バレンタインな日

「とゆーわけで、そーしよーね。アルv」
「?」
突然の009の発言に、004は眉間に縦皺をはっきりと刻んで読んでいた新聞から顔を上げた。対す
る009の方はすまし顔である。004は既にすっかりお馴染みになったポーズ・・・額に手を当てて
溜息をつく・・・をした。009はきょぴたん、と目を丸くして004の顔を覗き込んだ。
「どーしたのアル?なにか悩み事でもあるわけ?良かったら僕が相談に乗ったげるけど?」
事の発端がいけしゃあしゃあと言ってくる。このやろう、と殺気すら覚える004であった。
「ジョーお前な。」
「うん。」
「頭の中で矢継ぎ早に思考を立ち上げて、しかも結論の最後の台詞だけ言う癖はなんとかしろよ。わか
 んねーぞ、はっきり言って。何をどーしたいんだよ?」
004の文句に、009はふ〜ん、そんなもんなのかな〜と返す。いかにも聞いてません状態で。そう
いう態度に出るから、002辺りが烈火の如く怒るのだが本人はあんまり気にしていないようだった。
「まあ、良いや。」
「何だかこれもワンパターンな様な気がするが、良くねーよ。」
「ま、ま、ま、ま、まv」
そう言いながら004の腕を鷲掴み、強引に立たせようとする。その行動に反抗するかの如く、004
は頑として椅子にへばりついた。片や必死の形相で、片や笑顔が崩れないままの顔で・・・無言の戦い
が続いた。だが、流石は(00ナンバーの中では)最新型、009が004を立たせることに成功した。
004は悔しそうに009を睨むが、009の妙に爽やかな笑みは崩れない。
「こっちだよ〜んv」
ズリズリと引きづられて行く、可哀想な004。眉間にはさっきよりも深く縦皺が刻まれていた。


連れて行かれたのは、台所であった。テーブルの上には、まな板やらボールやらがキチンと揃えて置い
てある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
どうコメントすれば良いのか分からず、004はぽけ〜と立ち尽くした。その背中を009がどおんと
叩く。遠慮もへったくれもないその背中への殴打に、思わず背中に手を回す。
「大丈夫、アル?」
「お前が・・・・叩いたから・・・・痛がってるっつーのに・・・元凶が訊いてどーするよ・・・。」
「どーもしない。」
いやにキッパリと言い切って、009はテーブルを指した。
「お願いv」
「今日の夕飯の話か?」
それしか思い当たらない004は、やっと痛みが治まってきた背中から意識をテーブルの上に移した。
・・・・・何か見覚えのない野菜・・・?らしきものが乗っているのに気が付いた。
「それ、何だ?」
009は、その質問には答えなかった。
「アル、明日何の日か知ってる?」
「あしたあ〜?」
004は首を捻った。・・・・・・何も思い出せない。
「知らない。何の日だ?」
「ま、そんなことだとは思ったけどね。」
「何だよ、また何かのイベントの日か?」
「そのと〜り!つか、バレンタインデーだよ!」
「バレンタインデー?・・・・・ああ、あの聖バレンタインの。」
「そーいう事。だからアルは今日、此処で僕の為に愛のチョコを作るんだよ!」
「はあ!?」
004は、古くなった記憶を手繰り寄せてみた。・・・だが、どんなに探ってもバレンタインデーとチ
ョコの(しかも愛、らしい)関連性が掴めなかった。ことさらに首を傾げた004に、009は仕方ない
とばかりに苦笑を漏らした。
「あのね、この日は好きな相手にチョコを渡す決まりなんだよ。」
大分、重要な箇所が抜けているのだが009は気にしない。目的はあくまで004にチョコを作っても
らって、それを自分が受け取ることなのだから。
「聞いたことないぞ、そんな話。」
「そーかもねえ、日本のお菓子業界がそう定めたんだから。」
「だったらドイツ育ちの俺が知るわけないだろう?」
「うん、今教えてあげたんだから知ったでしょ?だから作ってねv」
「ちょっと待て。」
「なあに?」
「好きな相手にチョコをあげるんだろう?なんで俺がお前に作らにゃならんのだ?」
「も〜う、アルったらつれない〜。」
009は突然、いやんいやんと身体を揺すった。思わず004が引いた。
「良いじゃんか〜、たまには僕のお願いに素直になってもさ〜。」
「お前のお願いをきいて、クリスマス・イブの時もロクな目にあわなかったような気がするがな。」
「そりゃ、幻だよ。アルったらキツネに化かされたんだよ。」
ぴき
004の眉間の他に、額に青筋がたった。
「ほお〜、ならコレも同じキツネに化かされてるんだな?そーかそーか、なら俺は部屋に戻る。」
くるりと背を向けて、入り口に向かう004を009が後ろからがっしりと羽交い絞めにした。
「も〜、ああ言えばこう言うんだから。アルってば世話が焼けるなあ〜。」
「その言葉、スカールを付けて返すぞ。」
「え〜ヤダよ、あんな骸骨の出来損ない。」
「お前、一応のラスボスに対して出来損ないはないだろう。」
「好みじゃないもん、僕。」
「好みで決めるなよ。・・・・・分かった一応作るから、さり気なく首を絞めるのは止めろ。」
「わお、アルったら目ざといねえ。」
「まあな・・・。」
伊達に009との付き合いが長いわけではないのだ。


「は〜い、これねv」
009から、よくわからない物を渡されて004は目を丸くした。
「これ、何だ?」
「カカオの実」
「・・・・・・・・何故にカカオの実が、此処にあるんだ?」
009がほんわ〜、と笑った。
「カカオの実から作ってよ、チョコ。」
「出来るか!馬鹿ったれ!」
ばいん、と何の罪も無いカカオの実を叩きつけた。サイボーグの力で、床に叩きつけられたのだ。カカ
オの実は、砕け散っていた。
「あ〜あ、せっかく苦労して手に入れたのに。」
「あのなあ、素人がカカオからチョコを抽出できるか。」
「しょーがないなあ。じゃあ、これで。」
と009が脈絡もなく出してきたのは、お徳用板チョコだった。004は、がっくりと肩を落とした。


「あら、アルベルト。やっぱり作るのね?」
そう言って台所に入って来たのは、003だった。009によって無理矢理着せられたピンクのふりふ
りエプロンに身を包んだ、顔面蒼白の004にお気軽に声をかけてくる。009が、横で嬉しそうに笑
った。。
「そーなんだよ、ちょっとお願いしたら快く作ってくれるって言ってくれたんだv」
「まあv良かったわねジョー。」
当の004の顔面蒼白には目もくれず、盛り上がっている009と003の姿を見て、004は虚しく
なってきた。やはり、メンテナンスが終ったらさっさと安全圏(ドイツ)に帰るべきだったと後悔する。
「じゃあ、後はフランソワーズ宜しくね。」
「ええ、分かったわ。任せて、ジョー。」
「うん、じゃあ後でね。アルv」
009はそう言って、手を振って台所から出て行った。そんな009に手を振り、003はこれまた可
愛いエプロンを付けて004に振り返った。
「さあ、私も手伝ってあげるから一緒に作りましょうね。アルベルトv」
「正直、作りたくないよ俺は・・・・。」
「まあ、その気持ちは分かるけど。」
003はくすくすと笑った。
「フランソワーズは、ジェットに作るのか?」
004の問いに、003は残念そうに眉を寄せた。
「ジェットはね、用事があるから来れないって・・・。だから今日はジョーと博士のチョコを作ろうと
 思っているのよ。」
「あ、そうか。悪いな、変な事訊いて。」
バツの悪そうな顔をして、謝る004に003はニッコリと笑った。
「良いのよ、ジェットとは又会えるから・・・・。」
そう言って、003は胸に手を当てて幸せそうに目を閉じる。004の顔に、自然と優しい笑みが浮か
ぶ。それはかつてヒルダもしていた仕草。004の視線に気が付いたのだろう、003はぱっと顔を赤
らめて004を見た。
「やだ、私ったら・・・・。もうアルベルトもぼーっと見てないで。さ、作り始めましょうよ。」
「ああ、そうだな・・・・。」
やけくそ気味に、004は003の指示に従ってチョコを削りだした。本当のところ、004は009
にチョコを作りたくなかったが(愛が絡んでいるらしいので余計に)、作らなかったら後でどんな目に合
うかわからない。それが怖かった。


なんやかんやと大騒ぎしながら、ハート型のチョコが完成した。そこまでいってから、004はさっき
から疑問に思っていたことを口にした。
「なあ、フランソワーズ?」
「なあに?」
「そこに、最初から置いてある麦チョコは何に使うんだ?」
003は、ああこれ?とお気楽に答えてきた。
「これは、チョコを渡す前にしなきゃいけないことに使うのよ。」
「なんだ、まだ手順があるのか?」
うんざりしながら、004は言った。そんな004を003は苦笑する。
「ええ、なんでもこれを外に撒いて”鬼は〜外!”と言って、あとは家に撒いて”福は〜家!”て言う
 んですって。」
「・・・・・・・・・・・ちょっと待ってくれ。」
「なに?」
「それは節分にする行為であって、しかも撒くのは豆のはずだぞ?」
「ええっ!?」
バックに稲妻をしょって、003はよろめいた。大分ショックだったらしい。
「誰に聞いたんだ?」
「ジョーよ。」
「あいつ、何出鱈目教えてるんだ?大体冬とはいえ、チョコを家に撒いたら掃除が大変だぞ?」
いやに家庭じみたことを004は言った。003はきょとんとして004を見つめた後、プーッと吹き
だした。対して、004には003が自分の発言のどこに笑いのポイントがあったのか分からないらし
く、眉を寄せている。その苦虫を噛み潰してすり潰したような表情が、ますます003の笑いを誘った。
「お・・・おい、フランソワーズ?いくらなんでも笑い過ぎだぞ、失礼な。」
003に対しては滅多に苦言を言わない004であったが、流石にコメントを出した。ごめんなさい、
と003は涙目になったまま004に謝った。
「まったく、何がそんなに可笑しいんだか・・・・。」
「だって、アルベルトったら真顔でやけに主婦みたいな事言うんだもの。びっくりしちゃったわ。」
「1人暮しなんだから、そういうことに気が回るのは当たり前だろ?」
「そーいうもんかしら。じゃあ、ジョーと一緒に暮らせば?」
「恐ろしいことをさらっと言うな。大体あいつと一緒に暮らしたって、家事は俺がすることになるんだ
 から、変わらないよ。・・・・なんだかジョーにノリが似てきたぞ?」
「まあ、心外。」
そんなことをさらりと言ってから、やおら003は絞り器を手に取り自分の分のチョコにでっかくこう
書いた。
義理
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
確かにそうなんだろうが(彼女の本命は002なので)何だかそんなに強調しなくたって、と004は思
った。そんな004に、自分の分は終ったとばかりに003が絞り器を渡してきた。なんとなく、その
絞り器をじーっと見つめる004。俺もこれで書かなきゃ駄目か?とばかりに003に振り向く。00
3はうん、と力強く頷いた。その迫力に押されて、004はのろのろと自分の分だというチョコに近づ
いた。自分もでっかく”義理”と書こうとしたのだが・・・・・・。
「あ、ジョーから頼まれてるの。これ書いてって。」
と003が004にメモを渡す。嫌な予感がしたが、004はそのメモを見る。そこにはこう書いてあ
った。
絶愛
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
003が止めるヒマもあらばこそ、004は本能に従って台所のドアに突進し、がちゃりと開けた。
「やあアルvどこ行くの?」
ニッコリと笑って、ドアの外に立っていたのは009だった。004はドアを開けたままのポーズで固
まる。ついでに全身がぶるぶると震えだすのを、まるで他人事のように感じていた。
「チョコできたの?」
目が笑っていない、恐ろしい笑顔を009は崩さない。後ろで003が、溜息をつくのが聞こえてきた。
「いや、あの・・・・・。そ、そうだトイレに行こうと思って。」
「僕らは廃棄物を出さない、地球に優しいサイボーグなんだよ?トイレに行くのは博士ぐらいさ。」
戦闘用サイボーグが地球に優しいのかどうかは、疑問が残る。しかし、今論ずるのはそこではない。
「ええっと・・・・。」
上手い言い訳が見付からない004、そんな004の身体を009は台所に押し返した。
「曲者が来ないように、ずっと此処で見張っててあげるからチョコ作り頑張ってねv」
「お前が曲者だろ・・・・・・・。」
004の呟きは009に届いているはずなのだが、いつものようにさらりと流れてしまったようだ。


観念して”絶愛”と書く気になった004であったが、いかんせん線が多く上手く書けない。そろりと
ドアを開けると、腕組みをして壁に寄りかかっている009がいた。
「なに?」
「あのなジョー?線が多すぎて書けないんだ・・・。これだけで勘弁してくれないか?」
と004が指したのは、”絶”の文字だった。もちろん009が承知するわけがない。しょうがないな
あ、と指したのは”愛”の文字。004の顔があからさまに、嫌そうに歪む。
「これ以上の妥協はできないよ、アル?」
「つーか、バレンタインのチョコってこんなに受け取る側から強制されて作るもんなのか?」
「強制なんかしてないよ?可愛くお願いしているだけだし。」
「可愛く・・・・ねえ・・・。」
004が呻いたが、009はいつものよーに気にしない。気にしていたら、004に恋人になってもら
おうとは思わないのであろうが。ズィと004に顔を寄せる。
「書いてくれなかったら、此処で押し倒しちゃうぞv押し倒すだけでなく、いろ〜んなコトをしちゃう
 からね・・・v」
うふふ、と底冷えするような笑い声と共に009は囁く。見る見るうちに、004が青ざめた。冗談で
言っているわけではないことを、彼は良く知っていた。
しょんぼりと、肩を落として004はドアの中に消えて行った。


2/14(金)
チョコの受け渡しは順調に行われた。まだ勘違いが残っているらしい003が、麦チョコを投げようと
した以外は。004が必死に止めた。こういう時、理性を保っているのは損ばかりである。
「はいv博士、ジョー。」
「おお、有難う。」
「サンキュ、フラン。」
まず003がチョコを渡した。いそいそと開ける博士と、004の方が気になるのがモロに分かる00
9がガサゴソと包みを開ける。博士はチョコを見た途端凍りつき、青ざめたまま固まった。ほろほろと
虚しく涙を流すその姿に、004は同情を禁じえなかった。009は一瞥してから、004に向かって
両手を差し出した。
「アルvチョコちょーだい♪」
「ほらよ。」
004はポンとチョコを投げて寄越した。009はもームードが無いんだから、とかなんとか言いなが
らそれを受け取る。うきうきと包みを開けた009は、珍しく固まった。なぜならチョコにはでっかく
こう書いてあったからだ。
腹黒
「・・・・・・・・・・アル。」
009が座った目で顔を上げた。しかし、もう部屋に004はいなかった。どうやら009が包みを開
けている隙に、とんずらこいてしまったらしい。
「・・・・・やってくれるじゃん・・・・・・。」
009の呟きが、甘い匂いに混じって響いた。



★毎度お馴染み(笑)イベントの日に引っ掛けた、バカ小説でございます。珍しく、というか初めて00  4が腹黒君な009に優勢勝ちした模様ですね。但し、蛇足ながら009にとっ捕まって裏行きな目  に合うことになりましたけども(苦笑)。まあ例えドイツに逃げ帰っても、追い駆けられることには変  わりないんですけどね。殆ど009がターミネーター化してます。ああ、誰か素敵な94話を書いて  くれないかしら・・と自分の小説を見ながら溜息ついている昨今。私はどーしても素敵な話が書けな  いんですよね、ロマンがある話が。・・・・いや別にハーレクイーンロマンスは書きたくないけど。 戻る