夏祭りに行こう!

       8月、それは日本の夏祭りの季節。
       009は実はあんまり、夏祭りには行ったことがなかった。何故って、まだ小さい頃には弱っちかった
       のでいじめっ子に会う可能性が多かった、というのが1つ。お金を持ってなかったので、縁日の出店で
       欲しい物があっても買えなかったというのが更に1つの原因だった。彼らを育ててくれた神父さまは、
       羨ましそうに出店を眺めている彼らを困った笑みで見つめていたものだ。孤児院というのは、はっきり
       言ってお金がいくら有っても足りないのである。それでも周囲の人々の善意の寄付と、神父さまの努力
       によりひもじい思いはしなかったのだけれど。


       さてさて、009がギルモア邸の近くの神社(とはいっても大分歩かないといけないのだが)で今日夏祭
       りがある、と知ったのはなんと今日であった。教えてくれたのは、003だった。
       「知ってる、ジョー?」
       「え、何を?」
       「近所に・・・・とはいっても大分距離が離れているけれど、神社があるでしょう?」
       「ああ、あの小さな神社ね。森が凄くて、結構好きだよ。で、その神社がどうしたわけ?」
       「ええ、私も今日初めて聞いたんだけどあそこでお祭りがあるんですって。」
       「本当に?へえー初耳だなあ。」
       「でしょう?結構神社の規模にしては、大きいお祭りなんですって。」
       「そりゃー良いこと聞いたなあ。有難うフランソワーズ、何だか得しちゃったな。」
       「そこまで喜んでもらえるなら、本望よvで、教えて欲しいんだけど・・・。」
       「ん?なに?」
       「私ね、日本のお祭りってどういうものか知らないの。ジョーの知っている範囲で教えて貰える?」
       003はこう言って、009を覗き込むようにして笑った。
       「うん、良いよ。まあでも僕だって知っていることは、そんなに多くないけどね・・・・・。」
       「それ言われると、私だってフランスのお祭りについて詳しく知っているわけではないわ。」
       「そんなモンなのかなあ?」
       何となく小首を傾げる009に、003はそーいうもんよと軽く相槌をうつ。ふーん、と009は納得
       したような返事を返してから、003に日本の夏祭りの話をしだした。


       003が意外にも夏祭りの話が気に入ったらしく、009が思っていたよりも時間を取ってしまった。
       何度も何度も、まるで確認するかのように問いかけられて最後には自分の説明が合っているのか、いな
       いのか分からなくなってしまった。003は上機嫌で、009に美味しい紅茶を入れてくれたのでまあ
       良しとするか、と009は心の中で呟いた。
       「そうかあ、夏祭り・・・・・・かあ。」
       いくら西洋化が進んだとはいえ、こういう行事は不思議と無くならない。それはやはり、日本人として
       の本能なのだろうか?子供の時、夏祭りに行ったことのない日本人はいないだろう、だから夏祭りがあ
       ると郷愁を感じるのだろう。自分にしたって、夏祭りというと余り良い思い出もないのだが、実際には
       懐かしさを感じている。
       「・・・・・・・誘ってみようかな?」
       009は一人ごちた。実は今、彼がメンテナンスの為に来日しているのだった。彼がこういう行事に疎
       いことは知っている。だが意外と誘うと、面白がって付いてきてくれるのだ。結構見た目より、好奇心
       が旺盛なのである。普段、自分から積極的に動くことがないので誤解されがちなのだが・・・・・。し
       かし本や新聞をじっくりと読んでいる、というのは好奇心が旺盛の証でもある。本当に好奇心が無けれ
       ば本や新聞に載っている情報すら読もうとはしないだろう。
       ------------意外と夏祭りの雰囲気は気に入ってもらえるかもしれないし・・・・。
       009は、考え込みながら廊下をトテトテ歩いていく。
       「あ、でも・・・・。」
       夏祭りとは、無礼講の面も持ち合わせるのも事実。酔っ払いとかが喧嘩を起こしたり、暴走族とかが来
       たりして騒々しくなったり。
       ------------彼はああいう騒々しい場所は嫌いだよねえ・・・・・。
       特に彼は良くも悪くも目立つのである。特に日本では異常なまでに。ジロジロと無遠慮に周囲から見ら
       れるので、あんまり外出もしなくなった。
       「・・・・・・・・・・どうしようか・・・・な・・・?」
       彼は、誘ったら来てくれるだろうか?それとも・・・・?


       「おや、ジョー?どうした難しい顔をして?」
       「あれ、アル。メンテナンス終ったの?」
       「ああ、お蔭様でな。今回も異常なしだ。」
       「そりゃ、お疲れ様。まあ良かったね、異常が無くってさ。」
       「まあな、異常があれば博士にも負担をかけるし。」
       「アルの負担だって、大変だろう?」
       「そうでもないさ、グーグー眠っている間に修理してもらえるんだから。」
       「アルらしい言い方だね。」
       「そうかなあ?」
       「そうだよ。」
       「んで?」
       「ん?何が?」
       「さっきの話さ。難しい顔して、どうした?」
       004は009を覗き込んだ。


       「いいや、なんでもないんだ。」

       「実は今日、夏祭りがあるんだ。一緒に行かない?」