| 10月29日(月) | 曇り | ||
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| (口之津港停泊中のクルーザーのIさんご夫妻) | (北海道黄金道路?) | ||
| 6:00 起床 インスタントラーメン、ソーセージの朝食をとり、撤収作業にとりかかる。今日は長崎まで行く予定だ。 今日が島原最後の日になるので「具雑煮」とできれば「寒ざらし」を是非食べたいものだ。そんな 事を考えながら撤収作業をしていると、私と同年配の夫婦が、直ぐ側に係留してあるクールーザー から朝の散歩に出て来た。実は前日、ここに到着した時からそのクルーザーには気が付いていた。 その船は見たところ相当年季の入った木造艇で、手入れが行き届きおり、乗り回しが楽そうな感じ がして好感がもてるものだった。 「いい船ですね」と私から声をかけると、先方も「自転車旅行ですか」と気軽に応じてくれ、しばらく経 って散歩からの戻り道で「よろしかったら船でお茶でもいかがですか」と誘ってくれた。 もとより「船大好き」な私だから喜んでお受けした。 夫妻は天草からの訪問者で口之津には知合いがいるそうだ。艇は船齢7年目くらいの時に購入し 以来十数年、毎週、艇に通って改装と維持に当たってきたそうだ。退職した今は、住居も天草に移 しクルーザー三昧の生活を送っているという。只、奥さんは仲間という訳ではないらしく、クルージン グにも今回が始めての同行だそうだ。 旦那は艇の手入れの事や装備の工夫のいろいろを嬉しそうに説明してくれた。実際、知識も技能も 素人の域を脱している。「素晴らしいご主人で奥さんは幸せ者ですよね」と旦那への賛辞を奥方に 言うと「そうですか。その言葉を頼りにこれからの人生を生きていきます。」などとごたいそうな事を 言われ、こちらが恐縮してしまった。コーヒーやお菓子をご馳走になりとても楽しい時間をすごさせて いただいた。 そんなこんなで出発は10:00となってしまった。おまけに雨がパラついてきた。 海岸沿いの国道251号線をしばらく行き、「権田公園」入り口を過ぎて進行方向が北に変わると そこは北海道の黄金道路とそっくりの,覆道が続く(10ヶ所?)海岸道路だ。5qくらいは続いただ ろうか。危険な事もなく快適な走りができた。 |
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| (小浜でチャンポンセットの昼食) | (小浜鉄道跡地の県道R201:緑のトンネル」) | ||
| 12:00 「小浜」の手前の高台にある食堂「入潮」で昼食。このチャンポンセットは「こんなに 食えるわけがない」と思えるほどのボリュームで830円。 たまたま同席した客がこの付近で運転をしている人で、私が地図を調べていたのがきっかけで いろいろと話しをするようになった。彼も先程の道路を「黄金道路」とそっくりだと言い、北海道を バイクで走ったことがあるそうだ。そこで耳寄りな情報を知る事ができてラッキーだった。 この「小浜」の少し先に「北野」という町がありそこからR251は内陸部へ入っていくのだが、海側 に、昔通っていた「小浜鉄道」の線路跡が道路になっておりそれが「千々石(ちぢいわ)」の先ま で続いているというのだ。ツーリングマップルで確認すると確かにそこは県道201号線が通っている。 しかも両サイドの木が生い茂り、トンネルのようになっているところもあるという。線路の跡地なら それほど勾配もないだろうし、、海岸沿いなら景色も良いだろうと、そのルートをいく事に即決だ。 山肌を削って造られており難工事だった事が偲ばれる。本当に列車が通れたのかと疑うような急 勾配も所々にある。写真のように一車線しかない道だが、車の通りはほとんどなく風景は変化に 富み走っていて楽しい道だ。だが7q程で終わってしまう。快楽は永遠ではない。 |
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| (「千々石」の町に出る:右がR201) | (『みゆき蒲鉾』の若者) | (いただいた蒲鉾) | |
| 出てきた町が「千々石」だ。ここで山側を通ってきた国道R251に合流する。 この「千々石」という地名には感激した。織田信長が殺される直前に「天正遣欧少年使節」の4人の 少年が西国大名からヨーロッパ・ローマへ派遣されたのだが、私はいささかそれに関しての知識を 持ち合わせていた。その中のひとりが「千々石ミゲル」といい、その4人の内日本に帰国後ただひとり 棄教するという数奇な運命を辿った。そうか彼はこの辺一帯の領主「千々石氏」の一族だったのかと 思い当たり、しばし、町中で佇みペットボトルのお茶で喉を潤し、煙草を吸った。 だが、先程食堂で会った男はこの先まで例の跡地が続いているような事を言っていた。できるだけ その道を辿りたいと思った。 国道R251を走り出したが、どこか海側にそれらしい道はないかと探すうちに、海岸の防風林のすぐ 脇にそれらしい道がありそこに逸れた。しばらくはその一車線道路を走ったのだが、だんだんと一般 の農道と変わらない風情になってきてしまった。多分道を間違えたのだろうと思い、上に見えている R251に戻ろうとするのだが、標高差が100m以上ありそうだ。刈り入れの済んだ田んぼの中を行く と、見上げるような坂道にぶつかる。土地の人に「迂回路はないか」と聞いたが「ない」という。 近年、あんな急な坂を登った事がない。もちろん歩く。押して歩きながらも、気を緩めるとハンドルの 方からこちらへ覆い被さってくるのではないかと思われるほどだ。休みたくても、停まればズリ落ちそ うで休めない。汗が目に入る。 やっと、登り切り国道へ出るとそこは墓地だった。構わずそこにへたり込み小休止。「唐比(からこ)」 という辺りだ。 そこからも、登りは歩きながら起伏のあるR251を行くと左手に地元の物産店がありアイスクリームを たべる。店の前に『みゆき蒲鉾』のブースがありそこの店員が、私の自転車を見て話しかけてきた。 なぜか、えらく感心してくれて商品の蒲鉾を一パック詰めてくれた。是非食べてくれという。こちらで いう蒲鉾は関東でいうそれとは違い、どちらかというと「さつま揚」に近い。試食するとすこぶるうまい。 今晩のおかずにありがたく頂戴する。 この段階では、長崎行きを諦め、その手前のどこか海岸でキャンプをしようと考えていたので、どこか 適地はないかと尋ねると、この先の「白浜海水浴場」がいいだろうと教えてくれた。(確かに私はそう 聞いた、と思う) 30分くらい走ったところのスーパーでおにぎりやガスボンベを買ったついでに「白浜海水浴場」への 道を聞いたところ誰も知らない。そんなの聞いた事がないという。されば、どこか近くにキャンプができ そうな良い海岸はないかと聞くと、ヒトヤマ越えた先を左に折れると「結の浜(ゆいのはま)」があり、 そこは良い環境だと教えてくれた。 確かにヒトヤマだったが、これはもう峠越えだった。仕上げのトンネルを越え「長崎まで16q」の表示 の所にその海水浴場への標識がありホットし、2q程で「結の浜」に着いた。 シーズンオフで人は見えないが何か土木工事が行われていた。一応海水浴場の管理事務所に声を かけようとするが建物は見当たらない。仕方なく断り無しで建物の陰に設営を始める。トイレはきれい、 水はでる、芝も良い、三拍子そろった素晴らしい泊地だ。 |
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17:00 設営完了 眼前には上ノ島、下ノ島が狭い湾の入り口を 塞ぎ、小さい漁船が2艘灯火をつけて漁をして いる。のどかだ。例によってコーヒーで寛ぐ。 今晩の夕食はおにぎりと先ほどの蒲鉾。 実は釣り上げた魚をさばいた時に使おうと醤油 も持参していたのだが、この蒲鉾に使ったのが 唯一の機会だった。 |
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| 本日走行距離 58.01q | 累計 737.73q | ||
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