私が小学校、中学校で蝶を採集し、幼虫を飼育していた頃は東京都内でも自然が 豊富で、石神井公園ではミドリシジミが6月の夕暮れにキラキラ光るはねを翻して乱舞しており、池袋から20分でいける清瀬ではオオムラサキがふんだんに採 集できました。ゴマダラチョウという、エノキの葉っぱを食べる蝶の幼虫を飼育した時の事です。この蝶の幼虫 には2本のツノがあり、そのツノを振り立てて葉っぱを食べている様子は、とても微笑ましいものでした。その中の1頭が(蝶仲間では蝶は1匹ではなく1頭と かぞえる)左のツノを折ってしまい、緑色の血を流していましたが、なんとか生き延びて蛹になりました。
蛹は特に変わったこともなく、他のゴマダラチョウと同じでしたが、ある日ふ化した蝶を見て驚 きました。右の後ろの翅が欠けているのです。左のツノが欠けた幼虫から右の後ろの翅が欠けた蝶がでてきた。左の脳は右半身を支配するということは聞きまし たが、まさか蝶の左のツノに右半身を支配する脳があったわけではないでしょう。
一体どうしたのか、理由までは判りませんが、それ以来私は自然では何が起きるか判らない。常 に何が起きても対応できるような準備が必要だというのが信念になっています。そしてその蝶の標本は今でも大切に私の標本箱の一番点前に入れてあります。
最近原子力開発の現場で研究施設を廃棄して、コンピュータで解析しようとする動きが多くなっ てきています。しかしいくらコンピュータが発達したからといって、人間が作ったコンピュータでは、人間が理解した現象しか解明できません。
今まで自分が研究して得た成果について自信を持つのは当然で、自信をもって次のステップに進 むべきでしょう。しかし、それが自然現象のすべてであると考えるのは自然に対して傲慢すぎると思います。自分に対して自信を持つが、しかし常に自然に対し て敬う気持ちを忘れず、何か予想外の事が起きてもそれに対処できるよう、自然現象を謙虚な気持ちで観察することにより、本当の科学の進歩があると思いま す。