せたトレイを持って現れた。
       「ご機嫌ですね、ジョー。」
       コーヒーセットを机に置いて、コーヒーカップにコーヒーを注ぎながら声を掛ける。
       「まあね、労働の報酬が入ってきたんだよ。嬉しいねえ、残金が増えていくってさあ。」
       うきうきとした声に、アルは苦笑する。ジョーは贅沢品等には興味が無いらしく、非常に慎ましやかな
       生活をしている。あれだけ使うところが無ければ、貯まるのは当たり前だと思う。
       「ん?あー何笑ってんのさ。どーせ守銭奴ですよーだ、僕は。」
       「そんなこと、思ってませんよ。たまにはパーッと使ったらどうですか?税金対策の為にも。」
       「うーん、僕もそう思うんだけど思いつかないんだよね、パーッと使うモノが。う〜む、兄ちゃんにも
        贅沢してたら、金がいくらあっても足りないぞって言われてるし。」
       「そーですねえ、あの方も真面目ですからねえ。」
       ジョーは苦笑しながら、コーヒーを啜る。それを見ながら、アルは言った。
       「ああ、そうそう。忘れてましたジョー。」
       「ん?」
       「仕事の依頼が、入ってますよ。」
       「あ、ホント?じゃ、こっちに回して。」
       「はい。」

       意外と、忙しいジョーとアルなのでした・・・・・。


       ★ぬううううう!!!難しい!ハードボイル系は難しいです!!あんまり読まないジャンルだから、情         報に疎いってのもありますが。「オレとメイド」を書いた後、ああ執事的な004も良いよねvと思          ったのが、発端なんですが・・・・・。執事ってよりもお母さんに近い!?(ガビーン)ちなみに参考         にした執事さんは「魔探偵○キ」(伏字になってない)の闇野さんです。ああいう探偵社って、話とか         みてると(○ナンとか)一体全体、お金どうやって稼いでいるのかが謎で。コ○ンは推理してても、お         金貰ってるわけじゃないですし。最初009は探偵さんの予定だったのですが、1ビットの私に謎解         きができるわけもなくある意味便利屋さんになってもらいました。ちなみにイルダーナフとはケルト         神話に出てくる光の神ルーグ(またはルーフ)の別名っぽいモノで「何でもできる男」って意味です。         ほら、黒系の009が如何にも言いそうでしょう?         んで、一応迷ってます。これはいわゆる試作品っぽいものなんです。話を続けるかどうか。これはこ         れで終ってるし、良いかしら・・・?とか。ううーん、どーしよー?         実は、ある方が執事004を描いても良いですよと言って下さっていたのですが、ただ今原稿にお忙し         いみたいですので、断念しました・・・・。         戻る