曜日から見る世界

日本印刷新聞社が発行するカレンダー年鑑に、暦展示館で展示しているカレンダーを見 て、「暦からわかる世界の不思議」という題で、投稿してほしいとの依頼を受け、カレンダーにはまったく素人でしたが、自然観察や原子力の論文作成と同じ要 領で、各国のカレンダーを観察し、内外の書籍やインターネットなどを参考にして見つけ出した興味深い点を、高校の世界史と結び付けて、曜日に関する文章を まとめましたので、それを再掲します


暦からわかる世界の不思議

はじめに

今年は「亥(い)」すなわち「猪(いのしし)」の年です。しかし同じ十二支を使っている中国や韓国のカレンダーには、なぜか 「豚(ぶた)」 が描かれていま す。大陸では「亥」は、「猪」ではなく「豚」なのです

昨年夏、カレンダー収集でお世話になった中国大使館の書記官が暦展示館に来られたときに理由をうかがうと、「昔は日本に豚がい なかったので、 猪になったの ではないか」ということでした。なるほど百科事典によると、日本でも安康天皇の時代(五世紀後半)の頃には豚を飼っていた記録はありますが、仏教の伝来と ともに肉食が廃れ、本格的に飼育されるようになったのは明治以降ということがわかりました。これでは日本人に亥が豚であるといっても通じないわけで、猪と なったのも納得がいきます

このように各国のカレンダーを比較してみると、歴史、文化、風俗、政治などの影響が色濃く出ていることがわかります。世界中の カレンダーを並 べて、気のつ いたことを見つけ、歴史の教科書と世界地図および地球儀を参考に空想をめぐらせて行くのは、とても面白いものです。その中から、曜日の話について紹介した いと思います。

曜日の話

一週間という暦の単位は、太陽や月などの動きとは関係なく、人為的に生活の周期性を決めるもので、昔から中国や日本では、10 日単位の旬が 使われていまし たが、現在は世界的に7日単位の一週間が広く使われています。この一週間の曜日の呼び方は、月火水木金土日あるいはMonday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, Sunday というのが当然であるという意識が私たちにはあり、実際世界各国のカレンダーを並べてみても、Mon, Tue, Wed, Thu, Fri, Sat, Sunとかいてあるのが大半です。

しかしお隣の中国では、月曜日を周期一、火曜日を周期ニなどと、数字で呼んでいます。さらに詳しく各国の曜日の呼び方を調べてみると、いくつ かのパターン に別れることがわかります。
1.    日本のように月、火、水と惑星の名前で呼ぶところ
2.    中国のように月曜日を1、火曜日を2と順番で呼ぶところ
3.    番号が日曜日から始まって、日曜日を1、月曜日を2とするところ
4.    土曜日を1とするところ
5.    太陽、月、惑星に関連するが、ローマ神話の惑星の神の名前を使うところ
6.    惑星にゲルマン民族の神の名前を用いているところ
7.    そのほか
等に別れます。

これらの違いを国別に並べてみると、第一図のようになります。(これは各国語の呼び方をしらべ、その国語がどの国で話されているかを対比させ て作成したも ので、いくつかの言葉が話されている国では、必ずしも正確ではないかもしれません)。

7日を区切りとするのは、紀元前からバビロニア(今のイラク)で、7,14,21,28という7の倍数の日が不吉な日であるといわれていたこ とから始まっ たとも言われています。このバビロニアに、ユダヤ人がBC586年からBC538年まで幽囚された間にこの習慣がユダヤ人に持ち込まれた可能性もあり、そ のころ確立した旧約聖書では、土曜日を安息日とした7日制をとっています。ユダヤ教は、厳密なる一神教であり、曜日の名前も日曜日を最初とする数字で呼ん でいます。

バビロニアでは、紀元前500年ころには、太陽と月のほかに惑星を5個認識していましたが、それを一週間の曜日に当てはめていたかどうかは明 らかではあり ません。紀元前2世紀にはこの太陽、月、惑星(水星、金星、火星、木星、土星)は、その動く早さから遠近が決められ、早く動く星すなわち近い星から、月、 水星、金星、太陽、火星、木星、土星の順であると認識され、一日の24時間をそれぞれの星が支配すると考えられていたので、毎日の最初の時間を支配する星 は、月、火、水、木、金、土、日の順に並ぶことになっていました。ここに、曜日を惑星で呼ぶ基本が出来上がっていたわけです。すなわち、紀元前2世紀ご ろ、エジプト、イスラエル、パレスチナ地方では、ユダヤ教の土曜を安息日とする数字で示された一週間と、惑星のサイクルを使った一週間が出来上がっていま した。そしてローマでは、この惑星(すなわち占星術によると、星をつかさどる神)の名前が、一週間のそれぞれの日につけられました。

その後発生したキリスト教では、イエスの復活した日曜日を安息日とした7日制を用い、そのキリスト教がローマ帝国の国教に採用されて、広く ヨーロッパに広 がり、現在に至っています。

同じキリスト教国のヨーロッパ各国で、いくつかの色分けが出来るのは、カトリックのグレゴリオ十三世がグレゴリオ暦を作った時点で、カトリッ クに反発して いたプロテスタントや、ギリシャ正教がそれまでのユリウス暦をかなり長期間使用して対立していたことに起因するのではないかと思われます。グレゴリオ暦が 1582年に改定されたのに対し、ドイツ、オランダ、スイスなどでは1700年に、イギリスとその植民地の北米では、1751年に、そしてギリシャ正教諸 国は最後までユリウス暦を固守し、1917年のロシア革命まで東欧諸国は変わらなかったようです。曜日の呼び方が、このようなキリスト教内の宗派の対立構 造とよく一致しているのは、偶然ではないように思われます。また、惑星をつかさどる神々も、ゲルマン民族が南下して作った国々で、その神の名前が採用され ているようです。

なお、一時期キリスト教もローマの神々の名前を利用することを避けて、数字で曜日を呼んだこともあったようですが、それは定着せず、ポルトガ ルにその痕跡 が残ったということです。このように西洋社会では、キリスト教といえども、ローマ神話の影響が大きいことがうかがわれます。
また、ヨーロッパ各国も単純にローマの神々とゲルマンの神々と分けられるものだけではなく、詳しく見れば地域の歴史や地理的条件などで、細か く分類できま すが、ここでは大きな傾向を見るために簡略化しています。

中東では、7世紀に発生したイスラム教が、ムハンマドがメディナに逃れた年を元年とした暦で、金曜日を聖なる日として、土曜日を1日目として 数える7日制 を採用しています。このイスラム教は、中東から、アフリカ北部および南アジアに拡大していきました。
15世紀末のコロンブスのアメリカ大陸発見以降、17世紀には南アメリカはポルトガルがブラジルを、そのほかの部分をスペインが統治して、そ の言語圏に組 み込まれたため、各々の曜日の呼び方が定着しています。

アフリカは、19世紀の西欧諸国による植民地化の影響で、宗主国の言語が使われているところでは、それぞれの曜日の呼び方に従っています。

このユリウス暦やグレゴリオ暦を中心とした世界的な曜日の広がりとは別に、アジア地域では、2世紀ごろにギリシャの占星術がインドに伝わり、 それが発展し て現在のインドの占星術になっています。

日本では、平安時代の初めに密教の経典とともに空海が持ち帰った「宿曜経」によって七曜が伝わり、日々の吉凶を占うために用いられ、明治維新 で太陽暦が採 用されるまで、暦の月初めにその曜日が記されるなどで伝えられてきました。この宿曜経は、インドの占星術を不空金剛が中国に伝えたものといわれています。 日本は明治維新にいたるまで、7日制はまったく使用していませんでしたが、明治維新後に西洋各国と交流するために明治6年から太陽暦を採用しました。その 時点で平安時代からほそぼそと伝わってきた月火水木金土日という呼び方を採用しました。

アジアの仏教国であるタイでは、仏教と七曜が結びついて、曜日に対応する仏と守護色が決り、各人の生まれた日と対応させています。
この日本やタイなどの仏教国の七曜は、キリスト教の影響というより、中東で発生した占星術がインドの占星術になり、仏教にも影響する七曜が伝 わったように も思えます。

明治5年までの日本の暦では、写真にあるように毎月の初めにだけ、その曜日を書き入れています。日付の下の木火土金水は、七曜ではなく、五行 を示していま す



それに対して太陽暦の採用された明治7年の暦では、毎日の日付に七曜が割り付けられています。



中国は1912年の辛亥革命後に太陽暦を採用して、7日制を取り入れましたが、そのときの呼び方は、ロシアなどと同じく月曜日を1日目とする 方式でした。 なお韓国も日本と同じ月火水といいますが、これは日本の影響の強い1896年に太陽暦が採用されたからでしょうか。
これらの情報を世界地図上に示してみると、下の図のようになります。これにより世界各国で用いられている曜日の名前が、世界的な規模で影響を 与え合ってい ることが一目でわかります。

ただしこのような解析でまだ説明できないものもあります。例えばケニアでは、土曜日を第一日目としていますが、このような呼び方はスワヒリ語 だけであり、 7日制を採用しながら周辺とは異なった呼び方をしていることが、うまく説明できません。

またハワイでは、英語のほかにハワイ語では、月曜日を第一日とした数字で呼んでいます。ハワイはミクロネシアと関係が深いと思われますが、7 日制を採用し た時点で、どのようにしてこのような呼び方が発生したのか疑問です。同じくベトナムもイスラム教、ユダヤ教と同じく土曜日を第一日としていて、周辺のタイ や中国などとはまったく違っています。

このような世界的な流れの中で、フランス革命とロシア革命のときに、この一週間7日制を宗教的なものとして否定し、新たな区切りを採用したこ とがありま す。フランス革命のときは、1年を30日ずつの12ヶ月と5日の余りの日にわけ、1ヶ月を10日の区切りで週の代わりとし、その曜日には第一日から第十日 まで数字で呼んでいます。この試みは、時間をも10進法で計ろうとして余りにも過激すぎてナポレオン三世により元の暦に変えられましたが、同時に制定され たメートル法は、現在世界標準となっています。ロシア革命では、一週間を5日とし、休日をなくして、個人ごとに休日を定めて労働の効率を上げる試みをしま したが、これも過激すぎて失敗しています。

このように7日というサイクルは、人の生活サイクルとして、受け入れやすいものであったのかもしれません。キリスト教が七曜を採用した時点で は、周辺では 8日制も存在したようですが、7日制が優位に立ったのは、占星術で太陽と月、惑星の7つを基本としていたことから採用されたということも言われています。

七曜は、占星術に深く関係していることから、現在でも各国でいろいろな形で人生を占うなどに用いられています。明治までの日本では、曜日はそ の日の吉凶を 占いに使われてきました。例えば日曜星=この日は万事吉し、財宝に縁あり。不信心の輩は病あるか、食あたり等あるべし。・・・金曜星=この日は万事凶。災 難来る日なり。などです。

国連のアナン前事務総長は、アフリカのガーナ出身ですが、ガーナでは、生まれた曜日によって名前がきまり、アナン事務総長は金曜の生まれなの で、Kofi と名づけられました。

前述のようにタイでは、曜日によって守護神や守護色がきまり、現国王が月曜日に誕生になり、月曜の守護色が黄色なので、クーデターの兵士は、 黄色いマフ ラーをつけて忠誠を誓ったといいます



現在の日本では、大安・仏滅などの六曜が支配的ですが、同じように曜日による占い、縁起担ぎも世界的に普及していることがわかり、人間が何か に頼りたがる 傾向は世界共通であることがわかります。

あとがき

まだ開館以来1年で、日々新しいカレンダーに接し、初めて目にすることばかりでしたが、その中でグレゴリオ暦が世界隅々にまで 浸透している 現状がわかりま した。

また同時に各地に多くの伝統的な暦も存在し、特に宗教的に定められているものは、確固たる地位を確立しているようでした。
しかし現在の世界は、IT化により瞬時にしてつながる世界でもあり、まだその通信機能に組み込まれていない地域でも、次第に外界とつながって 行くでしょ う。そのような中で、伝統的な時間軸と世界標準となったグレゴリオ暦の間で、どのように調整が行われていくのでしょうか

イスラムの世界では、金曜日が休日で、毎年11日ずつ月が前にずれていきます。イスラエルのラビン首相の記念行事もユダヤ暦で 行われました。 中国や韓国 も、正月は春節=旧正月が一般的です。毎週の休みも日曜日か、イスラム教の金曜日か、ユダヤ教の土曜日かそれぞれずれていますが、世界の金融市場に重要な 役割を果たすオイルマネーのイスラム諸国や、金融界に強いユダヤ人などは、どのようにこの問題を解決しているのでしょうか。

日本では、地方の行事の中には、旧暦で行われているものもありますが、芝の増上寺でさえ、年間行事は新暦で実施されるようになっております。 普段はまった く気にしないことも、世界のカレンダーをじっくり眺めていると、次々と疑問がわきあがってきました。

このような問題を解明して行く中で、現在行われている日本語への翻訳が、私たちにこのような疑問をまったく感じさせなくなっていることに気が つきました。 月の名前にしても、曜日の呼び方にしても、すべて英語か日本語の1,2,3月、月火水木金土日に置き換えられています。原語の意味を見れば、世界の暦の伝 播した歴史を垣間見ることが出来、昔からの農業、牧畜の素朴な生活が息づいていた国々の様子を目に浮かばせることが出来ます。

世界中の異なった文化に接して行くためには、このような翻訳ひとつとっても、改めて現在の手法を再検討して行く必要があるようです。

なお、今回の調査においては、書籍だけではなく、インターネットの情報もかなり利用しました。インターネットの情報は、必ずしも全面的に信用 できるものと は限りませんが、多くの人の感覚や、情報が集まっており、情報のヒントを得たり、傾向を把握するためには欠かせない手段です。このような新しい手法がどん どん発達してくると、従来の時の感覚も変えていかなければならないのではないかと感じました。
 
参考文献

1.Mapping Time; The Calendar and its History; E.G. Richards; OXFORD University Press   1998
2.Marking TIME; The Epic Quest to invent the perfect calendar; Duncan Steel; John Wiley & Sons, Inc.
3.The Oxford Companion to the YEAR; An exploration of calendar customs and time-reckoning; Bonnie Blackburn & Leofranc Holford-Stevens: XFORD University Press
4.暦ものがたり 岡田芳朗 角川選書
5.暦の雑学事典 吉岡康之 日本実業出版社
6.こよみ〜現代に生きる先人の知恵〜 岡田芳朗 神社新報社
7.外務省ホームページ
8.世界の「暦」めぐり 月光天文台監修 (財)国際文化校友会 2005年
9.Wikipedia (インターネット・フリー百科事典)
10.世界史年表・地図 亀井高孝、三上次男、林健太郎、堀込庸三 吉川弘文館
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