イルダーナフ3

       「大丈夫なのかねえ・・・。」
       「あら、私がドジ踏むと思ってるのね?心外だわ。」
       ぷい、と横を向く金髪の少女に赤毛の青年は苦笑しながら言う。
       「違うって。俺が心配しているのは、彼らが本当の事を突き止めるんじゃないかって事。」
       「・・・・・大丈夫よ、いくらなんでもそこまでは出来ないわ。」
       少女はそう言って、俯いた。
       「出来たとしても・・・・信じられない事よ。そうでしょう?”あれ”から3年経ってしまったけれど
        未だに、私ですら信じられないもの。」
       「・・・フラン。」
       心配そうに声をかけてくる青年に、少女は笑って見せた。
       「大丈夫よ私、此処にいるんですもの。でも貴方がいてくれて、本当に良かった。貴方がいてくれなけ
        れば、私とっくに死んでたかも。」
       「・・・・いや、だって俺にも責任あることだしさ。」
       照れくさそうに頭を掻く青年に、ことさら柔らかい笑みを浮かべて少女は呟いた。
       「さて、どこまで調べてくれるのかしら・・・・?楽しみね。」


       「アルー、僕出かけてくるねー。」
       ジョーが声を掛けると、アルベルトが奥からトコトコと出てくる。
       「あ、ごめん。掃除中だったんだ?」
       アルベルトは何故かスーツの上に、エプロンと三角巾を着けていた。しかも手にはハタキ。
       「良いですよ、別に。ドコ行くんです?」
       「取材v」
       「は?」
       目をパチクリさせるアルベルトに、ジョーは悪戯っぽく笑ってウインクした。
       「ちょっと情報収集を・・・さ。」
       「情報なら、私が集めたもので充分だと思いますが?ちゃんと政府のデータにコンタクトして、集めた
        んですから。」
       「確かにねー、でもデータを見せて貰ったけどどーにもこーにも腑に落ちないんだよ。」
       「虫の知らせってやつですか?」
       「う〜む、ちょっと違うと思う。アルのデータを信用しないわけじゃないんだ。だけどデータって、改
        竄可能だからさ。」
       「私も行きますよ?」
       アルベルトの申し出に、ジョーは首を横に振った。
       「いや、僕1人で行って来るよ。悪いけど、留守番しててv」
       譲る気配を見せないのを察知したのか、アルベルトは溜息をついた。
       「分かりました。でも晩御飯までには、帰ってきて下さいね。」
       「うん、分かったよ。じゃ、行ってきまーす!」
       家から出て、ジョーは空を仰いだ。
       「さーて、行きますかv」


       最初は彼女の周辺を、聞き込む。彼女の住所の辺りをうろついて、住民から情報を貰う。ジョーには、
       天下御免の最強笑顔が標準装備されている為、情報を引き出すのには苦労はしない。
       そして、ちゃんと気が付いている。誰かさんが、自分の後をくっついて来ているのを。微かに響くカメ
       ラのシャッターの音に苦笑する。確かに相手が普通の人間だったら気が付かない、そんな感じの気配の
       消し方。だが、生憎とこちらも”イルダーナフ”としていい加減経験を積んでいる。とりあえず、ジョ
       ーは彼女の好きにさせておいた。変にコソコソすると、返って怪しまれる。なら堂々としていた方が良
       いに決まってる。
       取り合えず大方の周囲の住人の情報を取ったので、ジョーは公園でサンドイッチを頬張りながら手帳を
       ひらりと広げた。
       「うーむ、やっぱりアルが作ってくれた方が美味しいや。・・・・・でと。フランソワーズ・アルヌー
        ル19歳。此処に引っ越してきたのは、3年前。お兄さんが失踪した後か・・・・。」
       ゴクゴクとジュースを飲む。青い空を見上げながら、ジョーは一人ごちた。
       「変だな、普通家族が失踪したら引越しなんかしないよね。だってひょっこり帰ってきたら、家が無か
        ったら大変だし・・・。僕だったら、兄ちゃん探しに行くな。でも女の子じゃ、ちょっと無理か。」
       再び、手帳に目を落とす。
       「近所の評判は上々。へえ、職業はふつーのOLって言ってるのか。随分、危険手当が貰えそうだな。
        本当に普通のOLならさ・・・・・。」
       「・・・・・何をさっきから言っているのかしら?聞こえないわ。」
       ぶつぶつと呟く声の内容が知りたくて、後ろに隠れていたフランソワーズはついは身を乗り出した。
       その結果。
       「きゃあ!!」
       いきなり前のめりになって、ジョーの前に転がり出てしまった。そりゃあもう、盛大に。チラリとベン
       チに座っているジョーを見ると、爆笑3秒前のような表情だった。
       「あ・・・・・あははははははははは!!!!」
       ついに堪えきれなくなったジョーが、盛大に笑い出す。笑ったまま立ち上がり、フランソワーズに手を
       差し伸べた。瞳には、笑いすぎた涙が浮かんでいる。
       「・・・・・・・ありがと。」
       真っ赤になりながら、フランソワーズは礼を言う。ジョーはひいひいと笑いながら、ベンチに彼女を誘
       導した。
       「唐突な人だねー(笑)あー久し振りに、凄い笑った。・・・・ぷっ・・・あははははははは!!」
       ジョーは相変わらず笑っている。フランソワーズは遂に顔を真っ赤にしたまま、怒り出した。
       「もう!そんなに笑うことないでしょ!」
       「ゴメンゴメン・・・・・うう・・・ふぅ、やっと収まった。」
       やっと爆笑を収め、ニコリと笑顔を彼女に向ける。
       「で、なにやってたの?」
       フランソワーズにしてみれば、まさかずっとジョーの後をつけていたとは言えない。彼女も負けじと笑
       顔を向ける。ニコニコと妙な笑顔対決になってしまった。
       「別に・・・・・。ちょっと・・・ね。」
       言い訳にもなっていない事を言いながら、フランソワーズ自身も気まずかった。だがジョーは気にした
       風もなく、ふうんと言って納得した顔になる。
       「で、兄さんの事、何か分かったのかしら?」
       「いいや、残念だけどね。・・・・・っていうか”あいつ”がね、気になるなら自分で調べればって言
        うから素人の僕が探索中なんだ。」
       御本人さんは、澄まして言葉を紡ぎだした。
       「えっ!?じゃあ私の依頼は断られたの?」
       「うーん、良くわかんないんだけどねー。」
       「そう・・・。」
       落ち込んでしまったような彼女に、ジョーはやれやれと言ってその背中をポンと叩いた。
       「ま、僕なりになんとかしてみせるさ。」
       (イルダーナフの尻尾は掴ませないけどね)


       それから1ヵ月後、フランソワーズはジョーからの呼び出しを受けた。指定されたのは、何故かカラオ
       ケボックスだった。首を捻ったフランソワーズだったが
       「単純に、他人に聞かせたくない話なんだろ。」
       というジェットの言葉に納得する。
       期待と不安を感じつつ、彼女は指定されたカラオケボックスに向かう。もちろんジェットが付いて来た
       のだが彼は俺は呼ばれてないから、とカラオケボックスに入らなかった。
       「何かあったら、助けに来てね。」
       「大丈夫、あいつがさせねーだろ。」
       「?あいつって誰?」
       「秘密だ。」
       周りをキョロキョロしていたジェットだが、ある一点を見るとニヤリと笑った。
       「ま、俺もちゃんと見てるからさ。安心しろって。じゃ、頑張れよ。」
       ジェットはそう言って、フランソワーズに手をひらひらと振って背中を向けた。そんなジェットを微笑
       みながら見送ったフランソワーズは、まるで気合を入れるように両手で頬をパンパンと叩いた。そんな
       彼女を通行人が怪訝に見ていたが、彼女は気がつかなった。


       「お待たせしました。久し振りね、ええとジョー君。」
       店員に案内された部屋の中で、ソファに座ったジョーがフランソワーズにニコリと笑った。
       「うん、フランソワーズさん。元気だった?」
       「ええ、お陰様で。」
       彼女はふわりと、ソファに座る。その時、ジョーが複雑そうな顔をしたのを彼女は気が付いた。座った
       と同時に、ジョーはパサッと封筒を机に置いた。そして溜息を吐く。
       「・・・・・・何か分かった・・・・・の・・・・・ね?」
       フランソワーズは言いながら、心臓の音がドキドキと大きくなって五月蝿いぐらいになっていく。静か
       な部屋の中に自分の心臓の音が響くような気がした。
       「うん。ジャン・アルヌール氏・・・パリ在中。」
       そこでジョーは一旦言葉を切った。ちらり、と上目使いでフランソワーズを見て、言葉を続けた。
       「74歳。」
       シ・・ンと部屋の中が、静まり返った。
       「フランソワーズさん・・・・・貴方は。」
       「兄さんに会ったの・・・・?」
       ジョーの台詞を遮って、フランソワーズの硬い声が響いた。
       「え!?」
       「兄さんに会ったの?って訊いたの。」
       「あ・・・うん。」
       「・・・・・・・元気・・・・だった?」
       「うん。」
       「そう。一人なの?」
       「いや、奥さんが4年前に亡くなったみたいだけど、子供2人孫5人。確かに一人暮らしだけど、娘さ
        んが毎日のように来てくれてるみたい。」
       「そう・・・・・・。良かった。」
       俯いて呟くフランソワーズの前に、ジョーが一枚の写真を差し出した。そこには、品の良さそうな老人
       が写っている。フランソワーズの目が大きく見開かれる。そしてまるで壊れ物を扱うかのように、その
       写真を受け取った。みるみるうちに、涙が溢れ出す。そのまま両手でその写真を胸元で抱き締める。
       「兄さん・・・・・・ジャン兄さん・・・・・・。」
       呟きながら、彼女は静かに涙を流していた。ジョーは黙ったまま、泣く彼女を見つめていた。


       アルベルトはじっと部屋を”見つめていた”。その青白い瞳の真ん中にある瞳孔が、まるでカメラのシ
       ャッターのように大きくなったり小さくなったりと忙しく動いている。
       ”よっ、また会ったな”
       頭に突然声が割り入ってきて、アルベルトは、ハッとした。自分の周囲への反応は自信がある。だが、
       何故この声の主だけを見逃してしまうのか・・・?
       ”深く考えるなよ。単に俺が偵察タイプだからさ。ってことは、前にも言ったな?”
       ”・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・”
       ”まあ、それにしても良く彼女の真実を暴けたもんだ。あんたの主人はやっぱり優秀だな。”
       ”当たり前だ。”
       即答してくるアルベルトに一瞬驚いたような間があってから、相手は愉快そうに笑い出した。
       ”いやあ、変わったなアンタ。”
       ”何が可笑しい?”
       ”いいやなんと言うか・・・自分以外、敵しか目に入れてなかったようなアンタがそうやって、他人を
        評価してるんだからな。良いことだよ。良い主人をもったな。”
       素直に誉められて、アルベルトはどう返事を返したものか考え込んでしまう。それがまた可笑しいのか
       声の主は上機嫌で笑った。
       だが
       アルベルトはバッと飛び出した。微かに気配がする方に。しかしそこには誰もいない。
       (いない!確かにここに反応があったのに)
       ”お見事”
       さっきと変わらない、上機嫌のままの声が響く。それがアルベルトの勘に障る。
       ”貴様・・・・”
       ”そういうトコは変わんないみたいだけどな。さあてと、俺はそろそろ彼女を迎えに行くからな。・・
        ・・・真実を改めて実感すれば、辛いからな。”
       ”・・・・・・・・・・・・・・・・・”
       ”アンタもそのうち実感するだろうさ。ま、頑張れ。”		
       言いたい事だけ言って、その気配が消えようとしている。
       ”ま、待て!貴様には訊きたいことが・・・っ!!”
       慌ててアルベルトは叫んだ。その必死の声に何か感じ取ったのか、気配がゆらりと揺れて固定される。
       ”そーだなー、答えられるモンなら答えてみようかな。なんだ?”
       ”俺はなんだ?”
       アルベルトにしてみれば切実な問いに、気配は少し考え込んだようだった。
       ”自分の身体を考えてみな。どんな目的で生きていたか分かるだろ。”
       ”戦闘の為・・・か?”
       ”それ以外考えられない機能だろ。あとは前も言ったが自分で探しな。幸い、アンタの主人は優秀みた
        いだから心配いらんだろうな。さて一応答えたから、今度こそ迎えに行かなきゃ。じゃーな”
       気配はその言葉を最後に、ストンと消えてしまった。後には呆然としたアルベルトが残った。
       「俺は・・・・・・・・・・・・なんだ・・・・・?」
       その頼りない呟きは、すーっと街に消えていった。


       「君がいなくなってから、世界中を探して回ったって言ってたよ。でも見つからなくて、絶望していた
        時に、奥さんに出会ったらしいね。彼女は全てを承知で結婚してくれたって。」
       「・・・・・・・妹がいないってことを承知でってこと?」
       「いいや、君のお兄さんが君を探すことを承知でってことだよ。」
       フランスワーズは目を見開いて、ジョーを見た。
       「それって・・・・。」
       「そう、君のお兄さんはしょっちゅう君を探しに各地を歩いていたらしいね。つい最近まで続いたっ
        て。」
       「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
       「ねえ?」
       ジョーの問いかけるような声にフランソワーズが顔を上げると、ジョーが覗き込んでいた。思わず顔を
       引くと、あ、そうかと呑気な声を出してジョーは顔を遠ざけた。
       「一体、君はなんなんだい?どうして、こんな事態に?」
       ジョーの疑問は良く分かる。自分だとて、ジョーの立場だったら是非ともその事情を聞きたいだろう。
       しかし・・・・・・
       「サスペンスドラマじゃあるまいし、なんでも白状すると思ったら大間違いよ。」
       フランソワーズは毅然と顔を上げて、ジョーを睨みつけた。その勢いにジョーが少し引く。なんとも奇
       妙な沈黙がカラオケルームを満たした。どこからか調子外れな歌が聞こえてくる。
       「そっか。」
       ジョーが苦笑とも見える顔で、呟いた。フランソワーズはちょっとすまなそうな表情を浮かべたが、静
       かに立ち上がった。
       「ごめんなさい、キツイこと言って。でも上手く説明できる自信がないの。ところでコレ・・。」
       フランソワーズは兄の写真を指差した。
       「貰っていい?」
       ジョーはモチロンだよ、と頷いた。彼女の様子を見ていれば、兄妹仲が良かったのは分かる。もちろん
       兄ジャンに会った時も分かったのではあるが。写真が欲しいというのは、本心からの気持ちであろう。
       フランソワーズは嬉しそうに笑って、大事そうにバックに入れた。そして背を向けてドアに近づいてか
       ら、振り返る。
       「謝礼はまた指示された通りに払っとくわ。」
       「少しマケようか?」
       「やーね、馬鹿にしないで。ちゃーんと払えるわよ。有難う・・・・・それじゃ。」
       「うん。」
       パタン
       閉まったドアに向けて、ジョーは静かに笑った。
       「またね。」



       ★94というより93な話っぽくなってしまいましたが、気持ちは痛いほど94です。しかし難産な話         でした。たかがこんな話(泣)で・・・・・いつまで読んで下さる方を、お待たせしてるんだーとじた         ばたしてしまいました。まあ今回の主役は003だったので、必然的に009との絡み(とまではい         きませんが)が多くなりました。         あ、そうそうフランスへ004は行ってません。お留守番してました。彼は気にしていないようで、         自分の正体を気にしている模様です(当たり前です)。        戻る