11.洗濯機のLCC(その1)2001.3.11
私は、LCA(ライフサイクルアセスメント:環境負荷を把握する手法→前回参照)の手法を解説するときは、まず最初に、LCC(ライフサイクルコスト)の話をするようにしています。LCCとは、製品が誕生してから廃棄されるまでのコストをすべて加算する手法のことです。
 今回は、例の4人がT先生をお呼びしてLCCについて授業を受けるようです。

egg 今回はT先生に「えるしーしー」について説明していただきます。
T先生お久しぶりです。その後、Tプロジェクトは進行していますか?
T先生 うっ・・・、オホン。 まあ、その話は後ということで・・・。

皆さん。私がT先生じゃ。今後も長い付き合いになるかと思う。よろしく頼むよ、オホン。
今回は、ライフサイクルコストの説明をする。ライフサイクルコストは略してLCCと書く。

この手の話をする時には、実際の例を使うのが一番じゃ。下の図を見てもらいたい。4年前に私が洗濯機を買うときにどれが一番良いかを調べた結果を図にしたものじゃ。
11個の全自動洗濯機について、本体価格を青い棒グラフで表す。そして、LCCを青紫で表す。
 
 
洗濯機を使うということは、当然、水や洗剤をつかう。それに電気代も結構かかる。それに、捨てる時だってただでは捨てられない。今年の4月から、家電リサイクル法が施行されるから、洗濯機を捨てる時に、消費者は2400円を業者に払わなければならない。それに廃棄物の最終処分場には税金が使われておる。洗濯機を買って動かすことにかわかる費用を全部合計したもの、それをライフサイクルコスト、LCCというんじゃ。
豆腐 T先生、質問があります。たとえば洗濯した後の水は、下水に流れますよね。下水処分場でかかる費用もLCCに入れるんでしょうか。それに・・・下水処分場を建設するときにもコストがかかってますよね・・・
建設するときに使う燃料とか、材料とか。
まてよ、その材料を作るためのプラントを考える必要はないのかな?(ブツブツ・・・)
T先生 基本的には考えられるコストは全部入れる。ま、しかし実際はそんな難しいことを考えなくても大丈夫。基本的に、コストというものは、積み上げられて形成されているものだからじゃ。
しかも、ここでは、とりあえず実際に私が払う費用しか考えていない。とりあえずは簡単にやってよいのじゃ。
egg 先生質問です。
一番下のES-E61は、本体価格が15万円ほどですよね。ちょっと高くないですか?
それに、LCCが本体価格よりも安くなるってどういうことですか?
T先生 なかなか、良いところに気づいてくれた。まず、下の表を見てくれたまえ。これは、製品の機能の概略を載せたものじゃが、ご指摘のES-E61は、実はほかの洗濯機と違って、乾燥機もついているドラム方式なんじゃ。
 
自動洗濯機の定価、機能、LCC一覧 (一部抜粋)
定価
ドライ
対応
乾燥
機付
風呂湯
利用可
容量
kg

cm
奥行
cm
水量
L/回
電力
W
時間
min
LCC
ES-E61 C 210,000   6.0 60.0 63.0 90 200 90 12,992
ES-SS65 B 90,000   6.5 57.6 58.4 97 410 45 27,218
AW-A60XP   92,000   6.0 55.5 56.4 97 460 45 35,794
ASW-60Z2   95,000   6.0     110 430 45 40,286
AW-A61X A 87,000     6.0 55.5 56.4 97 460 45 43,827
NW-7S2   102,000   7.0     173 440 45 50,316
ASW-T3   45,000     4.2     108 400 45 51,697
NA-F60VP1   96,000   6.0     148 455 45 52,540
NW-70H   95,000     7.0 57.8 61.0 173 445 45 63,220
NA-F42H1   68,000     4.2     136 360 45 81,337
AW-42S8 @ 45,000       4.2     122 360 45 157,311
 
そして、AW-42S8を除いてドライクリーニング対応となっておった。その他、風呂の水を再利用できるタイプが5つあって、それぞれを「風呂湯利用可」の欄に○をつけて示した。また、洗濯できる量もまちまちで、それぞれ「容量」のところに最大洗濯量をkgで示した。当然、一回に使う水の量も違えば、消費電力量も違う。
豆腐 こんなに、機能が違うのに比較して良いんですか?
T先生 まあ、細かいことはとりあえず気にせんでよろしい。
代表的な製品として上の表から@からCを選んだ。これらについて、LCCの内訳を下のグラフに示すので、よ〜く見てほしい。
ゼロから右が、洗濯機を使うことで発生する費用じゃ。本体価格や電力、水道、洗剤、そして廃棄費用が含まれておる。
ゼロから左がマイナスの費用。つまり、洗濯機を使うことで得をする部分じゃ。これは、クリーニングに出さなければならなかったワイシャツなどが洗濯機で洗えるようになることで、家計にプラスになる効果を示しておる。Cは先ほど説明したドラム式の自動洗濯機だが、普通の洗濯機よりも布が痛まなくてすむ効果が反映されて、マイナス20万円になっておる。今では、あまり珍しくない機能だが、当時はとても画期的だったのう。
どうじゃな。この図をじっとみると、面白いことがわかるんじゃないかね。
egg 本体価格が高いほどトータルコスト、すわなちLCCが低くなるというのは、主婦の観点からすると見逃せないわね。その理由は・・・
1)水道代と洗剤費用が下がること。@に対してAとBを比較するとよくわかるわ。
2)そして、もっとも大きく効くのは、クリーニングをしなくてすむ効果と服地をいためなくてすむ効果ということね。でも、この計算はどうやってやるのかしら。
T先生 それでは、計算の仕方を説明する。

まず、本体価格は定価の3割引きとした。実際の価格を入れるのがベストだが、ここではとりあえず簡単に算出した。
洗濯量は、毎日3kg出ると仮定した。ただ、週末だけちょっと多めに出る可能性があるため、一週間あたり6kgの臨時洗濯が出ると仮定した。そして、洗濯物が洗濯機の容量以上になれば洗濯を一回すると仮定した。
しかし、こうやってあたらめて計算すると、年間1.4tの洗濯物がでていることになる。すごい量じゃのう。
洗濯機の寿命は10年とした。だいたい家電はこの程度じゃの。

それと、洗剤は洗濯機によらず、一回当たり10円とした。たしかこれは、カタログに載っていた値をそのまま使ったと思うが・・・
電気代は1kWhあたり23円とし、上下水道料金は169円とした。
風呂水を使うことのできるタイプは、全水道料金の3割が削減できるとした。すすぎの時には水道を使っているからのう。

それと問題のマイナス費用の部門は・・・
まず、クリーニングじゃが、一回当たり100円で年間100回出す必要があったとしよう。それがクリーニングせずにすんだのだから、年間1万円の削減となる。ちょっと控えめの計算で、実際はもっと多いかもしれん。

ドラム式の洗濯機を使うことの効果は、・・・
年間洗濯する衣服、たとえば下着とかジーパンとかじゃの。これが年間5万円ほど購入すると仮定して、この2割が新規購入せずにすむと考えたんじゃ。痛みが少ないということは、新しい服を買わなくてすむからのう。すると、年間1万円が削減できる計算になる。ただ、この2割という数字はどうやってきめたらいいものか、結構悩んだんじゃ。
最終的に、カタログに糸くずの量が普通よりも数割減る。とか書いてあったんでそれを流用することにしたんじゃ。まあ、2割程度へるかなかなー。程度にとりあえずは考えたんじゃ。
egg 仮定がちょっとおかしいかなと思う部分もありますけど・・・
T先生 そうかもしれん。だが、この計算の目的を思い出してほしい。4年前に、「私が洗濯機の購入のためにどれがよいかを調べる」ためだと最初に申し上げたじゃろ?
「すべての洗濯機を買ってきて性能をちゃんとチェックし、洗濯状況も市場調査する」、とかすればもちろんベストなんだが、その方法は目的からすればまったくナンセンスだとわかってもらえないだろうか?!。

この手の計算は、目的しだいなんじゃ。洗濯の量やクリーニングの状況も私の家庭を基準にしたからおそらく少ないと思うが、あくまで私のための計算だからこれでいいんじゃ。計算が間違えていても、最悪、私が損をするだけですむ。

しかし、もしこれが、「どの家庭にもあてはまる洗濯機のよしあし」なんて格好で発表することが目的だとすれば、「とりあえず」と数値をきめることはもってのほかじゃ。もし、そんなことをすれば、メーカーから訴訟を起こされることも覚悟する必要がある。大変なことじゃ。
豆腐 つまり、目的をはっきりさせて、それに合致した形でデータをあつめたり、仮定や計算方法を決めればよいんですね。
T先生 その通り。
そして、もし必要ならば、「とりあえず」の計算の後で、その「とりあえず」がどの程度「とりあえず」なのかを調べるようにすればよい。つまり「結果を解釈」すればいいんじゃ。
「仮定、データ、計算方法等の曖昧さをコントロールしつつ、有用な結論を導き出すこと」がこの手の計算をするときのポイントになるんじゃ。
そして、これはLCCに限らず、LCAでも最も重要なポイントのひとつだといえる。もっと言えば、科学は「曖昧さをコントロールする技術無くして進歩はなかった」と言えるかもしれん・・・
egg それで、洗濯機はどれを選んだのでしょうか。
T先生 本当は、ここからが核心なんじゃが・・・。続きは次回としよう。

結局、一番本体価格が高い、例のドラム式の洗濯機を買った。15万円の洗濯機を買ったといったらみんな驚いておったが、だてに高い洗濯機を買ったわけではないんじゃ。

高い洗濯機を買うという観点からもう一度、上の結果を眺めてほしい。確かに計算の曖昧さなどを考えると、ドラム式の洗濯機が最もよいとはいえないかもしれない。

しかし、計算や仮定の曖昧さを加味しても、
1)製品本体価格とLCCは比例しない:むしろ逆の傾向がある
2)風呂水を使うことは非常に魅力があると思っていたが、コストへの影響は思いのほか小さい
3)クリーニング対応や着物をいためない洗濯手法は思いのほかコストへの影響が大きい
といったことは、言えるんじゃないかと思う。

しかも、極めつけは、このドラム式洗濯機には乾燥機能も付いておったということじゃ。乾燥機能は通常使うつもりはないが、梅雨時とかにしょうがなく使う可能性もある。
乾燥機能を考慮せずともトータルコストが安いんだからいいじゃろ、
ということで納得したんじゃ。
egg 製品を選択するときには、製品本体の価格だけではなく製品を使う上で必要なコストをすべて積み上げたLCCを考えるほうがよいということが良くわかりました。

さぞかし、先生のご家族は満足されたでしょうね。
T先生 確かに、この洗濯機を使うことで下着類の購入額がかなり減った。計算自体は間違えではなかったと思う。
しかし、使ってみると思わぬ障害があったんじゃ。洗濯するときに非常に騒がしいんじゃ。しかも振動がひどくて、当初は洗濯機が床を走り回るなんてこともあった。洗濯機の上に古新聞の束をおいてようやく落ち着けたが。

このことは良い教訓になるんじゃないかと思う。
つまり、LCCの結果は、製品の性能の一部を示したものにほかならず、それだけで一義的に結論を出すことは間違えを生む可能性があるということじゃ。
LCCの計算に機能上の不都合なんて項目はない。だから計算自体は正しかったかもしれない。しかし、目的は「どの洗濯機が良いか」を調べることだったから、もし洗濯機の問題点などがわかっていたとすれば結果の解釈段階で計算結果以外の情報も加味すべきだということじゃ。
egg LCCはシミュレーションの一種でしかなく、使い方に注意が必要だということですね。
T先生 そうじゃ。どんな道具でも一長一短を知ってこそ使いこなせるというものじゃ。そのことを知らずして「まだ発展途上の技術だから」なんてことを言っているやつがいるが、それは自らが「あほである」と公言しているようなものだということを肝に銘じておいてもらいたい。
豆腐 よ〜くわかりました。

上のLCCの話は、そのままLCAと置き換えてみてもいいですよね。
つまり、LCAの課題といわれている多くの部分はLCA固有の問題ではなく、この手のシミュレーションに共通する話なんですね。
T先生 その通りじゃ。
「LCAの完成を待て導入する」といった言い方をしている企業は、当面LCAを実施しないことの言い訳をしているにすぎんのじゃ。
egg T先生、熱くなってますね。その調子でTプロジェクトを進めればばっちりですね。
T先生 いや・・・。失礼した。
今日は、ちょっと用事があるのでここで失礼する。
それでは・・・
豆腐 おやや、T先生、逃げていってしまいましたね。ところで、Tプロジェクトってなんですか?
egg それはね。実はT先生独身なのよ。それでね。独身生活におさらばするプロジェクトのことなのよ。私が勝手に立ち上げたプロジェクトなんだけど。あははは・・・

きょうも、エコちゃんルームは笑いに満ちてますね。
でも、LCAはそんなに難しいものじゃないってわかってもらえたんじゃないでしょうか。とりあえず「とりあえず」でやればいいんですから・・・次回へつづく
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