コラム<デビッド・リーン監督と鉄道>
 鉄道発祥国イギリス出身の巨匠デビッド・リーン監督はかなりの鉄道マニアとみえて、作品の中に鉄道が登場するシークエンスが多い。その代表作といえば「戦場にかける橋」であるが、他の作品についてもここで解説したい。
【逢びき】(45年、英) 出演/シリア・ジョンソン トレバー・ハワード
 デビッド・リーンは監督デビュー以来、戯曲家ノエル・カワードの作品を映画化しておりこれが4本目にあたる。ごく平凡な主婦ローラは、週一回ミルフォードの町に汽車で出かけ買物するのを習慣にしていたが、駅で目に汽車の煤煙が入ったのを医者のアレックスに取ってもらったのをきっかけに逢瀬を重ねるようになる。しかし、その関係はあくまでも分別をわきまえたもので、最後には別れを選ぶところなどは不倫という言葉もないこの時代ならではのつつしみといえようか。叙情的な名曲ラフマニノフの「♪ピアノ協奏曲2番」が2人の秘めたる熱情を代弁していて効果的だった。シーンの大半が駅で撮影されており、蒸気機関車時代だからこそ取り結ばれた愛だったともいえる。
【旅情】(55年、英)  出演/キャサリーン・ヘップバーン ロッサノ・ブラッティ
 キャサリーン・ヘップバーン演ずるハイ・ミスのアメリカ人記者がベネチアを訪れ、妻子ある地元の中年紳士ロッサノ・ブラティとひとときの恋に落ちるが、やがて去っていく。鉄道が登場するのは映画の冒頭とラストだけであるが、あまりにも有名なラストシーンのため印象がとても強い。
 列車でイタリア本土から水上都市ベネチアに行くには、海上に4qにわたって架けられたリベルタ橋を渡って頭端式のベネチア・サンタ・ルチア駅に到着するようになっている。この駅を降り立つと大運河(カナル・グランデ)が目の前に広がっており、ここから先はゴンドラか水上バスで行くことになる。今ではスタンダードナンバーとなった主題曲「♪サマータイム・イン・ベニス」がロマンティクな雰囲気を一層盛り上げている。
【アラビアのロレンス】(62年、英) 出演/ピーター・オトゥール オマー・シャリフ
 イギリス将校トーマス・エドワード・ロレンスの栄光と挫折を描いたこの映画は1962年度のアカデミー賞を作品・監督・撮影など「戦場にかける橋」と同じ7部門で受賞し、デビッド・リーンの名声は否応もなく高まった。70oで製作されたこの映画は、大画面の効果を計算して作られており、特に線路が爆破され列車が脱線転覆するシーンは大迫力である。ロレンスが爆破したのはヒジャーズ巡礼鉄道で、アラビアを支配下におきたいオスマン・トルコによって1908年にダマスカス〜メディナまでが建設された。ドイツと同盟を結んでいたオスマン・トルコは第一次世界大戦後この地域の権益を失うが、かわりにイギリス・フランスが入り込んできて、アラブの自立のために奮闘してきたロレンスは茫然自失となって砂漠を去っていくのである。その後、軍を退役するがマスコミなどからスター扱いされるのを嫌い身分を偽って再び軍役についたりするが、映画の冒頭に出てくるように1935年自殺的なスピードで飛ばしていたオートバイの事故で亡くなっている。ちなみに、この時乗っていたのは”2輪車のロールス・ロイス”と言われたブラフ・シューペリアSS100である。
【ドクトル・ジバゴ】(65年、米) 出演/オマー・シャリフ ジュリー・クリスティー
 ノーベル文学賞を受賞したボリス・パステルナークの同名小説の映画化。パステルナークは、授賞式のため出国すると再入国を認めないとソ連政府から通告されため賞を辞退している。当然、発禁本の映画化をソ連政府が許すわけはなく、鉄道シークエンスはカナダやスペインで撮影が行われた。ジバゴたちが待っているモスクワの駅にけたたましい汽笛をたてながら列車が滑り込んでくるシーン、革命指導者専用の赤く塗られた機関車が駆け抜けるシーン、果てしない雪原を列車がひた走るシーンなど印象的な場面が多い。酷寒のロシアを舞台にしているのだが、駅でのシーンは酷暑のスペインで行われたため厚着の下は皆汗だくだったという撮影裏話もある。スペインの軌間は1658o、ロシアの軌間は1520oで、共にフランスから侵略を受けた過去があり、鉄道による侵略を防ぐため両国ともフランスなどの国際標準軌(1435o)をあえて採用していない。
【インドへの道】(84年、米) 出演/ペギー・アシュクロフト アレック・ギネス
 リーン監督が「ライアンの娘」(70年)のあと14年ぶりに発表した作品で、最後の作品でもある。鉄道は主人公たちがインドのムンバイに到着してからバンガロールに移動する時と、事件が発生するマラバー洞窟に行く登山鉄道として登場する。撮影に使われた登山鉄道はニルギリ登山鉄道で、紅茶で有名な丘陵地ニルギリをアプト式で現在も走行している。インドは鉄道発祥国イギリスの植民地だったためアジアで最も早く鉄道が敷かれたのだが、建設時期と地域によって4種類の軌間が存在しており、貨物輸送は積み替えの手間がかかり成長著しいインド経済のネックとなっている。
 なお「アラビアのロレンス」以降の音楽は、モーリス・ジャールが担当しており、「♪アラビアのロレンス」、「♪ドクトル・ジバゴ(ララのテーマ)」「♪インドへの道(アデラのテーマ)」はいずれもアカデミー作曲賞を受賞した名曲である。