イルダーナフ2
ある日ある時。
「で?」
その家の若き主である島村ジョーさんは、自分の前で涼しい顔をして立っている銀色の髪を揺らす執事
のアルベルトを眺めた。
「どうします、この依頼?」
「どーしよーかなあ・・・・・。なんだか胡散臭い話ではあるよね。」
「確かに、下心が感じられますね。」
「だったら、何故僕の所に持ってくるかなあ?」
「判断するのは私ではなく、ジョーですから。」
今、ここで話題壮絶になっている依頼とは・・・・。
『どうしても貴方に頼みたいのです。どうか私に会って下さい、そして私の依頼を受けて下さい』
というものだった。まあ、何でも屋っぽいことをしているので依頼が来るのは変ではない。しかし、ジ
ョーへの依頼というものは極秘に近い扱いだったのだ。おいそれと尻尾を掴ませない為に、色々と複雑
な手順や手段を用いているので一般人がお気楽に依頼が出来るわけではないのだ。しかも・・・・
「依頼主の正体も分からないなんてね・・・・。アル、君の”追っかけ”でもダメだったわけ?」
そう言われて初めてアルベルトの瞳が揺らいだ。
「残念ながら・・・・・。こんなことは初めてですよ。」
「ふーん・・・・。」
考え込むジョーを見つめながら、アルベルトは別のことを考えていた。何を、といえばこのメールは実
は通常では考えられない経路を通ってきているからだった。自分の中に持っている通信回路を直接通過
してきている。この回路を知っている者・・・・・それは・・・・・。
「やっぱ、止める。」
ジョーの言葉に、アルベルトはハッと我に返った。見るとやれやれという感じでジョーは背もたれに背
を預けている。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「だってさ、アルが”追っかけ”てもダメなんて胡散臭過ぎるよ。変に依頼を受けてボロ出すより良い
からね。」
ジョーの言っていることは正論である、なにせ”イルダーナフ”という名は既に1人歩きしているふし
があった。正体を知りたいという人間は多いはずだ。
・・・・・しかし・・・・・・・。
「いえ、この依頼浮けてもらえませんか?」
アルベルトの発言に、ジョーは驚いたように頭に組んでいた腕をほどく。
「ええ!?だってさ・・・君主危うきに近づかずって言うじゃないか。」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言いますよ。」
「うーむ、なんの為に虎子が必要なんだか分かんないんだけど・・・・ってそんなことじゃなくって。」
「お願いします。」
ジョーは目をパチパチとさせる。ここまでアルベルトが依頼に対して口を挟んでくるのは珍しい。しか
もこういう胡散臭い依頼の場合、真っ先に止めるように言うのはアルベルトの方なのだ。ふと何かに気
がついたかのようにジョーは声を潜めた。
「”例の件”にひっかかってるわけ?」
アルベルトは肩をすくめた。
「・・・・・まあ、そんなところです。但し確信がないので、心苦しいのですが。」
「そう・・・・・。」
ジョーは再び椅子に沈み込み、右手を口に当てて考え込む。やがて諦めたように、溜息をつく。
「分かったよ、そういうことなら依頼を受けよう。・・・・まあその為にこういう仕事してるわけだし
ね。」
「申し訳ありません、その代り正体がばれないように準備はしておきます。」
「うん、頼むね。ま、僕もそうそう尻尾を掴ませないつもりだけど。」
ニヤリ、とジョーは笑った。
依頼人と会う当日、ジョーはアルベルトから渡されたモノを呆然として見つめた。
「アル・・・・これわ・・・・・・。」
「変身セットです。」
ジョーの震える声に気がつかないのか、アルベルトはあっけらかんとして答えてきた。アルベルトが渡
してくれた変身セットをしげしげと見つめる。帽子、サングラスまでならまだ良いが・・・・はげカツ
ラに大きい白いマスクに大きいコート。
「・・・・・あまつさえ付鼻まで(眼鏡と髭つき)。」
「完璧ですね。」
「こんな格好で歩いてたら、警察に通報されるよ。いや絶対に。」
「そうですか?」
「うん、自信あるよ。」
言いながら、アルベルトに変身セットを返す。
「じゃあこれはどうです?」
渡されたのは・・・・
「フルフェイスメット・・・・・?」
「これは良いですか?」
「いや、店に入った時点で強盗と間違えられると思う。」
「そーですか。中々変装は難しいですね。」
大真面目に呟いてくるアルベルトを、ジョーは疲れた顔で見つめた。優秀な相棒だが、たまにこういっ
た驚くようなことをしでかしてくれる。
「じゃあ、最後の手段ですね。」
「え、まだあるの?」
「女の子に好評だという、女装です!」
「・・・・・僕、高い声出ないけど。」
それ以前に普通の男性なら”似合わない”とコメントするところだが、ジョーが気になるのは声だけら
しい。まあ小さい頃は女の子に間違えられて癇癪を起こし、兄に慰めてもらったりしていた想い出があ
るらしいので、無理ないかもしれないが・・・。
結局、下手に変装せずに御対面することになったのだった。
カラン
指定された店にジョーが行くと、いらっしゃいませーという声が掛かる。ジョーはキョロキョロとして
依頼主が座っているという席を探す。そしてその席に座る、金髪の少女を見つけた。
「失礼します。」
ジョーが声をかけて座ると、相手は顔を上げた。中々の美少女だな、とジョーは思った。少女は深々と
頭を下げる。
「あの・・・・・イルダーナフ・・さ・・んですか?」
ジョーはその問いかけに肩をすくめる。
「残念ながら僕は代理人なんだよ、イルダーナフのね。」
「えっ・・・そんな・・・苦労してアクセスしてもらったのに・・・特ダネが」
「?どうかした?」
「いいえ、なんでもないです。あの、私はフランソワーズ=アルヌールっていいます。」
「僕はジョー。島村ジョーっていうんだ。」
「貴方とイルダーナフとの関係って・・・?」
「え?ああ、いつもね依頼人に会わなきゃならない時に代理人として行ってくれって言われてるんだ。」
「そうなんですか。彼と会ったこと有るんですか?」
「うん?ないよ・・・ってなんで彼なわけ?」
何の気もなしにジョーは突っ込んでみた。目の前のフランソワーズは、目に見えて慌てている。
「あ、いえこういう仕事って男の人がするものかと思ってたものですから・・・。」
「そう・・・・。で依頼って?」
「え・・・・あ・・・・・そうそう。これを。」
すっと彼女は1枚の写真を出してきた。そこには彼女に良く似た青年が写っている。
「誰ですか、この人。」
「・・・・兄です。・・・・私の・・・・。行方不明になってしまったんです。で・・・」
「そういうのって、警察に行った方が早くない?」
「警察には届けました!でも・・・・全然手がかりがなくて。」
「ふーん?」
ジョーは写真を見つめた。一瞬借金でも作って蒸発したのかも、と思ったのだが人相を見ているととて
もそう思えない。
「なにか心当たりは?」
フランソワーズは首を横に振った。
「あの・・・・お金はなんとかしますから、引き受けてもらえませんか?」
恐る恐る言ってくるフランソワーズをチラリと見て、ジョーは溜息をついた。
「分かったよ。」
「じゃあ!」
「いや、イルダーナフに話は通してみるよ。あいつがどういう判断を下すか責任持てないけど・・・。」
イルダーナフ本人はケロリとして、言い切った。流石に伊達に何でも屋さんをしているわけではない。
「で、お兄さんなんて名前?」
「ジャン・・・・ジャン=アルヌールです。」
「わかったよ、じゃあとは本人から連絡が行くかと思うから。」
「はい。よろしくお願いします。」
「じゃ。」
ジョーは席を立った。そしてフランソワーズに背を向けた瞬間、フランソワーズは目にも止まらぬ勢い
でテーブルにあった灰皿をむんずと掴み投げた。
(もし本物なら・・・・絶対かわすハズ!騙されないわよ?)
ゴイン
「!?」
鈍い音がして、灰皿はジョーの後頭部にヒットした。
ジョーは店に入って行くのを、アルベルトは少し離れた建物の影に立って様子を見ていた。瞳には店の
中にいるジョーを確実に捕らえている。と、誰かがアルベルトの潜んでいる建物の壁に凭れ掛かった。
”よお、元気か?”
突然響く言葉に、アルベルトはハッとした。
”・・・・・誰だ?”
問い掛けると、相手はくっくと笑う。
”まあ俺はアンタほど有名じゃないからね。アンタが知らないのも無理はないけどな”
”何を言っている?俺が有名ってどうゆうことだ?”
”おいおい、惚けんなよ。004?”
”00・・・・4?”
”そして俺は002だ。・・・・ってなに驚いてるんだ?”
”お前は・・・・・誰だ?何故俺を知っている?”
”・・・・アンタ、ひょっとしてメモリーが飛んじまったのか?”
”メモリー?”
突然相手は笑い出した。
”こいつあ、良いや!まあ、あんなこと起こしちまったらメモリーぐらい飛ぶかもなあ!”
その笑い声はアルベルトの神経に障る。アルベルトは右手の手袋を外し、構えた。
”おーい俺はアンタと違って完全な戦闘タイプじゃくて、偵察タイプなんだから勘弁してくれよ”
”・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・”
”あんたは望んでその身体になった。それだけは教えておいてやるよ”
”あの依頼を送りつけてきたのは、貴様だな?”
”まあね、俺の大事な人が望んだからな。あんたの主人がイルダーナフってことも知ってるぜ”
”!”
”安心しな、正体をばらすことはしねーしアンタの邪魔をすることもしねーよ。”
”お前は・・・俺の何を知っている?”
”さあね、自分で探してんだろ?なら自分で見つけなよ。・・・じゃあな”
”ま、待て!”
”俺の大事な人があんた達の正体を突き止めようと必死だからな、そのうちまた会うだろう”
すっと気配が消える。アルベルトは下を向いて、右手を握り締めた。銀の色を放つ、異様な手。
店内がわーきゃー大騒ぎを起こしてることを知ったのは、救急車が来てからだった。
「それにしても災難でしたねえ・・・。」
林檎を剥きながらアルベルトはジョーに声をかけた。あれから病院で手当てをしてもらい、送ると言い
張るフランソワーズの提案を丁寧に断った。ベットに入っているジョーの頭には、白い包帯が巻かれて
いる。はい、と林檎の入った皿を渡そうとするとジョーは溜息を吐きつつ起き上がった。
「あいたたた・・・。」
「大丈夫ですか?」
「うん。」
「避けれたんでしょう?どうして避けなかったんです?」
「そりゃ余裕で避けれたよ?だけど単なる代理人として会いにいってるんだから、器用に避けるわけに
はいかないじゃないか。」
「・・・・・まあ一般人だったら、後頭部にモロに貰ってますね。」
「でしょ?」
綺麗に切ってある林檎にフォークを刺し、口に運ぶ。そして何か言いたげにアルベルトを見る。
「なんです?」
「ヒャルはあにくゎわかっかの?」
「行儀悪いですよ、ちゃんと食べてから言って下さい。」
もきゅもきゅと慌てて食べた後、もう一度言う。
「アルの方は、何か分かったの?」
「ああ、彼女の兄であるジャンという青年は3年前に行方不明になってますね。両親はいなくて、彼女
はジャン氏に育てられたらしいです。」
「あーそーじゃなくってさー。」
「?なんです?」
「アルに関して何か分かったの?って訊いたつもりだったんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「アル?」
「なにもありませんでした。」
アルベルトは咄嗟に嘘を吐いた。あの002と名乗る人物は自分を偵察用、アルベルトのことを戦闘用
と言っていた。なにやら物騒な感じで、ジョーにはあまり危ないことに足を突っ込んで欲しくない。そ
んなアルベルトをジョーはじーっと眺めていたが、やがてそう、と相槌を返した。
「で、この依頼受けるんですか?」
もそもそとベットに潜ろうとしたジョーに、アルベルトは訊く。
「そうだね、ちょっと個人的に気になるからさ。」
「ほう、ジョーにも春が。」
「違うってば!だって僕もにーちゃんが行方不明になったっていうなら、必死で探すもの。」
「あの方、筆まめですから結構手紙やらメールやら下さるので実感ないですけど、遠くにおられるんで
すよね。」
「うん。元気かなあ。」
「一昨日元気っていうメール頂いたので、元気ですよ。」
「うん、分かってるって。引き受けたって、返事出しといて。」
「分かりました。」
空になった皿を取り、アルベルトは部屋を出て行った。
「やっぱりなにかあったか・・・・・・・・・。」
ジョーの呟きは天井に届く前に、空気に消えて行った。
★嬉しいことに、読みたいと言って下さった方がいらっしゃったので、有頂天になって書いてました。
それにしても本当は読みきりという形にしようと思ったんですが、ちょっと長くなってしまって反省
してます。一応前後編になります。宜しかったら、お付き合い下さい。
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