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 純白のウェディングドレス姿の女の人とタキシード姿の男の人が並んで写っている絵
はがき。その絵はがきを見ながら、敦史は呟いた。
「ふ〜。あいつもとうとう結婚か〜」
 部屋の傍らのベッドの方に絵はがきが投げられた。が、乗り切らずに床に落ちた。し
かし、敦史はそんなことに気も止めず、天を仰いだ。
「結婚か……。ま、俺には関係ない話だ」
 ウィーンとモーター音。敦史は電動車椅子に乗っていた。方向をTVの方に向けると、
手前の棚に置いてあるゲームのコントローラーを手にした。

 玄関先に近所のおばさんの久美の姿。彼女が玄関で会釈をして、家に上がり、敦史の
部屋へと向かった。
「敦史〜」
 がらららっと部屋の引き戸を久美は開けた。そして、久美はゲームの大音量のBGM
の響く敦史の部屋に勝手に入っていった。それに気付いた敦史は驚きの声を上げた。
「わっ、わっ、なんですか!?」
「なんですかじゃないよ、おまえ。またゲームなんか始めて……。折角いい天気だって
ぇ言うのに」
「べっ、別にいいじゃないですか!」                                             
 久美はTVの音量を絞ると、ベッドの上に座り、吐息をついた。
「まったく、この子は……。今日はいいトコに連れていってやるから、さっさとゲーム
やめて準備しな」
「えっ!? 食事でも奢ってくれるんですか!?」                                     
TVから目を離し、敦史はうれしそうに言った。                                   
 それに対し、久美は呆れたように言った。
「バ〜カ。なんで、あんたに奢ってあげなきゃいけないのよ。どれ着てくんだい?」   
「あ、そこに架かってるパーカーを……」
 久美は立ち上がって、部屋の角に架けられているパーカーを取ると、敦史に着せた。
そして、着せながら質した。
「財布と時計は?」                                                             
「あ、机の上です」
 ゴミ置き場のような机の上に転がっていた財布と時計を久美は見つけると、敦史の外
出時に持ち歩いてる巾着袋に入れ、口を絞めた。そして、久美は敦史に玄関に行くよう
に促した。
 部屋を出ながら敦史は振り返り、訊ねた。                                       
「で、どこに行くんっスか?」                                                   
「いいから、いいから。ついてくればわかるよ」
 久美は敦史の質問を一蹴すると、靴を履かせて、玄関を共に出た。 
                
 閑静な住宅街の中、街路樹の続く広い歩道がある。そこを、電動車椅子で久美に敦史
はのんびり併走させていた。樹々からの木漏れ日がすこし眩しく見える。
 そんな二人の方に向こうから、肩まであるかないかの長さの髪の眼鏡をかけた女性(
真由美)が同僚の女性と二人、話をしながら歩いて、近づいてきていた。
  敦史は真由美を知っていた。今年の春頃から彼女をこの街で見かけていた。同時に、
とても気になっていた。それだけではあったが。
 すれ違う一瞬、敦史は真由美と視線が合った。目が合った瞬間、敦史は真由美が微笑
んだような気がした。が、次の瞬間、真由美は顔を反対側の同僚の女性の方に戻すと、
なにもなかったかのように、すぐに相手との会話を再開させた。一方、敦史は直後に電
動車椅子の動きを止めて、しばらく反対方向に歩いていく真由美の姿を見つめていた。
 それに気付いた久美が敦史を見てすこし薄笑いを浮かべながら言った。             
「あんたも好きだね〜」                                                         
「ちっ、ちがいますよー」
久美の言葉にハっと我に帰った敦史はあわてて言葉を返した。
 しかし、その言葉を聞き流すように久美は目線を反対側にあった喫茶店に向け、敦史
にそっち側を見るようにとの感じで敦史に言った。
「ほら、着いたよ。ここよ」                                                     
「へ〜、こんなトコにこんな洒洛れた店あったんですかぁ」                        
敦史は建物を見上げると、感心したように言葉を並べた。
 二階建てのようだが屋根が二階をも覆い、軒が一階の屋根の位置にあり、山小屋のよ
う。一階は大きなガラス張りで、外からはすこし霞みがちだが洋風な造りの店内が見え
る。手前には鮮やかな花を咲かせている草木が植えてあった。
                                                                               
 久美は喫茶店のドアを開けると、敦史の方をみて、いった。                       
「おまえはいつも家に篭もってるからわからないんだよ。ほら、入れるかい!?」
 電動車椅子の操縦かんともいうべきスティックを軽く前に倒し、ゆっくりと敦史は前
進させた。
「この店って、段差とかないんですね」
 下を見ながら感心したように呟く敦史をよそに、久美は店内の奥の方に向かって声を
上げた。
「お〜い。つれてきたよ〜」
 店内はフローリングで、すこし普通の喫茶店よりもスペースにゆとりのある造り。外
から陽光が程良く差し込んできて、程良い明るさだ。そんな店内の奥に人影が4つ見え
た。四人は久美の声に気付いて、入り口の方に目を向けていた。
 男性が三人、女性が一人。角刈りの男一人以外はみんな車椅子に座っていた。髪の毛
を茶色に染めている男が座っているのは、他の車椅子とすこし違うよう。コンパクトだ。

 金髪壁眼の男は久美に向かって手を振って、元気のよさそうな声を上げた。         
「あー、久美さん。いらっしゃい」                                               
「おおー、アイラちゃん、元気そうね」
彼らの方に歩み寄りながら久美はそう応えた。
 久美が近づいていくと、植物の陰に隠れていた女の子が視界に現れ、久美に会釈をした。
「あ、こんにちはぁ。」
「あら、お嬢ちゃん、こんにちは。おっ、みんないるね」
 彼らが囲んでいるテーブルが見える位置に久美が現れると、他の二人も頭を下げた。
それを久美は見届けると、思いだしたように入り口でもたついている敦史の所に戻って
いった。  
「ほれっ、敦史。早く入っておいで」
 敦史は久美に押されるように四人の前まで行った。すると、その敦史を見据えて、冷
めたような声で女の子が行った。
「ふ〜ん、この子が久美さんが話してた子……」                                   
「そうそう、お嬢ちゃん。ほれっ、敦史、挨拶しな」
 久美は肘で敦史をついて、言った。対して敦史は、久美の方を向いて、小さな声で呟
いた。
「あっ、挨拶しな、って、犬じゃないんだから……!!」                             
「いいから。早くしな」
 敦史は久美の言葉に自分へ集中している視線の痛さを感じ、顔を元に戻した。面と向
かうと敦史は緊張した面もちを見せ、視線を合わせないように下に落とした。
「あっ、松田敦史って言います。初めまして」                                     
「俺は元下」
 煙草をくわえていた元下が敦史の言葉の終わった直後、テーブルの上の灰皿に煙草を
もみ消しながら、鋭い目線を向け、いった。
 その元下の対応の早さに、隣にいたアイラがすこしあわてたように続いた。         
「あっ、アイラでーす。よろしくでーす」                                         
「渡辺です。ども」
珈琲から口を離して、軽く敦史の方に視線を向けた渡辺が、すこし頭を下げた。
 次々に自己紹介をする中、出遅れた聖子は周りの視線に気付いたように、人差し指で
自分を指し、
「あっ、私ぃ?私だよね。江川聖子と申します。よろしくお願いします」             
と、深々と頭を下げて会釈した。

 側のテーブルから久美は椅子を持ってきて、腰を下ろすと、元気良さそうな声を張り
上げ、陽気に話を始めた。 
「この子ったらさ〜、この街に来てまだ間もないのもあってさ、友達がすくないんでさ
、ココは、一緒に遊んでやってくれるかな?」
「とっ、友達がすくないって……!!」                                             
久美の言葉に俯きながら視線だけを向け、敦史は小さく呟き、失笑した。             
 アイラは敦史の言葉が聞こえなかったように元気よく応えた。
「そりゃあ久美サンのお願いならねぇー。ねっ、元下!」                           
「あ、ああ。そうだな……」                                                     
同意をアイラに求められた元下はそう言うと、加えていた煙草に火をつけた。
 そこに渡辺が冷めたような口調で口を挟んだ。                                   
「まだ間もないって言ってはるけど、かれこれ1年ぐらいにならはるんとちゃうか?」 
 その言葉に久美は意外そうな表情を浮かべると、敦史の方を向き、きいた。
「もうそんなになるっけか?」                                                   
「いや、まだ九ヶ月ぐらいかな……」                                             
敦史はすこし小さくなりつつ答えた。
 そんな敦史を無視するかのように、渡辺は淡々と言葉を続けた。                   
「たまに見かけるで。そっぽ向いてくれはるけどな」
 そう言って軽く渡辺は笑うと、コーヒーカップに口をつけた。その言葉に久美は子ど
もに物を尋ねるように、敦史に質問した。
「敦史ー、そうなのかい?」
 けれども、敦史は欝向いたまま、無言だった。そこに、渡辺はカップから口を離し、
敦史に質問を浴びせた。
「そういえば、よく一緒に男といはらへんかったか?」                             
「ひゃっはっはっは。ホモか」
 元下がその台詞に対して大きな笑い声を上げた。敦史はそれを横目に見て、すこしム
っとした表情を浮かべると、突然顔を上げ、強く反論した。
「ちっ、ちがいますよー! 彼は友達ですっ!!」                                   
そして、そこまで言うと、敦史の声のトーンが急に落ちて、言葉が続いた。           
「それに……、彼は結婚してしまったし……」
 暗い表情になる敦史。そんな敦史に聖子が不思議そうに訊ねた。                   
「彼、彼って、彼のコト、そんなに好きだったの?」                               
「あー、ベツに、同姓愛者でも恥ずかしいコトではないデスヨ」
 すぐさまアイラが聖子の台詞をフォローするつもりで、付け足すように言ったが、逆
効果なような……。
 敦史は慌てた。                                                               
「ちっ、ちがいますよーっ!! 好きとかそんなんじゃなくて……」
言葉途中、また敦史の言葉のトーンが落ちていった。そして、また暗い表情を浮かべて、
欝向いた。
 そんな敦史の様子を見て、元下はあきれたように言った。                         
「はっきりしねー奴だなあ」                                                     
 その台詞に、周囲の他の一同も納得したように頷いた。

 夕暮れ時。来た道を久美と敦史は戻るように、家路へと向かっていた。敦史に行きの
時のような元気さがなく、久美はすこし心配そうに声をかけた。
「どーだい?」                                                                 
「どーだいって・・・?」                                                       
「ホントにはっきりしない子だねぇ」
「すみません」
 頭をうなただれるように下げて謝る敦史に、久美はやれやといった表情を浮かべるが
、すぐさま厳しい顔になり、詰問するように敦史に言葉を投げかけた。
「あいつらとは初対面じゃなかったみたいじゃないか」                             
「え、ええ。でも、話したことはなかったんですよね……」                         
欝向いたまま敦史は弱々しく答えた。
 そんな敦史の姿に久美は同情的な視線を投げかけたが、それも束の間、今度は命令的
な口調で敦史に言い切った。
「じゃあ、これからどんどん話すっ!」                                           
「でっ、でも、あの人たち、なんか……」
「ま、あの子たち、言いたいことは言うからねぇ。でも、そりゃあんたもおんなじだろ?」
「そっ、それはですねぇ……」                                                   
「ありゃっ? 私だと言えるのかいっ!?」                                         
口ごもる敦史に久美はわざとらしく驚いたように言った。
 そして、敦史の言葉を封じるようにすぐさま久美は言い放った。                   
「とにかく、明日から毎日通うんだよ。いいね!」                                 
「そっ、そんな……。毎日ですか!? それも、明日からですか!?」
「いいじゃないの。どーせ家にいてもヒマだろ?」                                 
「ひっ、ヒマなんかじゃないっスよ〜!!!」                                         
「そうかい? なら、ヒマな時には行くんだよ」
久美は念を押すように、敦史に言った。                                           
 一段と暗い表情になり、帰途に着く敦史の反対側から真由美が女性と話しながら、歩
いてきた。その近づいてくる真由美に気がついた敦史は、その姿をボーと見つめていた
だけだったが、それに対し、敦史の隣を歩いていた久美は会釈をした。
「こんばんは〜」                                                               
「あー、こんばんはー」
明るい声を出し、真由美も笑顔で久美に挨拶を返した。そして、その真由美の視線が敦
史に向くか向かないかの一瞬、敦史はとっさに視線を避けるように下を向いた。
 久美はそんな敦史を黙って見ていた。敦史は彼女たちが後方に消えていってもなお下
を向いていた。そして、大きく息をついて、顔を上げた。久美の視線に気付くと敦史は
あわてたように言葉を並べた。
「なっ、なんでもないっスよ!ちょっと疲れちゃったのかな。はははっ」             
 そんな敦史に久美はなんでもなかったかのように正面を向き、言った。             
「あたしはなんにも言ってないよ」
                                                                               
 敦史の家の前。敦史が会釈すると、久美が念を押すように、敦史に言った。         
「いいね?ちゃんと顔ぐらいは出しに行くんだよ」
 それに対し、敦史は無言だった。そして、頭を下げると、電動車椅子を反転させ、自
宅の中へと消えた。久美はそんな敦史の後ろ姿を心配そうに見ていた。西の山の方は夕
暮れの紅に染まっていた。
                                                                               
   


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