特殊学級
なぜ、goriが知的級になったのかは、よく覚えていない。多分知的級が静かだったから、普通級の時からよくお邪魔していて、その流れでそうなったのだと思うけど、障害で見たら、情緒級だ。最終的な決定は教育委員会でなされるわけだが、結構いい加減なのだ。
特殊学級に移動した時の私は精神状態が悪すぎて、客観的に物事が考えられなかった。聞こえているけど頭に入らない感じ・・・
だから知的級が子どもの数が7人にならないと先生の人数が2人にならないとか。
情緒級は子供が3人から介助員が1人つき、5人で先生が2人になるとか。そんな事はどうでもいいと思っていたんだ。その時は。

私はgoriの障害を受け入れ、関係を作り直し、情緒を安定させる事に全力を注いだ。
今さらなのかもしれないが、全面受容する。今のgoriと私に必要なのはコレだった。これは結構難しい。私はgoriが何を考え、その様な行動をとるのか、気持ちを考えるようになった。

知的級は静かで、先生の声だけが響き渡っていた。刺激の量は激減したが先生は怖かった。
「重度の子預かってますから、うちの子うちの子って言わないでください」いきなり言われる。全然言ってないのに・・・ 

情緒がかなり不安定で小児うつ病とまで診断されたgoriの状態は、当然悪く先生にしつこく絡み、泣きわめいたりしていた。そして、指示に従えない事も多かった。
goriの独特の扱いにくさもあったが、先生がgoriの障害を理解できないのだ。
goriはいつも先生に怒られて泣いていた。
「あなたの言っている事は全部わがままでしょ」とか「あなたはやりたくない事全部やらないじゃない」これらの言葉は健常児に言う言葉で、できないから特殊学級にきているのだからさ〜。指示に従えない所が障害なので、それを工夫してしつける事が特殊の先生の役割なんじゃないのかな。

色々言うなと言われていたが、やっぱりこれじゃgoriがかわいそうすぎだ。
私は資料を先生に渡して、障害の特徴と要点を絞って説明させてもらった。あ〜、神経が持たない・・・・でも、やはり先生なんだなあ。それからgoriに対しての対応が変わっていった。

クラスのお子さん達は、みんなあまりお話しをいないようだったので、先生はgoriに司会をやらせ、みんなの前で本を読ませた。goriの自尊心を回復させ、自分が頼りにされていると思わせようとしてくださったのだと思う。

そしてgori専用のスケジュールを書いて、机に貼ってくれた。それはとっても有効で、そのスケジュール通りに活動する事ができた。障害が直るわけではないが、刺激が激変し先生が理解をしめしてくれた事で、ようやく落ち着き2年生に進級した。
そして2年の2学期、アパートの更新の時期が来た。
今、淵野辺のこのアパートにいる理由はない。お金もない。やるだけやった。
いっぱい傷ついたけど、きっとやらなきゃわからない事だったんだ。マンションに帰ろう。そして地域の特殊学級に通えばいい。

淵野辺には逃げて行った。
地域から・・・自分の置かれた状況から・・・
リセットしたいと思った。でも、子どもからは逃げる事は出来ない。
障害を受け入れる事からは免れないんだ。
なんで なんで こんなにも障害を認める事は くるしい?